竹島問題-1



2021.02.22-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/210222/wor2102220020-n1.html
「余計な挑発」「行事を即刻廃止せよ」 韓国外務省、竹島の日の式典に抗議

  【ソウル=名村隆寛】島根県が22日、「竹島の日」式典を開き、日本政府が式典に内閣府政務官を派遣したことに対し、韓国外務省は同日、「独島(トクト=竹島の韓国での呼称)に対する余計な挑発を繰り返していることに強く抗議し、行事を即刻廃止するよう再度、厳重に促す」とする報道官の声明を発表した。
  声明は、「独島は歴史的、地理的、国際法的に韓国固有の領土であり、日本政府は独島に対する不当な主張を即刻中断し、謙虚な姿勢で歴史を直視しなければならない」と主張した。
  また、韓国外務省の金丁漢(キム・ジョンハン)アジア太平洋局長は同日、在韓国日本大使館の相馬弘尚総括公使を呼び、抗議した。
  聯合ニュースなど韓国メディアは、加藤勝信官房長官が竹島について「明らかに日本固有の領土だ」と語ったことについても報じた。


2021.02.22-Yahoo!Japanニュース((鶴岡 弘之:JBpress)-https://news.yahoo.co.jp/articles/ec839dcaeba8ab31f55d22c2cc666ff2fd185e2f
竹島問題、対話を拒否する韓国に国際社会の圧力を
(1)
状況は悪化している──
  竹島問題について衆議院議員の亀井亜紀子氏は強い危機感を訴える。
  本日2021年2月22日、島根県民会館(松江市)で「『竹島の日』記念式典、竹島・北方領土返還要求運動県民大会」が開催される。主催は島根県、島根県議会、竹島・北方領土返還要求運動島根県民会議。新型コロナ対策として参加人数を例年の半分程度の235人に縮小しての開催である。
  島根県が条例で「竹島の日」を定めたのが2005年。「竹島の日」記念式典は翌年の2006年に第1回が開催され、今回で第16回を数える。果たしてこの間、竹島問題になんらかの進展はあったのか。韓国が竹島を実効支配している状況において、日本政府はどのような対応をとっていくべきか。

