ウクライナ-2030年万博-1



2022.11.27-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20221127-76AKDSRGR5KM3NMISOZDGA4BSA/
ウクライナ「2030復興万博」へ 戦禍で誘致申請、企業が無償協力
(ウクライナ南部オデッサ 黒川信雄)


  2030年に「復興万博」を―。ロシアによる攻撃が続くウクライナが、南部オデッサでの万博開催実現に向けて博覧会国際事務局(BIE)に立候補申請文書を提出した。戦争勃発で一度は断念しかけたが、国内外の企業が無償協力を申し出て提出にこぎつけた。計画を中心となって進めるオデッサ州のグリゴリシン副知事(31)は「来年11月に誘致を勝ち取り、ぜひ25年万博の開催地、大阪を訪問したい」と意気込む。

断る理由なくなった
  「計画策定に携わった海外の著名な設計事務所も無償協力を申し出てくれた。断念はできなかった」
  黒海に面する港湾都市、オデッサ中心部のオフィスで、グリゴリシン氏は9月にBIEへ申請するまでのいきさつを詳細に語った。
  オデッサ州の人口は約240万人。19世紀はじめにフランスから亡命した知事のもと急速な発展を遂げた。黒海沿いにはいくつもの港湾が並び、戦略的要衝としての側面も持つ。ロシア軍の攻撃でウクライナ産穀物の輸出が困難になったこともある。
  オデッサが万博誘致の検討を本格化したのは20年。グリゴリシン氏らが州への投資を呼び込む有効な手段を模索するなか、万博の可能性に着目。地元経済界も強く支持した。「万博では約1900万人の訪問が見込まれ、地域への経済的な大きな後押しになる」(関係者)ためだ。
  その後、英ロンドンを拠点とする国際的に著名な設計事務所、ザハ・ハディド・アーキテクトなどと共同で詳細な開催計画づくりに着手。中央政府も誘致を承認し、国内の組織委の発足が目前に迫った今年2月、ロシアによる全面侵略が始まった。

  首都キーウ周辺ではロシア軍の陸上部隊が攻め入り、オデッサにはミサイル攻撃が続いた。グリゴリシン氏は攻撃が始まった直後、心をよぎったのは「万博ではなく、妻と子供を守れるかという思いだった」と語る。州当局はまず、外国人らの退避や民間による領土防衛隊の支援などに時間を割かねばならなかった。万博誘致をめぐる活動は「しなかったし、できなかった」のが実情だ。
  しかし、次第に多くの企業から「オデッサに無償で協力したい」との申し出が入り始めた。さらにザハ・ハディド・アーキテクトからも無償協力が表明された。「もう断る理由はなくなった」(グリゴリシン氏)。戦争の終わりが見えない中、作業の続行が決まった。
モスクワは断念
  30年万博に向けては4都市が名乗りを上げている。韓国・釜山、イタリア・ローマ、サウジアラビア・リヤド、そしてオデッサだ。
  実はロシア・モスクワも当初は手を挙げていた。21~22年にアラブ首長国連邦(UAE)で開催されたドバイ万博では、ロシア当局は大々的に万博誘致をアピールしていたが、ウクライナ侵略により、自ら撤退を余儀なくされた格好だ。グリゴリシン氏は「だからこそ、負けられないという思いもある」と語る。

  ただ、「(誘致先が決まる)来年11月の段階で戦争が続いてれば、誘致は極めて困難になる」(グリゴリシン氏)状況だ。現時点で戦争の先行きは見えず、BIEによる事前の視察なども、どこまで安全に実施できるかは分からない。
  会場建設に必要な資金の確保については、復興と街づくりの一環とすることで確保のめどをつける考えを示す。誘致レースを勝ち抜くために、各国のウクライナ大使館が全面的に協力し、オデッサへの支持取り付けに動いているという。
  「招致が実現したら真っ先に大阪を訪問し、ノウハウや街づくりを学びたい」とグリゴリシン氏は語る。誘致を勝ち取るには、まずは戦争が終結し、平和が訪れることが不可欠だ。「復興万博」が実現するか注目が高まる。(ウクライナ南部オデッサ 黒川信雄)







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