日本の歴代首相-1



2020.10.26-NHK 政治マガジン-https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/47148.html
菅 義偉 所信表明演説
第203臨時国会

  菅総理大臣は26日召集された第203臨時国会で初めてとなる所信表明演説を行いました。
1. 新型コロナウイルス対策と経済の両立
  このたび、第99代内閣総理大臣に就任いたしました。
  新型コロナウイルスの感染拡大と戦後最大の経済の落ち込みという、国難の最中(さなか)にあって、国のかじ取りという、大変重い責任を担うこととなりました。まず改めて、今回の感染症でお亡くなりになられたすべての皆様に、心からの哀悼の誠をささげます。そして、ウイルスとの闘いの最前線に立ち続ける医療現場、保健所の皆さん、介護現場の皆さんをはじめ多くの方々の献身的な御努力のおかげで、今の私たちの暮らしがあります。
  深い敬意とともに、心からの感謝の意を表します。
  6月下旬以降の全国的な感染拡大は減少に転じたものの、足元で新規陽性者数の減少は鈍化し、状況は予断を許しません。
  爆発的な感染は絶対に防ぎ、国民の命と健康を守り抜きます。そのうえで、社会経済活動を再開して、経済を回復してまいります。今後、冬の季節性インフルエンザ流行期に備え、地域の医療機関で1日平均20万件の検査能力を確保します。
  重症化リスクが高い高齢者や基礎疾患を有する方に徹底した検査を行うとともに、医療資源を重症者に重点化します。
  ワクチンについては、安全性、有効性の確認を最優先に、来年前半までにすべての国民に提供できる数量を確保し、高齢者、基礎疾患のある方々、医療従事者を優先して、無料で接種できるようにします。私たちが8年前の政権交代以来、一貫して取り組んできたのが、経済の再生です。今後もアベノミクスを継承し、更なる改革を進めてまいります。
  政権発足前は極端な円高・株安に悩まされましたが、現在は、この新型コロナウイルスの中にあってもマーケットは安定した動きを見せております。人口が減る中で、新たに働く人を400万人増やすことができました。下落し続けていた地方の公示地価は昨年、27年ぶりに上昇に転じました。バブル崩壊後、最高の経済状態を実現したところで、新型コロナウイルスが発生しました。
  依然厳しい経済状況の中で、まずは、雇用を守り、事業が継続できるように、最大で200万円の持続化給付金や4000万円の無利子・無担保融資などの対策を続けてまいります。さらに、Go Toキャンペーンにより、旅行、飲食、演劇やコンサート、商店街でのイベントを応援します。これまで、延べ2500万人以上の方々が宿泊し、感染が判明したのは数十名です。
  事業者が感染対策をしっかり講じたうえで、利用者の方々にはいわゆる「3密」などに注意していただき、適切に運用してまいります。
  今後とも、新型コロナウイルスが経済に与える影響をはじめ、内外の経済動向を注視しながら、ちゅうちょなく、必要な対策を講じていく考えです。

2.デジタル社会の実現 サプライチェーン
  今回の感染症では、行政サービスや民間におけるデジタル化の遅れ、サプライチェーンの偏りなど、さまざまな課題が浮き彫りになりました。デジタル化をはじめ大胆な規制改革を実現し、ウィズコロナ、ポストコロナの新しい社会をつくります。役所に行かずともあらゆる手続ができる。地方に暮らしていてもテレワークで都会と同じ仕事ができる。都会と同様の医療や教育が受けられる。
  こうした社会を実現します。
  そのため、各省庁や自治体の縦割りを打破し、行政のデジタル化を進めます。
  今後5年で自治体のシステムの統一・標準化を行い、どの自治体にお住まいでも、行政サービスをいち早くお届けします。
  マイナンバーカードについては、今後2年半のうちにほぼ全国民に行き渡ることを目指し、来年3月から保険証とマイナンバーカードの一体化を始め、運転免許証のデジタル化も進めます。こうした改革を強力に実行していく司令塔となるデジタル庁を設立します。来年の始動に向け、省益を排し、民間の力を大いに取り入れながら、早急に準備を進めます。
  教育は国の礎です。すべての小中学生に対して、1人1台のIT端末の導入を進め、あらゆる子どもたちに、オンライン教育を拡大し、デジタル社会にふさわしい新しい学びを実現します。さらに、テレワークやワーケーションなど新しい働き方も後押ししてまいります。
  行政への申請などにおける押印は、テレワークの妨げともなることから、原則すべて廃止します。マスクや防護ガウンの生産地の偏りなど、サプライチェーンの脆弱性が指摘されました。
  生産拠点の国内立地や国際的な多元化を図るとともに、デジタル化やロボット技術による自動化、無人化を進め、国内に医療・保健分野や先端産業の生産体制を整備してまいります。
3. グリーン社会の実現
  菅政権では、成長戦略の柱に経済と環境の好循環を掲げて、グリーン社会の実現に最大限注力してまいります。
  わが国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です。
  鍵となるのは、次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーションです。実用化を見据えた研究開発を加速度的に促進します。
  規制改革などの政策を総動員し、グリーン投資の更なる普及を進めるとともに、脱炭素社会の実現に向けて、国と地方で検討を行う新たな場を創設するなど、総力を挙げて取り組みます。
  環境関連分野のデジタル化により、効率的、効果的にグリーン化を進めていきます。世界のグリーン産業をけん引し、経済と環境の好循環を作り出してまいります。
  省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します。長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換します。
4. 活力ある地方を創る
  私は、雪深い秋田の農家に生まれ、地縁、血縁のない横浜で、まさにゼロからのスタートで、政治の世界に飛び込みました。その中で「活力ある地方を創る」という一貫した思いで、総務大臣になってつくった「ふるさと納税」は、今では年間約5000億円も利用されています。いわゆる東京圏、1都3県の消費額は全国の3割にすぎません。
  観光や農業改革などにより、地方への人の流れをつくり、地方の所得を増やし、地方を活性化し、それによって日本経済を浮上させる。インバウンドは政権交代時の約4倍の年間3200万人に、農産品の輸出額は政権交代時から倍増して年間9000億円となりました。日本の農産品はアジアをはじめ海外で根強い人気があり、輸出額はまだまだ伸ばすことができます。
  年初以来、新型コロナウイルスの影響が出る中でも、直近は前年から11パーセントの増加となり、回復の動きが出ています。4月に農林水産省に発足した輸出本部の下で、関係省庁が一体となって相手国との交渉を行い、輸出用の加工施設の認定も急速に進みました。2025年に2兆円、2030年に5兆円の目標に向けて、当面の戦略を年末までに策定し、早急に実行に移してまいります。これまでの農林水産業改革についても確実に進め、地方の成長につなげてまいります。
  新しい日常においても旅は皆さんの日常の一部です。日本に眠る価値を再発見し、観光地の受入れ環境整備を一挙に進め、当面の観光需要を回復していくための政策プランを、年内に策定してまいります。地方の所得を増やし、消費を活性化するため、最低賃金の全国的な引き上げに取り組みます。
5. 新たな人の流れをつくる
  新型コロナウイルスとの闘いの中で、地方のよさが見直される一方で、産業や企業をめぐる環境は激変しております。こうした状況を踏まえ、都会から地方へ、また、ほかの会社との間で、さらには中小企業やベンチャーへの新たな人の流れをつくり、次なる成長の突破口を開きます。大企業にも中小企業にも、それぞれの会社にすばらしい人材がいます。
  大企業で経験を積んだ方々を、政府のファンドを通じて、地域の中堅・中小企業の経営人材として紹介する取組を、まずは銀行を対象に年内にスタートします。わが国にとって、海外との人の交流を行い、海外の成長を取り込んでいく必要性は、ポストコロナにおいても変わりはありません。
  今月から、ビジネス関係者や、留学生について、全世界からの入国を緩和しました。入国時の検査能力を来月中に1日2万人に引き上げ、防疫措置をしっかりと講じながら、グローバルな経済活動を再開してまいります。海外の金融人材を受け入れ、アジア、さらには世界の国際金融センターを目指します。そのための税制、行政サービスの英語対応、在留資格の緩和について早急に検討を進めます。
  コーポレートガバナンス改革は、わが国企業の価値を高める鍵となるものです。更なる成長のため、女性、外国人、中途採用者の登用を促進し、多様性のある職場、しがらみにとらわれない経営の実現に向けて、改革を進めます。
6. 安心の社会保障
  わが国の未来を担うのは子どもたちであります。長年の課題である少子化対策に真正面から取り組み、大きく前に進めてまいります。
  政権交代以来、72万人の保育の受け皿を整備し、ことしの待機児童は、調査開始以来、最少の1万2000人となりました。待機児童の解消を目指し、女性の就業率の上昇を踏まえた受け皿整備、幼稚園やベビーシッターを含めた地域の子育て資源の活用を検討し、年末までにポスト「子育て安心プラン」を取りまとめます。
  男性の育児参加を進めるため、今年度から男性国家公務員には1か月以上の育休取得を求めておりますが、民間企業でも男性の育児休業を促進します。「共働きで頑張っても、1人分の給料が不妊治療に消えてしまう」。以前お話しした夫婦は、つらそうな表情で話してくれました。こうした方々の気持ちに寄り添い、所得制限を撤廃し、不妊治療への保険適用を早急に実現します。
  それまでの間、現在の助成措置を大幅に拡大してまいります。児童虐待を防止するため、児童相談所や市町村の体制強化など対策を強化します。
  ひとり親家庭への支援など、子どもの貧困対策に社会全体で取り組みます。
  新型コロナウイルスにより、特に女性の雇用が厳しい状況にさらされていますが、こうした中にあっても、これまで進めてきた女性活躍の勢いを止めてはなりません。すべての女性が輝ける社会の構築に向けて新たな男女共同参画基本計画を年末までに策定します。
  また、厳しい状況にある大学生、高校生の就職活動を支援します。同一労働同一賃金など働き方改革を進めるとともに、就職氷河期世代について、働くことや社会参加を促進できるよう、個々人の状況に応じた支援を行います。
  障害や難病のある方々が、仕事でも、地域でも、その個性を発揮して活躍できる社会をつくってまいります。
  人生100年時代を迎え、予防や健康づくりを通じて健康寿命を延ばす取組を進めるとともに、介護人材の確保や介護現場の生産性向上を進めます。
  一方で、各制度の非効率や不公平は、正していきます。毎年薬価改定の実現に取り組むとともに、デジタル化による利便性の向上のため、オンライン診療の恒久化を推進します。2022年には、いわゆる団塊の世代が75歳以上の高齢者となります。これまでの方針に基づいて、高齢者医療の見直しを進めます。
  すべての世代の方々が安心できる社会保障制度を構築し、次の世代に引き継いでまいります。
7. 東日本大震災からの復興 災害対策
  先月訪れた福島のふたば未来学園では、生徒の皆さんから復興に寄せる熱意、風評被害と闘う取組を伺う中で、未来を切り拓き、世界に羽ばたく若者たちが育ちつつある、そうした思いを強くしました。たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域のすべてについて避難指示を解除する決意は揺るぎません。
  福島の復興なくして、東北の復興なし。東北の復興なくして、日本の再生なし。被災者の皆さんの心に寄り添いながら、一層のスピード感を持って、復興・再生に取り組みます。
  この夏、熊本をはじめ全国を襲った豪雨により、亡くなられた方々の御冥福をお祈りし、被害に遭われた皆様に、お見舞いを申し上げます。毎年のように甚大な被害をもたらす豪雨や台風への対策は、一刻の猶予も許されません。
  これまでは同じダムでも、水力発電や農業用のダムは洪水対策に使えませんでしたが、省庁の縦割りを打破し、すべてのダムを活用することで、洪水対策に使える水量は倍増しました。7月の豪雨では、木曽川で新たに事前放流を行い、流域の町長さんから私宛てに感謝のお手紙をいただきました。
  堤防や遊水地の整備、大雨予測の精緻化などを組み合わせて、身近な河川の洪水から命を守ります。自然災害により住宅に大きな被害を受けた方々が、より早く生活の安定を図ることができるよう、被災者生活再建支援法を改正し、支援金の支給対象を拡大いたします。
  水害や地震などの自然災害が相次ぐ中で、防災・減災、国土強じん化は引き続き大きな課題です。
  省庁、自治体や官民の垣根を越えて、災害の状況を見ながら、国土強じん化に取り組み、災害に屈しない国土づくりを進めてまいります。
8. 外交・安全保障
  総理就任後、G7、中国、ロシアなどとの電話会談を重ねてきました。米国をはじめ各国との信頼、協力関係をさらに発展させ、積極外交を展開していく決意です。
  拉致問題は、引き続き、政権の最重要課題です。すべての拉致被害者の1日も早い帰国実現に向け、全力を尽くします。私自身、条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意です。
  日朝平壌宣言に基づき、拉致・核・ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、北朝鮮との国交正常化を目指します。
  厳しい安全保障環境の中、国民の命と平和な暮らしを守り抜くことは政府の最も重大な責務です。
  イージス・アショアの代替策、抑止力の強化については、先月公表の談話を踏まえて議論を進め、あるべき方策を取りまとめていく考えです。
  わが国外交・安全保障の基軸である日米同盟は、インド太平洋地域と国際社会の平和、繁栄、自由の基盤となるものです。
  その抑止力を維持しつつ、沖縄の基地負担軽減に取り組みます。普天間飛行場の危険性を1日も早く除去するため、辺野古移設の工事を着実に進めてまいります。これまでにも、沖縄の本土復帰後最大の返還となった北部訓練場の過半の返還など、着実に前に進めてきました。
  引き続き、沖縄の皆さんの心に寄り添いながら、取組を進めてまいります。先日はベトナムとインドネシアを訪問しました。
  ASEAN、豪州、インド、欧州など、基本的価値を共有する国々とも連携し、法の支配に基づいた、自由で開かれたインド太平洋の実現を目指します。
  中国との安定した関係は、両国のみならず、地域および国際社会のために極めて重要です。
  ハイレベルの機会を活用し、主張すべき点はしっかり主張しながら、共通の諸課題について連携してまいります。

  北方領土問題を次の世代に先送りせず、終止符を打たねばなりません。ロシアとは、首脳間の率直な意見交換も通じ、平和条約締結を含む日露関係全体の発展を目指します。
  韓国は、極めて重要な隣国です。健全な日韓関係に戻すべく、わが国の一貫した立場に基づいて、適切な対応を強く求めていきます。
  新型コロナウイルスにより人間の安全保障が脅かされており、国際連携の強化が必要です。保健分野など途上国を支援するとともに、多国間主義を推進していきます。
  安保理改革を含む国連改革や、WHO、WTO改革などに積極的に取り組みます。
  世界経済が低迷し、内向き志向も見られる中、率先して自由で公正な経済圏を広げ、多角的自由貿易体制を維持し、強化していきます。
  日英の経済連携協定を締結し、日系企業のビジネスの継続性を確保します。また、経済安全保障の観点から、政府一体となって適切に対応していきます。
  来年の夏、人類がウイルスに打ち勝った証として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会を開催する決意です。

  安全・安心な大会を実現するために、今後も全力で取り組みます。2025年大阪・関西万博についても、新型コロナウイルス感染症を乗り越え、日本の魅力を世界に発信してまいります。
9. おわりに
  国の礎である憲法について、そのあるべき姿を最終的に決めるのは、主権者である国民の皆様です。憲法審査会において、各政党がそれぞれの考え方を示したうえで、与野党の枠を超えて建設的な議論を行い、国民的な議論につなげていくことを期待いたします。政権交代以降、経済を再生させ、外交・安全保障を再構築するために、日々の課題に取り組んでまいりました。
  今後も、これまでの各分野の改革は継承し、その中で、新たな成長に向かって全力を尽くします。
  携帯電話料金の引下げなど、これまでにお約束した改革については、できるものからすぐに着手し、結果を出して、成果を実感いただきたいと思います。

  私が目指す社会像は、「自助・共助・公助」そして「絆」です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。そのうえで、政府がセーフティネットでお守りする。
  そうした国民から信頼される政府を目指します。そのため、行政の縦割り、既得権益、そして、悪しき前例主義を打破し、規制改革を全力で進めます。
  「国民のために働く内閣」として改革を実現し、新しい時代を、つくり上げてまいります。

御清聴ありがとうございました。


2020.10.7-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201007/k10012651611000.html
菅首相 すべての行政手続きで書面や押印など見直しを指示

  菅内閣発足後初めての規制改革推進会議が開かれました。菅総理大臣は、すべての行政手続きで書面や押印などを見直す方針を速やかにまとめるよう指示しました。
  会議には、菅総理大臣や河野規制改革担当大臣、それに、企業経営者などのメンバーが出席しました。
  菅総理大臣は、行政手続きについて「書面、押印、対面主義の見直しを抜本的に進めており、押印は原則廃止の方針を河野大臣が表明した。その方針を前提に、近日中に全省庁ですべての行政手続きの見直し方針をまとめてほしい」と指示しました。
  また、民間の取り引きで書面を交わす義務などを抜本的に見直すほか、国民からの提案をいかして、必要な改革につなげるよう求めました。
  そして、「行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義を打ち破り規制改革を全力で進めるため、各省庁がみずから規制改革を進めることが必要だ」と述べ、政府一体となって規制改革に取り組む姿勢を強調しました。
河野規制改革相「押印の廃止は早急に」
  河野規制改革担当大臣は記者会見で「押印の廃止について、各省でやる分は、どんどんやってもらいたい。政令や省令でできるものは、年内と言わず、月内でも、週内でも、早くできるにこしたことはない。民間と民間の関係でも、法律に規定されて、書面や対面でなければいけないものは、早急に廃止する方向で検討していく」と述べました。
加藤官房長官「速やかに検討する」
  加藤官房長官は午前の記者会見で「押印の原則廃止は、あさってまでに見直し方針を回答するよう求めており、河野大臣を中心に政府全体として速やかな対応がなされていくと思う。ファックスについても、行政のデジタル化を進めることで、国民の利便性を向上させる観点から、当然、検討の対象になりうる」と述べました。
  そのうえで「いま、具体的な作業スケジュールを持っているわけではないが、スピード感を持って取り組むと申し上げているので、速やかに検討していきたい」と述べました。


2020.10.6-SankeiBiz-https://www.sankeibiz.jp/macro/news/201006/mca2010061958009-n1.htm
菅首相が描く成長戦略は 経済財政諮問会議重視で“菅カラー”始動

  菅義偉政権となって初の経済財政諮問会議が6日、開かれた。新型コロナウイルス感染症対策を徹底し、今後、国際的な人の往来拡大や来年の東京五輪・パラリンピック開催を実現して経済再生を目指し、規制改革とデジタル化にも大胆に取り組む方針が示された。年末の令和3年度予算編成に向け、経済財政諮問会議を中心に“菅カラー”の成長戦略を始動させる。

  「新型コロナウイルスの感染対策を講じながら、国民生活を守り、経済を再生していくことが内閣の最重要課題だ」。同日の会議で菅首相はこう強調した。
内閣府によると、東京における4月以降の外出動向と新規感染者数の間に、一定の関係性は見いだせていない。こうした状況を踏まえ、政府は「人の流れを作ることで経済の回復を加速し、感染防止と社会経済活動を両立させたい考えだ。また、社会保障改革を通じた財政健全化の道筋も描くとしている。
  政権の目玉政策であるデジタル化や規制改革の推進について、菅首相は「国民にとって当たり前の感覚を大事にして、内閣挙げて改革に取り組む」と述べた。
  民間議員も「デジタル化などの構造変化に積極的に対応すべき」と提言。具体的には、最低賃金の全国平均1千円に向けた継続的な引き上げや、新技術で社会やビジネスを変革する「デジタルトランスフォーメーション(DX)」、オンラインを活用した大学教育改革などの推進を求めた。そのうえで個別の具体的な問題への取り組みが成長戦略につながると指摘した。
  今後の政策運営については、諮問会議と規制改革推進会議の連携を深め、成長戦略と経済財政政策を一体で議論する方向性を提示。その上で、菅首相は「経済財政諮問会議を司令塔としてマクロ経済財政政策、複数省庁にまたがる改革を力強く実行する」と強調した。

