中国・インド紛争-1



2020.10.13-msnニュース(産経新聞)-https://www.msn.com/ja-jp/news/world/
中国外相、日米のインド太平洋構想を「新NATO」と牽制

   【北京=三塚聖平】中国の王毅(おう・き)国務委員兼外相は13日、日米が提唱する自由で開かれたインド太平洋構想について、北大西洋条約機構(NATO)を引き合いに出してインド太平洋版の新たなNATOの構築を企てていると主張し、強く牽制(けんせい)した。中国外務省が発表した。
   日米やオーストラリア、インドなどが、中国を念頭に連携を強化していることに警戒を示した。
   中国外務省によると、王氏は訪問先のマレーシアでヒシャムディン外相との会談後、共同記者会見を行った。その際、王氏は同構想について「米国の主導的な地位と覇権システムを守っている」と主張した。
   その上で、王氏は同構想が「東南アジア諸国連合(ASEAN)を中心とした地域協力の枠組みと衝突し、東アジアの平和と発展の将来を損なう」とし、各国に警戒を呼び掛けた。
   会談では、中国側が新型コロナウイルスのワクチンをマレーシアに優先的に提供する意向を示した。


2020.9.9-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200909/k10012608781000.html?utm_int=news_contents_news-main_001
中国とインドの国境地域の係争地帯で1975年以来の発砲

  中国とインドの国境地域にある係争地帯で、中国はインドの軍が1975年以来初めて発砲したと非難しました。これに対してインド側は発砲したのは中国側だと真っ向から否定するなど非難の応酬となり、緊張が続いています。
  中国とインドの国境地域にある係争地帯では、ことし6月、双方の軍が衝突してインド側の20人が死亡し、先月下旬からは一部の地域で小競り合いが続いています。
  こうした中、中国軍は7日、インド軍が国境を越え、中国の国境警備隊に対し、威嚇射撃を行ったと発表しました。
  中国外務省の趙立堅報道官は8日の記者会見で「インド側が先に発砲し、1975年以来続いてきた国境地域の落ち着いた状況をインド側が打ち壊した」と非難しました。
  これに対しインド軍は声明で「中国軍が数発を発砲した。外交レベルでの協議が行われているにもかかわらず、中国軍は露骨に違反し、挑発的な行為におよんだ」として真っ向から否定し、非難の応酬となっています。
  両国の国防相は今月4日、訪問先のモスクワで会談し、互いの立場を主張しながらも、問題解決に向けて対話を続けることで一致したばかりでした。
  両国の間ではおよそ4000キロに及ぶ国境の多くが画定しておらず、緊張が続いています。


2020.7.5-産経新聞 SANKEI NEWS WEB-https://special.sankei.com/a/international/article/20200705/0001.html
中印衝突、貿易戦争に飛び火 「中国製」アプリ使用禁止、関税引き上げ検討

  【シンガポール=森浩、北京=三塚聖平】インド北部カシミール地方の係争地で中国軍とインド軍が衝突した問題を受け、インドが報復措置として経済面で中国排除ともいえる動きを強めている携帯端末向けの中国製アプリの使用禁止を決め、関税引き上げも検討中だ。ともに巨大市場を抱える両国は経済面での関係が深まっていたが、衝突を受けて先行きに暗雲が垂れ込めている。
中国製品の通関手続き厳格化
  インド電子・情報技術省は6月29日、中国企業が製作、または開発に関与したアプリ59種類の使用を禁止した。インド国内からは、米グーグルのアプリ提供サイト「グーグルプレイ」などで検索できない状態となった。同省は理由について「データの安全性に関する懸念があり、自国の主権と安全保障が脅かされる懸念がある」と説明している。
  禁止されたアプリには、若者に人気の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」も含まれている。運営元の北京字節跳動科技(バイトダンス)は成長が見込めるインド市場を重視しており、昨年からデータセンター新設などで10億ドル(約1070億円)を投じる計画を進めており、影響は小さくない。


