社会問題(wiki・社説・時論公論.etc)-1



2021.12.23-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20211223-T6HR5GVHNRM6ZFS4OWZVC5J2VE/
二方向避難できない「既存不適格」のリスク 大阪・北新地ビル火災

  火災時に被害拡大を防ぐには、2つの避難ルートを確保する二方向避難が有効とされる。建築基準法も一定の基準を満たす建造物に対し、2つ以上の地上に通じる階段の設置を義務付けているが、放火殺人事件が起きた大阪市北区曽根崎新地のビルは階段が1つしかなかった。建築当時は合法だったが現在の規定には適合しない、いわゆる「既存不適格」だったとみられる。同様のビルは全国に多数あるが、対策にはコストと時間が必要だ。専門家は建て替えを支援する融資制度の創設などで建て替えを後押しする必要があると訴える。
法で義務付けも
  事件の現場となった堂島北ビルは昭和45年に建てられた。鉄筋コンクリート造り8階建てで大通りに面し、奥に細長い構造になっていた。
  4階クリニックはエレベーターを上がると、待合室や受付のスペースがある。患者らはそこで待機後、奥にある診察室などに進む仕組みだったとみられる。
  建物で火災が起きた際に備え、古くから二方向避難が重要とされる。1つの避難ルートが断たれても、別のルートがあることで被害拡大防止が期待できるからだ。
  建築基準法施行令は6階以上の建物に対し、地上につながる階段を2つ以上設置するよう義務付けている。ただ国土交通省によると、この規定は昭和49年に追加されたもので、45年に建てられた現場ビルには適用されない

コストと時間
  このため、現場ビルでも非常階段はエレベーターの隣にある1カ所だけ。現在の基準に適さない既存不適格だった可能性があるものの、改築などがなければ直ちに改善することは義務付けられていない。
  建築の防災に詳しい大阪工業大学の吉村英祐(ひでまさ)特任教授の推計では、昭和45年以前に建てられた住宅を除く建物の総床面積は、国内全体の約12%を占める(令和2年時点)。ただ新たに階段や、避難上有効なバルコニーを設置するにはコストや時間が必要だ。吉村特任教授は「経済的な問題に加え、階段をつくれば居室に使える面積も減ってしまう。既存不適格のままのほうが都合がいいと考える人もいるだろう」と話す。
リスクに公共性
  一方で事件は、二方向避難の重要性を改めて突きつける結果となった。
  捜査関係者によると、谷本盛雄容疑者(61)はエレベーターで来院し、非常階段の付近に放火した疑いがある。唯一の避難経路が炎や煙でふさがれ、居合わせた人たちが逃げ場を失った可能性が高い。
  神戸大学都市安全研究センターの北後(ほくご)明彦教授(防火避難計画)は、二方向避難ができないビルの多くは老朽化が進んでいるとして「(所有者が)建て替えも視野に対応を検討すべきだ」と指摘。中には収益性の高い場所に立地するビルも少なくないとして、「費用について、公的な融資制度を確立することで所有者を支援する方法もある」と話す。また階段を新設する場合は、敷地面積に対して建築可能な床面積を示す「容積率」の対象面積から階段部分を除外する緩和策も考えられるとした。

  倒壊リスクのある空き家の解体費用の補助制度は全国に広がる。こうした対策を参考に「行政も既存不適格のビルのリスクを把握し、対応を進める必要がある」と述べた。


2021.12.17-BBC News Japan-https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-59693996
【解説】 オミクロン株、南アフリカの状況から分かったこと

  新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン」は南アフリカで最初に特定された。その後、同国では急激にこの変異株の感染が拡大した。
  現在、イギリスをはじめとする各国でもオミクロン株の流行が始まっている。世界保健機関(WHO)は、オミクロン株は「これまでの変異株には見られないほどの速さで広がっている」と述べている。
  南アフリカの状況から、オミクロン株について何が分かっているのだろうか?

オミクロン株の症状は軽い?
  南アフリカでは、すべての州で新型コロナウイルスによる入院者が急激に増加した。
  しかし、感染者数に対して、その増加速度は予想を下回っている。酸素吸入や人工呼吸器を必要としている患者は少なく、入院期間も短い
  南アの主要医療機関「ディスカバリー・ヘルス」は、同国での感染の第1波と比べると、オミクロン株に感染した成人が入院する確率は約3割は低いと試算している。
  しかし南アフリカの研究者たちは、このことからすなわちオミクロン株の病原性がほかの変異株より弱いということにはならないと指摘する。

  これまでの感染の波と大きく異なるのは、国内でワクチン接種や自然免疫が増えている点だ。
  ワクチンを2回接種していても、すでに感染したことがあっても、それがオミクロン株の感染を防ぐ効果は低くなっている。それでも重症化は防いでいるようだ。
  ヨハネスブルグのクリス・ハニ・バラグワナス病院に勤めるヴィッキー・ベイリー医師は、入院患者が少ないのは、新型ウイルスに対して、前より強い免疫を持つ人が増えたからかもしれないと話した。「この変異株そのものが以前のものより病原性が弱いという証拠はない

  WHOは、オミクロン株の病原性が弱いかもしれないと示すデータについて、入院患者が少ない上、入院患者の大半が重症化リスクの低い40歳以下だという要素から、データ自体がゆがめられている可能性があると警告する。
  また、南アの病院は入院患者全員に新型ウイルス検査を行っているため、別の理由で入院している軽症者が多くデータに含まれているかもしれないという。さらに60歳以上の国民は、他の年齢層に比べてワクチン接種率が高い傾向にあるため、重症化を逃れている可能性もある。
  南アフリカは若者の多い国だ。国民の年齢中央値は27.6歳と、イギリスの40.4歳、日本の48.4歳に比べてはるかに若い。そのため、高齢化社会の国とはオミクロン株流行で経験する内容が違うかもしれない。
オミクロン株は子供がかかりやすい?
  ハウテン州など、南アでも最も感染者の多い地域の報告によると、子供の入院が増えている。これを、オミクロン株が若年層にもリスクが高い兆候だとして、警戒する声も上がっている。
  しかし、ヨハネスブルグのウィットウォーターズランド大学のヘレン・リース教授は、この報告は非常に少ない数から導き出されていると指摘。また成人の場合と同様、子供が新型ウイルスにかかって入院したのか、他の理由で入院した後に感染したのかの区別はつかないと説明した。
  ベイリー医師の病院にも、COVID-19が重症化した子供が入院しているが、その数は少なく、2~3日で回復しているという。ベイリー医師はまた、子供の入院が多いというデータは、貧困地域から出ているため、平均よりも栄養状態が悪く、ウイルスに対するリスクが高かった可能性があると述べた。
  ハウテン州でも、COVID-19に感染している子供の入院者患者の割合は減ってきている。12月第1週は14%だったが、第3週には8%となった。
オミクロン株に対するワクチンの効果は?
  南アフリカではワクチン接種を完了している割合は人口の26%と、比較的低い。そのため、南アの状況をワクチン接種率の高い国と直接比べることは難しいかもしれない。しかし、南アでは自然免疫を獲得している人が非常に多い。
  セント・アンドリューズ大学のミュゲ・セヴィク博士は、他人にウイルスうつす危険性は、ワクチンによって大きく下がっているとみている。病状が短期間で回復するため、感染拡大の機会が減っているからだという。しかし、ワクチン接種率の高い国でも、オミクロン株が急速に広がっていることは明白だ。
  完全に感染を防ぐワクチンというものは、ほとんど存在しない。しかし重症化を防いでいることから、大幅な変異を遂げたオミクロン株についても、ワクチンがなお効果を上げていることが示されている。ただし、その効果のほどはまだ不透明だ。

  南アフリカでの初期研究によると、米ファイザー製のワクチンは数カ月前に2回の接種を終えていても、オミクロン株による入院を防ぐ効果がおおよそ70%ほどだった。3回目の接種後には、これが90%になったという
  しかし、南アでは米ジョンソン・エンド・ジョンソン製のワクチンも使われており、多くの国民が接種している。そのため、どのワクチンがどういうグループの人に有効なのか、今後もさらに研究が必要だ。
追加取材:ニコラ・モリソン(BBCモニタリング


2021.12.16-東京新聞-https://www.tokyo-np.co.jp/article/149178
<社説>香港立法会選挙 政治ショー化への懸念

  香港で十九日に立法会(議会)選挙が実施される。中国による民主化抑圧の武器とされた香港国家安全維持法施行後初の立法会選となるが、民意を問う機会とは到底言えない現状を強く懸念する。