  安倍晋三前政権では経済産業省出身の「官邸官僚」が主導する未来投資会議が中心となって成長戦略を策定し、諮問会議の形骸化が進んだ菅政権は前政権の基本政策を踏襲するとしているが、今回、諮問会議重視の姿勢を鮮明にしたことで、政策立案の手法は大きく変わりそうだ。
  平成13~18年の小泉純一郎政権時は、諮問会議が成長戦略や規制改革を主導した。菅政権でも諮問会議が改革のエンジンや構造改革の司令塔の役割を果たす可能性がある。(永田岳彦)


2020.10.6-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201006/k10012649801000.html
学術会議任命見送り “丁寧に説明し理解求める” 菅首相

  菅総理大臣は、6日の自民党の役員会で「日本学術会議」が推薦した、新たな会員候補の一部の任命を見送ったことについて、引き続き丁寧に説明し、理解を求めていく考えを示しました。
  この中で菅総理大臣は「日本学術会議」が推薦した、新たな会員候補の一部の任命を見送ったことについて「日本学術会議は、年間およそ10億円の予算を使って活動していることや、任命される会員は公務員であること、それに会員の人選は、現状では会員が自分の後任を指名することが可能な仕組みであることを踏まえて対応してきた」と改めて説明しました。
  そのうえで「丁寧に説明しながら、ご理解いただくよう努めていきたい」と述べました。

  自民党の下村政務調査会長は党の会合で「今回の人事案件とは別に、政策決定におけるアカデミアの役割という切り口から議論していく必要性がある。今後、政務調査会内のしかるべき機関で議論を進め、政治と学術の関係について前向きなものを打ち出していきたい」と述べました。
加藤官房長官「人事に関わりコメント控えたい」
  加藤官房長官は閣議のあとの記者会見で、記者団が「日本学術会議に定員よりも多くの推薦候補を示すよう求めたことはあるのか」と質問したのに対し、「学術会議からは、これまで定員どおりの推薦が上がっていた。その間に、いろいろなやり取りがあったと思うが、人事に関わるプロセスでありコメントは控えたい」と述べました。
  また、日本学術会議に関係する令和元年度の予算について、会員に対する手当の支給総額がおよそ4500万円で、事務局の常勤職員50人の人件費として、3億9000万円が充てられたと説明しました。
自民 世耕参院幹事長「総理はきちんと説明」
  自民党の世耕参議院幹事長は記者会見で「菅総理大臣は、きのうの内閣記者会とのインタビューで人事の判断について極めてきちんと説明した。単純な前例踏襲を認めないのが、菅総理大臣の政治姿勢そのものであり、それが国民にも伝わったのではないか。その説明で、しっかり国会対応をしていけばいい」と述べました。
立民 枝野代表「理解不能 具体説明を」
  立憲民主党の枝野代表は党の役員会で「今回の会議のメンバーの選定は、法的にもどう説明するのか理解不能だ。きのう、菅総理大臣がいろいろ言ったようだが、『総合的』とか『ふかん的』とか、全く何の説明にもなっていない。こうした恣意的(しいてき)な運用は間違いなく萎縮効果をもたらす。任命しなかったことを正しいと言うなら、わかるように具体的に説明していただかなければならない」と述べました。
立民 安住国対委員長「国家として下の下の下だ」
  立憲民主党の安住国会対策委員長は、記者団に対し「慣例を壊したのだから、説明が必要だ。野党が国会に参考人を呼んで自由かったつに議論することを封じるために意図的にやっているとも思える。
  いま、文化人や映画界からもメッセージが発せられているが、自由な雰囲気がなくなったら、戦前の検閲と同じで、暗黙のプレッシャーをかけることは、国家として絶対やってはいけない。下の下の下だ」と述べました。
国民 玉木代表「過去答弁と矛盾 説明を」
  国民民主党の玉木代表は記者会見で「『総合的、ふかん的な活動を確保する観点から判断した』という菅総理大臣の説明は、過去の国会答弁と照らし合わせても矛盾がある。理由が明確に示されなかったことで、何をしたら推薦が認められないか予測できず萎縮効果が働く。憲法が保障する学問の自由にも影響を与えかねない問題で、しっかりとした説明を求めたい」と述べました。
加藤官房長官「解釈に変更加えたものではない」
  加藤官房長官は午後の記者会見で、おととし、政府内でまとめていた文書を6日、明らかにしたことについて「解釈に変更を加えたものではなく、内閣法制局と日本学術会議の事務局が内部で考え方の確認した文書だ。もし解釈が変わるということがあれば、公表もあったのだろうが、そうした形ではなかったので、直ちに公表する必要がなかったと当時、判断したのだと思う」と述べました。
立民 福山幹事長「6人の拒否理由 個別に説明を」
  立憲民主党の福山幹事長は、記者会見で「6人がなぜ任命を拒否されたのか、それぞれ個別に理由を説明してもらいたい。『ふかん的、総合的判断』などということでは、なぜ6人が対象になったのか見えない。7日、8日の内閣委員会での政府側の答弁を注視していきたいと思う。今回の意思決定に関係する行政文書は、すべて公開してもらいたい」と述べました。


2020.9.18-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200918/k10012624571000.html
菅首相 携帯電話料金の引き下げ実現に向け改革指示

  菅総理大臣は、18日午前、武田総務大臣と会談し、携帯電話料金の引き下げの実現に向けた改革を進めるよう指示し、武田大臣は会談のあと、記者団に対し「1割程度の引き下げでは改革にならない」と述べ、携帯電話各社の努力を促す考えを示しました。
  菅総理大臣は、18日午前、総理大臣官邸で武田総務大臣と会談しました。
  このあと武田総務大臣は、記者団に対し「携帯電話料金の引き下げやマイナンバーカードの管理システムを運営するJーLISの改革を力強く推し進めるよう指示があった。国民の生活と直結する問題なので、できるだけ早く結論を出すように、全力で臨んでいきたい」と述べました。

そのうえで、武田大臣は携帯電話料金の引き下げ幅について「1割程度では改革にならない。諸外国は、いろんな政策で健全な競争市場原理を導入しており、ドイツやフランスでは70%下げている。やればできる」と述べ、携帯電話各社の努力を促す考えを示しました。

さらに、武田大臣は「携帯電話事業者も設備投資などいろいろやってることは間違いなく、健全な経営をしてもらわないと意味がないので、しっかりとユーザー、事業者双方から意見を聞きながら、折衷点を見いだしたい」と述べました。
菅首相 官房長官時代からの取り組み
  既得権益の打破に意欲を示す菅総理大臣が、第2次安倍政権で官房長官を務めていた時から熱心に取り組んできたのが、携帯電話料金の引き下げです。
  5年前の記者会見で、携帯電話の料金が高く、家計への負担が増していると指摘したうえで「いわゆる大手3社が似たような料金プラン、料金設定をしていることも事実ではないだろうか」と問題提起しました。
  そして2年前には、事業者の間で適切な競争が働けば、4割程度の引き下げは可能だと具体的な値下げ幅にも言及しました。
  さらに去年5月には、携帯大手各社に、通信料金と端末代金の分離を義務づけることなどを盛り込んだ改正電気通信事業法を成立させ、各社の取り組みを促してきました。
  また、総理大臣として臨んだ初めての記者会見では「携帯電話の大手3社が、9割の寡占状態を長年にわたり維持して、世界でも高い料金で20%以上の営業利益を上げ続けている」と指摘し、さらなる料金の引き下げを実現させたいと強調しました。
加藤官房長官 “諸外国の例も参考に早期実現を”
  加藤官房長官は午後の記者会見で、携帯電話料金の引き下げについて「国民も大変高い関心があり、菅総理大臣が官房長官時代から目に見える形で行われることが大事だという認識を示してきた」と述べました。
  そのうえで「国民や利用者にとって、安くて分かりやすい料金体系、納得感のある料金やサービスの早期実現に向けて、料金の大幅な引き下げを実現した諸外国の例も参考にしながら、武田大臣のもとでしっかりと取り組んでもらえると考えている」と述べました。
携帯大手3社は
  菅総理大臣が携帯電話料金の引き下げに向けた改革を、武田総務大臣に指示したことについて携帯大手3社のコメントです。

【NTTドコモ】
  「日本の携帯料金が世界でも高いという総務省の調査の内容は、一つの事実として受け止めている。一方、各国における、つながりやすさなどのサービスの品質や利用形態に差異があると考えている。料金については、ニーズや競争環境を踏まえ常に見直しを検討している」
【auのKDDI】
  「今後もこれまでどおり市場競争を通じて、よりよいサービスの提供に努めていく」
【ソフトバンク】
  「今後もよりよいサービスを提供できるよう、引き続き努力する」

大手3社は、総務省による制度の見直しを受けて、この2年間で値下げを進めてきたと考えているだけに、菅総理大臣が、一段の引き下げに強い意欲を示していることに困惑の声があがっています。
西村経済再生相「家計の負担軽減につながる」
  西村経済再生担当大臣は、18日の閣議のあとの記者会見で、携帯電話料金の引き下げについて「家計にとってプラスになると期待している」と述べました。
  この中で西村大臣は「一般論として、競争の結果としてさまざまな料金が適正な価格に下がることは望ましいことだ」と指摘しました。
  そのうえで「家計にとって大きな負担軽減につながるもので、厳しい経済環境の中で、非常に大きなプラスになると期待している」と述べました。


2020.9.16-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200916/k10012621301000.html
菅内閣 閣僚名簿を発表 今夜正式発足へ

  第99代の総理大臣に選出された菅総理大臣は、組閣を行い、加藤官房長官が閣僚名簿を発表しました。菅総理大臣と新閣僚は皇居での親任式と認証式に臨んでいて、16日夜、菅内閣が正式に発足します。
  安倍内閣は16日午前、総辞職し、衆参両院の本会議で総理大臣指名選挙が行われた結果、自民党の菅義偉総裁が、自民党や公明党などの支持を受けて、第99代の総理大臣に選出されました。
  これを受けて、菅総理大臣は、午後3時ごろ総理大臣官邸に入り、連立を組む公明党の山口代表と党首会談を行ったうえで、組閣本部を設置して閣僚人事を行い、加藤官房長官が閣僚名簿を発表しました。
閣僚は1人増えて20人
  ▼副総理兼財務大臣に麻生太郎氏。金融担当大臣も兼務します。再任です。
  ▼総務大臣に武田良太氏。国家公安委員長からポストが変わっての入閣です。
  ▼法務大臣に上川陽子氏。再入閣です。▼外務大臣に茂木敏充氏。再任です。▼文部科学大臣に萩生田光一氏。再任です。▼厚生労働大臣に田村憲久氏。再入閣です。▼農林水産大臣に参議院議員の野上浩太郎氏。初入閣です。▼経済産業大臣に梶山弘志氏。再任です。▼国土交通大臣に公明党の赤羽一嘉氏。再任です。▼環境大臣に小泉進次郎氏。再任です。▼防衛大臣に岸信夫氏。初入閣です。▼官房長官に加藤勝信氏。沖縄基地負担軽減担当大臣と拉致問題担当大臣を兼務します。厚生労働大臣からポストが変わっての入閣です。▼復興大臣に平沢勝栄氏。初入閣です。▼国家公安委員長に小此木八郎氏。防災担当大臣を兼務します。再入閣です。▼行政改革担当大臣に河野太郎氏。沖縄・北方担当大臣と規制改革担当大臣も兼務します。防衛大臣からポストが変わっての入閣です。▼一億総活躍担当大臣に坂本哲志氏。地方創生担当大臣を兼務します。初入閣です。▼経済再生担当大臣に西村康稔氏。再任です。▼デジタル改革担当大臣に平井卓也氏。再入閣です。▼オリンピック・パラリンピック担当大臣に参議院議員の橋本聖子氏。女性活躍担当大臣を兼務します。再任です。▼新設された2025年の大阪・関西万博の担当大臣に井上信治氏。消費者担当大臣と科学技術担当大臣も兼務します。初入閣です。
さらに、
▼衆議院の官房副長官に坂井学氏が新たに起用されるほか、▼参議院の官房副長官の岡田直樹氏と、▼事務の官房副長官の杉田和博氏は再任されます。
▼内閣法制局長官は、近藤正春氏が再任されます。
初入閣は5人
  今回から大阪・関西万博の特別措置法に基づいて、担当大臣が置かれることから、閣僚は、1人増えて20人となります。
  このうち、▼初入閣が5人、▼前の内閣と同じポストでの再任が8人、▼ポストを変えて引き続き閣僚を務めるのが3人、▼閣僚経験者の再入閣が4人となっています。
  また、参議院議員が2人で、女性は2人となっています。
  菅総理大臣と新閣僚は皇居での親任式と認証式に臨んでいて、16日夜、菅内閣が正式に発足します。そして菅総理大臣は、午後9時から記者会見を行い、今後の政権運営の基本方針などを説明することにしています。


2020.9.14-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200914/k10012617501000.html
自民党新総裁に菅氏選出 政界の反応は

自民党の新しい総裁に菅官房長官が選出されたことについて、政界の反応です。

自民 二階幹事長「全面的に信頼し協力させてもらう」
  自民党の二階幹事長は、記者団に対し「多くの期待が集まっていることを目の当たりにして、大変うれしく心強く思っている。菅氏は、練達の政治家であり、これまで党の運営についても表からも陰からも十分な力添えをしてもらった。力量、誠実さ、実行力、すべての面で政治家に必要な要素を兼ね備えているので、全面的に信頼し協力させてもらう」と述べました。
河野防衛相「自民党のいいところ 一致団結していくこと」
  菅官房長官を支持した河野防衛大臣は、防衛省で記者団に対し、「自民党のいいところは、一致団結していくことだ。コロナ禍のなかで経済をしっかり再起動させていくことに団結して頑張っていく」と述べました。
小泉環境相「『改革断行政権』になる」
  菅官房長官を支持した小泉環境大臣は、記者団に対し、「総裁選挙の期間中、菅氏が繰り返し言っていたことは改革で、この思いは私も一緒だ。いま、国民の期待は菅氏がどのような改革を具体的に進めるのかであり、間違いなく、規制改革や省庁の垣根を突破する『改革断行政権』になると思う」と述べました。
中谷元防衛相「石破氏は一定の評価を得た」
  石破元幹事長を支持した中谷元防衛大臣は、記者団に対し「地方は地方なりの評価があり、石破氏は一定の評価を得たと思う。新総裁が決まったので、これからは一致結束して、自民党が国民から信頼され、より幅広い形で支持を受ける形で、新型コロナウイルスや経済などの課題に力を合わせていきたい」と述べました。
  また党役員や閣僚の人事について中谷氏は「挙党態勢と適材適所で、党内が力を合わせて総合力が発揮できるような人事を願いたい」と述べました。
野田元総務相「少子化対策はずっと放置している状態」
  野田聖子元総務大臣は、記者団に対し菅官房長官に投票したことを明らかにしたうえで、「多くの党員や国会議員が急激な変化を望まず、安倍総理大臣の後継として菅氏を選んだのだろう」と述べました。
  そのうえで、「新型コロナウイルスは、ワクチンやいろんな治療法が確立すれば、ある程度めどが立ってくるが、少子化対策はずっと放置している状態だ。国家そのものの存亡に関わる問題であり、縦割り行政の弊害で進まなかった大きな失策だと思っているので、新総裁にはぜひ取り組んでもらいたい」と述べました。
立民 枝野新代表「まずはしっかりとした論戦を強く求めたい」
  合流新党の「立憲民主党」の枝野・新代表は記者団に対し「総理大臣、内閣が、かわるわけなので、政治姿勢や所信を国会で議論させていただきたい。よもや国会論戦から逃げて、くさいものにふたをするような、衆議院の解散・総選挙はないだろうと思う。解散するなら受けて立つところだが、まずは、しっかりとした論戦を強く求めたい。年内いっぱいは、国会審議をしないと国民の負託に応えられない」と述べました。
公明 山口代表「最大限の力を発揮できる協力関係作る」
  公明党の山口代表は、国会内で記者団に対し、「菅氏とは『これから力を合わせて、政権運営にあたっていこう』というやり取りをした。新型コロナウイルスの感染防止と社会・経済活動との両立に向けて、国民の期待に応えることが最重要だ。菅氏とともに、最大限の力を発揮できるような協力関係を作っていきたい」と述べました。
維新 松井代表「是々非々の態度で臨んでいく」
  日本維新の会の松井代表は、「私たちと喜怒哀楽を共有できる新総裁の誕生を心からお祝い申し上げたい。安倍前総裁の政権を継承・発展させるという決意をたがえず、特に国難ともいえるコロナ禍にあって、国民の命と社会・経済を守るため全力を傾注していただきたい。日本維新の会は、野党であるかぎり一貫して政権には是々非々の態度で臨んでいく」という談話を発表しました。
共産 志位委員長「国政を任せるわけにはいかない」
  共産党の志位委員長は記者会見で、「菅氏は継承を最大の看板に掲げているが、内政、外交、政治モラル、コロナ対策、どの問題をとっても安倍政治は行き詰まっており、この道しかないと言って突き進むのは未来がない。菅氏のもとで国民に自己責任を押しつける新自由主義の暴走が一層ひどくなることに強い警戒を持っていて、このような人物に日本の国政を任せるわけにはいかない。市民と野党の共闘の体制をしっかりつくり、衆議院選挙で勝ち、菅体制を倒し、政権交代をはかるべく頑張りたいと決意している」と述べました。
国民 玉木新代表「しっかり監視 国会で本格的な論戦を」
  新しい「国民民主党」の玉木・新代表は、記者団に対し、「新型コロナウイルス対策など、直面する問題に的確に対応し、公約した不妊治療の支援や、『デジタル庁』の創設などは、確実にやってもらいたい。一方、公文書の改ざんなど、『安倍長期政権』の問題点まで継承しないよう、野党としてしっかりと監視していきたいし、早く、国会で、本格的な論戦をしたい」と述べました。


菅義偉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


  菅 義偉(すが よしひで、1948年昭和23年〉12月6日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(8期)、内閣総理大臣(第99代)、自由民主党総裁(第26代)。
  横浜市会議員(2期)、総務副大臣第3次小泉改造内閣)、総務大臣第7代)、内閣府特命担当大臣地方分権改革)、郵政民営化担当大臣第3代)、自由民主党幹事長代行(第2代)、内閣官房長官第79代第80代第81代)、沖縄基地負担軽減担当大臣拉致問題担当大臣などを歴任した。
  2019年4月1日に、官房長官として新元号令和を発表したことから、「令和おじさん」の愛称がある

来歴
生い立ち
  秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現・湯沢市秋ノ宮)中央部旧国道沿いに家があったイチゴ農家に長男として生まれる。現住所は神奈川県横浜市神奈川区金港町1丁目[7]。家族は父、母、姉2人、弟1人。父、菅和三郎第二次世界大戦末期、満鉄職員として当時満州国の首都だった通化市日本の降伏を迎えた。引き揚げ後、郷里の秋ノ宮で農耕に従事。「秋の宮いちご」のブランド化に成功して、秋の宮いちご生産出荷組合組合長や、雄勝町議会議員、湯沢市いちご生産集出荷組合組合長などを歴任。2010年に93歳で死去すると、旭日単光章を叙勲されている。母や叔父、叔母は元教員であり、2人の姉も高校教諭となった