  2007年の参院選初当選以来、一貫して竹島問題に取り組み、2008年には国会議員として初めて「竹島の日」記念式典に出席した亀井亜紀子氏(立憲民主党・島根1区)に話を聞いた。
■ 目に見える形で実効支配を進めてきた韓国  ──
  亀井さんは今年の「竹島の日」式典にも出席し、これまで式典に最も数多く出席している国会議員ですが、この十数年で竹島をめぐる状況に変化はありましたか。現在の状況をどうみていますか。
  亀井亜紀子氏(以下、敬称略) 私が2008年に初めて式典に出席した時と比較しますと、状況は悪化していると思います。あの頃は、韓国軍の施設はまだ竹島に建てられていませんでした。私は当時、韓国軍がヘリポートやレーダーなどを建設する計画を立てているという情報を入手し、当時の福田政権に政府の対応を問う質問主意書を出しました。けれども結局、政府はなんら実効性のある対応をとらず、今の状況になってしまいました。
  韓国が実効支配を目に見える形で進めてきたという事実に加え、最近は「自衛隊の竹島侵攻」に対するシナリオを韓国軍が想定していたという報道もありました。
状況は悪化していると思います
■ 国際社会への情報発信を強化すべき  ──
  この状況を打開するために政府は何をすべきでしょうか。
  亀井 そもそも島根県が「竹島の日」を制定したのは、「これは本来は政府が解決すべき問題である」ということを政府に知らせるためでした。竹島を北方領土と同格に扱って、もっと問題の解決に本腰を入れてほしいということです。
  「竹島の日」制定は韓国側を刺激することになりましたが、国として問題解決に向けて努力をしなければいけないという意識を今まで以上に持てるようになったのは進展だと思います。
  さらに国として行うべきなのは国際社会への情報発信です。
(2)
  歴史的にも国際法に照らし合わせても、日本側が資料を出して論理を詰めていけば韓国側に勝ち目はありません。だから韓国は、全く論理的ではないところに話をもっていこうとします。つまり、慰安婦問題、徴用工問題といった日本側からみれば解決済みの問題を持ち出してくるのです。「日本は徴用工でも慰安婦でもこんなにひどいことをした国なんだから、竹島について文句を言える立場にない」というわけです。日本側が竹島のことを問題にすればするほど、そういう解決済みのことを蒸し返してくる。それがいまの韓国側の動きだと思います。
  それを解決しようと思ったら、日本は国際社会に向けて情報発信を強化することです。日本がこれだけ韓国から不誠実な対応をとられているということを世界に理解してもらう。国際社会で「韓国が言っていることは国際法違反だし、おかしい」「日本はよく我慢している」という外圧を構成しないと、日本がいくら抗議しても韓国は聞く耳を持たないし、交渉のテーブルにも出てこないでしょう。
日本の情報発信は不十分ですか。──
  亀井 国内に向けては、十分ではないけど進歩していると思います。一般国民に向けて、領土問題を前よりも発信するようになりました。たとえば昨年(2020年)1月に霞が関に「領土・主権展示館」を新設しましたよね。それまでは日比谷公園にこじんまりとあったんですが、大幅に展示スペースを広げて霞が関に移設しました。でも、まだ足りません。資料館などをつくるだけでなく、学校の教育でも竹島に関する学習を取り入れていくべきだと思います。
  そして、国際社会に対する発信をもっと強化するべきです。情報発信がまだまだ足りないと思います。徴用工にしても慰安婦にしても日本は韓国に国際合意をひっくり返されているということ、平和国家の日本がずっと我慢しているということを、もう少し国際社会に向けて言ったほうがいいと思います。
(3)
■ 現実的に目指すべきゴールは?
  2013年には「竹島の日」式典に20人ほどの国会議員が出席していましたが、今は半分程度に減っています。国会議員の間で関心が低下しているのでしょうか。
  亀井 2013年に多くの国会議員が出席していたのは、当時の安倍政権が「領土を取り返して、国を守るのは自民党だ」とアピールするために議員をたくさん送り込んだからでしょう。自民党のパフォーマンス的な部分が強かったと思います。
  北方領土問題と同じで、式典がどれだけ立派でも、問題解決に向けて前に進まなければ意味がありません。多くの人に関心をもっていただきたいとは思いますが、私は式典に議員がたくさん出席すべきとは思っていません。
それではこの問題はどんな方向に進むべきでしょうか。──
  亀井さんが考える竹島問題のゴールはどこですか。
  亀井 まず、竹島問題だけが取り残されないようにしなければいけません。今の日韓関係は最悪と言われています。原因は、徴用工と慰安婦の歴史問題です。
  それら2つは日韓の間で常に議題にあがりますが、竹島問題はあがってきません。しかし、常に竹島問題は存在しているわけです。両国の間に存在する問題として、いつも議題にあげられるべきです。
  そうでないと、もしも日韓関係が少しでも正常化したら、「元に戻りましたね。よかったよかった」と竹島問題だけ取り残されかねません。そんなことにならないよう、きちんと問題を提起し続けていかなければならないと思います。
  そのうえで、現実的に目指すべきゴールとしては、私は、ひとまず領有権は一回棚上げしても、あそこで日本の漁船が漁をできるようになればいいと考えています。日本側にもあの海域へのアクセスがある状態を目指す、ということです。
  竹島はもともと人が住んでいたわけではなく岩に近い島であり、漁船のいわゆる係留拠点として使ってきた島です。ですから現実的なゴールとしては、漁業や将来の平和的な資源開発の拠点となるよう交渉を進められたらいいのではないでしょうか。
  日本は、韓国が不法占拠できる根拠はないということを国際社会に発信し、竹島問題の認知度を高めて、島と海域へのアクセスを取り戻すことを訴えていくべきだと思います。
(鶴岡 弘之)