  定数九〇の立法会選で百五十三人が立候補を認められたが、香港からの報道によると、親中派がほぼすべての議席を独占する見通しだという。
  その背景には中国主導で進められた選挙制度改悪がある。立候補には(1)親中派メンバーで構成される選挙委員会のうち十人以上の推薦(2)香港政府の資格審査委員会による「愛国者」としての認定−が必要とされる。

  これでは出馬段階から親中派以外を排除しているのと同じである。二〇一六年の前回選で全体の四割超の議席を獲得した民主派は今回、候補擁立すら断念した。
  一方、「独立系民主派」などと称する候補ら十数人が出馬を認められ、「政府への反対だけでなく、対話も重視する」と主張している。だが、親中派が推薦したからこそ出馬できた候補でしかなく「民主派」とは名ばかりである。

  中国の全国人民代表大会(全人代=国会に相当)では、実は共産党以外に「民主党派」と言われる八党が議席を持つ。だが、こうした政党は共産党の指導下にあり、対立する勢力ではない。共産党一党支配のイメージを薄める“飾り”にすぎない
  親中派の圧勝が確実視される立法会選で、少数の自称「民主派」を当選させようとするのは、「香港版全人代」をつくろうとする中国主導の企てとみるほかない
  しかも、有権者が直接選挙で選ぶことのできる枠は前回の三五から二〇に減らされた残りは中国政府と関係の深い業界代表らの投票で選ばれる。すなわち、親中派以外が入り込む余地はほぼないということである。

  民主派の間には白票で抗議の意思を示そうという動きもあった。だが、低投票率が選挙の正当性を損ねると恐れる香港政府は白票や棄権を呼びかける行為を禁じ、違反者に最大で禁錮三年を科せるよう選挙条例を改正した。
  まことに用意周到だが、それ故に、今回の立法会選は、あらゆる意味で選挙の名に値しない。中国や香港政府が「演出」した政治ショーであり、香港市民の民意は置き去りにされたままだ。


2021.11.6-The Asahi Shinbun GLOBE-https://globe.asahi.com/article/13885191
海底ケーブルで起きた米中の覇権争い、なぜ? 専門家に聞いた

  太平洋や大西洋など世界中の海底に張り巡らされた海底ケーブル。インターネットの普及に伴い国際データ通信の99%を担うまでになり、海の情報ハイウェーとも称される。米国が海底ケーブルを巡り中国に対して強硬姿勢を見せ、にわかに脚光を浴びた。長年、海底ケーブルの重要性を指摘してきた慶応義塾大学の土屋大洋教授は、海底ケーブルが米中対立の最前線に躍り出たことに驚く。(構成・大室一也)

  米中対立の焦点になる理由
――なぜ今、海底ケーブルが米中の覇権争いの場になったのですか。
  国際通信の99%は海底ケーブルを通っている。残り1%が人工衛星経由だが、地上から衛星まで距離があり電波が行き来するのに時間がかかるので、海底ケーブルに頼らざるを得ない。米国は北米大陸にあるが、大西洋と太平洋に面した海洋国家だ。海底ケーブルがないと情報通信ができない。依存度合いが非常に高くなっており、非常に重要なインフラだという認識が米国で高まりつつある。
  一方で、米国自身がやっていたことだが、海底ケーブルを監視することが非常に重要なセキュリティー上の課題になっていた。海底ケーブルを安全にしておくことが、安全保障の課題の一つとなった。この二つが理由だと思う。
――太平洋を挟んで米中が向かい合う地政学的な事情もありますか。
  2013年に米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏が国家機密を暴露して、海底ケーブルも監視していると言った。それまでは、ある種公然の秘密で、各国もずっと海底ケーブルを監視していた。
  米国のグーグルとフェイスブック、中国の鵬博士電信伝媒集団(ドクターペン)の3社の合弁によるPLCN(パシフィック・ライト・ケーブル・ネットワーク)の香港陸揚げが米国で問題となり、司法省は6月、香港陸揚げを認めず、ますますクローズアップされた。そして8月、ポンペオ国務長官が、海底ケーブルやスマホアプリなど5分野で中国企業を排除するクリーン・ネットワーク構想を明らかにした。

  香港に海底ケーブルを揚げる揚げないということは、あまり大きな問題ではない。すでに米中間でつながっている海底ケーブルはほかにもある。今更、香港につなぐつながないと騒いでもしょうがない。トランプ政権は象徴的に「中国とは海底ケーブルをつながない」と言っている。海底ケーブルは国と国とをつなぐため、片方で情報をのぞいたとしても、もう片方で同じことができる。流れているデータは同じだ。片方だけ止めてもあまり意味がない。
トランプ政権の思惑と中国
  海底ケーブルの世界市場におけるシェアは、中国はすごく小さくて10%以下。日米欧3社の寡占状態になっている。アメリカのサブコムが一番大きなシェアを持っている。2番目がNEC。実質的には子会社のOCCがやっている。3番目は欧州系でフランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス。この3社で世界シェアの9割を占めている。
  中国勢では、華為技術(ファーウェイ)傘下にファーウェイ・マリーン・ネットワークという会社がある。シェアは10%以下だったが、どんどん広げようとしていた。しかし、米中摩擦が厳しくなる中で、海底ケーブル部門を光ファイバーメーカーの亨通光電に売却した。
  アフリカ西海岸のカメルーンからブラジルまで約6000キロメートルの海底ケーブルは中国勢が敷いた。なぜそんなところで中国が敷いたのか。
  中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を唱え、陸路と海路が重要だと言っていた。3番目に重要としたのがサイバースペース。通信のネットワークで、特に海底ケーブルが大切だということを言っている。中国主導で各国のデジタル化を推進する「デジタルシルクロード」構想も提唱している。中国は「世界中に海底ケーブルを敷く」と表だって言ってはいないが、そう考えているようだ。米国はそこに気づき始めた。
  例えば、中国が発展途上国に「海底ケーブルを設置してあげます。陸上の設備はファーウェイ製。ついでに中国製の5Gの携帯いりませんか?」と売り込むとする。さらに、管理ツールとして、対話アプリ・微信(ウィーチャット)、キャッシュレス決済・支付宝(アリペイ)を使えるようにする。さらに国民を監視するためのツールも……となりかねない。権威主義体制の国からすると、安く通信インフラ整えてくれて、国民の監視もできるようになる。そのあたりを米国側が心配している。それで5点セットのクリーン・ネットワーク構想が出てきた。海底ケーブルだけ見ていてもダメだ。アプリや通信キャリアとかも含め全部見ていかなければいけない。
  また、カメルーンとブラジル間の海底ケーブルの次に問題となったのが、チリから中国まで長距離の海底ケーブルを敷く構想だった。南米から東アジアまで敷くのは、今までにないくらい長距離。これを中国がやろうとしたことが、米国政府をものすごく刺激した。
――米国でも海底ケーブルについてお話をされているそうですね。
  3月にワシントンで海底ケーブルのワークショップを開いたが、本当に米国側の関心が高かった。渡米前、国務省や、通信を所管している連邦通信委員会(FCC)から連絡が来て、ワークショップをやる前に話を聴きたいと依頼があった。そこで関係者にブリーフィングをした。「5Gの次は海底ケーブルだ」と言われ、「本当かな?」と感じた。私自身、これまで海底ケーブルが重要だと言い続けてきたので、彼らがそう言ってくれるのはありがたいとは思ったものの、本気度をはかりかねた。しかし、8月にポンペオ国務長官がクリーン・ネットワーク構想を発表した。純粋な民間事業だった海底ケーブル分野に、国家が表だって関与する方針を示したことに驚いた。
――日本は地理的に米中の間にあります。
  技術が未熟だったころ、米西海岸からアジアに海底ケーブルを敷く場合、最初にグアムにつなぎ、そこから日本に陸揚げしていた。神奈川県二宮町などがその拠点だった。だんだん技術が進歩してくると、米西海岸から日本に直結できるようになり、千葉県南房総市あたりが海底ケーブル銀座になった。NTT、ソフトバンク、KDDI、そして外資系通信事業者の陸揚げ局がある。
  中国は2000年ころ、米西海岸からいったん日本に揚がって中国までつながる海底ケーブルをすごく嫌がっていた。日本が全部情報を見ているんじゃないかと勘違いしていた。日本は法制度上、情報を見られない。だが、中国は日本側が見ていることを前提とし、米中で直結できるケーブルがほしいというようなことを言っていた。そこで一生懸命、上海に直接つながるケーブルなんかを模索して、つなげていた。
  海底ケーブル事業では、両端の国に陸揚げ局を置く。この中に入る設備が実は本当に重要だ。今、世界でファーウェイがそこの設備を押さえ始めている。海底ケーブルばかりを見ているとダメで、ケーブルが揚がってきたところで、何をするかが問題だ。
民間事業のケーブル敷設
――海底ケーブルの問題を話し合う多国間協調の枠組みはあるのでしょうか。
  政府間機構では、ない。国際ケーブル保護委員会(ICPC)は民間の組織で、ケーブルの事業者ばかり入っている。国連組織の国際電気通信連合(ITU)で話し合うべきだという人もいるが、海底ケーブルそのものは民間の所有物で、各国政府は権限を持っていない。持っているのは陸揚げ許可くらい。そうすると、各国政府が会合をやったところであまり意味がない。みんな情報を持たないまま集まり、「民間の話だから」と言うしかない状況だ。
  海底ケーブルを敷設する主体は民間企業だ。中国側は政府ががっちりかんでいて、やるとなったらやるだろう。米国側が法的権限としてできるのは、陸揚げを止めるくらい。香港に揚げるのを止められたPLCNは、3社でお金を出し合ってケーブルを敷き、出資金額に応じた割合でそれぞれが所有することになっていた。米政府はぼんやりとした権限に基づき事業者に言うしかない。安全保障を持ち出せば、司法省や国土安全保障省などからなるチーム・テレコムが色々言えるが、それ以上のことは民間のビジネスの話ということになる。
  結局、グーグルとフェイスブックは香港を諦め、台湾とフィリピンに陸揚げすることにした。台湾と中国の間にも海底ケーブルがあり、口の悪い人は「台湾の向こうは中国じゃないか」と言う。
サイバー空間を巡る対立
――海底ケーブルには基本的に国の規制が及びません。サイバー空間という情報空間に対する基本的姿勢は各国で違うのでしょうか。
  中国もロシアも、サイバースペースにおける主権を強く言う。一方、米国西海岸のインターネットの専門家らは、サイバー空間はボーダーレスでデータは自由に行き交うものだと考える。だが、中国やロシアの人たちからすると、そこは野放しの世界ではないし、米国が自由にできるところでもない。それぞれの国家主権が及ぶところだと言う。
  今ポイントになっているのは、データセンターがどこにあるか、どこに置くのかだ。「世界中にデータセンターが散らばっていて、その中をデータが回遊している」と言われるが、実際にそんなことはない。各国がデータ・ローカライゼーションをうるさく言うようになっており、EUは世界で最も厳しいプライバシー保護法制と言われる一般データ保護規則(GDPR)を導入した。個人情報を域内にとどめる方向にどんどん動いている。
  中国ではお金がデジタル化された情報になりつつある。米国に預けていたデジタル情報を中国に持ってきておかないと、米国に取り上げられてしまうと中国は心配している。昔ならスイス銀行にお金を集めていればよかっただろう。だが、今はお金がデジタル化されているので、データセンターをどこに置くかが非常に重要になった。そこに国家主権が入ってくる。データをどう管理するかが、データの主権の観点で興味深いことになっている。

