イラン(ペルシャ)



2019.5.14(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190514-00000017-reut-asia)
UAE沖の石油タンカー攻撃、イランが実行の可能性=米当局者

 [ワシントン 13日 ロイター] - サウジアラビアの石油タンカーがアラブ首長国連邦(UAE)沖で攻撃を受けた事件で、米当局者は13日、イランが実行した
    疑いが強いが、決定的な証拠がないと明らかにした。
 サウジアラビアのファリハ・エネルギー相は、同国の石油タンカー2隻が12日、アラブ首長国連邦(UAE)フジャイラの沖合いで「意図的な妨害行為」の標的
    になったと明らかにした。国営サウジ通信社(SPA)が同エネルギー相の声明を伝えた。またUAEの外務省は、商業船4隻がUAEの領海近くで
    妨害行為の標的になったと発表した。 
 情報活動に詳しい米当局者は、イランの手口に合致するとして同国が関与した可能性を指摘した。


2019.5.17-JIJI COM-(https://www.jiji.com/jc/article?k=2019051700235&g=int&utm_source=jijicom&utm_medium=referral&utm_campaign=jijicom_auto_aja)
トランプ氏、対イラン戦争望まず=国防長官代行に伝える-米紙

 【ワシントン時事】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は16日、トランプ大統領が15日にホワイトハウスで行われた会合でシャナハン国防長官代行に、
   イランとの戦争を望まない考えを伝えたと報じた。中東への米空母派遣などで米イラン間の緊張が高まる中、圧力強化を軍事衝突に発展させないよう
   側近にくぎを刺す狙いとみられる。
 米国は、ミサイルを搭載した小型船がペルシャ湾上を航行しているとして、イランや親イラン勢力による米軍などへの攻撃に警戒態勢を強化。空母や
   戦略爆撃機を中東に派遣し、イランの隣国イラクの米大使館の人員を一部退去させた。]


2019.5.15-JIJI COM-(https://www.jiji.com/jc/article?k=2019051600742&g=int)
トランプ米大統領は強硬路線に不満=対イラン、ボルトン氏推進-米紙

 【ワシントン時事】米紙ワシントン・ポスト(電子版)は15日、中東への空母派遣など対イラン強硬策を進めるボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)
   らに対し、「トランプ大統領が不満を抱いている」と報じた。米・イラン間の緊張の高まりが軍事衝突につながると危惧する声も出ており、トランプ氏は
   外交解決を望み、イラン指導部と直接交渉したいと考えているという

 トランプ氏は、泥沼化したイラク戦争(2003年開戦)を「避けられた大失策」と批判し、中東の米軍撤収を目指してきた経緯がある。ポスト紙は「トランプ氏
   は新たな戦争に巻き込まれるのを懸念しており、より好戦的な補佐官らの姿勢に対する強力な重しになっている」と指摘した。


イラン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イラン・イスラム共和国、通称イランは、西アジア中東イスラム共和制国家ペルシアペルシャともいう。人口は8千1百万人を超え、
     その多さは世界で18位である。1,648,195 平方キロメートル(km2 )の総面積は、中東で2番目に大きく、世界では17位である。
     北西にアルメニアアゼルバイジャン、北にカスピ海、北東にトルクメニスタン、東にアフガニスタンパキスタン、南にペルシア湾オマーン湾
     西にトルコイラク (クルディスタン) と境を接する。
  また、ペルシア湾を挟んでクウェートサウジアラビアバーレーンカタールアラブ首長国連邦に面する。同国はユーラシアと西アジアの中心に位置し、
     ホルムズ海峡に面するため、地政学的に重要な場所にある。首都であるテヘランは同国の最も大きな都市であり,経済と文化の中心地でもある。
  1979年ルーホッラー・ホメイニー師によるイラン・イスラーム革命により、宗教上の最高指導者が国の最高権力を持つイスラム共和制を樹立しており、
     シーア派イスラーム国教である。世界有数の石油の産出地でもある。
  イランには文化的な遺産が多く存在し、ユネスコの世界遺産には22個登録されている。これはアジアでは3番目、世界では11番目に多い。
     多くの民族言語が存在する多文化国家であり、主要な民族の構成は
     ペルシア人(61%)、アゼルバイジャン人(35%)、クルド人(10%)、ロル族(6%)である。