  雄勝町立秋ノ宮小学校(現・湯沢市立雄勝小学校)卒業後、雄勝町立秋ノ宮中学校(現・湯沢市立雄勝中学校)に進学する。中学卒業後は、自宅から最も近い秋田県立湯沢高等学校に2時間かけて通学し、第3学年では進学組に所属した。後に、『フライデー』から「特に目立った成績ではなく、姉が進学した北海道教育大学を受験したが不合格となった」と報道されたが、森功の取材では菅本人は当時教員にだけはなりたくないと考えており、北海道教育大の受験はしていないと述べている。父から農業大学校への進学を勧められたが断り、高校卒業後上京する。「東京へ行けば何かが変わる」と夢を持ち上京したが、秋田時代と変わらぬ日々を板橋区段ボール工場で過ごし、現実の厳しさを痛感して2ヶ月で工場を退職。その後は大学進学を志すようになり、朝は築地市場、夜は新宿の飲食店でアルバイトをして生活し、上京から2年後に「授業料が最も安かった」という理由で法政大学法学部政治学科へ進学する。なお、複数の週刊誌等で第二部(夜間学部)の出身であると報じられることがあるが、菅本人が2016年のインタビューで「メディアで二つくらい、法政の夜間卒だと書いているのがありましたが、昼です」と述べており[3]、実際には第一部(昼間)の出身である。法政大在学中には警備員や新聞社、カレー屋のアルバイトで生活費と学費を稼いでいた。一方で、大学の空手道部に4年間所属し、三段の段位を取得している1973年、大学を卒業し、建電設備株式会社(現・株式会社ケーネス)に入社した。
横浜市会議員
  1975年政治家を志して相談した法政大学就職課の伝で、OB会事務局長から法政大学出身の第57代衆議院議長中村梅吉の秘書を紹介され、自由民主党で同じ派閥だった衆議院議員小此木彦三郎の秘書となる。以後11年にわたり秘書を務めた。1983年、小此木の通商産業大臣就任に伴い大臣秘書官を務める
  1987年神奈川県横浜市会議員選挙に西区選挙区から出馬し、初当選。その後市議を2期務めた。横浜市政に大きな影響力を持っていた小此木の死後、当選回数わずか2回にも関わらず、小此木の事実上の代役として、秘書時代に培った政財官の人脈を活かして辣腕を振るい、高秀秀信市長から人事案などの相談を頻繁に受けるなど、「影の横浜市長」と呼ばれた
衆議院議員
  1996年第41回衆議院議員総選挙神奈川2区から自民党公認で出馬し、新進党公認・公明推薦の上田晃弘旧民主党公認の新人大出彰らを破り、初当選した
  1998年自由民主党総裁選挙では所属していた平成研究会会長の小渕恵三ではなく、師と仰ぐ梶山静六を支持し、同派閥を退会。その後宏池会に入会した。2000年第2次森内閣不信任決議をめぐる「加藤の乱」では、加藤紘一らに同調して不信任案の採決では欠席したが、その後の加藤派分裂では親加藤派の小里派(会長:小里貞利)ではなく、反加藤グループの堀内派(会長:堀内光雄)に参加した
総務副大臣
  竹中平蔵総務大臣の下、総務副大臣情報通信郵政担当)として総務省内部統制のトップを任され、事実上人事権なども行使した。
総務大臣
  2006年10月、NHK短波ラジオ国際放送への放送命令に定義されている放送事項に、「拉致問題」という具体的な内容を加える方針を示した。日本の放送法33条には「国際放送等の実施の命令等」という項目があり、そこには「総務大臣は、協会に対し、放送区域、放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命ずることができる」とある(2007年12月の放送法改正で「命令」から「要請」に変更された)。

  11月10日には、放送事項に「北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること」を追加する命令をNHKに出した。一方で「報道の自由は守らなければならない。番組内容や放送回数を指示する訳ではない」とNHKに対して編集権の配慮も示した。放送法44条には「編集権」に関して「放送番組の編集等」という項目があり、そこでは「NHKは、国際放送の放送番組の編集に当たっては、海外同胞に適切な慰安を与えるようにしなければならない」とある。また、当時海外から放送していた、短波放送しおかぜ』に対して、無線局免許状を交付し、日本国内からの放送に道を開いた(放送局の免許は全て本省決裁で、免許者は総務大臣)。
  2007年に発覚した年金記録問題では、厚生労働大臣柳澤伯夫を差し置き、総務大臣の菅が検証を担当した。
  日本郵政公社総裁生田正治と会談後、生田から総裁辞任の申し出があったことを発表した。その後、後任の日本郵政公社総裁には、三井住友銀行出身の西川善文が就任することが発表された。なお、生田自身が政府に辞任を申し入れたことはない

  2006年再チャレンジ支援議員連盟の立ち上げに参加。この議連は実質、ポスト小泉を選出する2006年自由民主党総裁選挙に、安倍晋三を擁立する原動力になった。結果[要出典]、総裁選で安倍は勝利する。同年9月に発足した第1次安倍内閣では当選わずか4回で総務大臣郵政民営化担当大臣を兼務)に任命され、初入閣する。同年12月、内閣府特命担当大臣地方分権改革)の補職辞令を受けた。
  2007年第21回参議院議員通常選挙敗北を受けた内閣改造では、自民党選挙対策総局長に就任した。
  同年9月、安倍の首相退陣に伴い行われた2007年自由民主党総裁選挙では福田康夫を支持する宏池会の方針に反して麻生太郎を支持し、推薦人にも名前を連ねた。福田政権の下で、選挙対策総局長を格上げした選挙対策委員長古賀誠が就任すると、古賀に手腕を買われ、同副委員長として引続き衆院選対策にあたることになった。
  2009年7月、古賀が東京都議会議員選挙敗北の責任を取る形で辞任。麻生の解散予告後だったこともあり、選対委員長代理として総選挙を取り仕切ることになる。
  菅は自民党選挙対策副委員長だった2009年当時、同じ叩き上げの古賀誠・選挙対策委員長の下で、世襲制限を導入しようとした。具体的には衆院選マニフェスト(政権公約)に「3親等以内の親族らの同一選挙区からの立候補を(次期衆院選から)禁ずる」旨が明記された。しかし、党内の世襲議員から反発や抵抗を受け、なし崩し的に公約から姿を消した。
  同年8月の第45回衆議院議員総選挙では、神奈川2区で民主党三村和也の猛追を受けるも548票の僅差で三村を破り、5選(三村は比例復活)。2009年、宏池会を退会した。
  2010年自民党国会対策副委員長及び広報本部長代理に就任。2011年自民党組織運動本部長に就任。
  2012年4月、郵政民営化法改正案の採決で、賛成する党の方針に反して反対した。
  2012年自由民主党総裁選挙に先立ち、甘利明に呼びかけて安倍晋三の総裁復帰を画策し、麻生太郎を引き入れて安倍を返り咲きさせた
  同年9月、安倍の自由民主党総裁就任に伴い、自民党幹事長代行に起用された。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、三村を比例復活も許さずに破り6選。
内閣官房長官
  2012年12月、第2次安倍内閣の発足に伴い、内閣官房長官に任命される。
  2013年郵政民営化の考えにそぐわないとして、日本郵政社長坂篤郎を就任わずか6か月で退任させ、顧問職からも解任した。同年に発生したアルジェリア人質事件では、防衛省の反対を押し切り、前例のない日本国政府専用機の派遣を行った。
  2014年5月、内閣人事局の局長人事を主導し、局長に内定していた杉田和博に代わり加藤勝信を任命したとされる。元内閣参事官高橋洋一によると、局長人事を機に官僚を統制下に置き「歴代官房長官の中でも屈指の情報収集能力」を持つようになったという。同年7月、自らが出演したNHKクローズアップ現代』の放送内容について、放送後のNHKに官邸を通じて間接的に圧力をかけたと報じられたが、事実や関与を否定した。さらに、同年11月には衆議院解散による第47回衆議院議員総選挙執行を安倍に進言した
  2016年7月7日、内閣官房長官の在職期間が1,290日となり、歴代1位の在職日数を記録した
  2019年4月1日、総理大臣官邸での記者会見にて同年5月1日より施行される新元号を「新しい元号は『令和』であります」と発表した。
  同年5月9日-11日、官房長官となってからは初となるアメリカ合衆国訪問。初日からマイク・ポンペオ国務長官パトリック・シャナハン国防長官代行(直後に国防長官に指名)、10日にはマイク・ペンス副大統領と会談した。ドナルド・トランプ大統領との面会はなかったとはいえ、政権を動かしている実務畑の3人と会談できたことは異例の厚遇として報道されている。ニューヨークへ移動してからは、S&P グローバルバンク・オブ・アメリカを訪問し、アメリカ経済界のトップらとの交流をもったほか、国際連合本部で開かれていたシンポジウムで基調演説も行った
  同年6月には菅に近い自民党無派閥議員13人による政策勉強会「令和の会」が発足、同月20日に菅を招いて初会合が開かれた
  2020年7月に発売された「月刊Hanada」で安倍首相から菅について「(ポスト安倍の)有力な候補者の一人であることは間違いない」と指摘した上で「ただ、菅総理には菅官房長官がいないという問題がありますが」とも付け加えられ、官房長官としての力量評価及び菅にとって代わる官房長官候補の不在について言及したものとされた。
  2020年8月29日、党総裁と内閣総理大臣の辞任を表明した安倍晋三にかわる新たな総裁を決める自民党総裁選挙に出馬する意向を党幹事長である二階俊博に伝えた。後の9月2日夕方に、正式に記者会見を開き、出馬を表明した

内閣総理大臣・自民党総裁

  2020年9月14日自民党総裁選挙が執行され、菅が総裁に選出された。国会議員職の世襲ではない自民党総裁としては森喜朗以来であり、選挙地盤を世襲していない自民党総裁としては海部俊樹以来である。9月16日の首班指名選挙により内閣総理大臣に指名された。同日午後6時17分に内閣総理大臣任命式を終え、第99代内閣総理大臣に就任した

2020.10.17-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201017/k10012668591000.html
中曽根元首相の内閣と自民党による合同葬 東京

  去年11月に101歳で亡くなった中曽根康弘・元総理大臣の内閣と自民党による合同葬が行われ、参列者が別れを惜しみました。

  合同葬は、新型コロナウイルスの影響でことし3月に行われる予定が延期され、17日午後、東京 港区のホテルで、秋篠宮ご夫妻をはじめ、衆参両院の議長や歴代の総理大臣などおよそ650人が参列して行われました。
  参列者全員で黙とうしたあと、葬儀委員長の菅総理大臣が「中曽根先生は、『戦後政治の総決算』を掲げ、行政改革を最重要課題の一つとして位置づけ、国鉄の分割・民営化や専売公社、電電公社の民営化を断行された。外交面では、アメリカをはじめとする各国との関係強化を推進し、わが国の国際的地位を大きく向上された。次世代のわが国の姿を見据え、必要な改革を実行され、国際社会の平和と繁栄に貢献された」と功績をたたえました。

  そして、「先生が推し進められた改革の精神を受け継ぎ、国政に全力を傾けることをお誓い申し上げる」と述べました。
  また、友人を代表して、読売新聞グループ本社主筆の渡辺恒雄氏の追悼の辞を社長の山口寿一氏が代読し「中曽根さんは私の師であり、兄であり、唯一の畏敬した友人だった。残されたたくさんの句の中で最も有名な句、『くれてなお 命の限りせみしぐれ』は、94歳の私にとって心の支えとなっている」と述べ、故人をしのびました。
  祭壇には、遺影とともに最高位の勲章である「大勲位菊花章頸飾」などが掲げられ、参列者が白い菊の花をささげて中曽根元総理大臣との別れを惜しみました。
  合同葬は、一人一人の席の間を空けるなど感染防止対策をとり、参列者の数を絞って行われました。


安倍晋三前首相

2020.10.12-産経新聞 THE SANKEI NEWS -https://www.sankei.com/politics/news/201012/plt2010120030-n1.html
「戦後」克服企図した安倍前政権 阿比留瑠比

  安倍晋三前首相が12日の産経新聞のインタビューで明かしたのは日本がいつまでも謝罪外交を繰り返す敗戦国のままであってはならないという在任中の強い問題意識だ。実際、これまで間欠泉的に噴出してきた諸外国と日本の歴史問題をめぐる論争や軋轢(あつれき)は現在、ほぼ見られない。戦後の克服は安倍政権の顕著な成果だといえる。
  「私たちの子や孫、そしてその先の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
  平成27年の戦後70年の安倍首相談話がこう強調するように、安倍氏はそうした「戦後」のあり方について「終止符を打たなければいけないとの気持ちが強かった」と語った。
  また、日本による植民地支配侵略に痛切な反省と心からのおわびを表明した7年の村山富市首相談話の問題点に関しても日本のみに着目している」と指摘し、こう説いた。
  「先の大戦は世界的な出来事だから、広く地球儀を俯瞰(ふかん)する必要がある。同時に、長い歴史の流れを見る必要がある。われわれは100年の時間軸をとった
  安倍談話はこうした視点から、これまでの政府談話にはなかった記述、西洋諸国の広大な植民地や、日露戦争がアジア、アフリカの人々を勇気づけたことなどが盛り込まれた。また、「侵略」「植民地支配」の主語は日本にせず、そこからの永遠の訣別(けつべつ)は世界各国が共有する決意だとする論理を用い、普遍化した。
  長年、物議を醸し続けた村山談話とは違い、安倍談話をめぐる論争は早期に収まり、世界に評価され、受け入れられて定着した
  安倍氏はこのほかオーストラリア国会演説、米上下両院合同会議演説、米国のオバマ前大統領の被爆地・広島訪問、慰安婦問題の解決を最終的かつ不可逆的に取り決めた日韓慰安婦合意などを通じ、「戦後を終わらせることができた」と振り返る。


2020.9.19-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200919/k10012626381000.html
安倍前首相 靖国神社参拝 みずからのツイッターで明らかに

  安倍前総理大臣はみずからのツイッターで、19日午前、東京 九段の靖国神社に参拝したことを明らかにしました。
  この中で安倍前総理大臣は、モーニング姿で参拝する様子を写した写真を掲載したうえで、「本日、靖国神社を参拝し、今月16日に総理大臣を退任したことをご英霊にご報告いたしました」としています。
  安倍氏は第2次安倍政権の発足から1年後の平成25年12月に靖国神社に参拝しましたが、その後、総理大臣在任中は参拝しませんでした。
  一方、毎年、春と秋の例大祭には「真榊」(まさかき)と呼ばれる鉢植えの供え物を奉納したほか、8月15日の「終戦の日」には、自民党総裁として私費で靖国神社に玉串料を納めていました
韓国外務省「深い憂慮と遺憾」
  韓国外務省の報道官は19日、安倍前総理大臣が靖国神社に参拝したことを受けて、論評を発表しました。
  論評では「安倍前総理大臣が、日本の植民地侵奪と侵略戦争を美化する象徴的施設である靖国神社を、退任直後に参拝したことに深い憂慮と遺憾を表する」としています。
  そのうえで「韓国政府は、日本の指導者たちが歴史を正しく直視し、謙虚な省察と心からの反省を行動で示す時、周辺国と国際社会が日本を信頼できるという点を改めて厳重に指摘する」としています。


2020.8.28-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200828/k10012588071000.html
安倍首相 辞任の意向固める 持病が悪化したことなど理由に

  安倍総理大臣は、持病が悪化したことなどから国政に支障が出る事態は避けたいとして、総理大臣を辞任する意向を固めました。安倍総理大臣は、28日夕方記者会見することになっていて、理由などをみずから説明するものとみられます。
  安倍総理大臣は、ことしの夏は、新型コロナウイルスへの対応などで、連日、総理大臣官邸に入り、執務にあたりました。
  今月16日からは3日間夏休みを取り、都内の自宅で過ごしましたが、17日には東京・新宿区の慶応大学病院におよそ7時間半滞在して日帰りの検診を受けました。
  1週間後の24日にも再び慶応大学病院を訪れ、およそ3時間半滞在したあと「17日の検査の結果を詳しくうかがい、追加的な検査を行った。体調管理に万全を期して、これから仕事を頑張りたい」と述べていました。
  こうした中、安倍総理大臣は、検査の結果、持病の「潰瘍性大腸炎」が悪化していることが分かったことなどから国政に支障が出る事態は避けたいとして、総理大臣を辞任する意向を固めました。
  28日午後5時から、総理大臣官邸で記者会見することになっていることから、理由などをみずから説明するものとみられます。
  安倍総理大臣は、14年前の平成18年、戦後最年少の52歳で総理大臣に就任しましたが、持病の潰瘍性大腸炎が悪化するなどして、在任期間366日で辞任しました。
  このため、今回も、持病の悪化など健康不安がささやかれる中、政府・与党内からは、休養を十分にとるよう勧めるなど、安倍総理大臣の体調を心配する声が出ていました。
  平成24年の衆議院選挙で政権を奪還し、5年ぶりに再び総理大臣座に就任し「経済再生」を最優先に「アベノミクス」を推進したほか就任当時5%だった消費税率を2度にわたって引き上げ、いまの10%にしました。
  去年の皇位継承とそれに伴う「改元」にも、政権をあげて取り組みました。
  また、アメリカのトランプ大統領と個人的な信頼関係を構築し、ロシア外交も精力的に進めました。
  さらに、厳しい安全保障環境などを踏まえ憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を限定的に容認する閣議決定をしたうえで、安全保障関連法を成立させました。
  ことしに入ってからは、新型コロナウイルスへの対応に注力し、4月には特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を出して、国民に外出自粛を要請し、コロナ時代の「新たな日常」をつくる必要があるとして、いわゆる「3つの密」の回避など「新しい生活様式」への取り組みを呼びかけてきました。
  第1次政権とあわせた通算の在任期間は去年11月に憲政史上最長となっていて、今月24日には、連続の在任期間も2799日となり、歴代最長となっていました。


2020.8.25-Yahoo!Japanニュース(AERA dot.)-https://news.yahoo.co.jp/articles/a231f84a800230d957bd21464c1748752c383263
「ついに退陣?」体調不安の安倍首相 キーパーソンは母、洋子さんとも〈週刊朝日〉
(1)
  安倍晋三首相が先週に続き、8月24日に2度目の追加検査を慶応大病院で受けた。体調不安説がいよいよ真実味を増し、真夏の政界に波風が立っている。
  8月17日に夏休みを利用して検診を受け、19日に仕事復帰した安倍首相。官邸に戻り、記者団には、こう話した。 「体調管理に万全を期すために、一昨日、検査を受けました。これから再び、仕事に復帰して頑張っていきたいと思います」
  しかし、その後、安倍首相が出席予定だった25日の自民党の役員会の中止が急きょ決まり、27日に開かれる予定だった首相連続在任記録の更新を祝う会も延期。永田町では一時、「25日から入院か?」「退陣も?」と様々な臆測が飛び交った。
   そして24日にも再度、慶応大病院で追加の検査。その後、安倍首相は記者団に、 「今日は先週の検査の結果を詳しくうかがい、追加的な検査を行った。体調管理に万全を期して、これから仕事を頑張りたい」  と述べ、検査の結果やその内容についての発言は避けた。
   安倍首相は13年前、首相の座を降りる原因となった潰瘍(かいよう)性大腸炎という持病を抱えている。今回も、この病気が深刻化しているとの見方も出ている。
  週刊文春(8月27日号)では、17日の検診について病院関係者の談話として、安倍首相が顆粒(かりゅう)球吸着除療法(GCAP)という、潰瘍性大腸炎がステロイドでは抑えられないほどひどい炎症を起こしている時に行う治療をしたといい、治療後は1~2日は休む必要がある、と紹介している。
   内閣官房関係者はこの治療法についてこう語る。 「GCAPという治療法は、1回では終わらないと聞いている。もし本当にそうだとしたら、今後も相当しんどい治療を何度も受けることになる。公務に差し支える場合は、麻生(太郎)さんか菅(義偉)さんが総裁選までを代行するのでは」  20日には、国会で与野党の国会対策委員長の会談が行われた。野党側は、安倍首相の健康状態について首相自らが国会の場で説明するよう求めた。出席した立憲民主党の安住淳国対委員長は本誌にこう話す。
(2)
  「人間誰しも病気になったり、体調が悪くなったりする。もし体調がお悪いのなら配慮しますから、それならそれできちっと説明してもらえばいいわけですね。一国のリーダーの健康問題というのはどうしたって私人扱いできない」  同会談で野党側は、安倍首相が出席する予算委員会の集中審議を来月2日に開くよう要求した。 「安倍さんは、記者会見もやらない。国民への説明もしない。お元気であるのであれば、予算委員会に出てきて、集中審議をしないと。コロナや経済対策をきちんと議論しないと、国民の負託に答えられませんよ、ということです」(安住氏)