2021.02.22-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210222/k10012879661000.html
2月22日「竹島の日」 コロナ禍で規模縮小し式典 島根 松江

  2月22日は島根県が条例で定める「竹島の日」です。
  島根県は新型コロナウイルスの感染防止のため、規模を縮小しながら松江市で式典を開き、竹島が日本固有の領土であることを改めて訴えることにしています。
  島根県は、明治時代に竹島を県の所管とした2月22日を条例で「竹島の日」と定め、毎年、松江市で県主催の式典を開いています。
  16回目となることしの式典には、島根県の丸山知事や、竹島のある隠岐の島町の関係者などが出席し、感染防止対策として出席者を200人余りと例年の半分ほどに限定して開催します。
政府から和田義明 政務官が出席予定
  また、政府からは内閣府で領土問題を担当する和田義明政務官が出席する予定です。
  政府は第2次安倍内閣の発足以降、竹島に関する日本の立場を明確に示したいとして、毎年、「竹島の日」の式典に政務官を派遣していて、菅内閣も継承することになります。
  新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、県が松江市に設置している竹島に関する資料の展示施設の入場者数は、去年1年間で4200人余りと、前の年よりおよそ4割減りました。
  感染拡大の影響で情報発信の機会が減る中、島根県は式典で竹島が日本固有の領土であることを改めて訴え、解決に向けた機運を高めたいとしています。
韓国政府「直ちに廃止を求める」
  竹島の領有権を主張する韓国政府は外務省の報道官の声明を出し「つまらない挑発を繰り返していることに対して強く抗議し、この行事を直ちに廃止することを改めて厳重に求める」としています。
  また、ソウルにある日本大使館によりますと相馬総括公使が22日午後、韓国外務省のキム・ジョンハン(金丁漢)アジア太平洋局長から抗議を受けたということですが、相馬総括公使は抗議は受け入れられないと反論したということです。



2020.12.25-日本経済新聞-https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2522X0V21C20A2000000
韓国軍が竹島防衛訓練

【ソウル=共同】韓国国防省関係者は25日、韓国海軍などが今月初めに島根県の竹島(韓国名・独島)の防衛を想定した定例の訓練を行ったと明らかにした。訓練はほぼ半年に1回のペースで行われているが国防省は今回の実施を公表せず、韓国メディアの報道を受けて明らかにした。日本は毎回反発しており、刺激を避ける考えとみられる。
  聯合ニュースによると、訓練は「民間船舶の領海侵犯と軍事的な脅威」を想定して実施。今年6月に行われた訓練よりも参加戦力を縮小したという。上陸部隊の海兵隊は参加しなかったといい、上陸訓練は行われなかったとみられる。


2020.11.02-読売新聞-https://www.yomiuri.co.jp/national/20201031-OYT1T50281/
「竹島は日本領」米政府作製の航空図に明記…サンフランシスコ講和条約を反映

  領土問題などの研究を行う「日本国際問題研究所」(東京)は、1953年、54年に米政府が作製した竹島を日本領と記した航空図2点を発見したと発表した。航空図は52年のサンフランシスコ講和条約の発効直後に作製されており、調査した島根大法文学部の舩杉力修ふなすぎりきのぶ准教授(歴史地理学)は「条約を起草した米国の認識を示す重要な資料だ」としている。(林興希)
  委託を受けた調査会社が2019年度、米国立公文書館で調査。約100点を舩杉准教授が分析した。

  見つかったのは、53年発行の縮尺50万分の1の航空図と、54年発行の同200万分の1の航空図。いずれも米空軍作製で、防空識別圏(ADIZ)を示す線とは別に、竹島の欧米などでの名称「リアンクール岩礁」と、韓国・鬱陵島(ウルルンド)の間に点線が引かれている。