シャーの独裁的統治は1979年イラン・イスラーム革命に繋がり、パフラヴィー朝の帝政は倒れ、新たにアーヤトッラー・ホメイニーの下でイスラム共和制
     を採用するイラン・イスラーム共和国が樹立された。新たなイスラーム政治制度は、先例のないウラマー(イスラーム法学者)による直接統治の
     システムを導入するとともに、伝統的イスラームに基づく社会改革が行われた。
  これはペレティエ『クルド民族』に拠れば同性愛者を含む性的少数者や非イスラーム教徒への迫害を含むものだった。また打倒したシャーへの支持
     に対する反感により対外的には反欧米的姿勢を持ち、特に対アメリカ関係では、1979年アメリカ大使館人質事件革命の輸出政策、
     レバノンヒズボッラー(ヒズボラ)、パレスチナハマースなどのイスラエルの打倒を目ざすイスラーム主義武装組織への支援によって、非常に
     緊張したものとなった。
  革命による混乱が続く1980年には隣国イラクサッダーム・フセイン大統領がアルジェ合意を破棄してイラン南部のフーゼスターン州に侵攻し、
     イラン・イラク戦争が勃発した。この破壊的な戦争イラン・コントラ事件などの国際社会の意向を巻き込みつつ、1988年まで続いた。
  国政上の改革派と保守派の争いは、選挙を通じて今日まで続くものである。保守派候補マフムード・アフマディーネジャードが勝利した
     2005年の大統領選挙でもこの点が欧米メディアに注目された。
  2013年6月に実施されたイラン大統領選挙では、保守穏健派のハサン・ロウハーニーが勝利し、2013年8月3日に第7代イラン・イスラーム共和国大統領
     に就任した。

法学者の統治
 イランの政治制度の特徴は、何といっても「法学者の統治」である[32]。これは、イスラーム法学者の解釈するイスラームが絶対的なものであることを
     前提とし、現実にイスラーム法が実施されているかを監督・指揮する権限を、イスラーム法学者が持つことを保障する制度である。この制度は、
     シーア派イスラームならではの制度といってよい。イランはシーア派のなかでも「十二イマーム派」に属するが、一般にシーア派の教義では「イマーム」
     こそが預言者の後継者として、「イスラームの外面的・内面的要素を教徒に教え広める宗教的統率者」としての役割を担うとされている[33]
     シーア派はイジュティハードの権限を持つイスラーム法学者を一般大衆とは区別し、この解釈権を持つイスラーム法学者(モジュタヒド)に確固とした
     政治的・宗教的地位を与えている。モジュタヒドの最高位にあるのが、「マルジャエ・タグリード」であり、1978年から1979年のイラン・イスラーム革成就
     によって、ホメイニー師自ら「マルジャエ・タグリード」となって、イランの最高指導者となった。
最高指導者
 ヴェラーヤテ・ファギーフペルシア語版英語版法学者の統治)の概念はイランの政治体制を構成する上で重要な概念となっている。憲法の規定によると、
    最高指導者は「イラン・イスラーム共和国の全般的政策・方針の決定と監督について責任を負う」とされる。単独の最高指導者が不在の場合は複数
    の宗教指導者によって構成される合議体が最高指導者の職責を担う。最高指導者は行政司法立法三権の上に立ち、
    最高指導者は軍の最高司令官であり、イスラーム共和国の諜報機関および治安機関を統轄する。宣戦布告の権限は最高指導者のみに与えられる。
    ほかに最高司法権長、国営ラジオ・テレビ局総裁、イスラーム革命防衛隊総司令官の任免権をもち、監督者評議会を構成する12人の議員
    のうち6人を指名する権限がある。最高指導者(または最高指導会議)は、その法学上の資格と社会から受ける尊敬の念の度合いによって、
    専門家会議が選出する。終身制で任期はない。現在の最高指導者はアリー・ハーメネイー
大統領
 大統領は最高指導者の専権事項以外で、執行機関たる行政府の長として憲法に従って政策を執行する。法令により大統領選立候補者は選挙運動以前
    に監督者評議会による審査と承認が必要で、国民による直接普通選挙の結果、絶対多数票を集めた者が大統領に選出される。任期は4年。再選
    は可能だが連続3選は禁止されている。
 大統領は就任後閣僚を指名し、閣議を主宰し行政を監督、政策を調整して議会に法案を提出する。
 大統領および8人の副大統領と21人の閣僚で閣僚評議会(閣議)が形成される。副大統領、大臣は就任に当たって議会の承認が必要である。
    首相職は1989年憲法改正により廃止された。またイランの場合、行政府は軍を統括しない。