  政治ジャーナリストの角谷浩一氏はこう話す。 「官邸の今井尚哉首相補佐官は、安倍さんにゴルフに行かせたいと言っているそうだが、それもカムフラージュなのかどうかわからない。この時期に、ゴルフなんか行ったら熱中症になってしまうと思いますがね。安倍さんは疲れたのなら、『10日間くらい休養します。その間、麻生さんに代理を任せます』と言えばいいと思います」
  さる政界関係者はこう言う。 「安倍さんの本当の病状を知っているのは今井さんと麻生さんくらいでしょう。今井さんは昭恵夫人とも親しく、ほとんど身内ですから。麻生さんは、安倍さんの私邸に訪れて話しているから病状を聞いているはず」  この政界関係者が続ける。
   「安倍さんは疲れたくらいじゃ、政権を投げないよ。一度、投げ出して懲りているから執念がある。死んでもやり続けたいと思っているはずだよ。ただし、もし、『晋三やめとけ』と、タオルを投げる人がいるとしたら、それは母親の安倍洋子さんだけですよ。そのときはきっと辞めますよ」
   もし安倍首相が退陣となると政局になる。  毎回、ポスト安倍では、岸田文雄氏、石破茂氏の名前が挙がるが、自民党関係者はこう話す。 「安倍首相が強い時だったら岸田さんへの禅譲もあっただろうけど、弱い時にはない。総裁選になるでしょう。ただ、問題はそのときに、政治の空白を作らないためという理由をつけて、地方党員の投票を辞めて国会議員投票でやろうという意見が出てくる可能性がある。となると、石破さんは不利」
(3)
  世論調査では、次の総裁候補として支持が高いのは石破氏だが、党内での票固めは弱い。安倍首相の石破氏嫌いも有名だ。岸田氏、石破氏でもないという状況の中で、名前が挙がっているのは……。
   「本命候補は菅官房長官だと思います。官邸では、今井さんと菅さんの亀裂がささやかれてきましたが、ここにきて、今井さんは岸田さんを見捨て、菅さんとの関係を修復してきています」(自民党関係者)
   今後に控える選挙を考える上でも、菅官房長官が適任だという。 「大きな野党ができ、次の選挙で仮に岸田さんが総裁だと、かなり票を落とすのではないかとの不安が党内にはある。自公だけでは苦しくなるかもしれないから、日本維新の会も取り込みたいわけです。その時に公明党の反対をおさえて、なおかつ双方に顔が利くのは菅さんなんです。菅政権誕生なら、維新を連立に持ち込む可能性がある」(同)
   一時は、次の総理候補として名前が挙がっていた菅官房長官だが、安倍首相との不仲説なども出て、影が薄くなっていた。ここにきて一気に再浮上か。(本誌・上田耕司)


安倍晋三
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


  安倍 晋三(1954年〈昭和29年〉9月21日 - )は、日本の政治家自由民主党所属の衆議院議員(9期)、内閣総理大臣(第90・96 - 98代)、自由民主党総裁(第21・25代)。自由民主党幹事長(第38代)、内閣官房長官(第72代)等を歴任した。

政界いりまで
生い立ち
  1954年9月21日に、毎日新聞記者であった安倍晋太郎と、その妻である洋子の次男として東京都で生まれる。本籍地は山口県大津郡油谷町(現、長門市)である。父方の祖父は衆議院議員安倍寛、母方の祖父は後の首相、岸信介で、大叔父には後の首相、佐藤栄作がいる。政治家一族であり、安倍は「幼い頃から私には身近に政治がありました」と回想している。幼い頃の夢は野球選手や、テレビを見て刑事になることに憧れていた
学生時代
  成蹊小学校成蹊中学校成蹊高等学校を経て、成蹊大学法学部政治学科を卒業した。
  小学4年生から5年生にかけての、1964年から2年間は平沢勝栄が家庭教師についていた。高校でのクラブは地理研究部に所属。高校卒業後、成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶ。大学ではアーチェリー部に所属し、準レギュラーだった。大学生の頃は人付き合いが良く、大人しく真面目だったという。1977年春に渡米し、カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に通うが、日本人だらけで勉強に障害があると判断して通学を止め、イタリア系アメリカ人の家に下宿しながらロングビーチの語学学校に通った。1978年1月から一年間、南カリフォルニア大学に留学しており、首相として訪米中に同大学を訪問している。ただし、在籍したものの、学士の資格は得ていない。
会社員時代
  1979年4月に帰国し、神戸製鋼所に入社。ニューヨーク事務所、加古川製鉄所、東京本社で勤務した。加古川製鉄所での経験は、「私の社会人としての原点」、あるいは「私の原点」だったと回顧している。
政界入り
秘書時代
  神戸製鋼所に3年間勤務した後、1982年から外務大臣に就任していた父・晋太郎の秘書官を務める。1987年6月9日、森永製菓社長の松崎昭雄の長女で電通社員の昭恵新高輪プリンスホテルで結婚式を挙げた。媒酌人福田赳夫夫妻が務めた
  1987年、参議院議員・江島淳の死去に伴う補欠選挙に立候補する意思を示したが、宇部市長・二木秀夫が出馬を表明したことから父・晋太郎に断念するよう説得され立候補を見送った
衆議院議員
  1991年、父・晋太郎が急死。1993年に父の地盤を受け継ぎ、第40回衆議院議員総選挙山口1区から出馬し初当選(当選同期に浜田靖一田中眞紀子熊代昭彦岸田文雄塩崎恭久野田聖子山岡賢次江崎鉄磨高市早苗らがいる)。当選後はかつて父・晋太郎が会長を務めた清和政策研究会に所属する(当時の会長は三塚博)。1994年、羽田内閣施政下、社会党の連立離脱を期に野党自民党が社会党との連立政権樹立を目指して作った超党派グループ「リベラル政権を創る会」に参加。首班指名選挙では村山富市に投票し自社さ連立政権村山内閣樹立に貢献。1995年の自民党総裁選では小泉純一郎の推薦人の一人になった。1999年、衆議院厚生委員会理事に就任
内閣官房副長官
  派閥領袖の森喜朗首相が組閣した2000年の第2次森内閣で、小泉純一郎の推薦を受け、政務担当の内閣官房副長官に就任。第1次小泉内閣でも再任した。
  2002年、水野賢一外務大臣政務官在任中に台湾訪問を拒否され同辞任した際も理解を示し擁護、小泉首相の北朝鮮訪問に随行し、小泉首相と金正日総書記との首脳会談では「安易な妥協をするべきではない」と毅然とした対応で臨んだ。拉致被害者5人の帰国は実現したものの、この日本人拉致問題は日本側の納得する形では決着せずに難航した。内閣官房参与中山恭子と共に北朝鮮に対する経済制裁を主張し、拉致被害者を北朝鮮に一時帰国させる方針にも中山と共に頑強に反対した。西岡力は、対話路線などの慎重論を唱える議員が多かった中で、安倍の姿勢は多くの支持を得たと述べている。
自民党幹事長
  2003年9月、衆議院解散を控える中で自民党の選挙の顔となる幹事長である山崎拓の性的なスキャンダルが持ち上がったため、小泉は後任幹事長として安倍を抜擢した。閣僚も党の要職も未経験であった安倍の幹事長就任は異例であり、事前には筆頭副幹事長もしくは外務大臣への就任が有力視されていたため、小泉の「サプライズ人事」として注目を集めた。また、自民党は総幹分離の原則が長く続いており、総裁派閥幹事長は1979年の大平正芳総裁時代の斎藤邦吉幹事長以来24年ぶりであった。11月投票の第43回総選挙で与党は安定多数の確保に成功したが、自民党単独では選挙前の過半数から半数割れとなった。ただし前回選挙からは当選者増でもあり、幹事長に留まる。
  幹事長時代には自民党内で恒常化していた「餅代」「氷代」(派閥の長が配下の者に配る活動資金)の廃止、自民党候補者の公募制の一部導入など党内の各種制度の改正を行った。2004年4月の埼玉8区補欠選挙では、自民党史上初の全国的な候補者公募を実施した(公募に合格した柴山昌彦が当選)。
  同年夏の参議院選挙では、目標の51議席を下回れば「一番重い責任の取り方をする」と引責辞任を示唆。結果は49議席で、しばらく現職に留まった後で辞任した。同年9月から後任の幹事長の武部勤の強い要請を受ける形で党幹事長代理に就任した。幹事長経験者の幹事長代理就任も異例の事であった。
  2004年、党改革推進本部長に就任。
内閣官房長官(「麻垣康三」も参照)
  2005年10月31日付で発足した第3次小泉改造内閣で内閣官房長官として初入閣。2006年9月1日に総裁選への出馬を表明。憲法改正教育改革、庶民増税を極力控えた財政健全化、小泉政権聖域なき構造改革に引き続き取り組む方針を示す。
最初の内閣総理大臣就任(「第1次安倍内閣」および「第1次安倍内閣 (改造)」も参照)
  2006年9月20日、小泉の任期満了に伴う総裁選で麻生太郎谷垣禎一を大差で破って自由民主党総裁に選出、9月26日の臨時国会において内閣総理大臣に指名される。戦後最年少で、戦後生まれとしては初めての内閣総理大臣であった。
第1次安倍内閣
  就任表明では、冒頭に小泉構造改革を引継ぎ加速させる方針を示し、国家像として「美しい国」を提示した。
  安倍は小泉前首相の靖国参拝問題のために途絶えていた中国韓国への訪問を表明。2006年10月に就任後の初外遊先となった中国・北京胡錦濤国家主席と会談、翌日には、盧武鉉大統領と会談すべく韓国・ソウルに入り、小泉政権下で冷却化していた日中・日韓関係の改善を目指した。
  北朝鮮が核実験を実施したことに対しては「日本の安全保障に対する重大な挑戦である」として非難声明を発するとともに、対北強硬派のジョン・ボルトンらと連携して国連の対北制裁決議である国際連合安全保障理事会決議1718を可決させ、個別でより厳しい経済制裁措置も実施した。
  同年9月から11月にかけ、小泉時代の負の遺産とも言える郵政造反組復党問題が政治問題化する。12月には、懸案だった教育基本法改正と防衛庁昇格を実現した。一方で、同月、安倍が任命した本間正明税制会長が公務員宿舎への入居と愛人問題で、佐田玄一郎内閣府特命担当大臣(規制改革担当)兼国・地方行政改革担当大臣が架空事務所費計上問題でそれぞれ辞任。この後、閣内でスキャンダルが続いた。
  2007年3月、安倍の北朝鮮による日本人拉致問題に対する非難と従軍慰安婦問題への謝罪に消極的であることが「二枚舌」とワシントンポストに批判された が、4月下旬には米国を初訪問し、小泉政権に引き続き日米関係が強固なものであることをアピールした。参議院沖縄県選挙区補欠選挙に絡み、日米関係や基地移設問題が複雑に絡む沖縄県特有の問題があったため、多くの側近の反対を退け2回にわたり沖縄県を訪れて自民系無所属候補の島尻安伊子の応援演説を行うなどのバックアップを行った。
  5月28日、以前から様々な疑惑のあった松岡利勝農水大臣議員宿舎内で、首を吊って自殺
  こうした中、6月当初の内閣支持率は小泉政権以来最低になったことがメディアで大きく報じられた。同月6日 - 8日には首相就任後初の主要国首脳会議であるハイリゲンダム・サミットに参加、地球温暖化への対策を諸外国に示した。また、議長総括に北朝鮮による日本人拉致問題の解決を盛り込ませた。7月3日には久間章生防衛大臣原爆投下を巡る「しょうがない」発言が問題化。安倍は久間に厳重注意に処し、久間は直後に辞任、後任には小池百合子が就任した。
参議院議員選挙(2007年)での敗北(詳細は「第21回参議院議員通常選挙」を参照)
  2007年7月29日の第21回参議院議員通常選挙へ向けての与野党の舌戦開始早々、自殺した松岡の後任である赤城徳彦農林水産大臣にもいくつかの事務所費問題が発覚。選挙中に発生した新潟県中越沖地震では発生当日に遊説を打ち切り現地入りした。同年の参議院選挙では「年金問題」の早期解決を約束し、「野党に改革はできない、責任政党である自民党にこそ改革の実行力がある」とこれまでの実績を訴えた。選挙前、安倍は「そんなに負けるはずがない」と楽観視していたとも言われるが、結果は37議席と連立を組む公明党の9議席を合わせても過半数を下回る大敗であった。これまで自民党が強固に議席を守ってきた、東北地方四国地方で自民党が全滅、勝敗を左右する参議院一人区も、軒並み民主党候補や野党系無所属に議席を奪われた。
体調の悪化と総辞職
  参院選直後の7月31日の自民党総務会において、「決断されたほうがいい」などと党内からも退陣を促す声が出た(安倍おろし。 同日、アメリカ下院では慰安婦非難決議が議決されていた。翌8月1日には赤城農相を更迭したが、「遅すぎる」と自民党内からも批判された。
  広島平和記念式典に行く前日の8月5日から、胃と腸に痛みを感じ、食欲の衰えを感じるようになる。そして、8月19日から8月25日のインドネシアインドマレーシア3ヶ国訪問後は下痢が止まらなくなり、症状は次第に悪化し始めた。しかし、慶應義塾大学病院の主治医によると、(17歳のときに発症したという)潰瘍性大腸炎の血液反応はなく、機能性胃腸障害という検査結果であったという
  選挙結果や批判を受け、8月27日に内閣改造、党役員人事に着手した(第1次安倍改造内閣)。ところが組閣直後から再び閣僚の不祥事が続き、求心力を失う。9月9日、オーストラリアシドニーで開催された APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議の終了にあたって開かれた記者会見において、テロ特措法の延長問題に関し9月10日からの臨時国会で自衛隊へ給油が継続ができなくなった場合は、内閣総辞職することを公約した。この間も安倍の健康状態は好転せず、体調不良により APEC の諸行事に出席できない状況となり、晩餐会前の演奏会を欠席した。
  2007年9月10日に第168回国会が開催され、安倍は所信表明演説の中で「職責を全うする」という趣旨の決意を表明した。なお、この表明では自身の内閣を「政策実行内閣」と名づけ、「美しい国」という言葉は結びに一度使ったのみであった。
  2007年9月12日午後2時、「内閣総理大臣及び自由民主党総裁を辞する」と退陣を表明する記者会見を急遽行った。また、理由についてはテロとの戦いを継続する上では自ら辞任するべきと判断したとした。これにより同日予定されていた衆議院本会議の代表質問は中止となった。
  翌日(9月13日)、慶應義塾大学病院に緊急入院。検査の結果、胃腸機能異常の所見が見られ、かなりの衰弱状態にあると医師団が発表した。