つちや・もとひろ 1970年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部教授で学部長も務める。専門は国際政治学、情報社会論。著書に「サイバーセキュリティと国際政治」など。


2021.06.24-NHK NEWS WEB-https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/451364.html
「なぜ台湾をねらうのか 習近平指導部の本質を探る」(時論公論)
加藤 青延  専門解説委員


  台湾の周辺で、このところ中国軍による「けん制」のような行動がエスカレートしています。先に開かれたG7サミットでも「台湾海峡の平和と安定」の重要性が強調されました。そこで今回は、中国がなぜ最近、台湾を狙うような行動に出ているのか。中国率いる習近平政権の権力構造の本質とその行方について考えます。

  台湾の周辺では、今年に入り、中国の軍用機が大挙して、台湾の防空識別圏に進入する事件が相次いでいます。台湾国防部の発表によりますと、先週15日には、過去最多の28機が台湾の防空識別圏内に飛来したということです。
一方、日本の尖閣諸島付近の接続水域でも、中国海上警備当局の船が、23日時点で130日も連続して航行しているのが確認されています。これは9年前、尖閣諸島を国有化して以来、最長の連続日数を更新している形です。
  台湾周辺と、日本の尖閣諸島周辺でおきていることは、一見すると別々の事柄のようにも思えます。しかし、「尖閣諸島は台湾の一部だ」と主張する中国の立場を考えますと、いずれも台湾統一にむけた意思表示という点で重なってきます。こうした中国の姿勢に対しては、多くの懸念が表明されてきました。

  今月中旬、イギリスで開かれていたG7・先進7か国の首脳会議では、共同宣言に「台湾海峡の平和と安定」が重要であるとの文言が書き込まれました。22日アメリカ海軍は、ミサイル駆逐艦に台湾海峡を通過させ、この行動は、「インド太平洋を守るアメリカの決意を示すものだ」と強調する声明を出しました。これに対して中国軍の報道官は「アメリカこそ台湾海峡の平和の安定を損ね、安全保障リスクの最大の製造者になっている」と非難しています。
  なぜ、中国が台湾問題で、かたくなな姿勢を貫き通すのか。この問題を掘り下げてゆきますと、今の習近平政権の強権体制の本質が見えてくるように思えます。

  現在、習近平国家主席は、建国の父毛沢東と並び称される孤高の指導者になりつつあります。習氏はなぜすんなりとそうなれるのか。なぜいまだ後継者は現れないのかといった、数々の疑問を解く重大な鍵も見えてくるような気がするのです。
  結論から先に申し上げますと、中国共産党は、「台湾の統一」というかねてからの悲願を重要目標として掲げているからこそ、習近平氏にかじ取りを任せたと思えるのです。実際に統一できるかどうかはまったく別問題として、もし統一しようとするなら、現在の中国共産党幹部の中では、習近平氏こそが、飛びぬけて実現に近い立場にいることになるのです。その点、若手も含めて、他の指導者たちを圧倒的に引き離しています。
  一体それはなぜでしょうか。ここからは、そもそも習近平氏とは、どのような指導者なのか、習氏の足跡をたどってみることにします。

  習近平氏と台湾のかかわりは36年前の1985年に始まります。習氏はまず台湾とゆかりが深い、福建省アモイ市の副市長を3年間務めました。アモイは台湾交流の表の窓口です。
  アモイの沖合2キロのところには、台湾側が占領している金門島があり、かつては激しい砲撃戦もありました。これは習近平氏がアモイの副市長を務めた直後に、取材した現地の様子です。アモイは経済特区の一つに指定され、台湾資本を盛んに呼びこんでいました。アモイが台湾の対岸に位置し、地元の方言も台湾の言葉によく似ているため交流がしやすいというメリットが売りでした。
  当時、アモイには沖合の金門島に向けて、大陸の魅力を大音量で宣伝する巨大なスピーカーも設置されていました。習近平氏が陣頭指揮にあたっていたとみられる台湾企業家の呼び込みは、台湾の統一に向けた、最初のステップと考えられていました。

  習近平氏はその後も、福建省の海沿いの地域の指導者を務め、1990年からは省の中心都市、福州のトップになります。実は、福州には、もう一つの台湾との交流の窓口がありました。それは福州市の沖に浮かぶ平潭島です。
  これは、習近平氏がまさに福州のトップだったころに私が現地取材した平潭島の当時の様子です。アモイが台湾資本を呼び込む「表」の窓口であるとすれば、平潭島は、台湾の漁船をひそかに呼び込む秘密の「裏」の窓口でもありました。台湾の漁船の船長に、安い労働力を提供することで取引が成立していたのです。
  島の中には、台湾の船長をもてなす豪華な御殿のような招待所もつくられ、下にも置かない歓待をしていました。当時、台湾側は中国との直接往来を禁じていました。そうした中で、台湾の漁民をひそかに通じ合うことは、やはり台湾統一に欠かせない裏工作であったと考えられます