2020.6.25-NHK 論説委員会-https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/431654.html
「中国・インド国境衝突 アジア両大国の思惑は」(時論公論)
加藤 青延  専門解説委員
安間 英夫  解説委員

【はじめに】(加藤・中国担当 安間・インド担当)
(加藤)中国とインドの国境地帯で先週、両国の兵士が衝突し、45年ぶりに死者が出る事態となりました。
陸続きで隣り合う核保有国同士、しかも人口で世界第1位と2位という両大国間のあつれきは、今後の国際政治を左右しうる新たな変動要素として浮かび上がってきたといえます。アジアの両大国の思惑と対外戦略について考えます

【解説のポイント】(加藤)
①まず、なぜ今回衝突が起きたのか、両国の国境紛争の歴史を振り返りながら見ていきます。
②続いて、両国の外交姿勢を見ながら、対立の背景に何があるのかを考えます。
③最後に、両国がもたらす地政学的な要素が国際社会にどのような影響をもたらしうるのかを展望します。【衝突はどのように起きたのか】
(安間)衝突のあったのは、中国とインド、そしてパキスタンの3つの国に囲まれた「カシミール地方」という地域です。

標高4000メートル以上の険しい山岳地帯で、3つの国の間でそれぞれ領土の主張が食い違い、国境が画定していません。今月15日、実効支配線をはさんで駐留する双方の部隊の間で、投石やこん棒で殴り合うという異例の形で衝突となり、インド軍によりますと、インド側の20人が死亡、中国側にも死者が出たということです。銃など武器を使わなかったのは、偶発的な戦闘を防ごうと、両国で取り決めていたためですが、死者が出たのは45年ぶりとなりました。
  この付近では、先月から、相手側が越境したなどとして小競り合いが起き、今回の衝突はそれが先鋭化した結果でした。衝突直後、互いに非難し合っていた両国は、今週に入って緊張緩和に向けた措置をとることでひとまず合意し、これ以上の事態の悪化を食い止めようとしているようです。

【中印国境紛争の歴史】
  (安間)両国の国境紛争は、長い歴史があります。1954年、領土・主権の尊重、不可侵などを決めた「平和5原則」を掲げ、共存していくことになりましたが、このとき国境は画定せず、対立の火種は残されたのです。このあと中国が支配下に置いたチベットをめぐって両国の関係は悪化。
  1962年には戦火を交える紛争に発展し、このとき中国がインドを圧倒して、支配地をインド側へと拡大したのです。その後、にらみ合いや小競り合いはあったものの、双方がおおむね自制したことで、激しい衝突になることはあまりありませんでした。

【中国はどう考えているか】
  (安間)加藤さん、インド側は今回中国が越境して挑発したと主張していますが、中国は他の地域で見られるように、拡張主義的な動きを強めていると見ていいのでしょうか?
  (加藤)私も当初は中国が強硬な姿勢に出るとみていたのですが、どうもその後の動きをみていると様子が変なのです。確かに中国は、このところ対外的に強硬な姿勢で臨む、戦う狼と書く「戦狼」外交を展開してきました。例えば、アメリカやオーストラリアをはじめ、東シナ海、南シナ海、台湾海峡に面する国や地域に対して、威圧的で強硬な姿勢や行動が目につくようになってきています。
  ところが、今回のインドとの衝突では、直ちにインド側と協議を行い、できるだけ穏便に処理しようとしているように思えます。自分たちがどれだけ被害を受けたかすらも明らかにしていないのです。
  そこからは強気一点張りのように見えた中国の戦狼外交にも意外な弱点があることが見えてきたように思えます。なぜ今回、中国がインドに対して、強気に出ないのか。私は、中国が最大の外交戦略として進める大規模な経済圏構想「一帯一路」と深くかかわっているのではないかとみています。
  こちらの図は、中国の国営メディアが伝えた「一帯一路」の路線図ですが、海のルートを見ると不思議なことに、中国の友好国とみられるパキスタンやミャンマーは経由していません。しかもスリランカから逆もどりさせてまでわざわざインドのコルカタを経由させています。
  実際には、インドを取り巻くように、スリランカやパキスタン、ミャンマーなどで港の整備を行い、インド包囲網を形成しつつあるように見えるのが実態なのに、中国が示す路線図にはそうした実態はほとんど描かれていないのです。
これは一帯一路政策を進めるうえで、インドを仲間に引き入れなくてはならないという中国の外交姿勢を示したものといえるでしょう。