議会(マジュレス)
 議会は「マジュレセ・シューラーイェ・エスラーミー」(イスラーム諮問評議会)といい、一院制である。立法府としての権能を持ち、立法のほか、条約の批准、
    国家予算の認可を行う。議員は任期4年で290人からなり、国民の直接選挙によって選出される。議会への立候補にあたっては監督者評議会
    による審査が行われ、承認がなければ立候補リストに掲載されない。この審査は“改革派”に特に厳しく、例えば2008年3月の選挙においては7600人
    が立候補を届け出たが、事前審査で約2200人が失格となった。その多くがハータミー元大統領に近い改革派であったことから、議会が本当に民意
    を反映しているのか疑問視する声もある[36]。また、議会による立法のいずれについても監督者評議会の承認を必要とする。日本語報道では
    国会とも表記される。

軍事(詳細は「イラン・イスラム共和国軍」を参照)
 国軍として、陸軍海軍空軍などから構成されるイラン・イスラム共和国軍を保有している。イランは核拡散防止条約(NPT)に加盟しているが、
    国際社会からイランの核開発問題が問題視されている。

人権問題(詳細は「イラン・イスラーム共和国における人権」、「イランにおける信教の自由」、および「イランにおける同性愛者迫害」を参照)
 1979年のイラン・イスラーム革命後、シャリーアに基づく政治体制が導入されたこともあり、同性愛者・非ムスリムの人権状況は大きく低下した。
 憲法では公式にシーア派イスラーム十二イマーム派国教としており、他のイスラームの宗派に対しては“完全なる尊重”(12条)が謳われている。
    一方非ムスリムに関しては、ゾロアスター教徒キリスト教徒ユダヤ教徒のみが公認された異教徒として一定の権利保障を受けているが、
    シャリーアにおけるイスラームの絶対的優越の原則に基づき、憲法では宗教による差別は容認されている。
 バハーイー教徒や無神論者・不可知論者はその存在を認められておらず、信仰が露呈した場合は死刑もありうる。また非ムスリム男性ムスリム女性
    と婚外交渉を行った場合は死刑なのに対し、ムスリム男性が同様の行為を行った場合は「鞭打ち百回」であるなど、刑法にも差別規定が存在する。
    イスラームからの離脱も禁止であり、死刑に処される。2004年にはレイプ被害を受けた16歳の少女が死刑(絞首刑)に処された。なお加害者
    鞭打ちの刑で済んだ。
 女性に対してはヒジャーブが強制されており、行動、性行為恋愛などの自由も著しく制限されている[注 1]。イラン革命前では欧米風の装束が男女ともに
    着用されていたが、現在では見られない。同性愛者に対しては、共和国憲法で正式に「ソドミー罪」を設けており、発覚した場合は死刑である。
    刑罰においても、シャリーアに基づくハッド刑の中には人体切断石打ちなど残虐な刑罰が含まれており、また未成年者への死刑も行われている。
 イランにおけるこれらの状況は、世界の多数の国の議会政府国際機関NGOや、隣国イラク国民からも人権侵害を指摘され、人権侵害の解消を
    求められている。