  台湾交流の表と裏という両方の窓口の場で、重要な仕事をした習近平氏は、その後、福建省の行政のトップ、省長になります。さらに2002年から5年間、今度はとなりの浙江省のトップ、党書記に異動します。浙江省も、台湾の対岸にあたり東シナ海にも面しています。
  台湾には、中国大陸から嫁いできた女性がおよそ30万人いるといわれ、そのおよそ3分の2が、習近平氏が福建省や浙江省で仕事をしていた時期に大陸から台湾に渡ったといわれています。台湾に渡った人たちの中には、台湾での地位向上を訴える政党まで組織する人たちも現れました。
ここでもう一つ注目したいのは、習近平氏が福建・浙江両省で仕事をした時期に、それぞれの地域で軍の仕事にもついていたことです。例えば福建省長や浙江省の党書記を務めた時期には、南京軍区国防動員委員会の副主任と、それぞれの省の主任を務めている点が注目されます。
  国防動員委員会とは、民兵の指導と育成を主な任務とする組織です。福建省や浙江省では、その経歴から、漁民をいわゆる海上民兵に育てる指導をしていた公算が強いといえます。確かに、東シナ海や黄海、それに南シナ海。時には日本の小笠原周辺に、大量の漁船が出没し、組織的そして政治的ともとれる集団行動をとることがしばしば報道されてきました。こうした漁船の多くは、福建省や浙江省あたりから出港してくることが多いのです。
  もし、中国が力による台湾統一を強行しようとするなら、真っ先に出動させるのが、漁船に乗った海上民兵である可能性も十分考えられます。さて、習近平氏が最高指導者の地位についてから、軍の組織の大幅な改変が行われました。

  以前は中国各地を地盤とする軍の指導者が集まっていた最高指導部には、改変を通じて、福建省や浙江省など、台湾海峡や東シナ海を守備範囲とする南京軍区と呼ばれた地域の出身者がかなり目立つようになりました。習近平氏のもと、軍にも、台湾統一に意識を集中させたかのような顔ぶれがそろったのです。もちろん中国が、すぐにでも台湾を統一できるかといえば、決してそうとは言えません。
  ただ、中国共産党が「台湾統一」という建国以来の重要目標をあきらめない限り、習近平氏が最高実力者であり続けるというシナリオも十分ありうる。つまり、なぜ習近平氏がなぜ、毛沢東のようになりうるのか。その大きな要素として、台湾統一という目標の前では、共産党内の誰も、習近平氏にはかなわないことがあるからです。しかし、習近平氏がこれからも強権を維持し続けるとすれば、大きな路線転換は難しい。台湾海峡の緊張をはじめ、香港やウイグルの人たちをめぐる国際社会の懸念が、今後も延々と続くことを意味するといえるでしょう。
(加藤 青延 専門解説委員)


2021.06.05-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/3f51e886305f216a94a8a6d0db8a985c86fac9bb
【衝撃事件の核心】女子大生の悲鳴「お母さん助けて」響いた理不尽すぎる殺人

  自作の凶器にはしご、ドアストッパー…。数々の遺留品が事件の異様さを物語っていた。大阪府大東市のマンションの一室で4月、住人の大学4年、吉岡桃七(ももな)さん(21)が殺害された。大阪府警は真下の部屋の住人で、直後に死亡したビルメンテナンス会社社員、A容疑者(48)の犯行とみて、殺人容疑などで書類送検する方針で調べている。

  音に敏感だったというA容疑者だが、吉岡さんとの間に具体的な接点やトラブルは浮かんでいない。容疑者を凶行に駆り立てた動機は何だったのか
   数十カ所の傷 「お母さん助けて」。4月28日早朝、住宅街に女性の叫び声が響いた。近隣住民の110番で警察官が駆け付けると、3階の自室でパジャマ姿の吉岡さんが倒れているのが見つかった。
  ほぼ同時刻、2階のA容疑者宅から火災が発生。室内には容疑者が倒れており、灯油が入ったポリタンクや着火器具なども落ちていた。容疑者は病院搬送されたが、急性一酸化炭素中毒で死亡した。
   一方、吉岡さんは頭を鈍器で殴られ、太ももを刃物で切られるなどし失血死した。傷は背中の腰付近を中心に数十カ所あり、抵抗する際にできる「防御創」はほぼなかった
  玄関付近や天井など、至る所に血痕が付いており、容疑者は室内を逃げ回る吉岡さんを執拗(しつよう)に襲った可能性が高い。 吉岡さんと同じ大学に通う女性(21)は「明るくて相手のことを考えられる子で、近隣トラブルも聞いたことがない。何で桃七が…」と言葉を失った。
  自作刃物で襲撃 約20平方メートルのワンルーム2部屋に残された痕跡からは、事件の異様さが読み取れる。府警は約1週間、それぞれの部屋を現場検証。吉岡さん宅のベッドには、A容疑者が持ち込んだとみられるバールや、木製の棒(長さ約60センチ)の先に別の包丁をワイヤで固定した自作の刃物があった。

   一方、2つの部屋のベランダには、A容疑者が使ったとみられるはしごがかけられていた。さらに吉岡さん宅の玄関外側には、扉を開けられないようドアストッパーが差し込まれ、接着剤で固定されていたとみられる。 自作の刃物からA容疑者の指紋が検出されたが、それ以外に吉岡さん宅から指紋は出てきていない。  A容疑者宅から手袋を購入したレシートが見つかっており、指紋を残さないよう襲撃した可能性がある。 A容疑者が犯行の準備に取りかかったのは4月上旬から。インターネット通販ではしごやポリタンクなどを注文したほか、同市内のホームセンターでバールやドアストッパーなどを購入していた。

  事件前日には近くのガソリンスタンドで灯油10リットルを買っており、高い計画性と強固な犯意をうかがわせるが、動機につながる2人の接点やトラブルなどは浮上していない。
   「音」への不満 A容疑者は島根県出雲市出身。地元の高校を卒業後、畜産関係の仕事に就いたが、仕事を転々とする日々が続き、8年前に実家から大阪に拠点を移した。昨年6月に吹田市のビルメンテナンス会社に入社。面接では「長く勤めたい」と希望し、交代制の警備員をしていた。担当者は「無口で真面目(まじめ)な印象。仕事ぶりも几帳面(きちょうめん)で無遅刻無欠勤だった。トラブルはなく親しい同僚もいない」と話す。

  「真面目」とされる容疑者が凶行に及んだのはなぜか。動機解明の鍵を握るのは、A容疑者が漏らしていた「音」への不満だ。 A容疑者は平成27年6月に現場マンションへ転居しているが、25年7月ごろから約2年間住んでいたマンションで「隣人の気持ち悪さ」などと題した日記を書いていた。入居日の日付で「見張られている」「ユニットバスに入ると、聞き耳を立てられる」などと記載。生活音などへの不満を書き続け、管理会社に「隣人から嫌がらせを受けている」と告げ、退去した。
  内容はA容疑者の思い込みがほとんどとみられ、現場マンションへの転居後の日記は確認されていない。ただ、A容疑者の親族は府警に、「数年前から(A容疑者は)生活音に敏感だった」と説明しており、一方的に被害妄想を膨らませ、吉岡さんを襲った可能性もある。
  府警は、A容疑者が吉岡さんを殺害した後、自室に戻って火を放ったとみて、殺人容疑などで詰めの捜査をしている。 事件2日前、A容疑者はレンタカーを借り、生まれ育った島根県などに赴いている。
  出雲市内の映画館ではアニメ映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を鑑賞していたことも判明。自殺を見据えた上での行動だったのか。容疑者は死亡しており、全容解明に向けたハードルは高いが、府警幹部はこう語気を強める。「何の罪もない被害者を失った遺族のためにも、真相に近づけるよう全力を尽くす」
(小松大騎、小川恵理子)


南北問題
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  南北問題という訳語が充てられている概念は、1960年代に入って指摘された、地球規模で起きている先進資本国と発展途上国の間に経済格差が存在しているという問題、およびその問題を解決するという、人類全体に課せられた課題のことである。地球規模の視野でみると、豊かな国々が世界地図上の北側に、貧しい国々が南側に偏っていることからそれぞれ、英語では通常グローバル・ノースグローバル・サウス(Global North and Global South。直訳では地球的北、地球的南)と呼ばれる。日本人には英語表現が長すぎると感じられるせいなのか、表題などでは「南北問題」という短い訳語が選ばれる。だが文章中では「南北間の経済格差」と分かりやすく訳すことが多い。