  安倍内閣メールマガジンは9月20日配信分において「国家・国民のためには、今身を引くことが最善と判断した」とメッセージを配信し終了した。
  なお、病院側は、安倍首相の容体は回復してきているものの退院できる状態ではないとした。9月21日は安倍の53歳となる誕生日だが、病院で誕生日を迎えることになった。このように安倍首相は退陣まで公務復帰できなかった状況だが、与謝野官房長官は「首相の判断力に支障はない」と内閣総理大臣臨時代理は置く予定はないという方針をとっていた。20日の官房長官会見では「首相は辞任と病気の関係を説明するべき」としていた。
  9月24日17時、慶應義塾大学病院にて記者会見を行い、自身の健康状態及び退陣に至る経緯について「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と釈明し、政府・与党、国会関係者並びに日本国民に対して「所信表明演説後の辞意表明という最悪のタイミングで国会を停滞させ、多大な迷惑を掛けたことを深くお詫び申し上げたい」と現在の心境を開陳、謝罪した。さらに、首相としての公務に支障があったにも関わらず臨時代理を置かなかったことについては「法律にのっとって判断した」としたが、これについては、毎日新聞により、政府内でも批判の声があると報じられた。
  9月25日、第1次安倍改造内閣最後の閣議に出席し、その後国会へ登院して、衆議院本会議での首班指名選挙にも出席した。第1次安倍改造内閣最後の閣議で、閣僚全員の辞職願を取り纏めて内閣総辞職した。安倍は最後の閣議の席上、全閣僚に対して一連の事態に対する謝罪及び閣僚在任に対する謝意を述べた。26日には皇居で行われた自民党総裁福田康夫首相の親任式に出席し正式に辞職し再び病院へと戻った。
突然の辞任への反応
  安倍は辞任の理由として「テロ特措法の再延長について議論するため民主党小沢代表との党首会談を打診したが、事実上断られ、このまま自身が首相を続けるより新たな首相のもとで進めた方が良い局面になると判断した」「私が総理であることが障害になっている」などとした(小沢は記者会見で「打診を受けたことは1回もない」と否定し、以降も「意見を変える気はない」と明言)。一方、自身の健康への不安のためとする理由も、与謝野馨(当時、内閣官房長官)が同日中会見で述べている。24日の記者会見では本人も健康問題が辞任の理由の一つであることを認めた。
  もともと胃腸に持病を抱えており、辞意表明当日の読売新聞・特別号外でも持病に触れられていた。また、辞意表明前日には記者団から体調不良について聞かれ、風邪をひいた旨を返答している。この「胃腸の持病」について、安倍は辞任後の2011年に掲載された『週刊現代』へのインタビューで、特定疾患である「潰瘍性大腸炎」であったことを明かしている。
  臨時国会が開幕し内政・外交共に重要課題が山積している中で、かつ所信表明演説を行って僅か2日後での退陣表明について、野党側は「無責任の極み」であるなどと批判した。与党側でも驚き や批判 の声が上がったほか、地方の自民党幹部からも批判が出た。
  9月13日に朝日新聞社が行った緊急世論調査では、70%の国民が「所信表明すぐ後の辞任は無責任」と回答している。
  安倍の突然の辞意表明は、日本国外のメディアもトップニュースで「日本の安倍首相がサプライズ辞職」、「プレッシャーに耐えきれなかった」(CNN)などと報じた。欧米諸国の報道でも批判的な意見が多かった。
辞任の原因
  2007年当時の医師の診断ではカルテ上は「腸炎、または急性腸炎」で一般に言う「腹痛」であったが、実際には「潰瘍性大腸炎」を患っていた。潰瘍性大腸炎は1973年に特定疾患(2015年からは指定難病)に指定されている。
麻生・与謝野クーデター説
  安倍の辞任において、幹事長の麻生太郎と官房長官の与謝野が安倍を辞任表明に追い込んだとする「麻生・与謝野クーデター説」が自民党の新人議員の一部によってメディアを通じて広められた。この「麻生・与謝野クーデター説」について与謝野官房長官は、9月18日の閣議後の会見において明確に否定した。さらに麻生幹事長は9月19日に「事前に安倍首相の辞意を知っていたのは自分だけではない」とし、与謝野官房長官も同日「中川(秀直)さんは11日(辞任表明の前日)に安倍さんに会っていて、知っていてもおかしくない」と、中川前幹事長も事前に安倍の辞意を知っていたことを示唆した。
内閣総理大臣退任後
体調回復と活動の再開
  慶應義塾大学病院から仮退院し、東京・富ヶ谷の私邸で自宅療養に入った。
  11月13日に新テロ特措法案の採決を行う衆議院本会議に出席し、賛成票を投じた後、福田康夫首相や公明党の太田昭宏代表へ体調が回復したことを伝えた
  2007年末、『産経新聞』のインタビューにて、「『美しい国』づくりはまだ始まったばかり」 と述べ、2008年からは活動を本格的に再開し「ジワジワと固まりつつある良質な保守基盤をさらに広げていく」 と答えている。
  2008年1月、『文藝春秋』に手記を寄稿。2007年9月の退陣に関し、体調悪化のため所信表明演説で原稿3行分を読み飛ばすミスを犯したことが「このままでは首相の職責を果たすことは不可能と認めざるを得なかった。決定的な要因のひとつだった」と告白するなど、辞任の主な理由は健康問題だったとしている。
  2008年3月5日、安倍は勉強会「クールアース50懇話会」を立ち上げ、塩崎恭久や世耕弘成らが入会した。設立総会において、安倍は「北海道洞爺湖サミットを成功させるのは私の責任」 と語り、同懇話会の座長に就任した。3月6日、清和政策研究会(町村派)の総会に出席し、「首相として1年間、美しい国づくりに全力を傾注してきたが、残念ながら力が及ばなかった。私の辞任に伴い、みなさんに風当たりも強かったのではないか。心からおわびを申し上げたい」 と述べて所属議員に謝罪した。
  第45回衆議院議員総選挙直後に行われた2009年自由民主党総裁選挙では、麻生太郎とともに、平沼赳夫の自民党への復党と総裁選挙への立候補を画策したが、平沼が難色を示したため実現せず、西村康稔を支援した。
2度目の総裁就任
  2012年9月12日、谷垣総裁の任期満了に伴って行われる2012年自由民主党総裁選挙への出馬を表明。自らが所属する清和会の会長である町村信孝の出馬が既に取り沙汰されていたこともあり、前会長の森からは出馬について慎重な対応を求められていたものの、これを押し切る形での出馬となった。当初は、清和会が分裂選挙を余儀なくされた事や5年前の首相辞任の経緯に対するマイナスイメージから党員人気が高かった石破茂、党内重鎮からの支援を受けての出馬となった石原伸晃の後塵を拝していると見られていた。しかし、麻生派高村派が早々と安倍支持を表明した事などが追い風となり、9月26日に行われた総裁選挙の1回目の投票で2位に食い込むと、決選投票では、1回目の投票で1位となっていた石破を逆転。石破の89票に対し108票を得て、総裁に選出された。一度辞任した総裁が間を挟んで再選されるのは自民党史上初、決選投票での逆転は1956年12月自由民主党総裁選挙以来となった。
内閣総理大臣に再就任
  2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙で自民党が圧勝し、政権与党に復帰。同年12月26日、安倍が第96代内閣総理大臣に選出され、第2次安倍内閣が発足した。1度辞任した内閣総理大臣の再就任は、戦後では吉田茂以来2人目である
  首相再登板後は、デフレ経済を克服するためにインフレターゲットを設定した上で、日本銀行法改正も視野に入れた大胆な金融緩和措置を講じ、多年に渡って続くデフレからの脱却に強い意欲を示した。大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略を三本の矢と称した一連の経済対策は、アベノミクスと称される。「アベノミクス」は2013年新語・流行語大賞のトップテンに入賞し、安倍が受賞した。
参議院議員選挙(2013年)での勝利(「第23回参議院議員通常選挙」も参照)
  第1次安倍政権時に大敗を喫した第21回参議院議員通常選挙以降、参議院では政権与党が過半数を下回るねじれ国会が続いていた(2009年の第45回衆議院議員総選挙から2010年の第22回参議院議員通常選挙までの期間を除く)。2013年7月21日の第23回参議院議員通常選挙で、政権与党の自民・公明両党が合わせて半数を超える議席を獲得し、「ねじれ」は解消した。
2020年東京オリンピック招致(「2020年東京オリンピック構想」も参照)
  安倍は2012年12月の首相就任以降、2020年夏季オリンピックの東京招致委員会の最高顧問として各国首脳との会談や国際会議の際に東京招致をアピールした。さらに、2013年3月に来日したIOC評価委員会との公式歓迎行事では演説を行い、歌を披露する場面も見られた。安倍は首相就任後、1964年東京オリンピックの開催が決定した当時の首相が祖父である岸信介であることを持ち合いに、自らがIOC総会に出席してプレゼンテーションを行う意欲を見せていた。これにより開催地決定の直前である9月5日と6日にロシアサンクトペテルブルクで開催されたG20を途中で切り上げ、6日にブエノスアイレスに到着しIOC委員へ東京支持を呼びかけた。
  7日の総会では東京のプレゼンターの1人として演説を行い、「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。」と発言。演説後の質疑応答では総会直前に明らかとなった福島第一原子力発電所の汚染水漏れ に関する質問が出た。これに対し安倍は「結論から言うと、まったく問題ない。(ニュースの)ヘッドラインではなく事実をみてほしい。汚染水による影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートル範囲内で完全にブロックされている」、「健康問題については、今までも現在も将来も、まったく問題ない。完全に問題のないものにするために、抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と答え、「子供たちの将来や日本にやってくるアスリートに対する責任を完全に果たしていく」と述べた。しかし、汚染水漏れのニュースは後を絶たず、安倍の発言が東電の公表している状況とも異なっているなど、状況は統御されていない事実が明らかになった。このことは国会でも追及されており、安倍は追及に対して「事態は掌握しているし、対応はしている、という意味でコントロールと発言した」と抗弁している。
参議院議員選挙(2016年)での勝利(「第24回参議院議員通常選挙」も参照)
  任期満了に伴う2016年7月10日の第24回参議院議員通常選挙では、北海道東北地方信越地方沖縄県で苦戦したものの、前回を上回る議席を獲得した。安倍はこの結果を受けて、アベノミクスが信任を得たものと主張した
東京都議会議員選挙(2017年)での敗北(「2017年東京都議会議員選挙」も参照)
  2017年7月の都議会選挙では57議席から23議席に減らし、2009年の都議選時の38議席にも満たない過去最低の議席数に留まった。これについて、安倍は「大変厳しい都民の審判が下された。自民党に対する厳しい叱咤と深刻に受け止め、深く反省しなければいけない」と述べた。敗因について、「政権発足して5年近く経過し、安倍政権に緩みがあるのではないかという厳しい批判があったのだろう。真摯に受け止めなければいけない。政権を奪還したときの初心に立ち返って全力を傾ける決意だ」と説明した。
衆議院議員総選挙(2017年)での勝利(「第48回衆議院議員総選挙」も参照)
  選挙前と同じ284議席を獲得し、安倍自民党が大勝した。小選挙区で218議席、比例代表で66議席を獲得した。小選挙区の候補者は、北関東ブロック、東京ブロック、南関東ブロック、近畿ブロック、中国ブロックで比例復活も含めて全員当選した。小選挙区の候補者3名が無所属で当選後、公示日に遡って自民党公認となった。
2025年大阪万国博覧会招致(「2025年万国博覧会の大阪招致構想」も参照)
  2018年11月23日、パリで行われたBIE総会において大阪府2025年日本国際博覧会の開催地に選ばれた。安倍はビデオで、「大阪、関西、日本中の人たちが皆さんをお迎えし、一緒に活動することを楽しみにしている。成功は約束されている」と大阪招致をアピールした。 開催決定後、世耕弘成を「国際博覧会担当大臣」に任命することを固めている。
参議院議員選挙(2019年)の結果(「第25回参議院議員通常選挙」も参照)
  自民党は57議席を獲得した。改選前から9議席減となり、非改選の議席を含めた単独過半数を維持できなかった。
通算組閣回数・首相通算在職日数
  2018年10月2日に内閣改造を行い、第4次安倍第1次改造内閣が発足。これにより通算組閣回数は10回となり、それまで最多だった大叔父の佐藤栄作(9回)を抜き歴代最多となった。さらに2019年9月11日にも内閣改造を行い、第4次安倍第2次改造内閣が発足。これにより現在の通算組閣回数は11回(歴代最多)となった。
  2019年11月20日、首相通算在職日数が2887日となり、それまで最長だった桂太郎(2886日)を抜き歴代最長となり、さらに2020年8月24日、連続在職日数が2799日となり、それまで最長だった大叔父の佐藤栄作(2798日)を抜き歴代最長となった。
辞任の表明
  2020年8月28日、持病の潰瘍性大腸炎が悪化したことなどから、国政に支障が出る事態は避けたいとして、内閣総理大臣の職を辞する意向を固めたと複数のメディアが報じ、その後総理大臣官邸で行われた臨時閣議において、辞任する意向であることを表明した。
  その後、官邸で行われた会見で正式に辞意を表明し、「様々な政策が実現途上にあり、コロナ禍の中、職を辞することについて、国民の皆様に、心より、心より、お詫び申し上げる」と謝罪した。また、次の総理大臣が任命されるまでの間、引き続き職務にあたる考えを示した

外交
  第1次安倍内閣においては、「価値観外交」と「主張する外交」を外交の基本路線とした。このうち、「価値観外交」は、自由、民主主義、基本的人権法の支配という普遍的な価値観を共有する国の輪を世界、アジアに拡大して行くことを目指す外交戦略である が、第1次安倍内閣で外務大臣を務めた麻生太郎が、「自由と繁栄の弧」として初めて提唱したものである。自由と繁栄の弧は、民主主義や法の支配などの価値について、日本が非欧米圏における先駆者としての地位にあることに着目した上、北東アジアから、東南アジアを経て、インド、中東、中央アジア、中・東欧にかけての「弧」上にある国との間で、日本がリーダーシップをとってこれら価値を共有し、「弧」地域全体の繁栄に貢献する、その結果として経済や安全保障などで日本も国益を享受するという構想といえる。

  第1次安倍内閣当時、「自由と繁栄の弧」には、民主主義や法の支配などの価値を共有しているとはいえない中国の反発を招くとの批判もあったが、就任後初の外遊先に中国を選ぶなど安倍は原則論と現実的対応のバランスを保つことに努めてきており、日本の国際的存在感の低下、尖閣諸島問題に象徴される日中間の力関係の変化という新たな国際情勢のもと、中国との正面衝突を回避しつつ、アジアにおけるパワーバランスを適正に保ち、アジア及び世界の安定と発展に寄与する外交政策であると再評価されている。
  2012年12月28日に発足した第2次安倍内閣も、麻生太郎を副総理兼財務相・金融担当相としたほか、谷内正太郎を内閣官房参与としており、改めて自由と繁栄の弧を基本とした外交政策を打ち出すと指摘されている[135]、安倍が、平成24年12月28日にベトナム、インドネシア、オーストラリア、インドなどの首脳と相次いで電話会談を行ったのもその表れと指摘されている[136]。またプラハに本拠を置く国際NPO団体「PROJECT SYNDICATE」のウェブサイトに12月27日付けで掲載された安倍の英語論文では、「アジアの民主主義セキュリティダイアモンド構想」を世界に向けて主張している。
  第2次安倍内閣最初の閣僚外遊は、民政移管を進めていたミャンマーへの麻生太郎副総理兼財務相・金融相の訪問で、麻生は「閣僚の最初の訪問先がミャンマーとなったこと自体、政権としてのメッセージである。」と述べている。安倍も、就任後最初の外遊先として、2013年1月16日から18日にかけ、まずベトナムを訪れ、次にタイインドネシアを訪問。アジア太平洋地域の戦略環境が変化する中で、地域の平和と繁栄を確保していくため、自由民主主義基本的人権法の支配など普遍的価値の実現と経済連携ネットワークを通じた繁栄を目指し、日本はASEANの対等なパートナーとして共に歩んでいく旨のメッセージを各国首脳に伝達した上、対ASEAN外交5原則を発表した
  道傳愛子は、第2次安倍内閣における「価値観外交」の特色は、中国やインドの間という地政学的優位性が高いインドシナ半島を抱え、経済や安全保障での重要性も高まる東南アジアを重視する点であると述べている。また、日本の価値観外交においては、港や道路などハードのインフラの整備だけでなく、投資環境整備にもつながる法整備支援や、人材育成といったソフトのインフラ整備への協力を、日本の役割として位置付けることが重要と主張している。

アメリカ合衆国
  小泉政権により強化された日米安全保障条約をさらに充実させるため在日米軍自衛隊の一体化を目指しており、集団的自衛権行使のための憲法改正も視野に入れている。
  安倍政権の外交方針について、北海道新聞沖縄タイムスなどからは対米追従であるという批判 や懸念があるが、2013年3月の施政方針演説 によれば「日米同盟をより強固にしたい。わが国の安全確保の観点から当然の取り組みであり、地域の平和と安全に資する。対米追随外交との指摘はまったくあたらない」としている。
  2014年4月24日の日米首脳会談で、日本の超電導リニア新幹線の技術をアメリカへ無償提供すると表明する。2013年2月の首脳会談でも「日米同盟の象徴」と技術提供を提案していた。なお、リニアの研究は1962年から開始しており、通常では、リニア技術提供を望む場合、ライセンス料が徴収される。2013年3月には、日本企業が米軍のF-35開発に参加することを提言した2016年アメリカ合衆国大統領選挙中はヒラリー・クリントンと会談を行うも、2016年11月17日に世界の政府首脳に先駆けて大統領選勝利後のドナルド・トランプ次期大統領と非公式会談して本間ゴルフの特注品を贈った
  2017年11月5日、トランプ大統領が初来日。北朝鮮への圧力最大化で一致して米製防衛装備の購入も表明した。両者のゴルフプレーを通じたゴルフ外交についても報じられた
欧州連合
  ドナルド・トランプアメリカ合衆国大統領環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱や、大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)交渉の凍結など、保護貿易主義的政策をとることに対抗し、アメリカとの貿易交渉を優先する従来の方針を転換し、欧州連合(EU)と接近。2013年から交渉が続けられていたものの長年停滞していた日本・EU経済連携協定構想に関し、首席交渉官を交代させるなどして交渉を進め、2017年12月には交渉の妥結を確認した。
  2014年7月17日、国家安全保障会議で、戦闘機用のミサイルをイギリスと共同研究することを決めた。この研究は現状日本のシーカー技術を適用した場合どの程度の性能になるかをシミュレーションするもので部品などをやり取りすることはないという。
東南アジア
  第2次安倍内閣は、経済や安全保障での存在感が高まる東南アジアを重視。就任後1ヶ月以内に、自身のベトナムタイインドネシア訪問、麻生太郎副総理のミャンマー訪問など、閣僚がアセアン主要国を次々と訪問した。安倍は、日本がASEANの対等なパートナーとして共に歩んでいく旨のメッセージを各国首脳に伝達した上、2013年1月18日には、訪問先のインドネシアにおいて、対ASEAN外交5原則を発表した。
安倍ドクトリン」を参照
中華民国(台湾)
  父である岸信介や父・晋太郎も親台派であり、自身も台湾などとの交流強化を目指している亜東親善協会の会長を2012年の首相就任まで務めていたほか、第一次安倍内閣の際には羽田空港松山機場との間の直行便を推進したり、野党時代には台湾を訪問し馬英九総統、李登輝元総統などと会談を行うなど、筋金入りの親台派と言える。また、中華民国政府も安倍のことを親台派であると評価している。また、第三次安倍内閣では国会答弁のなかで「日本の友人である台湾」と同答弁内で述べられた中国、韓国、北朝鮮、ロシアとは別格の表現をしている ほか、同年7月29日に行われた参議院の我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会において、「台湾は、基本的な価値観を共有する重要なパートナーであり、大切な友人であります」と答弁している
中華人民共和国
  大叔父の佐藤栄作は中国との国交正常化を目指していたことや、父・晋太郎は日中平和友好条約締結や胡耀邦訪日に携わったことから対中関係を重視してきた。2006年の総裁選は、ありのままの日本を知ってもらうために多くの中国人留学生を受け入れるべきと主張し、小泉政権時に悪化した日中関係の改善に意欲を見せた。
  2006年の首相就任後の初外遊先に1999年の小渕総理以来の公式訪問として中国を選び、胡錦濤国家主席との会談では8年ぶりの共同文書「日中共同プレス発表」で戦略的互恵関係の構築を合意した。第2次安倍内閣でも親書や日中首脳会談などで戦略的互恵関係を日中関係の基礎と度々位置付けてる。
  2017年9月には首相の参加は15年ぶりだった日中国交正常化45周年記念行事でも出席した安倍首相は戦略的互恵関係に基づいて日中関係を発展させることを表明し、10年ぶり に日中首脳間で交換された祝電でも戦略的互恵関係を重視し、同年10月の第19回中国共産党大会にも自民党総裁名義で祝電をおくり、同年11月に習近平国家主席李克強国務院総理といった中国の首脳と第三国で立て続けに会う極めて異例の会談を行い、翌2018年5月には中国の国家主席とは史上初の電話会談も行い、同年6月に日中韓首脳会談で中国首相では8年ぶりに訪日した李克強と様々な合意 を交わしてその後の視察にも同行し、同年10月には日本の首相では7年ぶりに公式に訪中して「競争から協調へ」「お互いパートナーとして脅威にならない」「自由で公正な貿易体制の発展」の日中新時代3原則や先端技術やインフラ整備と金融などの協力で一致した
  2012年12月、青山繁晴によると、経団連から「中国の言うことを聞け」と要求され激怒したが「経団連会長(住友化学会長)米倉弘昌」からの要求を断ったら第二次安倍総理は誕生しなかった、と述べている。2019年6月27日、G20サミットで来日した習近平と会談し、2020年春に国賓として来日するよう求め、習近平は求めに応じる考えを示した
ロシア
  2016年12月16日の首脳会談終了後、安倍首相が強調したのは、4島の元住民の墓参など自由訪問の拡充の検討や、4島での共同経済活動を実現するための交渉開始で合意したことだった。また、プーチン大統領は、領土問題と捉えているのは日本だけであろう、4島一括返還は議題にすらできない、2島返還さえないと述べており、領土返還は難しい見通しとなった
大韓民国
  国交正常化50周年記念式で祖父である岸信介や大叔父の佐藤栄作は国交正常化に大きく関与したと述べ、父・晋太郎は親韓派であり、父親同士が親密だった朴槿恵大統領に官房長官時代から神戸ビーフを贈り手紙をやりとりするなど交流があった。第一次安倍内閣時に「韓国はまさに日本と同じ価値観を持っている」と発言をしている。軍艦島(端島)など明治日本の産業革命遺産世界文化遺産登録をめぐる韓国との交渉では、朝鮮半島出身者の徴用について、韓国側の要求を受け入れるように外務省に歩み寄りを指示している
  。第三次安倍政権下では外務省による二国間関係を紹介するウェブページの韓国に関する記載から「基本的な価値を共有する」を削除し、更に2018年には「最も重要な隣国」という表現も削除し、困難な問題があるが未来志向で前に進めていくべきといった表現に改めている
  2013年の韓国の月刊誌「月刊朝鮮」(2013年4月号)による安倍へのインタビューで、安倍は日韓関係はじめ歴史問題や憲法改正などについて語った朴槿恵政権とは2015年12月に慰安婦問題日韓合意を行い、翌年2016年には日韓初 の防衛協力協定である日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)も締結し、日米韓の枠組みで初のミサイル防衛合同演習も行った
  しかし、朴槿恵大統領の弾劾後は2018年5月9日に日中韓首脳会談のために初訪日した文在寅大統領とは日韓間の懸案は先送りされ[199]、その後の個別の首脳会談で日中が複数の合意文書を交わしたのに対して日韓では目立った成果がなかった。
  徴用工訴訟問題をめぐって文大統領に「戦略的放置」で対応したとされ、対抗措置も関係省庁に指示したため、文大統領から「日本の政治指導者が政治的な争点とし、問題を拡散させている」と批判され、李洛淵首相も「日本の指導者は反韓感情を利用しているとする見方もある」と反発した。
  日韓合意に基づく慰安婦財団の韓国による一方的な解散、韓国海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射文喜相韓国国会議長による天皇明仁への謝罪要求など日本の対韓感情を損ねる事案も続発し、日本では「日韓関係は史上最悪」と評されるに至り、2019年からは日本側はキャッチオール規制(補完的輸出規制)において優遇措置対象国のホワイト国から韓国を除外して韓国側もGSOMIAを破棄するなど日韓貿易紛争とも呼ばれる状態となった。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
  北朝鮮対策として通信傍受法の要件緩和・対象拡大を主張した。
  2007年2月12日に訪日したチェイニー米副大統領に、拉致問題が解決するまで北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除をしないように要請した
  2016年、北朝鮮が5回目の核実験を行ったことについて「厳重に抗議し、最も強い言葉で非難する」とした声明を発表し、国連演説で異例の名指しで批判して制裁強化の議論を日本が主導する意向を表明した。2017年の国連演説では北朝鮮を非難して「対話を通じた問題解決の試みは無に帰した。何の成算があって三度同じ過ちを繰り返すのか。
  必要なのは対話ではなく、圧力だ」と演説した。その前には「北朝鮮との対話は無駄骨。最大限の圧力をかけるべき」と主張する寄稿を米紙に行った。
  2017年9月25日、衆議院解散演説において「北朝鮮には勤勉な労働力があり資源も豊富です。北朝鮮が正しい道を歩めば、経済を飛躍的に延ばすこともできる」と前置きした上で、弾道ミサイル計画を完全な検証可能なかつ不可逆的な方法で放棄させるため「今後ともあらゆる手段による圧力を最大限まで高めていく他に道はない」と述べた。
  朝鮮中央通信からは「米国の反共和国制裁・圧迫策動に追従してる」として名指しで「安倍の輩」「忠犬」と批判されている。2017年11月20日にトランプ米大統領が9年ぶりに北朝鮮をテロ支援国家に再指定した際は「北朝鮮に対する圧力を強化するものとして歓迎し支持する」と表明した。
  2018年6月2日の講演で、米朝首脳会談が設定されたことに触れ「核武装した北朝鮮を決して容認するわけにはいかない。抜け道は許さないという姿勢で日本は国際社会をリードし、国際社会とともに圧力をかけてきた。
  その中で米朝首脳会談が行われることに期待したい」と述べた。これに先立つテレビ出演において「拉致問題が解決していない中で大きな経済支援をすることはない」と述べた。2019年5月に日朝首脳会談を無条件で行う用意があることも表明するも朝鮮中央通信は「面の皮が厚い安倍は方針を変更したかのように喧伝して執拗に平壌の扉を叩くが、わが国への敵視政策は変わっていない」と批判し、同年11月には弾道ミサイルの発射を非難したことに対して朝鮮中央通信は「安倍は世界で唯一無二の白痴、史上最もばかな人間」と罵倒した。
オーストラリア(詳細は「日豪関係」および「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を参照)
  オーストラリアとは「基本的価値観を共有する」としている。日豪FTAの交渉を開始し、2006年12月に合意した。2007年3月13日には安全保障協力に関する日豪共同宣言ジョン・ハワード首相とともに署名した。この宣言にはPKOなどの海外活動や対テロ対策、北朝鮮問題などで日豪が協力する、安全保障協議委員会の設置などが明記されていた。「豪との共同宣言が中国狙ったものでない」とした
インド
  2007年8月に日印首脳会談を行い、政治・安全保障、経済、環境とエネルギーなど多岐に渡って合意した。また、インドの国会において、日印間の更なる関係強化について「二つの海の交わり」と題する政策演説を行った。外務省は「この演説内容はインドに非常に高く評価された。2017年7月7日、モディ首相と会談し、日米印3か国の安全保障協力を強化する方針で一致した
中東・アフリカ
  2014年1月にオマーンを訪問し、さらにコートジボワールを訪れた。2017年8月10日、国連開発計画のシュタイナー総裁と面会し、貧困・飢餓の撲滅を目指す国連の持続可能な開発目標(SDGs)に向けて努力し、アフリカの開発の提案、防災、女性の活躍の分野で協力して成果を出す意欲を述べた