【インドはどう考えているか】
  (加藤)今回の衝突ではインド側も中国側との協議に応じましたが、インド側はどのように見ているのでしょうか?
  (安間)インドにも、中国との間で戦争や決定的な対立を避けたい事情があります。人口はほぼ匹敵する規模とはいえ、経済規模は中国のおよそ5分の1。軍事費も中国の3分の1以下です。
  1962年の国境紛争では屈辱的な敗北となり、負ける戦いはしたくないというのが本音だと思います。さらに無視できないのが、経済の結びつきという実利です。
  中国はインドにとって最大の貿易相手国であり、製造業振興など経済発展を目指すモディ政権の方針にも欠くことのできないパートナーとなっています。しかしだからといって、領土問題、つまり主権で、譲るわけにはいきません。
  2014年に就任したモディ首相は、ヒンドゥー至上主義というナショナリズムを基盤に支持を拡大してきました。領土問題で対立する中国とパキスタンに対して弱腰の姿勢を見せると、一気に求心力を失うおそれがあります。インドにとって中国は、対立・警戒しながらも「大人の関係」で付き合っていかなければならない隣の大国ですが、今回の衝突でインドは、やはり「警戒を解いてはいけない相手」だという思いを新たにしたのではないでしょうか。

【インドはどこへ向かうか】
  (加藤)では、インドはこれからどのような方向に向かうのでしょうか?
  (安間)インドは、日本やアメリカが掲げる「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた重要なパートナーとして位置づけられています。
  中国と激しく対立するアメリカのトランプ大統領は、ことし9月にG7=主要7か国の首脳会議を自国で開こうとしていますが、インド、オーストラリア、韓国、ロシアの首脳を招待し、インドのモディ首相は出席に前向きな考えを示しています。
  トランプ大統領は、中国を取り上げ、“対中国包囲網”とも言える各国の連携を築いて、インドにも協力を求める構えです。さらに中国と対立を深めるオーストラリアも、経済・安全保障面でインドと協力を強化しようとしています。
  インドが、今後、こうした“対中国包囲網”に加わっていくのかどうか。私は、独立した大国、世界のひとつの極であることを自負するインドは、決してアメリカなどのいいなりになるのではなく、アメリカ側と中国を天秤にかけながら、どのような利益を引き出せるかしたたかに見極めていくと見ています。

【中国が注視 インドの動向】
  (加藤)実は、中国は内陸部の2万2千キロ以上に及ぶ陸上国境で14か国と世界で最も多くの国と接しています。中国が、このところ逆の海側、つまり東シナ海、南シナ海などで威嚇的な行動に出られるのも、そうした裏側、西側の陸上国境が安定していることが大前提なのです。先ほどの「一帯一路」の地図を見ると、陸上ルートでも不自然な線が描かれていることがわかります。
  それはトルコからわざわざ逆戻りして、ロシア経由でヨーロッパに入っていることです。つまり、中国にとって一帯一路には、大国のロシアとインドとを抱き込まざるを得ないことを意味している。裏返せば、ロシアとインドがともに中国と対立すれば、手を組んで一帯一路を分断することもありえるのです。
  特にインドは、最近、アメリカやオーストラリアなどからラブコールを送られているだけに、中国がうまく付き合えるかどうかは、今後の中国の対外戦略の行方をも左右することになるでしょう。
  これまで国際情勢を見るうえで、とかく米ロ、米中の対立という構図が描かれることが多かったのですが、今回の中国とインドの衝突をめぐる動きは、そうした対立構造の新たな変動要素として、インドがキャスティングボートを握る時代がくることをも予感させるものになったといえるでしょう。
(加藤 青延 専門解説委員 / 安間 英夫 解説委員)