概要
  『南北問題』という用語の概念は、イギリスロイズ銀行会長職にあったオリヴァー・フランクスが、1959年アメリカ合衆国で行なった講演「新しい国際均衡―西欧世界への挑戦」に端を発するものである[1]。フランクスは、イデオロギーと軍事の対立である東西問題に比肩する重要課題として、地球上の北側に位置する先進工業国(Industrial Countries)と南側に位置する開発途上国(Developing Countries、発展途上国ともいう)における問題提起を行うとともに、世界のバランスの中心が西ヨーロッパから新たに発展しつつある国々に移るであろうと述べた。
指摘以前の経緯
  19世紀末に、世界経済が成立し国際分業が広まると、農業国工業国への分化が起きた。植民地は、宗主国によりモノカルチャー経済へと転換されるケースが多く、著しい特化が進展した。特にアフリカ大陸においては、列強による領土分割によって、ほぼ強制的に資源の供給国としての役割を担わされた。
  第二次世界大戦終結から間もない頃は、農業によって経済を成り立たせている国も多く、そういった国の所得水準は工業国に比べ際立って低いわけではなかった。むしろ、商品作物の輸出などにより高い所得水準を実現している国もあった。
  技術革新の進展などにより安価な代替商品が生まれたことから、いくつかの農産品は需要の減退に見舞われた(例:バングラデシュジュートなど)。また、緑の革命や競争力のある工業国の農産業による輸出攻勢(アメリカやフランス)により、農産品の相対価格は著しく低迷。工業品輸出により発展を遂げる日本や西ドイツとの格差は次第に広がった。一旦、特化した経済は社会構造も特化しているため容易に転換できず、長期間にわたって格差が固定化されることとなった。
国際的な取り組み
1960年代
  開発途上国の経済開発促進と南北問題の経済格差是正のために、1962年には初の第三世界出身の国連事務総長となったウ・タントの主導で国際連合貿易開発会議 (UNCTAD)設立が決定され、1964年に第1回のUNCTAD総会がジュネーブで開催され、非同盟諸国を中心に開発途上国を集めた77ヶ国グループ(G77)が結成された。なお、開発途上国という用語が「後進国」「低開発国」に代わって一般に使用されるようになったのはUNCTAD設立以降のことである。また、UNCTADを含め、この時期に国際援助に関連する組織や法案が各国で設立されている。
アメリカ合衆国
  ・対外援助法(en:Foreign Assistance Act) 1961年
  ・アメリカ合衆国国際開発庁 1961年
フランス
  ・経済協力中央金庫(fr: Caisse centrale de coopération économique)) 1958年
日本
  ・海外経済協力基金 1961年
イギリス
  ・海外開発省 (en:Ministry of Overseas Development) 1964年
国際組織
  ・国際連合貿易開発会議 1961年 ・経済協力開発機構 1961年改組設立 ・国際連合開発計画 1965年 ・国際連合工業開発機関 1967年国連総会の補助機関として発足
  発展途上国の多くは資本輸入により工業化を試みた。しかし、国内市場の狭さ、国際競争力を欠いたことなどから失敗する国が多く、貿易赤字と対外債務を増加させる結果となる。その中でも東アジアの韓国台湾マレーシアや、中南米のメキシコブラジルなどは一定の工業化を成功させた。
1970年代
  1970年9月に開催された国連総会では、1960年代の「国連開発の十年」を総括すると共に、「第2次国連開発の十年」の決議が採択された。この決議では、先進国のODAGNPの0.7%となるように定められた。ODAに対し、具体的な国際目標が導入されたのは初めてであり、また決議の特徴である。
  1973年に始まった第四次中東戦争から第1次石油ショックが発生する。原油価格の高騰は不況を招きかねなかったが、産油国をはじめ、天然資源を保有する発展途上国にとっては、自国が保有する天然資源が国際社会における交渉力となるという認識が強まり、自国の天然資源を先進諸国の資本の支配から取り戻し、自国主権の下での開発を目指す資源ナショナリズムが盛んになった。この一方で、工業化の途上にあった他の途上国の中には、この石油ショックにより重い対外債務負担を負う国も現れた。
  1974年4月には国連資源特別総会において強まる資源ナショナリズムを背景に、「新国際経済秩序樹立に関する宣言(Declaration for the Establishment of a New International Economic Order)」(新国際経済秩序 (NIEO)新国際経済秩序)が採択され、同年秋の国連第29回総会で、この宣言の内容を具体化した「諸国家の経済権利義務憲章(国際連合総会決議3281)」が採択される。
1980年代
  1980年に第35回国連総会において「第3次国連開発の十年」が採択され、1981年にはメキシコのカンクンアメリカ合衆国日本西ドイツなど先進国インド中華人民共和国ブラジルなど発展途上国の首脳が集まって初の南北サミットが開催された。
  1980年代は、1970年代の主に国際機関と外国の政府に対する重債務によってアフリカや中南米の国々は、元利返済に苦しみ、ハイパーインフレーションなどが発生し国民経済は混乱した。(「経済開発#国際開発論における経済開発」を参照)
  その後、石油産出国や新興工業国(NIESBRICsなど)は所得が向上していった一方、最貧国は停滞あるいは衰退したことから、中進国との格差が増大する南南問題が起こった。環境問題が国際的な課題として捉えられるようになってからは、環境対策を求める先進国と、開発優先志向が強い途上国との間で利害が対立している。
1990年代
  1990年に第46回国連総会において「第4次国連開発の十年」が採択される。東西冷戦時代には、発展途上国への援助は自陣営につなぎとめておく手段の一つでもあったが、冷戦終結に伴い、このような援助の構造は過去のものとなり、これまでとは違った非軍事的な面を含むさまざまな考え方や開発、援助の形態が提唱され、各種の国際会議が世界各地で開催されるようになった。
  しかしながら、1990年代のODAは急減し、2002年メキシコのモンテレイで開かれた国連開発資金国際会議では、ODAを増加することが合意されることになる。
地域レベルでの南北問題
  地球規模での南北問題と同様の意味合いで、比較的狭い地域における経済格差も南北問題と呼ばれることがある。
イタリア
  イタリアにおいては早期に王国領へと併合されたミラノジェノヴァトリノを中心とする北部が重工業地域(北イタリア)として発展しているのに対し、南部(南イタリア)は一次産業を中心としているが故に生じている経済格差が問題となっている。1960年代のバノーニ計画によってターラント製鉄所やアウトストラーダが建設されるなど、南部での重工業発展と社会基盤の整備が図られある程度の改善は見られたが、根本的な解決に至ってはおらず、南部の失業率は北部の4倍とも言われている。その為、古くから農民層を中心にドイツなど他国へ出稼ぎや移民に向かう者が多く、一種のコロニーを形成している(イタリア語の章を参照)。一方、本来南部が収めるべき分の税金を負担する格好になっている北部では、不況に伴い南部に税金を吸い上げられているとの批判が強まり、北部同盟のような南北の分離を唱える勢力(こうした民族的問題でなく、経済的問題から分離を主張する政党は過去にあまり例は無い)を生み出している。ただし、北部同盟を支持する人々が必ずしも国家の分離を望んでいる訳ではなく、南部への批判票としての意味合いが強いことに留意する必要がある。
  しかし近年ではマフィアの衰退や電子情報産業などの先進工業の成長(半導体メーカーのSTMicroelectronics社や鉄道関連企業のメリディオリ・メッカニカ社など)により南部経済は好転に向かっているとの声もある。事実、南部の失業率も改善傾向にあり、北部との失業率も3倍程度(中部と比べた場合は2倍程度)に低下し、批判の多かった大規模投資による南部開発計画もプロディ政権下で改められ、現在は「第三のイタリア」を参考にした新たな経済作りが進められている。前述の北部同盟も攻撃対象を南部から不法移民へと切り替え、先の総選挙ではイタリア南部で党勢を伸ばすという逆転現象が起きるなど、イタリアの南北格差は新たな局面に入りつつある。(「北部同盟_(イタリア)」を参照)(「第三のイタリア」を参照)
フランス
伝統的に南仏と北仏の対立構図が存在する。(「オクシタニア」を参照)
朝鮮半島
  第二次世界大戦の終結に伴い日本の統治下から外れた朝鮮半島では、北側に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、南側に大韓民国(韓国)と2つの政権が樹立し、分断国家となった。両陣営が争った朝鮮戦争は東西冷戦代理戦争と化し、休戦こそしたものの、正式には終戦がなされないまま21世紀に至っている。政治的・経済的にも、漢江の奇跡と呼ばれる経済成長を果たし、民主化もなされた韓国に対し、金一族による世襲が続き、経済的にも疲弊している北朝鮮と大きな差異がある。(「朝鮮戦争」および「朝鮮統一問題」を参照)
台湾(詳細は「重北軽南」を参照)
  台湾の人口は西海岸側に集中しているが、それでも政治・経済・報道の要衝である台北市および周辺部の台北都市圏を擁する北部と、高雄市台南市といった大都市を抱える南部では産業構造の違いによる求人格差、所得格差は他の国ほどではないが国内で深刻化している。北部を地盤とする中国国民党と南部を地盤とする民主進歩党の覇権争いを起因とした政治的要素がこれを増幅している見方もある。当初は階級間格差を指すインターネットスラングである「天龍人/天龍国」も台北人/台北市を揶揄するものと拡大・変容し、地域格差をも内包する意味が色濃くなっている。
日本・・・