安全保障
  日本版「国家安全保障会議」(NSC)構想を推進した。総理就任以前から憲法改正に関しては集団的自衛権の容認を打ち出してきた。2007年には安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会を開催、集団的自衛権の行使は日本国憲法第9条に反しないとの報告書を得て、宮崎礼壹内閣法制局長官に対し、解釈変更の指示を行ったが、職員の総辞職の可能性を示される抵抗を受け頓挫した。
  第2次安倍内閣では、集団的自衛権行使容認派の小松一郎フランス大使を2013年8月8日に内閣法制局長官に任命した。しかし、体調不良のため小松は退任し、代わって内閣法制局次長であった横畠裕介を2014年5月16日に内閣法制局長官に任命した。横畠は、2016年3月18日の参議院予算委員会において、「我が国を防衛するためにの必要最小限度に限られる」としながらも「憲法上全てのあらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されていると考えていない」と答弁している
  2006年11月14日、安倍内閣は閣議で、核保有についての鈴木宗男質問主意書 に対して、「政府としては、非核三原則の見直しを議論することは考えていない」と強調しながらも、「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」との答弁書 を出した。
  自衛隊について、「政府の立場で言えば合憲であるという立場」と述べつつ、「憲法学者の7、8割が違憲である」「違憲であることが教科書にも記述があるのは事実」と説明し、憲法9条「3項に自衛隊を明記」することで、憲法上の自衛隊の位置付けの議論を促す答弁している。「新規隊員募集に対し、都道府県の6割以上が協力を拒否している」と述べ、憲法への自衛隊明記の必要性を述べた。

  第2次安倍内閣においては武器輸出三原則の撤廃を含めた根本的な見直しに着手。2013年10月9日、政府の有識者会議「安全保障と防衛力に関する懇談会」に安倍等が加わり、装備品の輸出を事実上全面禁止してきた武器輸出三原則の抜本見直しを盛り込む方針を固めた。
  2014年3月、武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」の原案が与党のプロジェクトチームに示され、同年4月1日に武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則が閣議決定された。
日米豪印戦略対話」も参照
  2015年11月1日、長崎で開催された第61回パグウォッシュ会議世界大会へ「非核三原則を堅持しつつ、「核兵器のない世界」の実現に向けて、国際社会における核軍縮の取組を主導していく決意」を表明するメッセージを寄せた。
  2016年11月15日、安全保障関連法で新たに認められた「駆け付け警護」を、南スーダン国連平和維持活動(PKO)を行っている陸上自衛隊の任務に加える実施計画を閣議決定した。安倍は、「自衛隊の安全を確保し、意義のある活動が困難であると判断する場合は撤収を躊躇しない」と述べた。一方で「危険の伴う活動だが、自衛隊にしかできない責務をしっかりと果たすことができる」と述べた。
  2017年3月17日、情報収集衛星「レーダー5号機」の打ち上げ成功について「情報収集衛星を最大限活用し、今後とも日本の安全保障と危機管理に万全を期す」とのコメントを発表した。
  2017年8月9日、長崎平和祈念式典において、真に「核兵器のない世界」を実現するためには核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要であり、日本は非核三原則を堅持し、双方に働き掛けを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意を表明した。
普天間基地移設問題
  2013年12月25日、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設に向け、沖縄県知事仲井真弘多と会談し、日米地位協定に関し環境面を補足する協定を締結するための日米協議開始などの基地負担軽減策を示した。仲井真は「驚くべき立派な内容だ」と評価して移設先である名護市辺野古沖の埋め立て申請を承認する方針を固め、同年12月27日午前にこの申請を承認した。2018年10月1日、共産党、社民党や労組などでつくる「オール沖縄」が推す玉城デニーが沖縄県知事に当選したことについて「結果は政府として真摯に受け止め、沖縄の振興、基地負担軽減に努めていく」と述べた。2019年2月25日、米軍普天間飛行場の辺野古移設を問う県民投票において、「反対」が有効投票の7割超となったことに対し「結果を真摯に受け止め、基地負担軽減に全力で取り組む」と述べた。
  なお、この件に関連して安倍は元参院議員平野貞夫らにより2019年1月28日、「内乱罪を既遂した首謀者」として刑事告発されている。
普天間基地移設問題」も参照
尖閣諸島問題
  「歴史と国際法によって、尖閣諸島(中国名:釣魚島)が日本の領土であり、中国と交渉の余地はない」と明言しており、「日本と中国の間が異なる見解を有している」ことを認めている


小泉進次郎

2020.2.19-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200218/k10012290881000.html?utm_int=detail_contents_news-related_002
小泉環境相「反省している」ウイルス対策本部欠席し新年会出席

  小泉環境大臣は衆議院予算委員会で、新型コロナウイルス対策本部を欠席し、地元後援会の新年会に出席していたことについて、「問題だという指摘を真摯(しんし)に受け止め反省している」と述べました。この中で立憲民主党の本多平直氏は、小泉環境大臣が今月16日に開かれた政府の新型コロナウイルス対策本部を欠席し、地元後援会の新年会に出席していたことについて「新型コロナウイルスが大問題になるなかで、新年会に出るために、対策本部を代理に押しつけたのは間違いだったのではないか」とただしました。
  これに対し小泉大臣は「常日頃から温かく支えてくれている地元の大切な後援会の新年会であり、お酒も出ていた」と述べました。
  そのうえで「政務官に代理出席をお願いし、危機管理上のルールにのっとった対応だったが、『地元の会合への出席は問題だ』という指摘は真摯に受け止め反省している」と述べました。
  一方、森法務大臣も同じ日の対策本部を欠席し、地元の書道展の表彰式に出席していたことを明らかにしました。
  そして「危機管理上のルールにのっとり対策本部の前後には詳細な報告を受け必要な指示もしていたが、指摘を真摯に受け止め反省している」と述べました。
  さらに萩生田文部科学大臣も対策本部を欠席し、地元で消防団長の叙勲を祝う会合に出席していたことを明らかにし「政務と公務のどちらが大事なのかという指摘は真摯に受け止め、緊張感をもって対応していきたい」と述べました。
菅官房長官「必要な公務や用務あればやむをえない」
  菅官房長官は、午後の記者会見で、小泉環境大臣と森法務大臣が対策本部を欠席したことについて「大臣が東京を離れる際に、あらかじめ副大臣または政務官が代理で対応できるよう各省で調整しており、いずれの大臣についても、この調整に基づき、代理の副大臣などが対策本部に出席した」と述べました。
  そのうえで、菅官房長官は記者団から「今後は基本的には閣僚の出席を求めるのか」と質問されたのに対し、「必要な公務や用務があれば、それはやむをえないと思う。ただ、省庁を統括しているのは、閣僚だから、閣僚が出ないのであれば、副大臣、政務官と連携してやってほしい」と述べました。
公明 石田政調会長「当然出席すべきだった」
公明党の石田政務調査会長は記者会見で「新型コロナウイルスは最大の課題になっており、当然出席すべきだった」と述べました。


2020.2.10-日刊大衆-https://taishu.jp/articles/-/72330?page=1
“政治資金で不倫”疑惑-小泉進次郎に吹く“大逆風”!

永田町のプリンス、小泉進次郎環境大臣(38)に厳しい逆風が吹いている。

「以前は内閣の方針にも異論を唱えるなど、政界の革命児、さらには“ポスト安倍”候補の最右翼だった進次郎氏ですが、昨年の滝川クリステルさんとの結婚&妊娠発表以降、その地位を揺るがす報道が続いてます。特に、女子アナ合コンを開くほどの無類の女子アナ好きで、手を出すばかりか、交際の時期がかぶっている“二股疑惑報道”は、清廉なイメージからかけ離れていたこともあり、世間からの目が厳しくなりましたね」(全国紙政治部記者)
   昨年12月には、15年に実業家の女性と不倫密会をしていたホテル代を、政治資金から支出していたとの“政治資金不正利用疑惑”報道もあった。 フリーライターの横田一氏は次のように語る。
  「国会や会見では、“法令に従って適正に処理している”と話すばかりで、説明責任を果たしていないように思えます。疑惑について説明逃れを続けるのは、森友問題のときに“平成政治史の大事件”と自分が批判していた安倍首相と同じ。結局同じか、という思いが支持離れを加速させているのではないでしょうか」
   人気回復の切り札は、育休の取得とその延長だが、「進次郎氏は育休については、答弁や会見でかなりの時間をかけて説明しています。国際社会では当たり前となっている“男性の育休”について、“私の育休が海外メディアで取り上げられるのは、それだけ日本が世界から遅れていることの表れ”と話していました。それでもタイミングが悪すぎた。“疑惑隠し”のためのアピールに見えてしまいますよ」(前同)


2020.2.07-論座 RONZA-https://webronza.asahi.com/science/articles/2020020300007.html
小泉環境相の「正直、開き直り、アクション」

小泉進次郎環境大臣の誕生から、まもなく半年になる。ここでは、エールの思いも込めて、彼のこれまでの環境大臣としての言動、特に温暖化問題に関する認識や発言を分析評価する。
正直だけど
 小泉氏は、大臣に就任したばかりの2019年9月、ニューヨークでの温暖化問題に関する国連会議に出席した。「石炭火力発電をどう減らすか」と外国人記者に聞かれて、何も答えられなかった(文字通り数秒間絶句していた)。このような反応に対しては「政治家として稚拙」という批判もでた。しかし、ある意味で彼の対応は非常に正直だともいえる。なぜなら、今の日本の石炭火力推進政策や温室効果ガスの排出削減数値目標は、実質的に経産省が決定権を持つエネルギー基本計画によって、ほぼ一意的に決まってしまうからだ。
同情もするけど
  そして最新の第5次エネルギー基本計画では、省エネと再エネの軽視、および石炭の重視が明記されている。すなわち、環境省は石炭火力推進政策に関しても、温室効果ガス排出削減目標に関しても、強く関与できるような仕組みにはなっていない。そして、閣議決定されたエネルギー基本計画を覆すような発言をするのは、官僚はもちろん、大臣でも無理なのである。
  もちろん、脱石炭や数値目標の引き上げに関しては、環境省もただ黙っているだけではなく、国内で具体的な議論を始めたいと思っている。しかし、エネルギー基本計画の改定は通常は3〜4年というサイクルであり、次回の改定は今から1年あるいは2年後である。それを理由に、これまで経産省も官邸も乗り気ではなく、それでは環境省は何もできない。なので、絶句というのは、「正しい」反応だとも言えるし、正直に同情する。
自虐的な「石炭中毒」
  しかし、同情はするものの、最近の彼の言葉には違和感も感じる。例えば、2019年12月のスペイン・マドリードで、国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)があった。そこでは、各国政府代表団やNGOが記者会見を実施し、交渉の進捗(しんちょく)状況や各組織のポジションなどについて説明した。会期終盤に近づいた12月12日、日本政府が記者会見を行い、小泉環境大臣が一人で説明し、一人で質問に答えた。
  記者会見で小泉大臣は、「石炭中毒」という、多少自虐的な言葉を使って日本の状況を説明した。なので、少なくとも温暖化対策において石炭火力が重要な問題であることは認識している。彼は、「自分は日本の石炭火力推進政策に関しては、なんとか変えようと努力した。具体的には、日本が公的資金を石炭火力技術の輸出に使っていることをなんとか止めさせるよう調整した。


小泉進次郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

小泉 進次郎1981年昭和56年〉4月14日 - )は日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(4期)、環境大臣第27代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災担当)。血液型AB型
  内閣府大臣政務官復興大臣政務官自民党青年局長、自民党農林部会長、自民党筆頭副幹事長、自民党厚生労働部会長などを歴任。
  父は第87代第88代第89代内閣総理大臣小泉純一郎。母は宮本佳代子 (エスエス製薬元会長・泰道照山の孫)。兄は俳優タレント小泉孝太郎


小泉進次郎 Official Site(HP)

日本のために何ができるか・・・




2019.12.12-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191212/k10012211821000.html
日本に再び「化石賞」小泉環境相の演説受け 国際NGO

「COP25」での小泉環境大臣の演説を受けて、国際NGOのグループは温暖化対策に消極的な国に贈る「化石賞」に再び日本を選びました。
  「化石賞」は世界各地のおよそ1300の環境NGOでつくるグループが、COPの会期中、温暖化対策に消極的だと判断した国や地域をほぼ毎日選び、皮肉をこめて贈っています。
  11日の「化石賞」には日本とブラジルが選ばれました。
  日本を選んだ理由について閣僚級会合で小泉大臣が行った演説で、石炭火力発電からの脱却や温室効果ガスの削減目標を引き上げる意思を示さなかったためとしています。
  今回のCOPで日本が「化石賞」に選ばれるのは2回目です。
  会場にいたアメリカのNGOの男性は「日本に対する期待の高さの表れだと思います。来年は東京オリンピックもあるので、石炭関連産業への支援をやめ国際的なリーダーシップを示してほしいです」と話していました。
  小泉大臣は「驚きはない。受賞理由を聞いて私が演説で発信した効果だと思った。的確に国際社会に発信できていると思う」と話していました。


小泉大臣就任記者会見録(令和元年9月11日(水)22:03 ~ 23:07 於:環境省第1会議室)

1.発言要旨
 すいません。どうぞ。もう今日もぶら下がりで、皆さんから多くの質問もありましたし、官邸でも記者会見やったので、できる限り早く帰りましょう。
2.質疑応答
(記者)読売新聞の安田と申します。大臣就任おめでとうございます。2点お聞きします。まず最初にG20大阪サミットで出たブルー・オーシャン・ビジョンについて、プラスチックの対策ですね。10月に資源効率性対話は日本で行われることになってますが、掛け声だけでなく、その実効性のある削減を目指していくために何をすべきだとお考えなのか、それが1点。それからこの秋には気候変動のパリ協定から、米国が離脱する予定になっています。アメリカが一つ抜けるということは、枠組みにとって大きなことです。日本としてはアメリカと例えばヨーロッパをつなぐパイプ役みたいなものも期待されると思いますけれども、これから日本としてアメリカにどういうふうに働きかけをされていかれるというふうにお考えなのか、その2点についてお答えください。