2020.6.19-Yahoo!!Japan(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/21df473292dc160d55d4017accd6f2178af18e94
中国、拘束のインド軍兵士10人を解放 印メディア報道

 【シンガポール=森浩】インド北部カシミール地方の係争地で中国軍とインド軍が衝突した問題で、インドのメディアは19日、中国軍が拘束していたインド軍兵士10人の身柄を解放したと伝えた。  印民放NDTVなどによると、10人は18日に解放され、健康状態に問題はない。これまで両軍は拘束された兵士の存在を明らかにしておらず、水面下で解放に向けた交渉が進んでいた。両軍は15日の衝突後、緊張緩和を目指して複数回交渉の場を持ったという。
 インド軍によると、衝突では20人が死亡したほか、76人の兵士が負傷した。中国側は死傷者の数を明らかにしていない。


2020.6.18-SankeiBiz-https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200618/mcb2006180623016-n1.htm
インド、軍衝突で中国へ反発強まる 「配慮外交」に変化も

  【シンガポール=森浩】インド北部カシミール地方の係争地で中国軍とインド軍が衝突した問題で、インド軍は16日夜、自軍の死者が20人に達したと発表した。摩擦を抱えつつ決定的な対立を避けてきた中印両国だが、45年ぶりに死者が出たことでインド国内では中国への反発が広がりそうだ。全方位外交を志向し、中国に一定の配慮を見せてきたモディ政権だが外交姿勢の転換を迫られる可能性がある。

  インド軍によると、衝突はラダック地方のガルワン渓谷付近で15日夜に発生し、数時間続いた。現場は標高が高く、新たに死亡が確認された17人は衝突で重傷を負った後、氷点下の気温にさらされたことで死に至ったようだ
  インドメディアは中国側も43人が死傷したと報じている。双方は棒や石で攻撃し合い、銃器は使用されなかったという
   中印は、1962年の中印国境紛争以降、事実上の国境線である実効支配線(LAC)付近で散発的に小競り合いを起こしてきたが、決定的な対立には至らなかった。特にインドが、中印国境紛争での敗北の記憶や軍事インフラの整備の遅れで、抑制的に行動してきた面がある。
  近年では2017年夏、中印、ブータンが国境を接するドクラム地区で中印両軍がにらみ合ったが、大規模な衝突は起きなかった18年4月にはモディ首相が中国・武漢で習近平国家主席と会談し、関係改善をアピールモディ首相は、日米が提唱する自由で開かれたインド太平洋構想に賛同しつつ、対中関係も重視する姿勢を見せた。
  今回の衝突でも中印ともに対話による解決を目指すと強調している。「だが、歴史的に対峙(たいじ)と対話を繰り返してきた関係が変化する可能性がある」と話すのは、中印関係に詳しい印ジンダル・グローバル大のスリパルナ・パサク准教授だ。インド国内で反中感情がより高まれば、モディ政権としては強い姿勢を示す必要が出てくる。既に中国製品ボイコットの動きが広がっており、17日には首都ニューデリーの中国大使館周辺で衝突に抗議するデモが発生した
  インドは今月に入り、オーストラリアと安全保障面で複数の協定を締結するなど、中国を牽制(けんせい)する構えを見せる。パサク氏は「インドは今、拡大する中国に対抗するため、外交的な支援を必要としている。今後は日米豪との連携が深まっていくだろう」と話している。


2020.6.17-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200616/k10012472971000.html
中印係争地帯で軍が衝突 インド軍20人死亡 緊張高まりに懸念