  航空図に付された凡例などは点線について、53年作製は「国境線」、54年作製では「島の主権の境界線」としている。同講和条約の発効前に作製された50、51年の航空図では、線は記されていなかった。日本の領土が法的に確定していなかったことが理由とみられる。
  日本が放棄する領土は、同講和条約で確定した。交渉では、韓国が起草国の米国に対し、竹島の帰属を明記するよう求めたが認められず、日本が放棄する領土には含まれなかった。ただ韓国側は「竹島に領土問題は存在しない」とする一方、「鬱陵島の属島であり、韓国領だ」と主張している。
  舩杉准教授によると、同講話条約の締結直後に竹島を日本領とした米国製の地図が見つかるのは初めて。舩杉准教授は「講和条約の前後で表記が変化していることからも、新たに見つかった航空図は、条約の内容を反映していると考えられる。条約起草国の米国の地理的認識も示しており、韓国の主張を否定する重要な根拠になる」と述べた。
 航空図の複製版は、島根県庁第3分庁舎の竹島資料室で展示されている。


2020.2.22-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/politics/news/200222/plt2002220011-n1.html
「竹島の日」式典で政務官に 「大臣はいつ来るんだ」…地元

15回目を迎えた「竹島の日」の式典には今年も閣僚の姿はなかった。「いつになったら大臣が来るんだ」。式典の最中には政府の対応を批判するやじが飛び、竹島問題解決に進展がないことへの地元のいらだちが噴出した。
   「政務官じゃ、頼りないぞ!」。政府を代表して式典に出席した藤原崇内閣府政務官があいさつに臨むと厳しいやじが飛んだ。藤原氏が「平成24年12月の(第2次)安倍(晋三)政権発足とともに歴代内閣で初めて領土問題担当相が置かれた」と説明すると、男性から「そいつが来いよ!」と怒声が上がった。
   今回の式典には藤原氏のほか12人の国会議員も出席したが、地元では閣僚の出席を求める声が以前から根強い。今年は衛藤晟一領土問題担当相の出席も検討されたが、最終的には見送られた。菅義偉(すがよしひで)(すが・よしひで)官房長官は21日の記者会見で「政府内で諸般の事情を検討した結果だ」と述べるにとどめた。
   島根県警は「日韓関係悪化など諸事情を考慮した」として、広島、岡山、山口、徳島の4県警から応援を受け、過去最多の約800人態勢で会場周辺の警備にあたった。しかし、この日は右翼団体が領有権を主張する街宣活動を行ったものの、目立ったトラブルはなかった。例年、韓国人活動家も会場周辺で抗議活動を行っていたが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大を理由に来日しなかったもようだ。
   「日本政府は、わが国の立場を積極的に国際社会に発信することを強く求める」。島根県議会の中村芳信議長はあいさつでこう述べ、政府の強いリーダーシップを求めた。韓国が竹島の不法占拠を始めて60年以上がたつ。わが国固有の領土を取り戻すため、政府のより一層強い対応が求められている。
(大島悠亮)


2020.2.22-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/politics/news/200222/plt2002220010-n1.html
15回目の「竹島の日」式典 藤原政務官「毅然と冷静に粘り強く」

 島根県などは「竹島の日」の22日、松江市の県民会館で記念式典を開催した。丸山達也知事は「竹島の占拠を既成事実化しようとする動きを強めている」と韓国政府を批判し、日本政府に毅然(きぜん)とした対応を取るよう求めた。
   島根県は条例で2月22日を「竹島の日」と定めて平成18年から毎年、式典を開いており今年で15回目。 この日、政府を代表して出席した藤原崇内閣府政務官は「竹島問題の解決は、わが国の主権にかかわる極めて重要な課題だ」と強調。「今後も冷静に粘り強く対応する」と述べた。
   日韓関係はいわゆる徴用工判決などをめぐって冷え込んでおり、島根県警は過去最多の800人態勢で警戒に当たったが、目立った混乱はなかった。
   式典では、国際司法裁判所(ICJ)への単独提訴を含む外交交渉の新たな展開のほか、政府主催の「竹島の日」式典の開催など7項目を政府に求める特別決議を採択した。