(大臣)ありがとうございます。まず1点目ですが、海洋プラスチックにおいては、私も印象的だったのは、厚労部会長をやっている時に、自民党本部は、今年から、プラスチックストローをやめました。それで、こうやっていろんなところで、少しでもプラスチックを減らしていこうと、そういった取組が出てきていることは素晴らしいことだと思います。そういう取組の一つ一つは、この前の大阪で決められたことの目標の達成に向けて、一つ一つやっていけばいいと思います。ただ、実際に数字を見るとどうかというと、やはり世界全体のプラスチックの海洋への流出量これは中国が圧倒的です。100倍といってもいいですよ、日本の。ただ、一方で、日本の海洋プラスチックの1人当たりの排出量っていうのは、世界の中で、残念ながらベストスリー、この中に入ってしまいます。そういったことをもあるけども、日本としては、胸を張れるところは、この回収率は世界一です。9割超えてますから。そういうことをよくよく考えて、目の前のプラスチックやめようという取組とかはわかりやすいと思います。そして、ペットボトルとか、国民生活に近いコンビニとかスーパーとか、日々の生活の中で実感しやすいことから始めていくというのは大切な一方で、本当に世界全体で、大きなインパクトのある動きに流れを変えていけるかどうかということを考えたら、より戦略的な取組を考えなければいけないんではないかと思います。例えば、日本が今まで先進的な技術、イノベーション、こういったものを持ってますから。仮にですよ、日本と同じような、この海洋プラスチックの取組や、それを支えるような社会、これが世界で広がった場合、もう何割、2割、3割ぐらいと言ってもいい、世界での海洋プラスチックの量は減らせるわけですよ。だからこれから日本の技術の海外展開をしていくことも、目の前のわかりやすい、プラスチックストローとかペットボトルとかそういったものの取組と同時に大事なことだと思いますので、そういったことも併せて、しっかり取組を加速をさせます。この大阪で約束をしたことというのは、イノベーションなくして達成できません。普通の、巡航速度でいったら、達成無理だと思いますね。ですので、このイノベーションに対する徹底的な取組と加速と、そして、海外国内、国内では国民運動に広げ、海外では、日本の取組を展開し広げていく。そしてアメリカの御質問が2点目だと思いますけど、アメリカ以上に、中国の海洋への排出量は大きいです。世界一が中国ですから。しかしアメリカも同時に重要な国であることは変わりません。ただ、これはTPPのときの議論でもありましたけど、アメリカが離脱をするという、抜けても抜けなくても日本がやらなきゃいけないことに変わりがないことがあるわけです。だとしたら、努力として生産的だなと思うことは、抜けたからどうしよう抜けないならこうしようじゃなくて、抜けても抜けなくてもやるべきことをやる。そして同時に、アメリカというのは、広い国です。大きい国です。私アメリカのワシントンそしてニューヨーク併せて3年間の生活をしてましたが、アメリカと言って一言で語れませんよ。日本に来た外国人の方が東京だけ見て日本のことを語れないように、アメリカは広いです。ワシントンDCってのは特殊なところで、本当に政治の町で、一方で中西部とか、他のところ行けば、全然、沿岸部とは違うアメリカが広がってます。だからトランプ大統領が誕生したんです。それを考えれば、トランプ大統領の思い、それはそれとして大統領として重要なことでありますが、カリフォルニアとか、いろんなアメリカも地域を見れば、日本以上に、先進的なイノベーションが起きている地域もあるし、そういった取組をしっかり評価しながら、後押しをしたり、連携をしたり、諦めない仲間たちを増やしていく。そこをしっかりと取り組むべきだと思っています。私も総理から、海外での発信、海外に対する発信、そういったこともよろしくと、いうことを言われてますので、そういったことを念頭において、しっかりと仕事をしていきたいと思います。

(記者)朝日新聞の松尾といいます。就任おめでとうございます。今まさに関連のことでお尋ねしたいのですが、9月23日に気候変動サミットがニューヨーク国連総会であります。そしてSDGsのハイレベルのもあります。こうしてそしてCOPもチリであります。こうしたイベントが並んでいます。環境大臣というお立場でそのサミットという場に、どういうふうに反映されるかちょっとわからないですが、これらのイベントにつきまして、国際発信という意味でですね、大臣、赴かれたりとか、何らか別のサイドイベントとかでの活動とか、何らか考えておられますでしょうか。

(大臣)そうですね。そこはスケジュールを環境省の皆さんとも調整をして、せっかくの機会ですから、状況が許せば、積極的にそういった場で発信をしなければいけないなと思ってます。

(記者)すみません。関連で一つだけ、今ヨットでヨーロッパからやってきたグレタさんっていう少女が、北欧から、ニューヨークの方に入っています。彼女がアメリカ横断してまた9月から冬にかけていろいろ活動するようですけども、彼女のような、若い環境を訴える人たちは、大臣にとってどのように見えますか。

(大臣)野球しかやってこなかった僕からするとすごいですよね。本当に授業は休むものだと思ってましたからね。授業が終わってから本番だと思って野球ばかりやってましたから。すごいね。

(記者)テレビ朝日の吉野と申します。大臣御就任おめでとうございます。ちょっと私から1点だけお伺いいたします。先ほどの中間貯蔵施設の考え方は、官邸でお伺いしました。その中でですね、またちょっと細部に入って申し訳ないんですけれども、今、その中でもですね、その減容化の一環として、公共事業の中で、除染土を使っていくと、それから飯舘村ではですね、これ、農業で再利用していくというふうに、地元の方の努力が、今一生懸命続けられてるんですが、こういう取組についてどのようにお考えでしょうか。

(大臣)はい。ありがとうございます。すべては、地元の皆さんの理解なくして実現なし。この1点に尽きると思います。以上です。
(記者)すいません補足で、これを前向きとしてとらえていかれるかどうかだけお聞かせください。
(大臣)減容化っていうのは不可欠です。そして、30年という福島県民の皆さんとの約束を、何としても守らなければいけません。その時にどうやったら、イノベーションの実現と地元の皆さんの理解、そういったものががっちりとかみ合う形を実現できるかというのは、やはり追求しなければいけないことだと思いますので、大前提として、地元の福島の皆さんの理解なくして、達成はないと、実現はないと。そのことを忘れずに、向き合っていきたいと思います。

(記者)TBS報道特集の膳場と申します。今の質問にもあったんですけれども、伺いたいこと、汚染土について、2点あります。まずはその再生利用についてなんですけれども、再生利用を試験的に進めようとしていた自治体2ヶ所を取材しました。南相馬市と二本松市です。地域では根強い反対がありました。どのようにしておっしゃるような理解を得ていこうと考えていらっしゃいますか。具体的にどういった働きかけをなされるのか、そしてこの再生利用を続けるつもり、これは変わりがないのか、というのがまず1点。もう1つ最終処分場について、約束を守るとおっしゃいましたけれども、最終処分場の場所についてのめどが立っておりません。これはどのようにして地域を選定していくのか。イノベーションが必要だっておっしゃいますけれども、現状で足りていないのはどういった技術だと考えていらっしゃるのかを聞かせください。

(大臣)はい、ありがとうございます。1点目について、2点目についても、先ほどのテレビ朝日の吉野さんの御質問と同じ答えになりますが、地元の理解がなかったらできないと思います。だからそのために、理屈を超えた整理だったり、環境省の真摯な取組を強化していくことだったり、ありとあらゆることを考えなければいけないと思いますが、地元の理解が一番大事だと思います。

(記者)対話を重ねていくというようなことなんでしょうか。

(大臣)対話っていうのはどんな局面においても大事ですし、そしてあれだけ、原発事故の後に苦労されて、様々な避難を繰り返した方々、そして家族の中でも、分断が起きたり、友人、地域、様々な分断を生んだことは、事実だと思います。そういった中で、科学的な、そういった数字とか、結果とかだけで、完全なる理解を得られるかといったら、そんな単純な問題ではないと私は思います。ですので、今年も3月11日に、帰還困難区域の中に行って、私は折を見て、これからも帰り続けたいと思いますが、誰も戻れない、空気、景色、そして音もない、あの景色っていうのは、8年前の2011年の3月11日、東日本大震災と原発事故が残してしまった。その爪痕がいかに大きいか、これを自分の中でも、決して忘れさせないようにしなきゃいけないと、思うからでもあります。なので、そこのことを忘れないで向き合っていくのが、今膳場さんが言ったような課題もそうだと思います。

(記者)最終処分場の場所の選定についてはどうなさってくんですか。

(大臣)いずれにしても、見つけなければ、福島県民の皆さんとの約束は守れません。見つけるために、何ができるのか。それは絶対誰かが、答えを見つけなければいけない課題ですから。それを細部はこれから皆さんと、環境省の皆さんともしっかり議論をして、何ができるのかを考えていきたいと思います。

(記者)日本テレビの岩田といいます。大臣就任おめでとうございます。大臣、先ほどおっしゃられたように、今日で、福島原発事故、東日本大震災から8年と半年が経ちましたけれども、大臣はあれだけの汚染が起こってしまった、原発事故ということに関してどのように今お考えになられますか。

(大臣)二度起こしたら終わりだと思いますね。一つの国で。だから、思いを持って、復興に取り組んでいきたい。二度とあんなことを起こしてはいけないと。そして自分の中で何ができるのかということを考えて、継続的に足を運びながら、今広野町には、双葉未来学園という中高一貫校があり、とうとう中学校の入学式もこの前行きましたけども、ああいう教育復興ということに携わることで、教育というのは一過性の取組では責任持てませんから。これから長く、福島に関与し続ける、責任を果たし続けるというのは、政治家以前の私個人としても、思いを持っていることなので、この福島の強化を、福島で起きたこと起きていること、これを決して忘れない1人の政治家として、今日から環境大臣になりましたけど、しっかり取り組んでいきたいと思います。

(記者)それでもう二度と起こしていけないとおっしゃってますけども、原発の再稼働の原子力発電ということに関しては、防災大臣も兼ねられてますけれども、どのようにお考えなられますか。

(大臣)どうやったら残せるのではなくて、どうやったらなくせるのかを考え続けていきたいと思います。

(記者)共同通信の井田と申します。御就任おめでとうございます。リサイクル、プラスチックの件なんですが、今リサイクル進んでるというのはおっしゃる通りなんですが、すでにレジ袋禁止したり有料化している国は世界で80以上ありますので、使い捨てプラスチックを規制してる国も20ヶ国30ヶ国ぐらいになってですね、元を減らすプラスティック、使い捨てプラスチックを削減するという意味では、日本の対策は非常に遅れているという私の認識なんですが、元を絶つという意味でこれから、法改正含めてですね、どのようなものが必要かと、必要だと考えたというのが、1点。それとつまらない質問なんですが、象牙の印鑑をお持ちでお使いになったことがありますでしょうかというのを伺いたいです。

(大臣)象牙だったかどうかわかりませんね。印鑑は使ってますけど。はい。1点目の点については、多分この中でも使ってる方がいるかもしれませんけど、洗顔のね、スクラブ。あれだってマイクロプラスチックでね。だけど、あれをセルロースでできるという技術。そういったイノベーションをさらに後押しをしていこうと、こういったことも環境省やってるわけです。その取組などもさらに進めて、これ1個のイノベーションで、この大阪のビジョンというのが達成できるかと言われればできませんから、イノベーションが連鎖を起こして、次々にイノベーションを起こして達成できるというそのリズムをどうやって描けるかっていうのはまさに、国際的な協力も必要だと思いますし、今、お名前なんでしたっけ、井田さん、その井田さんがおっしゃったように、海外でね、日本以上に取り組んでいるところがあれば、それがどうやって社会の中で実際に成功するのか。その国によって様々状況もあると思うので、私も、そういった関係者とか、話を聞きながら、時間とか状況が許せば、そういったところも自分の目で見ながら、実現に向けて全速力で走っていきたいと思います。日本だったらきっとできると思います。(記者)熊本日日新聞の並松といいます。水俣病について2点お伺いします。水俣病は環境省が発足するきっかけとなった公害の原点です。公式確認から60年以上が経っているんですけれども、今なお被害、救済を求める認定申請でありますとか、裁判が続いている現状があります。大臣は、この問題に水俣病問題のですね、課題認識をどのようにお持ちかということと、どう向き合うと思っているのかというのが1点お尋ねです。2点目は、来月19日、10月19日に熊本県水俣市で犠牲者慰霊式というのがありまして、毎年基本的に環境大臣出席されていると思います。新しい大臣のこの出席についての考えをお聞かせ願いたいと思います。
(大臣)行きたいと思います。以上です。

(記者)1点目、お願いします。

(大臣)1点目。これは、環境省の皆さんからもいろいろ聞きましたけど、やはりこの環境庁の発足。この原点は、水俣病にあると。だからこそ、環境問題の原点は、水俣病だと。そして今でも、そういった被害に苦しんでいる方々がいることを決して忘れることなく、何ができるかは、考えてやり続けなければいけないと思います。私はまだ水俣に行ったことがないので、来月、国会始まってると思いますけど、行けることを楽しみにしています。(記者)行って、何を一番したいのかというのをお聞かせいただけますでしょうか。現地で。
(大臣)一番大事なのは、苦しまれた方々、そういった方々の今までの苦難、怒りや悲しみ、そういった心に思いをはせて、現場で何が起きたのか、行政として国として、これからもう二度とそういったことを起こさないように何が必要なのか、まさに、環境庁発足の原点。今はそれから、環境庁が環境省になり、次々に新しい所管分野を持つようになってきて、そして今までは、環境省=SDGs担当省と。そして環境だけじゃなくて、社会変革担当省だと。地球規模の課題に、どこの省庁よりも取り組むのが、環境省であると。その原点は水俣にあることを、全職員が忘れないようにという、その思いを代表して、大臣である私が行きたいと、考えております。

(記者)毎日新聞の鈴木です。

(大臣)官邸でもね。
(記者)はい。よろしくお願いします。今の会見の発言を聞いててちょっと気になったことがありまして、環境問題を解決するためにはイノベーションが不可欠だと。イノベーションの連続によって環境も何か解決していきたいというふうな御発言だと思うんですけれども、今の政府の方針としても、非連続によるイノベーションによってこう解決実現していくっていうような考え方を示しています。特にですね、例えばプラスチック問題については、廃棄されるプラスチックごみのですね、約7割ぐらいは企業の出すごみ、イノベーションだけに頼ってていいのかっていう考え方もあると思います。その地道な取組っていうのは、重要になってくるのではないかと思うんですけれども、その点についてはどう考えでしょうか。
(大臣)両方大事だと思います。イノベーションも不可欠だし、一人一人の、意識が変わり、行動が変わり、社会が変わる。その連鎖が起きて初めて、国や未来は変わると思います。なので法律ができてそれで終わりとか、そういったことではなくて、だから環境省がやっている国民運動だったり、環境教育だったり、様々な取組を通じて、1人の意識でも変われば、それが連鎖をして、社会が変わるかもしれないと。だから社会変革担当省だと私は言っているんです。そこにはイノベーションも不可欠で、そのイノベーションは様々な分野で起きていますが、この環境分野におけるイノベーションというのは、私はもっと知られていいと思うし、そして海外にこれこそまさに人口が減ったって、世界の中での日本の経済のシェアが相対的に低くなったとしても、日本がどこの国からも必要とされるものはこの環境分野なんだと。これは、全世界から求められる、私はそういうふうなとこと思ってますから。このイノベーションを、強く打ち出していることが、一人一人の、小さな取組のことを、決して軽視しているということではないと。両方必要なんだということを忘れないように、これからも発信をしていきたいと思います。これから、そうだなと。イノベーションだけではなくて、そっちの方もね、ちゃんと訴えていかなければいけないなと思ったので、2回目ありがとうございます。
(記者)端的に関連でもう1点だけ。特にその気候変動に関して、日本の政府の考え方としては、その2050年以降、できるだけ早い時期に、CO2の削減を目指していくっていうのは今課題点になっているんですけれども、そのイノベーションばかり考えるとですね、なかなかそこまでに向けた今後の約40年ぐらい。30年ぐらいですか。具体的にどうこうステップバイステップでこう、進んでいくかっていう計画見通しがなかなか見えない部分があるんですけれども、その点についてはどう考えでしょうか。
(大臣)イノベーションというのは、まさに、お名前何でしたっけ。