シリアとの関係
 シリアは他のアラブ諸国と異なり非スンナ派政権である事に加え、イラン・イラク戦争ではシリア・バース党イラク・バース党との対立も絡み、シーア派
    が国民の大多数を占めるイランを支持した。イランとは現在でも事実上の盟邦関係を継続中で  

サウジアラビアとの関係
 近年ではイラク戦争アラブの春の混乱で、イラク、シリア、エジプトなどの中東の有力国が国力を落とす中、相対的に中東におけるイランと
    サウジアラビアの影響力が拡大した。それぞれシーア派とスンナ派の盟主として、シリアやイエメンの内戦では異なる勢力を支援し事実上の代理戦争
    の様相を呈している他、両国の外交官の追放など対立が表面化している。

イランに対するアメリカ合衆国の政策(「アメリカ合衆国とイランの関係」も参照)
 1953年 - 1978年のパフラヴィー政権時代は政権が事実上アメリカの傀儡であったため、アメリカとの関係は質量ともに重大だった。1979年4月の
    イスラム革命時に、革命政権がアメリカ政府に対して、パフラヴィー政権時代の不平等な関係を平等互恵の関係に変更し、パフラヴィーが私物化した
    財産をイランに返還し、パフラヴィー元皇帝の身柄をイランに引き渡すことを要求したが、カーター大統領はその要求を拒否して、イランの在米資産を
    接収した。革命運動勢力はアメリカ政府の姿勢に対する反発で、1979年11月にアメリカ大使館を占拠し大使館員を人質にアメリカ政府に対する要求を
    継続した。
  カーター大統領は1980年4月にイランに対する国交断絶と経済制裁を実施した[38]。イスラム革命時以後の歴代のアメリカ議会・政府は、イランを
    反米国家と認識し、イランに対する国交断絶・経済制裁・敵視政策を継続している。アメリカ政府は1984年にレーガン大統領がイランをテロ支援国家
    と指定し、2008年現在まで指定を継続している[39]
  アメリカ政府は1995年にクリントン大統領が、アメリカ企業に対してイランとの貿易・投資・金融の禁止措置を実施した。アメリカ議会は1996年にイランと
    リビアの石油・ガス資源を開発する企業を制裁するイラン・リビア制裁法[40] を可決してクリントン大統領が署名して成立し、アメリカ議会は2001年と
    2006年にも制裁期間を延長する法案を可決し、ブッシュ大統領が署名して成立し、イランに対する制裁を継続中
    (リビアとは関係を修復し制裁は解除した)である。ブッシュ大統領は2002年の年頭教書でイランを悪の枢軸と表現して批判した。アメリカやイスラエル
    や国民の大部分がキリスト教徒である国は、イスラエルの打倒を主張するヒズボッラーハマースイスラム過激派と認識し、イランがヒズボッラー
    やハマースを支援していると指摘している。
  2008年1月、ブッシュ大統領は、クウェート、バーレーン、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エジプトを訪問して、訪問諸国の政府に対して、イランを
    テロ支援国家と認識して、国際的なイラン包囲網への参加・協力を要請したが、いずれの訪問国の政府もイランとの友好関係の形成を推進中であり、
    ブッシュ大統領の要請に対して、いずれの訪問国の政府からも賛同・協力は得られなかった。
  2009年のイランの反アフマディーネジャード派の大規模なデモにイギリス大使館の関係者が関与していたことが知られているが、イラン情報省海外担当次官
    は、大統領選挙後のデモの発生にアメリカとヨーロッパの財団・機関が関与していた事実があったとして「ソフトな戦争」(実際的な戦争などでない、
    内政干渉など)を仕掛ける60の欧米団体の実名をイランのメディアに対して公表し[41]、アメリカ政府もイランの体制を壊す目的で工作していたと発表
    した(詳しくは「アメリカ合衆国とイランの関係」を参照)。

