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ウクライナ

BBC NEWS JAPAN(https://www.bbc.com/japanese/48008943)
コメディー俳優が大統領に ウクライナでゼレンスキー氏が勝利

ウクライナで21日、大統領選挙の決選投票が行われ、コメディー俳優のヴォロディミル・ゼレンスキー氏(41)が勝利した。出口調査での得票率は73%と、
     現職のペトロ・ポロシェンコ大統領の26%を大きく上回った。ポロシェンコ氏は敗北を認めている。
  ゼレンスキー氏はテレビ番組で大統領を演じたことがあるが、政治キャリアはない。3月30日に行われた第1回投票では30.4%で第1位だった
  ゼレンスキー氏は勝利演説で、「私は絶対に貴方たちを失望させない」と述べた。「まだ正式な大統領ではないが、ウクライナ国民として、全ての旧ソ連国
     に言いたい。私たちを見てほしい、不可能なことは何もない!」ウクライナでは大統領が安全保障や国防、外交政策などに大きな権限を持つ。

ゼレンスキー氏とは?
政界でのキャリアがないため、ゼレンスキー氏の選挙活動は他の候補との違いを強調するもので、確固とした政策案などは打ち出されなかった。
  それにもかかわらず、第1回投票では30%以上の票を獲得し、ポロシェンコ氏の17.8%を大きく上回った。アナリストは、ポロシェンコ政権に幻滅した有権者が、
     ゼレンスキー氏の形式ばらないスタイルや、汚職撲滅の約束に飛びついたとみている。
  従来の選挙活動の戦術に囚われず、汚職の排除や富豪による権力掌握を緩和することを約束し、ドラマのキャラクターを自分に結び付けた。一方、
     ゼレンスキー氏は富豪のイホリ・コロモイスキー氏との関係が取りざたされており、信用できるか疑わしいとの批判もある。国内で有力な富豪らを退け、
     ロシアのウラディミール・プーチン大統領に対抗できるか疑問だという声も挙がっている。
  ゼレンスキー氏はウクライナのテレビドラマ「Servant of the People(直訳:国民のしもべ)」で、アクシデントで大統領になってしまう教師を演じた。この教師は、
     政界の汚職について激しい口調で批判。ソーシャルメディアで拡散され、それがきっかけで大統領になる。
  ゼレンスキー氏はこの番組名と同じ名前の政党から立候補した。政界でのキャリアがないため、ゼレンスキー氏の選挙活動は他の候補との違いを強調する
     もので、確固とした政策案などは打ち出されなかった。それにもかかわらず、第1回投票では30%以上の票を獲得し、ポロシェンコ氏の17.8%を大きく
     上回った。
  アナリストは、ポロシェンコ政権に幻滅した有権者が、ゼレンスキー氏の形式ばらないスタイルや、汚職撲滅の約束に飛びついたとみている。従来の選挙活動
     の戦術に囚われず、汚職の排除や富豪による権力掌握を緩和することを約束し、ドラマのキャラクターを自分に結び付けた。一方、ゼレンスキー氏は
     富豪のイホリ・コロモイスキー氏との関係が取りざたされており、信用できるか疑わしいとの批判もある。国内で有力な富豪らを退け、ロシアの
     ウラディミール・プーチン大統領に対抗できるか疑問だという声も挙がっている。

「先行き不透明で予測のつかない状況に」
現職のポロシェンコ氏は出口調査の結果が出た段階で、「この選挙によって、我々は先行き不透明で予測のつかない状況に置かれた」と述べた。その上で、
     「私は大統領職を去るが、政界から引退しないとはっきり言っておく」と話した。ポロシェンコ氏は2014年、それまでの親ロシア派の政権を覆す形で大統領
     に就任した。
  ロシアはこの年の3月にクリミア半島を併合し、国際的な批判を浴びている。これ以降、ウクライナ国内では、東部の分離派とウクライナ軍の紛争がこう着状態
     に陥っている。ポロシェンコ氏はツイッターで、「新しい、経験不足のウクライナ大統領は(中略)すぐにロシアの影響下に戻ってしまうかもしれない」と述べた。
  一方ロシアの外務省は、ウクライナの有権者は政治に変化が欲しかったのだと指摘した。グリゴリー・カラシン外務次官は国営メディアRIAノヴォスチの取材に
     対し、「新たな大統領は、支持者の願いを理解し実現しなくてはならない。もちろん、内政だけでなく外交についても」と語った。なおゼレンスキー氏は
     記者会見で、分離派との和平交渉を「再開」すると話した。「ミンスク協定を続行する。(中略)協議を再開するつもりだ」「担当者を変えるつもりだ。
     いずれにせよ、これまでの(停戦合意の)ミンスク協定の方向性で、停戦を履行する方針だ」