(記者)毎日新聞の鈴木といいます。

(大臣)鈴木さん。鈴木さんがおっしゃっている、多分イノベーションの議論の前提には、イノベーションが階段のように積み重なっていっても、そういう十分なのかっていうような思いもあると思うんですけど。イノベーションは階段ではなくて、エスカレーターとかエレベーターみたいなものですから。段階を追ってこう上がっていくのでなくて、非連続にスコンと上がるんですよ。だからこれは、まさに今、世界の中では再生可能エネルギーのコストっていうのが、イノベーションによって劇的な下がり方をしてますよね。ああいったことだって別に階段状で下がっている訳ではないです。こういったことが、1日も早く起きて、達成不可能だと思われた目標が達成可能だというふうになっていくのがイノベーションで、だから最近、そういったことを、ムーンショットってあるじゃないですか。あれはまさにケネディ大統領が人を月に送ると、そんなのできっこないよって言われてから8年で、やったんですよ。それだけ前にできたことが、イノベーションが、今の時代にできないとは私は思いませんので、イノベーションも大事、一人一人の構造の変化も大事。両方しっかり訴えていきたいと思います。(記者)長野県の信濃毎日新聞の林と申します。大臣就任おめでとうございます。6月にですね、軽井沢の方でG20のエネルギー環境大臣会合がありました。ちょっと最初の質問と重なる部分があると思うんですが、海洋プラスチックごみ削減に向けてですね国際枠組みの構築に合意をしたと。共同声明も発表されて、前原田環境大臣のもとでしたけれども、この国際枠組みが各国が自主的な対策を講じて内容を定期的に報告する共有するというものだと思います。先ほど大臣、中国での流出が多いっていうふうな話ありましたけれども実態がまだよくわかってないっていう現状もあると思います。日本が国際的にですねどのようにリーダーシップを、この問題についてはっきりしていくのか、お考えをお聞かせください。
(大臣)様々できることあると思うんです。例えば、今、日本政府を挙げて、インバウンドの投資をやっていることも、日本来たら驚く方多いと思いますね。この社会を見て。こんなに清潔で、こんなに町中にごみがなくて、どうしてこんなことが成り立つんだろうかと。そういったきっかけで、一体日本ってどういう技術を持ってんのかと思っていただくことも大事だから、G20の場でショーケース的に、そういった技術の展示だったり、機会を見て、いろんな大臣、参加者が、その分野において日本がということをPRをしたりっていうこともありました。ですので、これって、環境行政だけに関わることではないと思いますが、日本を見てもらうということと同時に、日本て、あんまり自分たちで、売り込まないんですよね、いいもの持っているのに。それを変えていかなければいけないから、私もこれから積極的に、こんなに露骨に売り込むのかと。これはアメリカ3年間の生活で大分鍛えられましたから。授業の中でね、静かにしていてしっかり座って良い生徒だなんてことはありえないから、もう、とにかく手上げて言わなければいけないしね。そういった姿勢で、ちょっとでも日本のことを世界に広げる、知ってもらう。大臣として。すごい優秀な官僚、環境省の職員のみなさんいますから。今日1日だって、これだけ、1日で、たたき込んでくれてるんですよ。やってくれてるかどうかわからないけど、そういう皆さんと一緒にやれば、間違いなく、今まで環境省の中に眠っていた宝は、世界の宝になりますよ。だから、私は環境省の取組を知れば知るほど、発信力がなくてもったいないと思う。なのでしっかり総理から言われたように、この分野ってのは、海外世界、そして国内双方において発信が必要だと。だからよろしくと言われたことを、しっかりと、発揮できるように取り組んでいきたいと思います。(記者)日本農業新聞の関山と申します。小泉大臣は農林部会長も進められていましたが、環境省はこれまで農水省など関係省庁と連携し、循環型社会の実現、鳥獣害対策など地方創生農山村活性化にも取り組んできました。環境省の地域振興、地方創生について今後大臣が力を入れていきたいことを教えていただきたいです。
(大臣)先週、富山県南砺市の世界遺産、五箇山に行ったんです。茅葺き屋根の合掌集落、数十分車で行けば有名な岐阜県の白川郷もあります。その地域に行ったのは、今でも茅葺き屋根で本当に生活されていて、集落として残っていて、別に茅葺き屋根の家で育ったわけではないのになんか懐かしく思うんですよね。これやっぱり日本人だと思います。そういう、環境、文化、そして、日本の自然、そういったものを守りながらも、日本は人口は減るので、人工知能やロボットや、様々なオートメーションとか、徹底した省人化省力化、そして社会の高度化、そういったことをアクセルを踏んでやっていって、今まで守ってきたような日本のいい部分と、そしてこれから、日本が持っている最先端のテクノロジーの、ミックスだね。この社会を新しい社会に、変えていけると私は信じているから、自分の中で、その景色を焼き付けたいなと思って五箇山に行ってきたんです。私のイメージは、五箇山の合掌集落の茅葺き屋根が、茅葺き屋根のドアを開けたら超ハイテクっていうようなものなんですよ。これイメージだったんだけど、実際にそこに移住してきた方と会いましたが、その方の家の中は茅葺き屋根の扉開けたら、まるで億ションみたいだっていうんですよ。その五箇山の集落の方がね、そういったことを守り続けていく、こういった取組は、農林部会長時代に、棚田を守る、そういう取組も私はしてましたし、石川県輪島市の白米千枚田だという、千枚田がありますが、私はそこのオーナーなんですよ。そこの取組もそうですが、日本て、守るべき自然環境、すばらしいものありますよ。国立公園も、八つの国立公園を満喫してもらおうということでプロジェクトで指定をして、少しでもそれをインバウンドとか含めてね、取組を加速をさせていますけど、日本にはそういったところありますから、もしそういった部分で、農林水産省とか、他の省庁とも連携できることがあれば、積極的に連携をしていきたいと思ってまいす。(記者)NHKの杉田と申します。ありがとうございます。気候変動の問題についてお伺いしたいんですけれども、先ほどおっしゃっておりましたけれども、最大のテーマであるけれどもまだ日本では関心が低いということをおっしゃっておりました。どうしたら、国民の関心が高まると思いますか。それをどのようなことを具体的に今後やっていきたいと思われますか。
(大臣)まず発信の強化、これは間違いなく必要だと思います。それが私が環境大臣に、安倍総理から、任命を受けた一つの理由でもあると思うので、海外と日本国内の環境問題に対する、政治課題、また社会課題としての、位置付けのギャップを埋めたい。切に、そう思います。そして私も、様々海外の方々といろんな繋がりがあるので、そういう時に本当に思うのは、これからの時代、地球規模の課題の、この気候変動の取組に対してどのような取組を日本がやっているのか。そして、一人一人の政治家や国民は、どういう思いでいるのか。それが語られなければ、世界で勝負はできないと思います。ですので、これからの時代の必須科目、それが、この気候変動だと。日本は自然を大切にして、自然とともに生きてきた、それを世の中の力や社会の魅力に変えてきた国ですから。ちゃんとそれを国際的な協力や、日本のプレイヤーとしての力を高めていくことは、必ずできると思って、環境大臣として、この気候変動の問題は、日本国内でも、海外と同じかそれ以上に真剣に、メディアの皆さんも、政治も国民レベルでも、みんなが本当に一丸となって取り組んでいて、その結果こんな素晴らしい社会が人口が減ってもできたんだなと、だから人口減っても豊かさ活力を失わない社会が、実現できたんだと。そんな社会を築きたいと思います。(記者)環境新聞の小峰と申します。あなたの島、選挙区にはですね、横須賀石炭火力っていうのがね、今年の8月に環境アセスメントの手続きを皆終えてですね、四、五年先にはCO2をもくもくと出すんですね。それで、あなたは気候変動だなんだと綺麗ごと言ってますけどですね、いっそのことですね、東京電力の小早川社長呼んでね、もう中止したらどうかと、1号機の着工だったら2号機ではまだ100万キロワットあるんですけどね、そのぐらいのことで、隗より始めたらどうですか。それは今日の午前中の原田義昭大臣ね、この方は小早川社長を呼んでですね、それを言ってるんですよ。事務局も寄ってたかって、これは大臣、もうアセスメント手続きが終わっております、何とか法のあれでどうのこうのと言って、それから首相官邸のですね、菅官房長官はですね、俺の島に手を出すな、なんて言ってるわけですよ。でもこれ菅官房長官の島じゃなくてあなたの島なんですよ。それで、そういうことで、石炭火力をですね、具体的な視点はどうあれですね、小泉さん、あなたはですね、東京電力にですね。アセスの手続きは終わってるけれども、やめたらどうだと、このぐらいのことを言ってね、初めてね、価値のある会見だと思うんですよ。
(大臣)横須賀は、いいとこですよ。ぜひ、来てください。そこ見てください。本当にいいところです。あそこ久里浜なんですけどね。石炭火力は減らしていきますよ。それは日本政府の方針ですもの。私もそうなるべきだと思ってます。だけども、私は横須賀大好きで、小泉さん神奈川県民ですよねって言われても、いや、横須賀市民ですと、そう答えるぐらい横須賀が大好きです。だけど政治家というのは、選挙区から選出をされているということを、地元の皆さんに感謝しつつ、一地域のために仕事をするのが国会議員ではなく、日本全体、世界の中に日本ということを考えて仕事をするのが国会議員の役割と私は思います。特に大臣という立場において言えば、まさにそれこそ、横須賀だからということで、何かをやるっていうことは、私は大臣としては、それは違うというふうに思いますので、横須賀を愛する気持ちを持ちながら、大臣になってさらに横須賀に行く時間が少なくなったなあという、寂しいなあと思う気持ちを、環境を憂う、横須賀市民、三浦市民、皆さんの気持ちを決して無駄にすることないような環境行政の推進に、日本全体世界全体としてプラスになるようにやっていきたいと思います。(記者)NHKの根本ですよろしくお願いします。霞が関の働き方改革についてお伺いしたいんですけども、今日の夜の9時半から始まった幹部訓示でも、大臣ちょっと御指摘されてましたが、これまで政治家として霞が関及び永田町の働き方改革をずっと追求されてこられたと思うんですが、今回環境省率いる立場になられたわけで、環境省の働き方改革をこれからどういうふうに進めるのか。今日1日、官僚の皆さんとお話されてですね、メスを入れられそうなところがあれば教えてください。
(大臣)次の大臣が来る時があったらこの記者会見は時間変更すべきだと思いますね。まず最初に、何時ですか今、10時45分ですよね。そしてさっき官邸で、ぶら下がりをやって、あれだけ質問を受けて、そして官邸で記者会見もやって、そして、この記者クラブでやって。それを、1日の中でこの時間まで、環境省の職員の皆さんが残ってやるという、今までの慣例を辞めたいと。そして皆さんは、これやりたいですか。これ皆さんがやりたいんですか。

(記者)やりたいです。

(大臣)この時間に?

(記者)はい。

(大臣)そういう内容を求められている方が、もしもこの記者クラブの皆さんだとすると、全員とするとね、働き方改革っていうのは、難しいですね。だから私、幹部職員の方で、今日の朝から会っているんですよ。だけど、メディアに画をやっぱり作らなければっていう、そういったことも含めて、幹部職員の訓示の姿をまずやってくださいと。もちろん中には今日、幹部訓示の中で初めてお会いした幹部の皆さんもいらっしゃいます。だけど、私はそういう形式的なことがあんまり好きではないので、こういう時間の中でどれだけ省けるかなと。そして、そういったことを省きながらも、メディアの皆さんを通じての国民に対する発信というものをちゃんと果たすことの両立というのは、私はできるはずだと思っています。なので、願わくばこの時間の、この会見というのは、次の環境大臣が来られた際には、この日ではなくたっていいのではないかなと。今日1日の流れを考えたときに、環境省の皆さんも大変だと思いますので、何かこう、危機管理上の何かとか、今すぐ説明責任を果たさなければいけないことがあるという時に、時間を問わず、こうやって発信することは間違いなく政治家としては大切だと思います。だけど、今日1日の流れというのが、ぜひNHKの根本さんには、NHKはWEBでも、霞ヶ関のリアルという、そういう企画をやっていて、私厚労部会長のときに印象的だったのは、厚生労働省の若手職員の皆さんが叫びにも似ている、近い、もうこんな毎日死にたくなると、あれだけの叫びを提言としてまとめた。そういう実態を見ていますから、何とかしたいと思いますね。なので、一つ一つ、自分のところからでもできることを確実にやっていきたいと思いますから、今日の、呼び込みの後のぶら下がりで官邸の中で申し上げたように、官邸の向かいである内閣府の本府から、この環境省の建物にわざわざ移動しなければレクができないような環境はやめていきたいし、逆に、環境省の皆さんがわざわざ仮に私が本府で仕事をしているときに、暑い中寒い中、忙しい中、移動の時間をかけて環境省から本府にいくようなコスト、そういったこともなくしていきたいと思うし、私は率直にそういった取組に対するメディアの皆さんの協力もぜひ仰げればと思っています。なので、若手職員の方にも意見を聞きながら、私になにができるのか。そういったことも、幹部の方だけではなくて、環境省の職員の皆さんにもコミュニケーション取りながら、聞いてみたいなと思います。(記者)エネルギーと環境という専門誌の清水といいます。2点ほど伺いたいんですが、1つは、来年以降になると、解散総選挙も近いのではないかと言われてるんですが、それで、大臣が環境省に来たというのは、環境省が重要閣僚じゃないということで、そういう意味もあるんじゃないかと思うんですが、いいたいことは、環境省としての手腕を環境行政としての手腕を期待されたのではなくて、自民党としても、仕事というか、解散総選挙睨んだ、そういうことを期待されているという指摘もあるんですけども、その点をどう思われますか。これが1点。もう1点は原子力について、やっぱり地球温暖化の観点から原子力は必要だという指摘も相当あります。これについて、小泉純一郎さんのことも含めて、どう思われていらっしゃいますか。以上二点です。
(大臣)1点目は、エネルギーと、なんていう雑誌でしたっけ。」

(記者)エネルギーと環境です。

(大臣)エネルギーと環境の清水さんが1点目の質問というのは、政治部みたいですね。誰が来たら、重要閣僚だって思うのかは、エネルギーと環境、そこで書いていただければ面白い政治コラムになるのではないかなと思います。環境省の課題は、どんな閣僚が来ようと、世界の最重要課題でしょう。そこに充てられたと。ありがたいことです。二点目。うちの親父にぜひその雑誌のインタビューしてください。私は、さっき言ったように、二度と原発事故起こしちゃいけないと。1つの国で二度やったら終わりだと。本当そう思いますよ。特にこれだけ、いつ地震が来るかわからない、台風の規模も大きくなっている、そして、天災は忘れた頃にやってくるという日本の昔から伝わってる言葉は、私もう、終わったのではないかと思います。忘れた頃どころか、天災は、常にやってくる。忘れる暇がないですよね。そういう中で、どうやったら残せるかということを考えている一部の人たちは言うかもしれませんが、どうやったら、なくても、経済や雇用とか、そういったことを、悪影響を与えることのない、自然を再生可能エネルギーとして、社会の中で実装して、そして、事故の教訓に怯えることなく生活ができる、日本の未来というものを、どうやって描けるかということを考え続けていくことも、私はやってみたいと思いますので、そういった未来を描くのも、イノベーションが絶対に不可欠です。そして国民の一人一人の意識と行動の変化の連鎖が社会の変化に繋がるので、今日1日目ですから、これからも清水さんよろしくお願いします。(記者)日本テレビの森と申します。よろしくお願いします。大きく2点お尋ねなのですけれども、ちょっと別々に尋ねさせてください。一つ目は原子力の問題です。福島に精力的に通われてることよく存じ上げています。あの事故の原因というのは、いろんなところが調査したりとか、出してますけれども、大臣として事故の原因はどこにあったのか、御自身としてどのような総括を持ってらっしゃるのか。そして事故によって環境が非常に破壊されましたけれども、あれは公害に当たるのかどうか、この点についての大臣の考えをまずお聞かせください。
(大臣)黒川さんが委員長やられて、国会事故調がありました。国会事故調の報告書の中にも、規制官庁と推進官庁の関係がいつしか規制官庁が推進官庁の虜のようになってしまったと、そういったことを断罪されました。そこがポイントだと私は思います。そういった中で、環境省も変化を遂げて、今までは除染・中間貯蔵、規制庁、原子力防災、まさに私がその部分を担当する日が今日なのですけれど、あの事故調の報告書を直視して、そこから教訓をこれからの社会づくりに、そして福島や東日本大震災の被災地の復興に生かしていきたいと思っています。2点目は何でしたか。

(記者)公害という考え方です。環境基本法での公害には、放射性物質が当たらないということに法律上なってますけれども。

(大臣)細部のことにわたっては、これからしっかり官僚の皆さんと話していきたいと思います。

(記者)あともう一点だけ。エネルギーミックスのことなのですぐ終わります。2030年のエネルギーミックスについて政府として方針を決めてます。これまでの話や大臣とのやりとり聞いておりますと、「石炭火力は減らす」、それから「原子力もできるだけ減らしていきたい」、そうするとやはり再エネは今の2030年のエネルギーミックスの考え方ではやはり少し不十分で、再エネをもっと増やしたほうがいいと、このように考えてらっしゃるということでよろしいでしょうか。

(大臣)思います。(記者)日本テレビばかりで申し訳ありません。日本テレビの後閑です。この度は就任おめでとうございます。先月地元であった報告会の方で、これからの10年、日本らしい日本を作っていきたいという御発言ありましたけれども、環境大臣として日本らしい日本というところのテーマでどういった取組をされていきたいと思っていらっしゃいますでしょうか。
(大臣)環境省が取り組んでいる気候変動対策、そして、自然環境を守る取組、国民運動、環境教育、イノベーションの推進、このありとあらゆる取組はすべて日本にしかできない世界への貢献になりうると思っています。私は日本らしい日本という言葉を、これからの未来づくりのキーワードとして掲げていますが、日本らしい日本という言葉の中に、そしてそれを政策に落とし込んでいったときに、環境分野、気候変動その部分において、日本らしい日本の核となる政策分野は間違いなく、この環境分野になるだろうなと。だから、環境省という省は、社会変革担当省、SDGs担当省だと。そういった思いを持って取り組むと言ってるのは、環境だけを考えてるのが環境省ではないと。社会全体に、大きな変革を起こして、一人一人の国民の行動が変化をし、社会全体を歯車が回ってくように変えていく。そういった、夢のある取組をやっているのが環境省だと思いますので、その思いをともにかみ合わせて、良い日本を作っていきたいと思います。(記者)エネルギーフォーラムの松﨑と申します。よろしくお願いいたします。カーボンプライシングについてお伺いしたいのですけども、長年導入の是非をめぐって経済派と環境派の意見の溝がちょっと埋まらないような状況が続いてる中で、この前、環境省の次年度の税制改正要綱の方に文言が入ったという状況なのですけども、大臣は炭素税なり排出量取引なりにどのようなお考えをお持ちなのかお聞かせください。
(大臣)この秋以降の、税制改正の中でも一つのテーマになると思います。今日もその話を官僚からも受けましたけれども、単純に、例えば経済界と、環境省とかそういった取組を推進したいと思っている側がぶつかっているという単純な構図ではないなと思います。経済界のイベントとか、様々な場に私はいつも行きます。ちょうど3日前の9月9日に経済同友会のイベントにも出席をして、パネルディスカッションに出ましたが、その中で同友会の幹部の1人の発言は、「よく経済界経済界と言うけども、経済界という界はないよ」と。「今の時代、一社一社によって全然違うから」と。「まとめて経済界と言っていると便利だから言ってるけども、そんなことはないよ」と。私は一言に表れてると思います。ですのでこの問題も、業界によって立場は違うし、意外なことに理解を示してくれているところもあると聞くし、前に進めていくためには、そういうきめ細かい構図の見方、その中でどこに理解を得られれば、前に進めていけるのか。大きな一歩をすぐではなくても間違いない確かな一歩を足跡として刻んで、その後に踏み込んでいけるのかということはすごく大事なことだと思うので、経済界イコール反対だとか、そういった誤解を、また偏見とかバイアスを、先入観を持つことなく、しっかりとコミュニケーションをとって、どういう形で前に踏み出せるのかなということは、考えてみたいと思います。あとは環境省イコール環境環境環境ばかりで、経済や雇用のことは全く考えてないといわれるようなステレオタイプな見方。そういったことって今そんなことないなというのが今日1日だけでもよくわかります。確実に環境と成長の好循環を実現をして、脱炭素社会を築いていくのだと。そういったことというのは、私は環境省も経産省も、そして経済界も、そして多くの国民の間でも、そこは共通の認識なのではないかなと思っています。

(記者)すみません。その上で、必要だというお考えということでよろしいでしょうか。

(大臣)何がやるべきことか。どういうふうに税制改正に向けた準備、そういったことをするのかはこれからしっかりと考えていきたいと思います。(記者)フリーランスのハタケヤマと申します。中間貯蔵施設等最終処分場の件で伺いますけれども、30年で福島県外に移すというのが福島県との約束ですけれども、福島県が引き受けたくないと思っているものを、他の地域で、現実的に引き受けてくれるとお思いかということです。30年で絶対に県外に移すという約束ができるのであれば、その根拠がどこにあるのか、国への信頼が揺らいでいますけれども、根拠を教えていただければと思います。
(大臣)やります。それが約束ですから。(記者)共同通信の竹尾といいます。御就任おめでとうございます。最後の質問として、かなりそぐわないものかと思って恐縮なのですが、来年の終戦の日のことなのですけれども、小泉大臣は当選以来、終戦の日に靖国の参拝を続けてこられていると思いますが、安倍政権はここ3年間は全閣僚が参拝を見送るという形をとっています。来年の8.15はどうされますかということと、もう一点、官邸でもぶら下がりの際に、育児休暇の話題も出まして、賛否両論と随分騒ぎになっていると仰いました。この点についてやはり世間は、小泉議員の情報発信力があるからこそ、小泉さんが取れば社会が変わるんじゃないかとそのイノベーションに期待されてる部分があるかと思いますが、その点について、三つの大事な要素を両立させるという、国会議員ならではの難しさはあると思います。環境省ここにきて、改めてその点の考え方を教えていただけますでしょうか。
(大臣)育休については、私が横須賀で個人演説会をやって、あのときのぶら下がりから始まっているのです。あれの文字起こしを見ていただけると。私は取るとも取らないとも両方言っていないと。記者の方からどうするんですかというふうに言われて、「率直に検討してます。」と言ったらこうなっているのですね。そしてあの時に言っている、一番伝えたかった思いというのは、子供が生まれてからのことではないのです。子供が生まれるまでのことなのです。私の妻は今41歳で、来月42歳になりますが、高齢出産です。だから私の気持ちとしては、本当に無事を願ってます。元気に健康で過ごして欲しいし、その日を迎えて欲しい。だけど、8月から激動の日々で、変化が著しくて、さらに、今日私が大臣になるということもありましたから、本当に大変だと思います。だから私としては、大臣になったから、家のことはよろしくではなくて、大事になったから家のことをもっと頑張ります。そういう時代だと思います。そして、育休というこの2文字で、こんなにも人の受けとめとは多様なのだなということを今回学んでいます。育休の実態を、例えば1年、休むと思い込んで受けとめている方とか、私はそうではないと、様々な形があるのだと。そしてその形というのは、固定化して決めることではなくて、まさに夫婦の中で、どういう形をとることが、その夫婦にとって一番良い形の育休になるのかということによって決まってくるのが、どのような形の育休なのかということだと思うから。政治家としての先輩でもある、鈴木英敬三重県知事に連絡をして、どう取ったのですかと聞いてみたら、今日私が官邸のぶら下がりで言ったような、まとめて取るのではなくて、飛び石というか、取れる時に取る。また、2人目のお子さんが生まれたときは、奥様が朝のサポートが必要としているということだから、30分県庁に行く出勤の時間を遅らせる形を3ヶ月間とると、そういう形で2人目はとりました、そういうお話を聞いて、いかに育休という形が、その家族によって様々で、多様で、そういう実態かということを、この際、世の中の皆さんにもお伝えできればという思いでお話をしました。だけど、政治家ですから、一般のお勤めの方と状況が違うということはその通りです。ですので、大事な三つのポイントだと言ったのは、公務最優先、そして危機管理は万全にする、そして3点目が妻の不安を払拭する。そういったことをしっかり踏まえて、どれが一番いいのかなということを考えていきたいと思いますが、最初に言った通り、無事に元気に。今日の日をきっかけに、ますますストレスたまると思いますよ、犬の散歩行くのも簡単じゃなくなるのだから。そこを全力で考えたいと思います。

(記者)1点目の、8.15の件は。

(大臣)よく考えます。以上です。それではみなさん、長時間、11時過ぎまでありがとうございました。
(以上)








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