  日本の新聞でもアメリカ政府がイランの体制の根幹にゆさぶりをかける、という内容の記事が掲載されたことがあり、米『Newsweek』誌2010年2月3日号
    でもアメリカ政府関係者がこの頃のデモに関して、イランへの内政干渉を完全に肯定し、西欧化を押し付けようとする覇権主義的な発言をしている。
  2010年2月の革命31周年の際には、数千万人の体制派の国民が行進に参加したとされ[42](イランの国営プレステレビでもこのことが伝えられた)、
    長年に渡る外国の干渉(内政干渉と国際的な干渉)に今年も我々は勝利し、革命を守りぬいたと最高指導者ハーメネイ師が述べている[43]

アメリカ合衆国に対するイランの主張
 イラン政府はイスラム革命時から1989年にホメイニー師が死去するまではアメリカに対して強硬な姿勢だったが、その後は、アリー・ハーメネイー師、
    ハーシェミー・ラフサンジャーニー大統領、モハンマド・ハータミー大統領、マフムード・アフマディーネジャード大統領などが、アメリカがイランに対する
    敵視政策を止め、アメリカもイランも互いに相手国を理解し、相手国の立場を尊重し、平等互恵の関係を追求する政策に転換するなら、イランは
    いつでもアメリカとの関係を修復すると表明している[44][45][46][47]
  ラフサンジャーニー大統領は1996年のアトランタオリンピックに選手を派遣した。ハータミー大統領は文明の対話を提唱し、2001年9月11日のアメリカ
    に対する武力行使を非難し、被害を受けた人々に哀悼を表明した。
  アフマディーネジャード大統領はイラク国民が選挙で選出した議会と政府の樹立後の、イラクの治安の回復に協力すると表明している[48][49]

経済
 IMFの統計によると、2013年GDPは3,663億ドルであり[1]大阪府とほぼ同じ経済規模である[57]。同年の一人当たりのGDPは4,750ドルである[1]
 イランの経済は中央統制の国営イラン石油会社国有大企業と、農村部の農業および小規模な商業、ベンチャーによるサービス業などの私有企業
    からなる混合経済である。政府は以前から引き続いて市場化改革を行い、石油に依存するイラン経済の多角化を図っており、
    収益を自動車産業航空宇宙産業、家電製造業、石油化学工業核技術など他の部門に振り分け投資している。チャーバハール自由貿易地域、
    キーシュ島自由貿易地域の設定などを通して投資環境の整備に努め、数億ドル単位での外国からの投資を呼び込むことを目指している。現代イラン
    の中産階級の層は厚く堅実で経済は成長を続けているが、一方で高インフレ、高失業率が問題である。インフレ率は2007年度の平均で18.4%、
    2008年4月(イラン暦)には24.2%にまで達している。
 イラン・イスラム革命は富の再分配も理念の一つとしていたが、実際には貧富の格差は大きい。縁故主義により経済的に成功したり、海外への留学を
    楽しんだりする高位聖職者や政府・軍高官の一族は「アガザデ」(高貴な生まれ)と呼ばれている[58]
    財政赤字は慢性的問題で、これは食品、ガソリンなどを中心とする年総計約72億5000万ドルにものぼる莫大な政府補助金が原因の一つとなっている。
    これに対してアフマディーネジャード政権は、2010年からガソリンや食料品などに対する補助金の段階的削減に踏み切り、低所得層に対しては
    現金給付に切り替えている[59]
 イランはOPEC第2位の石油生産国で、2016年時点の生産量は200万バレル/日である。確認されている世界石油埋蔵量の10%を占める。
    また天然ガス埋蔵量でもロシアに続き世界第2位である。原油の輸出は貴重な外貨獲得手段であるとともに1996年の非常に堅調な原油価格は、
    イランの財政赤字を補完し、債務元利未払金の償還に充てられた。
 農業については国家投資、生産自由化による活発化が目指され、外国に対する売り込み、マーケティングなどで輸出市場を開発し、全般的に改善された。
    ナツメヤシピスタチオ花卉など輸出用農業生産物の拡大、大規模灌漑計画により1990年代のイラン農業は、経済諸部門の中でも最も早い
    成長のあった分野である。一連の旱魃による踏み足局面もあるが、農業はいまだにイランで最大の雇用を持つ部門である。
 イランはバイオテクノロジー医薬品製造などにも力を入れている。主要貿易国はフランスドイツ日本イタリアスペインロシア韓国中国
    などである。1990年代後半からはシリアインドキューバベネズエラ南アフリカなど発展途上国との経済協力も進めている。また域内でも
    トルコパキスタンとの通商を拡大させており、西アジア中央アジア市場統合のビジョンを共有している。