北北問題
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北北問題とは、1990年代以降顕著になった、先進国とされる国の間での経済格差の問題

概要
  もともと南北問題とは、北半球に集中する先進国南半球に多い開発途上国の間における経済格差の問題を指して使われていた言葉である。しかし1990年代以降、先進国の経済状況も次第に分化し、従来裕福と言われてきた北半球の国々の間でも経済格差が生まれたことから、こう呼ばれ、おもに先進諸国間の問題として扱われるようになった。
  1980年代、アメリカ経済のグローバル化を推し進め、EC(現EU)諸国と協調し、日本に市場開放を迫った。すでにアメリカはOASNAFTAなどの協定により自由貿易を推進させており、ヨーロッパ諸国もEECEFTAという経済連合を実現していた。これに加えてソ連の崩壊により冷戦が一応の収束を見せると、グローバル経済はいっそうの拡大を見せることになった。
  しかし、世界的な商業の連携、いわゆる世界の一体化により同じ北半球の先進国であっても経済格差が生まれることとなった。ソ連崩壊によりロシアでは深刻なインフレーションが発生、ドイツでは東西統一による経済混乱により、経済は低迷した。日本においてもバブル崩壊による経済の低迷が深刻化した。ただし、こうした先進国の経済状況は比較しても上位が入れ替わっているだけであり、国の格差が拡大していると読み取れるかどうかは難しい。21世紀に入ってからの目覚ましい変化は中国インドの躍進である(国の国内総生産順リスト国の国内総生産順リスト (2002年)参照)。
  21世紀になって経済のグローバル化がますます進むとした場合、こうした先進国の中でもごく一部の国、もしくは多国籍企業のみが利潤を独占するのではないかという危惧から、北北問題という概念が生まれている。ただ、この言葉はまだ歴史が新しく今後定義や解釈が変化する可能性を秘めている。例えば北半球という括りで言えばボスニア・ヘルツェゴビナクロアチアウクライナなどの古い国家体制から独立したばかりの国と先進国との経済格差、とも取れるからである。どちらかと言えば反グローバル化を唱える人々によって用いられる用語と言える。


内密出産
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  内密出産は、母親が自身の身元を当局に開示されることなく行う出産のことである。以前は頻繁に(特に非嫡出子に対し)行われていた嬰児殺しを防止するために、内密出産は多くの国で何世紀にもわたって法制化されてきた。
  内密出産においては母親の情報自己決定権が、子供の権利条約にも規定されている子供の「出自を知る権利」を保留させることになり、母親が意思を変えるか、成長のある段階になって子供が開示を要求する時点まで継続する。内密出産を超える考え方としては匿名出産があり、この場合母親は当局に全く身元情報を開示しないか、あるいは身元情報を当局が把握しても絶対に開示しないこととなる。

歴史
  内密出産を定める法律の先駆けはスウェーデンに見られ、1778年に定められた嬰児殺防止法が匿名で出産できる権利と手段を認めていた。ただし1856年の法改正で匿名出産には制限が設けられ、助産師が母親の氏名を封印された封筒に保管するよう定められた。
  フランスにおいては内密出産は1793年に法制化された。この際、フランス民法典326条に内密出産とともに匿名出産が定められた。


日本の児童虐待
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  日本における児童虐待児童虐待の防止等に関する法律で禁止されており、厚生労働省が所管している。。各都道府県には児童福祉法を根拠に、児童相談所が設置されており、一時保護施設(シェルター)を備えている。被虐待児は児童福祉法に基づく要保護児童の対象である。
  児童虐待防止法は通報義務を定めており(6条)、虐待が疑われるケースや虐待を受けている可能性のある児童を見聞きした人々は、 速やかに、福祉事務所もしくは児童相談所に通告しなければならない。児童相談所は、児童相談所全国共通ダイヤルとして189)を定めており、2019年12月3日より189は通話料無料化された
日本での定義 (「児童虐待#種別」も参照 )
  日本の児童虐待の防止等に関する法律第2条では、「児童虐待」を、「保護者親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう)がその監護する児童(18歳に満たない者)に対し、次に掲げる行為をすること」としている。
  ・一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
  ・二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
  ・三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
  ・四 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
歴史
  出生率減少(少子化)の影響で1980年代半ばには措置児童が減少し、補助金も削減され、公立施設においてはその予算を他の福祉施設にまわすため閉鎖されるなどの状況で存続の危機にさらされていた児童養護施設が、国連や日本弁護士会から国連子どもの権利条約の批准を要請されるという衝撃およびマスコミによる家庭内児童虐待の「発見」、民間のホットライン開設による児童虐待注目により、90年代には新たな社会的役割期待に直面した。この結果夜間預かりの実施など施設の大改革期を迎えざるをえず、第二次大戦後最も大がかりな変容を遂げてきた。この流れに対し、「児童虐待問題」は少子化する日本において児童福祉をマーケットを活性化する重要な役割を持っており、国内の児童養護施設が民間経営であることから、既得権保持のため、措置児童数を一定数必要としているとの見解もある。
  日本では、小児科医の小林美智子らが、ケンプの影響を受け、1994年(平成6年)に、「日本子ども虐待防止学会」が設立された。1994年(平成6年)9月には、この学会設立の契機となった国際シンポジウム「児童虐待への挑戦」が、日本で始めて児童虐待の先進国から専門家を招いて開催された。この「専門家」とは、児童虐待防止の国際学会として1977年(昭和52年)に設立されていた国際子ども虐待防止学会(ISPCAN)に集まっていた人々である。600人が集まったこのシンポジウムの講演において、ISPCANの会長を務めた米国コロラド大学のクルーグマン教授は、「子どもを親から離すだけでは何も解決しない」、「今後の日本が作る制度は、法律主導のアメリカモデルよりも、専門職主導のヨーロッパ大陸モデルをすすめる」 と、日本の児童虐待防止政策が進むべき道を提言した。これを契機に日本では、民間で児童虐待を扱う動きが急速に高まった。例えば、1999年(平成11年)に長谷川博一は、世代連鎖を断つことを理念として、親の治療グループ「親子連鎖を断つ会」を設立した。
  1999年(平成11年)、当時の宮下創平厚生大臣小渕第1次改造内閣)は、児童虐待は殺人罪との境界領域にある事象であると国会で訴えて、「児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)」の国会通過を図った。児童の虐待事件多発を背景に、超党派の議員立法によって2000年(平成12年)成立した。のち、2004年(平成16年)には同法を改正し、「関係省庁相互間その他関係機関および民間団体の間の連携の強化、民間団体の支援その他」を行ない、児童虐待の防止等のために必要な体制の整備に努めなければならない旨を明文化した。同法において、被虐待児が病院を受診し、虐待を受けたと思われた場合には担当でなくとも速やかに警察に通報する義務があり(第6条)、通告義務は他の法が定める守秘義務より優先される(同条2項)、とも定められた(第6条2項)。 日本では、他にも以下のような状況あるいは特徴が見られる。
  ・児童虐待を担当する職員が少ない
  ・死因の調査が充分には行われていない
  ・離婚後に片親は、子どもにほとんど関与できなくなる(共同養育支援法 全国連絡会「虐待で苦しむ子どもたち」)(「共同親権」も参照 共働き家庭ほど虐待が少ない)
  2021年3月の警察庁発表によれば、2020年に警察が児童相談所に通告した18歳未満の子どもは10万6,991人で、前年より8.9%増え、このうち「心理的虐待」が7万8,385人と約7割を占め、「身体的虐待」は1万9,452人、「育児放棄(ネグレクト)」は8,859人、「性的虐待」は295人であった。
  2020年11月18日厚生労働省の発表では、全国の児童相談所が2019年度に対応した児童虐待件数は過去最多19万3780件(速報値)で、対前年度比3万3942件増、調査開始の1990年度から29年連続増。内容は、「心理的虐待」が10万9118件(56.3%)で最多、「身体的虐待」が4万9240件(25.4%)、「ネグレクト」(育児放棄)が3万3345件(17.2%)、「性的虐待」が2,077件(1.1%)。情報や相談が寄せられた経路は、約50%が「警察等」からで、「近隣知人」が約13%で続いた。
民法上の懲戒権と児童虐待との区別
  日本の民法第822条は、親権者に「懲戒権」を認めている。
  ・第820条(監護及び教育の権利義務)-親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
  ・第822条(懲戒)-親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。
  つまり日本では、民法によって、親権者には子を監護(監督および保護)する権利が定められ、しかもこれは権利であるが同時に義務だとされており、また親権者の義務とされている監護および教育にともなうものとして、懲戒権を認めている。
  2000年(平成12年)に「児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)」が制定された結果、民法が親権者に認める懲戒行為と、「児童虐待の防止等に関する法律」でいう「児童虐待」の線引きが問題となった。2016年(平成28年)5月の第190国会において鈴木貴子代議士(新党大地)は、「「児童虐待防止」政策における政府の見解及び認識等に関する質問」(第275号)を行ない、これに対し内閣総理大臣安倍晋三が以下のように答弁した。