  インド軍は、中国との係争地帯で双方の軍が衝突しインド軍の20人が死亡したと発表しました。中国との衝突でインド側に死者が出たのは45年ぶりだとされ、両国間の緊張が一段と高まることが懸念されます。
  インド軍は、インド北部ラダック地方の中国との係争地帯で15日、双方の軍が衝突し、インド側の将校と兵士の、合わせて20人が死亡したと、16日夜発表しました。
  インド外務省は声明で「中国が一方的に現状を変更しようとした結果、衝突が起きた。中国が合意を守っていれば避けられた犠牲者が出た」と中国を非難しました。
  両国は2013年に互いに軍事力を行使しないことで合意しており、インドメディアは軍の関係者の話として、衝突の際には互いに石を投げ合うなどしたと伝えています。
  一方、中国外務省の趙立堅報道官も記者会見で「インド軍の部隊が、おととい2度にわたって境界線を越えた違法な活動を行い、中国側に挑発や攻撃を行った結果、衝突につながった。インド側に強く抗議し、厳正に申し入れを行った」とインドを非難しています。
  両国は、1962年に国境線などをめぐって武力衝突して以降、係争地帯での衝突を繰り返しています
  先月上旬からは互いの兵士がにらみ合いを続け、一部では小競り合いが起き、けが人も出ていました。
  インドメディアによりますと、衝突でインド軍に死者が出たのは1975年に4人が死亡して以来、45年ぶりだということで、係争地帯をめぐる両国間の緊張が一段と高まることが懸念されます。


2020.5.11-産経新聞 SANKEI NEWS WEB-https://www.sankei.com/world/news/200511/wor2005110006-n1.html
中印兵、国境で殴り合い 負傷者も

  インド北東部シッキム州の中国国境で9日、両国の兵士が殴り合いとなり、インド側4人と中国側7人が軽傷を負った。計150人ほどを巻き込んだが、現場レベルの話し合いの上、引き離されたという。インドメディアが10日、伝えた。
   国境に関する認識の相違が殴り合いの発端となったとみられている。
   インドは北東部や北部で中国と国境対立を抱えている。2017年には両軍がブータンを含む3カ国の国境地帯で約2カ月間にらみ合い1962年の中印国境紛争以来とされる緊迫した事態となった。(共同)


中印国境紛争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


中印国境紛争(英語:Sino-Indian Border Conflict)は、中華人民共和国インドの国境問題により、1962年に中華人民共和国とインドの間に生じた紛争