宗教
 大部分のイラン人はムスリムであり、その90%がシーア派十二イマーム派国教)、9%がスンナ派(多くがトルクメン人クルド人アラブ人)である(詳細は
    イランのイスラームを参照)。ほかに非ムスリムの宗教的マイノリティがおり、主なものにバハーイー教ゾロアスター教サーサーン朝時代の国教)、
    ユダヤ教キリスト教諸派などがある。
 このうちバハーイーを除く3宗教は建前としては公認されており、憲法第64条に従い議会に宗教少数派議席を確保され[62]、公式に「保護 」されているなど
    かつての「ズィンミー」に相当する。これら三宗教の信者は極端な迫害[要出典]を受けることはないが、ヘイトスピーチや様々な社会的差別などを
    受けることもある。また、これら公認された宗教であれ、イスラム教徒として生まれた者がそれらの宗教に改宗することは出来ず、発覚した場合
    死刑となる。
 一方、バハーイー教(イラン最大の宗教的マイノリティー)は、非公認で迫害の歴史がある。バハーイー教は19世紀半ば十二イマーム派シャイヒー派を背景
    に出現したバーブ教の系譜を継ぐもので、1979年の革命後には処刑や高等教育を受ける権利を否定されるなど厳しく迫害[要出典]されている
    (これについてはバハーイー教の迫害およびイランの宗教的マイノリティーイランにおける宗教的迫害を参照)。ホメイニー自身もたびたび、
    バハーイー教を「邪教」と断じて禁教令を擁護していた。歴史的にはマニによるマニ教もイラン起源とも言える。またマズダク教は弾圧されて姿を消した。


2019年3月
  イランロウハニ大統領は隣国イラクへの3日間の訪問を終えましたが、イラクアブドルマハディ首相との貿易拡大や両国間の鉄道敷設
      に関する覚書に署名・・・と良好な関係をアピールした。トランプ大統領は、イラク側にイランとの関係を絶つように求めていたが、イラクに
      とっては、天然ガスや電力の供給元であるイランはトルコに次ぐ貿易相手である。双方は商業関連ビザ(査証)を無料で発給する方針でも
      合意している。(2019.3.14)
2019年2月
  1979年のイラン革命後、初代大統領となったアポルハサン・バニサドル(85)が話した。革命最高指導者「ホメイニ氏」は革命前は
     宗教は政治に関与しない原則に同意したのに、態度を変えた(2019.2.23)
     ホルムズ海峡に面するイラン南部バンダルアバスなどはイラン軍が、ペルシャ湾と言う世界の海上輸送原油の3割が通行する大動脈の海峡に、
     にらみを効かしている。米国は対岸の親米諸国には米軍が広範囲に駐留しており、米国の対イラン封じ込め戦略など緊張の最前線
     である。バンダルアバスは漁業はもとより原油の輸出拠点、精製施設があり、横には海軍施設もあり、昨年末にはステルス性能がある
     「駆逐艦・サハンド」も配備された。(2019.2.17)

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