  お尋ねの「児虐法第二条と民法第八百二十二条との関係」の意味するところが必ずしも明らかでないが、と断りを枕言葉にし、「児童虐待は、子の利益のため子の監護及び教育に必要な範囲内で行われる行為ではないため、民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百二十二条の規定による懲戒には含まれない。」
  すなわち、児童虐待とは、子の利益を図る親権者の監護・教育目的を以てなされる以外の子に対する行為をいうのであり、子の利益を図る監護・教育目的を持って親権者が行なう範囲内の子に対する懲戒行為(体罰も含む)については、子に対する愛情から行われた躾であったとしても、社会常識に照らして不相当なものであるときには、正当な懲戒権行使とは言えず、虐待に当たると判例においても否定されている。
  しかしながら「しつけ」を名目とした児童虐待が後を絶たないことから、児童虐待法においても、平成28年度改正により第14条児童の親権を行う者は、児童のしつけに際して、民法(明治29年法律第89号)第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲を超えて当該児童を懲戒してはならず、当該児童の親権の適切な行使に配慮しなければならないと規定され、なお、第2項において、児童の親権を行う者は、児童虐待に係る暴行罪、傷害罪その他の犯罪について、当該児童の親権を行う者であることを理由として、その責めを免れることはないと明記されている。
  そもそも歴史的に、旧刑法 (1880〔明治13〕年公布)まで、明治以降の最初の刑法である「新律綱領」(1870〔明治3〕年)では、祖父母・両親は教えに従わない子を誤って殺しても罪には問われなかった経緯がある。その後、旧民法第152条で、「子ノ行状」に「重大ナル不満意ノ事由」がある場合、区裁判所に申請して、子を「感化場」または「懲戒場」に入れることができるという出願懲治の制度を定めた。古くは成人全般または親から独立していない成人も対象となっていた。2011年民法改正では、かつてあった「矯正院」といった懲戒場に該当するものが無くなっていた実態もあり、822条の規定が改正された。これらのことから、懲戒権の規定を設けた意義が矯正院のなくなった1948年当時には既に失われていたとの意見もある。
  日本政府は、平成25年の国連人権理事会(普遍的・定期的審査)において、民法第822条で許される「懲戒」は「体罰」とは異なる概念である(「This provision does not allow for corporal punishment.」)と報告し、学校及び家庭内の体罰は禁止されていると発表しており、全ての状況における体罰を明示的に禁止することという勧告をフォローアップすることに同意している。また、2006年国連事務総長の子どもに対する暴力に関する報告書においてパウロ・ピネイロは条約国に優先勧告として、あらゆる形の暴力を早急に禁じ、あらゆる体罰がこの範疇に含まれることを明示した。日本政府は2008年と2012年に人権理事会の普遍的定期審査(UPR)の調査で、体罰を禁じる勧告を受け入れている。国連の動きを受け、2013年8月には「子ども虐待の手引き」が改正され、「叩く」行為も身体的虐待に追加されている。東京都では都道府県として初となる「東京都子供への虐待の防止等に関する条例」における親の体罰を禁止規定を設け2019年4月1日から施行している。2019年3月現在では、野田市の虐待死をきっかけにした厚生労働省が示した児童虐待防止法などの改正案の概要では、子どものしつけにあたって親の体罰を禁止し、親が子を戒める民法の「懲戒権」の見直しを改正法の施行後5年をめどに検討するとしている。令和元年改正法の検討過程においては、懲戒権に関する規定の在り方の再検討を強く求める指摘がされ,その附則において,「政府は,この法律の施行後2年を目途として,民法第822条の規定の在り方について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」 との検討条項が設けられた。
  令和元年6月に成立した児童福祉法等の改正法において、体罰が許されないものであることが法定化され、令和2年4月1日から施行した
  厚生労働省の「子ども虐待対応の手引き」には、虐待の定義はあくまで子ども側の定義であり、親の意図とは無関係で、親はいくら一生懸命であっても、子ども側にとって有害な行為であれば虐待であり、その行為を親の意図で判断するのではなく、子どもにとって有害かどうかで判断するように視点を変えなくてはならないとの趣旨の、子どもの虹虐待センター所長であった小林美智子の言葉が掲載されている。
統計
保護者以外の主体による児童虐待
  児童にとって、虐待は誰がこれを行なったかに関わりなく、上記のような悪影響を及ぼす。保護者以外の主体による児童虐待には、次のようなものがある:校体罰(「体育会系」および「管理教育」も参照)
  日本の学校教育法の第11条は、「校長および教員が、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒および児童に懲戒を加えることができる」と定めている。ただし、同法の場合は、同時に体罰を加えることはできないとして、学校体罰を明確に禁止している。体育授業中などで認められる懲戒としては、通常行われているような、運動場内のマラソンうさぎ飛び正座などであって、社会通念上(懲戒として)相当にして、かつ危険をともなわないことを要する、とする判例はある。同法で教師に認められた懲戒、から逸脱ししている体罰は「殴る」「蹴る」や「用便(トイレにゆくこと)を認めない」などだと解釈されている。
関係機関
  日本において、虐待された子供の救済、保護を担当するのは、児童相談所である。児童虐待または児童虐待の疑いを発見した場合の通告・相談先も、児童相談所である(ただし緊急の場合は警察に連絡)。(詳細は「児童相談所」を参照)
  他に児童虐待防止に貢献している機関として、次のものがある。
保健機関
  保健機関も児童虐待防止に貢献している。保健機関とは市町村保健センターと保健所を指す。母子保健事業は、保健所では未熟児や障害児などに対する事業、市町村保健センターは乳幼児健診や育児教室といった一般市民が利用できる事業を実施している。虐待に関し保健機関で行なっていることは、親を育てることにつきる。妊娠中から若年妊娠や母子家庭、低出生体重児といった虐待ハイリスクに対し、相手の土俵である家庭への訪問を繰り返す。そして、一緒に育児をしながら親子関係を育て、訪問者との信頼関係を築き、仲間づくりを促進して孤立を防ぐといった支援を行なっている。以上のような保健機関の活動は虐待予防に貢献している。実際、日本の児童虐待の12.5 %は保健機関で発見されているという統計がある。
  また、虐待は、親が心の問題を抱えていることがリスク因子の一つであり(このことは全国主要病院小児科・被虐待児調査でも明らかにされた)、そのような親に対し、保健所では精神保健事業も行なっている。そのため、保健機関は母子保健だけでなく、精神保健の面からも虐待予防に貢献しているということができる。
医療機関
  子供を診療する機会がある医療機関においては、被虐待児を診療する機会もある。実態調査からは、1年間で全国の小児医療機関の約1/4で被虐待児が診療されており、累積的には80 %の医療機関で診療が行われていることが推測されている。このような被虐待児の診療を通して、医療機関で虐待が発見されることがある。
  しかし、医療現場における虐待予防にも課題がある。渡部誠一らによる2005年(平成17年)の調査によれば、わが国において、子供を診療する機会の多い医師の児童虐待への関心自体は低くはないそうである。全体では約90%の医師が子ども虐待に関心を持っていたという。しかし、実際に通告することについては、60%前後の医師が抵抗があると回答していた。通告や子ども虐待へ関わることの抵抗と躊躇の背景として、虐待診断に自信がない、診療時間外の仕事になり時間がとれない、家族とのトラブルが心配、の3点を大きなものとして医師はあげていたという。子ども虐待に対する一般医師の関わりを支援するためには、これら3点の対応を検討する必要がある、という指摘がある。一方で、子どもの患者に対する医療過誤(細菌汚染)を、虚偽の虐待通告により被害児童を児相送致し隠蔽されたとの保護者の主張もある。
学校