経緯
  かつての中華民国と長年イギリス植民地であったインドは、途中にネパールブータンを挟んで長く国境を接していた。ほぼ全域がヒマラヤ山脈といった高山地帯であり、正確な国境はあいまいであったものの、事実上独立ダライラマ政権統治下にあったチベットに中華民国の実効支配が及ばなかったこともあり、両国間の国境紛争は、1914年シムラ会談の決裂以来、沙汰止みになっていた。
  その後、国共内戦を経て1949年建国され、中華民国に代わり中国大陸を支配し、1950年チベット侵攻を行った中華人民共和国を当初のインドは非共産圏ではビルマに次いで国家承認して最初に大使館を設置した国となった1954年に「ヒンディ・チニ・バイ・バイ」(中国とインドは兄弟)を掲げてたネルーと中華人民共和国の周恩来はともに領土主権の尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和共存の5つからなる「平和五原則」を掲げた。しかし、1956年チベット動乱が起き、1959年ダライ・ラマ14世チベット亡命政府がインドに亡命すると中国とインドは、両国の国境の解釈をめぐって対立するようになった。
  主にカシミールとその東部地域のアクサイチンおよびラダックザンスカールバルティスターン、ブータンの東側東北辺境地区(後のアルナーチャル・プラデーシュ州)で激しい戦闘となったが、中国人民解放軍の圧勝で終わった。インドの保護国だったシッキム王国では、ナトゥ・ラ峠を挟んだ地域で小競り合いが起き、峠の西側は中国となった。
  なお、1950年代後半より表面化した中ソ対立の影響で、ソビエト連邦はインドを支援していた。また印パ戦争ではパキスタンを中華人民共和国が支援しており、中ソ両国の対立が色濃く影響していた。この紛争は、インドが核兵器開発を開始するきっかけともなった。
紛争後の経緯
  中印国境紛争後、アクサイチン中国人民解放軍が侵攻、中華人民共和国が実効支配をするようになると、パキスタンもそれに影響を受け、1965年8月には武装集団をインド支配地域へ送り込んだ。これにインド軍が反応し、1965年、第二次印パ戦争が勃発した。
  なお、その後インドと中国の間で直接的な交戦は起こっていないが、中国によるパキスタン支援は、インドにとって敵対性を持つものであった。2010年9月にはインドは核弾頭の搭載が可能な中距離弾道ミサイルを、パキスタンと中国に照準を合わせて配備すると表明した
戦闘地域
  主にカシミールとその東部地域のアクサイチンおよびラダックザンスカールバルティスターン、ブータンの東側東北辺境地区(後のアルナーチャル・プラデーシュ州)で激しい戦闘となった。
現在
  2003年アタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相は中国を訪問し、江沢民国家主席とシッキムをインドの領土と中国は認める代わりに、チベットを中国領とインドは承認することで合意した
  2005年に、マンモハン・シン首相と温家宝首相の間で、「両国が領有を主張する範囲の中で、人口密集地は争いの範囲外」とする合意がなされ、両国にとって戦略上重要とされるアルナーチャル・プラデーシュ州、特にタワン地区は現状を維持している。なお現在アクサイチンは中華人民共和国が実効支配している。日本学校教育地図帳では、両国主張の境界線をともに引いた上で、地域は所属未定とする手法がとられている。
  2010年9月2日、インド東部のオリッサ州政府は、同国中央政府国防関係者の談話として、同国が開発した中距離弾道ミサイル「アグニ2」(核弾頭の搭載が可能)の改良型実験に成功したことを発表した。「アグニ2」の射程は2000キロメートルで、改良型の「アグニ2+」は2500キロメートル。これまでにインド国防部関係者は「アグニ2」や短距離弾道ミサイルを、中国との国境地帯に配備するとしている。また、インド政府関係者は2010年3月に発表した国防計画に絡み、「2012年までに、中距離弾道弾による防御システムを完成。対象は中国とパキスタン」と発言した。
  中国メディアは脅威が高まったとの認識を示し、中国社会科学院・南アジア研究センターの葉海林事務局長は、インドが中国を主たる対象として核ミサイルの開発と整備を進めているとした。現在、「アグニ2」を中国の経済発展地域に可能な限り届かせるため、国境近くに配備しているが、開発中の「アグニV」の有効射程は5000 - 6000キロメートルとされ、インド国内のどこに配備しても、中国全土を攻撃することが可能で、脅威はさらに高まるという。また、インドとパキスタンは潜在的な敵対関係にあるが、パキスタンを念頭に置くならば、「アグニV」のような射程が長いミサイルを開発する必要はないとも主張した。
  2013年4月15日中国軍が50人程度の部隊をインド支配側に10km程度侵入させ、野営地を設営した。インド軍も中国軍の野営地近くに部隊を派遣してにらみ合いを続けていたが、同年5月5日までに両国が共に部隊を撤収させることで合意し、同日中に両軍とも撤収を始めた。
  2017年6月16日、中国軍がブータンとの係争地であるドグラム高原に侵入し、道路建設を始めたため、ブータンの防衛を担当するインド軍が出撃する。工事を阻止しようとするインド軍と中国軍はもみ合いになり、インド側の塹壕二つが重機で破壊されている。以降は工事が停止し、二か月にわたりにらみ合いとなる。同年8月15日インド・カシミール地方パンゴン湖北岸の国境にて中国軍兵士が侵入しようとしたため、インド兵士が押し戻そうとし、投石などの小競り合いが起きて両軍兵士達が負傷している。その後両軍は陣営に戻り、以降は沈静化した。同年8月28日にはドグラム高原でにらみ合いの続いている両部隊を撤退させることで合意し、両軍とも部隊を引き上げるとインド当局が発表する。しかし中国外交部は撤退するのはインドのみであり、規模は縮小するものの中警備を継続すると発表している。
  2020年5月9日、シッキム州の国境付近で中印両軍の殴り合いによる衝突が発生した。インド紙ヒンドゥスタン・タイムズは、中印軍の総勢150名が関与し、中国側7名とインド側4名の計11名が負傷したと報じている。







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