ウクライナ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


ウクライナ(ウクライナ語: Україна[ukrɑˈjinɑ])は、東ヨーロッパ国。東にロシア連邦、西にハンガリーポーランドスロバキアルーマニアモルドバ、
     北にベラルーシ、南に黒海を挟みトルコが位置している。

概要
16世紀以来「ヨーロッパの穀倉」地帯として知られ、19世紀以後産業の中心地帯として大きく発展している。天然資源に恵まれ、鉄鉱石石炭など資源立地指向
     の鉄鋼業を中心として重化学工業が発達している。
  キエフ大公国13世紀モンゴル帝国に滅ぼされた後は独自の国家を持たず、諸侯はリトアニア大公国ポーランド王国に属していた。17世紀から18世紀
     の間にはウクライナ・コサック国家が興亡し、その後ロシア帝国の支配下に入った。第一次世界大戦後に独立を宣言するも、ロシア内戦赤軍
     制したことで、ソビエト連邦内の構成国となった。1991年ソ連崩壊に伴い独立した。
  本来の「ルーシ」「ロシア」とは、現在のロシア連邦よりもウクライナを指した。歴史的・文化的には中欧東欧諸国との関係も深い。
国名
ウクライナの最高法規たるウクライナ憲法によると、当国の正式国号は「Україна」([ukrɑˈjinɑ])である[3]。日本語の表記は「ウクライナ」となっている[注釈 1]
     漢字表記は現在の日本では滅多にされないが、「宇克蘭」[4]、または「烏克蘭」[5]。公式の英語表記は「Ukraine」(ユークレイン)である。
  「ウクライナ」というスラヴ語の地名の初出は、「ウクライナ」(Ѹкраина[注釈 2]という形で『原初年代記イパチー写本の『キエフ年代記』、1187年
     条である[6]。この地名は、キエフ公国チェルニーヒウ公国と並んでルーシ大公国の歴史的中枢地に含まれるペレヤースラウ公国の範囲を示している。
     また、この地名は他のルーシ年代記に1189年の条[7]1213年の条[8]1280年の条[9]にも「ウクライナ」あるいは「ヴクライナ」(Вкраина)という
     形で登場し、ガリツィア地方、ヴォルィーニ地方、ポリーシャ地方を指す用語として用いられている。
  13世紀にルーシ大公国が滅び、その中部・南部の地域がリトアニア大公国ポーランド王国に併合されると、「ウクライナ」は併合地の領域を表す地名として
     リトアニア・ポーランドの年代記や公式文書などに使用されるようになる。14世紀から17世紀にかけて広義の「ウクライナ」はルーシ人が居住する
     ガリツィア地方、ヴォルィーニ地方、ポジーリャ地方、ブラーツラウ地方とキエフ地方の範囲を示し、狭義の「ウクライナ」はキエフを中心としたドニプロ川
     の中流域を示している[10]
  「ウクライナ」の地名の両義性は、ウクライナ・コサックヘーチマン国家が誕生する17世紀半ば以後にも東欧の古文書にもみられる。狭義の「ウクライナ」
     は当国家の支配圏を指しているが、広義の「ウクライナ」は当国家の支配圏外のルーシ人の居住地を意味している[11]。しかし、ヘーチマン国家が
     ロシア保護国になることにより、「ウクライナ」はドニプロ川の中流域だけを意味するようになり、17世紀以降はルーシの本土を意味する小ルーシ
     という地名の同義語となった。
  19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ルーシ系の知識人による民族運動が発展していくに連れて、「ウクライナ」はルーシ人が居住する民族領域を意味する
     名称となり、「ルーシ人」は「ウクライナ人」という民族名に取って代わられた[12]1917年に成立したウクライナ人民共和国において初めて、「ウクライナ」
     という名称が正式な国号の中で用いられることとなる。




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