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拉致問題



2019年3月31日
拉致被害者向け周波数増枠
産経新聞

ラジオ「しおかぜ」北の妨害開始
北朝鮮による拉致被害者に向けて発信する民間ラジオ「しおかぜ」で、4月から短波周波数を5波に増枠し同じ時間に2波で番組を一斉放送する
     「多チャンネル化」を新たに始めることが決まり、政府が支援策を検討していることが30日、分かった。平成17年の放送開始直後から現在まで続く
     北朝鮮当局の電波妨害を攪乱(かくらん)し、情報を確実に北朝鮮内へ届けるのが狙いだ。

府、支援策を検討

しおかぜを運営する特定失踪者問題調査会によると、新たな放送免許の交付を受け、同じ時間帯に使用できる短波の周波数が計3波から計5波に増える。
     4月1日から、うち2波を無作為に選択し、同じ時間帯に番組の一斉放送を行う。
  しおかぜは、政府認定拉致被害者の家族や拉致の可能性が排除できない特定失踪者の家族のメッセージ、朝鮮半島情勢を伝えるニュースなどを日本語、
     朝鮮語、英語、中国語で放送。北朝鮮は国内では厳格な情報統制を敷き、深刻な電力不足とされる状況でも大量の電力が必要な妨害電波の
     発射を続けてきた。
  しおかぜは妨害を避けるため、これまでも3波のうち1波を無作為に選び放送してきたが、5波から2波を選んで一斉放送すれば、妨害が困難になる
     可能性がある。
  新たな取り組みの背景には、しおかぜの厳しい実情もある。北朝鮮内で中波を受信するラジオが増加しているとの情報を受け、28年に放送を開始し
     たが、資金不足で再三休止。さらに、放送委託した海外の民間ラジオ局が明確な理由を示さずに、昨年5月から放送休止の状態を続けている。
  今年も再開の見通しは立たず調査会は当面、短波の同時一斉放送に取り組む。政府もしおかぜの運営を支援し、中波でも放送実績に応じて業務委託費を
     支払う予算を計上してきた。政府関係者によると、中波の放送休止や短波の一斉放送開始を受けて、新たな支援策の検討を進めている。 
     調査会の村尾建兒(たつる)副代表は「金正恩(キム・ジョンウン)政権は対話姿勢をアピールしながら情報流入を極度に恐れている。拉致被害者に
     直接届く可能性があるラジオ放送を通して北朝鮮に解決を迫る圧力をかけられれば」と話す。

2019月17日
指導者同士の真剣な話し合いをっ待っています
めぐみへの手紙
   父   横田 滋(しげる)
   母       早紀江

めぐみちゃん、こんにちは。新しい年を迎え、めまぐるしい日々を過ごすうちに、あっという間に3月です。お父さんもお母さんも、めぐみたちすべての
     拉致被害者を救い出すことを心に誓いながら、一刻の過ぎ行く早さに、空恐ろしくなることもあります。
  つい先日、米国のトランプ大統領と、北朝鮮の最高指導者、金正恩氏が首脳会談を行いました。会談後、安部晋三首相はトランプ大統領から報告を
     受け、私たち家族とも面会して、今後の成り行きについて、お話されました。
  米朝首脳会談では、米国が北朝鮮に非核化の問題で激しく臨み、トランプ大統領は拉致問題の解決を繰り返し投げかけたそうです。阿部首相は金正恩氏
     と直接向き合い、被害者の帰国を求めるという決意を、改めて私たちに伝えました。
  「水面下」と言われるものも含め、日本と北朝鮮がどのような交渉をしているのか、私たちは知る由もありません。ただ、重たかった扉が音を立て動き、
     日本と北朝鮮の指導者が互いの平和を実現するため真剣に話し合う機会が、現時味を帯びているように感じます。
  拉致は単なる「問題」ではなく、前代未聞の「大事件」です。非道極まりない国家犯罪をすっきりと解決できなければ、日本の恥です。北朝鮮も拉致被害者全員
     を帰して初めて、明るく豊かで、幸福な国づくりを進めることができます。
  阿部首相の決意を信じ、すべての被害者が祖国の」土を踏みしめる日が来ることを、切に願います。(題字は横田早紀江さん:産経新聞の掲載には直筆の
     サインのようです。)

わが家は「闘い」の場所だった

拉致事件をはじめ、日本はさまざまな課題と向き合っています。後を絶たない災害も、その一つではないでしょうか。今月11日で東日本大震災から8年となり
     ました。被災者の方々は懸命な日々を歩まれてきたはずです。悲しみが癒され、希望の光が差しますよう、祈りを捧げます。
  お母さんは先月、83歳になりました。また一つ、年を重ねてしまったのかと、悲しくさえなります。私たち家族は、普通の日本人です。拉致事件がなければ、
     穏やかな余生を過ごしていたことでしょう。でも、あなたが姿を消した昭和52年11月15日から、修羅のような日々を過ごしてきました。病院で療養して
     いるお父さんも、同じ思いを抱いているはずです。リハビリや治療が功を奏し、最近は意識もはっきりして、みるみる元気になっています。
  でも、元気になった分、拉致事件の重すぎる現実が見に迫り、考え込むことも多いようです。最近、病院の許可を得てお父さんを自宅に連れ帰ったときの
     ことです。わが家に戻れば、もっと元気が出るかも、と思ってのことでしたが、いつになく厳しい表情で、部屋を見渡していました。その姿に、お母さんは
     気付かされました。「めぐみちゃんが拉致されてから、私たちの家はくつろいぎの場ではなく、厳しい「闘い」の場所だった」ーと。
  平成9年、めぐみちゃんが北朝鮮にいることが分かり、拉致被害者の家族会が結成されると、めまぐるしい毎日が始まりました。
  そして、拉致事件にどう向き合うか家族で幾度も話し合いました。「命が危ない」-。めぐみちゃんの事件が初めて実名報道されるときにも、激しい議論に
     なりました。恐怖を振り払い、皆で前に進みました。
  拉致事件はかって、連れ去られた事実さえ知られずに闇の底に埋もれ、置き去りにされました。私たちは、理由なく姿を消しためぐみちゃんの痕跡を追い、
     地獄の中でもがき苦しみ続けました。ようやく、めぐみちゃんたちが北朝鮮にいることが分かっても拉致は「疑惑」に過ぎないとされた時代が続き、
     私たち家族の訴えは容易に届きませんでした。
  しかし、平成14年、北朝鮮はついに拉致を認めて謝罪し、蓮池さんご夫婦地村さんご夫婦曽我ひとみさんたち5人が帰国を果たしました。重い扉が
     開きましたが、北朝鮮は、めぐみちゃんたち残された被害者を「死亡」や「未入境」としたまま、今日に至ります。
     救出運動は喜び、怒り、悲しみ、あらゆる感情が交錯する怒涛の連続でした。
  声をあげてくださる国民の皆さまの力があれば、必ずや喜びの奇跡が再び訪れ、被害者全員が祖国の土を踏む日が来るに違いありません。最後にそれを
     実現するのは、国家の力、政治の力に他なりません。
  闘いの場だったわが家に再び、めぐみを迎え、安らぎの団欒を過ごせる日が、必ず実現するはずです。その時まで、お父さんとお母さんは、祈り、
     待ち続けます。






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