  学校が児童虐待防止に果たす役割も大きい。児童虐待への対応において、学校は以下の様な特徴をあげることができる。
   ・他の児童福祉施設、保健・医療機関または警察関係機関などと比べても、その量的規模が圧倒的に大きい。
   ・教員免許を持ち、様々な研修を経た教員がおり、その人的規模が圧倒的に大きい。
   ・子供が一日の大半を過ごす場所であり、教職員は日常的に子供たちと長時間接していることで、その変化に気づきやすい立場にいる。
   ・養護教諭、生徒指導主任、学年主任、教頭、校長、スクールカウンセラーなどの異なる知識・経験・能力を持った職員集団がいる。そのため、複数でチームとなって課題解決に当たることができる。
   ・家庭や保護者に対して働きかけをすることができる。
  これらのことから、学校は児童生徒に対して網羅的に目配りができ、日常的な変化に敏感に反応して対応できる。実際に、小学校の学級担任が子供の様子から虐待を疑い、児童相談所に通告し、児童が保護された事例もある。学校は全児童虐待の13.5 %の発見に関わっている。
  なお、高校などでは、近い将来親になる生徒に、児童虐待について授業を行い、児童虐待を防止しようとする試みもある。
その他の諸問題
凶悪虐待事案の見逃し
虐待死
  日本にお童虐待により子どもが死亡した件数 (厚生労働省
  日本の行政というものの運営の実態が、非常に怠慢で、縦割り行政を改善する努力が不足していて連携不足で、大人(特に大人の男性が多い)を「見殺し」にしてしまっていることが指摘されている。ようやくわずかながらに連携をとりはじめたのは2011年や2012年のことである。
  子供の心中以外の虐待死でも、実は、貧困な家庭が多く、まず大人のほうが貧困状態に追い込まれてしまっている事例が多い。因果関係をたどると、日本では、まず親(大人)が社会的に追い込まれて(つまり、大人が社会的、行政的に放置され(一種の社会的虐待を受けている)ことによって、その結果、子供にまで累禍が及んでいる事例が多い。よって日本では、児童虐待について考察する時、ただミクロ的、表面的に子供に起きている事象にだけ視線を向けるのではなく、そもそも、日本の社会、日本の行政においては、果たして人間全般が大切に扱われているか? 日本では大人(親)はどういう状況におかれているか? 果たして日本の行政では大人(親)はまともに人間として扱われているのか? 行政の怠慢が原因で、日本の大人の中に人間らしく生きられないほどに追い込まれている人が多いのではないか? ということも十分に考察する必要がある。(「日本における自殺」も参照)
心中以外
  厚生労働省の令和元年度(2019年度)の統計によると、1年間で51例54人の児童(幼児)が虐待死している。死亡した児童の年齢は0歳児が40.7%で最も多く、1歳児は11.1%で、死亡した児童の68.5%が0 - 5歳、同年の統計の最年長は不明を除き10歳。
  嬰児殺は1940年代後半には400件近くあったものが、2018年には12件(内、既遂9件)となっている。
  通常の虐待事例と同じく、加害者としては実母が最も多く46.3%で、実父は16.7%、実父母両方は、13.0%である。そして、3歳未満と3歳以上のどちらの場合も実母が多い。また望まない妊娠/計画していない妊娠が24.1%あり、10代の妊娠が26.9%である。特に、10代妊娠は、我が国において全出生数のうち母親の年齢が10代の割合は約1.3%前後に過ぎないにも関わらず、心中以外の虐待死事例における「10代妊娠」の平均割合は17.5%であり、その割合の高さは顕著である。
  養育者については実父母が58.8%、一人親(未婚)が13.7%、一人親(離婚)が18.0%であった(判明したもののみ集計)。加害の動機については、「しつけのつもり」(5.6%)、「泣きやまないことにいらだったため」(3.7%)などがある(動機が判明しているもののみを集計)。特殊なものとしては「保護を怠ったことによる死亡」が14.8%、代理ミュンヒハウゼン症候群とアルコール又は薬物依存に起因した精神症状が共に0.0%である。また揺さぶられ症候群による頭蓋内出血による死亡は平成29年4月から平成31年3月までの間で疑いを含めて9件であった。
  なお、平成30年度(2018年度)の統計では「子どもの暴力などから身を守る」、「慢性の疾患や障害の苦しみから子どもを救おうという主観的意図」などの子供の側の要因による殺人は1件もなく、平成16年度(2004年度)まで遡っても、前者で0件、後者では5件である。
  日本法医学会の「被虐待児の法医解剖例に関する調査 平成19(2007)年~平成26(2014)年」によれば、平成19年(2007年)~平成26年(2014年)の8年の間で、無理心中や嬰児殺を含めて、395例あった。被虐児が身体的虐待で死亡した場合の加害者は、死亡例133例中、実母42%、実父34%、継父(母の内縁の夫)13%、継母(父の内縁の妻)2%であった。更に、ネグレストで死亡した場合は、死亡例33人中、加害者は、実母65%、実父30%、継父(母の内縁の夫)5%であった。
  1人か2人の義理の親と住んでいるこども子どもは、実の親とのみ暮らしている子どもの、およそ70倍~100倍もの致死的な虐待を受ける危険性がある
  児童の虐待死のうち、事前に児童相談所に通報が無かったものは79.5%であり、児童相談所が把握しているのは実際の虐待の一部分だけである。
  厚生労働省は令和2年度予算に子どもの死因究明(Child Death Review)について、制度化に向け、モデル事業として関係機関による連絡調整、子ど もの死因究明に係るデータ収集及び整理等を行うための予算を計上した。
心中
  厚生労働省の平成30年度(2018年度)の統計によると、1年間に心中に際して殺された児童は13例19人であった(心中未遂で子どもは殺されたが加害者が死亡しなかった事例を含む)。殺された児童の年齢については、0歳が31.6%、1歳が5.3%、2歳が0%、3歳が0%で、3歳以下が36.8%を占めている[51]。同年の統計の最年長は14歳。主たる加害者の殆どは実母か実父母によって起こされたものであり、7割近くが実母による者である、(この場合「心中」といっても、「同意ある二つの自殺」ではなく、「一つの殺人と一つの自殺」である。つまり無理心中である)。
典型的な虐待死を放置する児童相談所の怠慢
  2016年(平成28年)1月に埼玉県狭山市マンションで、3歳の女児が死亡しているのが見つかり、母親とその内縁夫が女児の火傷を放置したとして保護責任者遺棄容疑で逮捕され、女児の体から暴行痕も見つかった事件が発生した。山梨県立大学の西澤哲教は、について、母親が10代で出産したシングルマザー別のパートナーがおり、女児が乳幼児健診を受けていなかったことを挙げ、「虐待の典型」と指摘した。しかし、この児童相談所による児童見殺しともいえる事案については、狭山警察署が2回臨場しているものの、管轄の所沢児童相談所はまったくこれを放置し、事後に「警察が通告しなかったのが悪い」と開き直っていて、虐待死見逃しという職務怠慢に対する反省が全くみられない。
行政の怠慢
   2017年(平成29年)5月に兵庫県姫路市で、次男に暴行を加え重傷を負わせたとして夫婦が傷害罪で起訴される事件があったが、この際、市が虐待の事実を把握していながら、虐待のリスクを「緊急性が低い」などと過小評価して、一時保護などの対応を取らなかったことが判明している。
犯罪
  2014年3月に埼玉県川口市で17歳の少年が金銭目的で祖父母を殺害して強盗殺人容疑で逮捕され、裁判で懲役15年の判決が下った。証言から、少年は実母と養父から身体的・性的虐待を受けてきてこと、小学5年生から学校に通わせてもらえず野宿などをしながら各地を転々とし、義父と別れたのちも働かない母親の命令で、少年が被害者である祖父母や親戚に借金を繰り返し、盗みや就労で生活費の工面をし、異父妹の面倒も見ていたことなどがわかった。裁判では、長期にわたる虐待により学習性無力症となり、虐待児によく見られる「見捨てられ不安」を利用した母親の心理的操作の影響を受けた結果の犯行であることが指摘され、少年が極悪な環境にいることを感じながら周囲の大人や社会が救えなかったこと、一度接触のあった児童相談所が虐待を見逃したことなども問題視された。








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