2019.12.6-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/politics/news/191206/plt1912060020-n1.html
「竹島は固有の領土」8割届かず 内閣府調査、啓発見直し急務

内閣府は6日、竹島(島根県隠岐の島町)と尖閣諸島(沖縄県石垣市)に関する世論調査の結果を公表した。竹島に関して知っていることを複数回答で聞いたところ、「わが国固有の領土」と答えたのは77・7%で8割に届かず、韓国が「不法占拠を続けている」が63・5%で、いずれも同様の選択肢を設けた平成26年以降の調査と横ばいだった。政府は啓発活動の見直しを迫られそうだ。
  どちらの回答も18-29歳が最も低く、「固有の領土」は64・2%、「不法占拠」は50・8%だった。竹島をめぐり韓国は近年、与党議員が上陸したり、周辺での軍事訓練を強化しているため問題が先鋭化しているが、日本政府の立場が若年層を中心に浸透していない実態が浮かび上がった。
  衛藤晟一(せいいち)領土問題担当相は取材に「もう少し(知っている人が)いると思った。国民に分かりやすいPRや啓発をしないといけない」と述べた。
   調査では、尖閣諸島に関し知っていることを複数回答で聞いたところ、「最近になって中国政府は、継続して政府の船舶を尖閣諸島周辺海域に派遣し、頻繁に領海侵入するといった行動を繰り返していること」と答えたのは69・1%で、25年以降で最も低かった。
  政府は、主に若者向けの広報としてホームページやSNSの拡充をするほか、領土・主権展示館の移転・拡大や教育機関などとの連携による若者向けの教育の充実を図る方針だ。


2019.9.2-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/politics/news/190902/plt1909020005-n1.html
菅官房長官、韓国国会議員団の竹島上陸を批判

菅義偉(すが・よしひで)官房長官は2日午前の記者会見で、韓国の国会議員団による先月31日の竹島(島根県隠岐の島町)上陸について「竹島は歴史的事実や国際法上も明らかに日本固有の領土であることに照らし、到底受け入れられない」と批判した。
 NHKから国民を守る党(N国党)の丸山穂高衆院議員が「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」と自身のツイッターに投稿したことに関しては、菅氏は「個々の議員の発言については、政府としては(言及することは)差し控えたい」と述べるにとどめた。


2019.8.27-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/190827/wor1908270032-n1.html
米国務省、竹島での韓国軍事演習を「非生産的」と批判

【ワシントン=黒瀬悦成】米国務省は27日、韓国が竹島(島根県隠岐の島町)とその周辺で大規模軍事演習を行ったことに関し、韓国による日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄などで日韓対立が高まっている中での演習実施は「現在の事態解決をする上で生産的でない」と批判する声明を出した。
 声明は竹島の主権に関し、「米国は特定の立場を取らない。日韓が平和的に解決すべき問題だ」とした上で、日韓両政府に対し「一連の対立の解決に向け熱意と誠意をもって対話に取り組むよう奨励する」とした。
 これに先立ち同省のオルタガス報道官は25日、GSOMIAを破棄した韓国の文在寅政権についてツイッターで「深く失望し懸念している。協定破棄は韓国の防衛をより困難にし、米軍に対する危険を高める」と異例の強い調子で批判した。


2019.8.25-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/190825/wor1908250016-n1.html
韓国軍が竹島上陸を公開 文政権で初、対日報復の一環

【ソウル=桜井紀雄】韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)で25日に始まった韓国海軍などの合同訓練で、同国軍は、ヘリコプターで島に降り立つ部隊の写真や映像を公開した。軍の上陸訓練が公表されるのは2016年12月以来で、文在寅(ムン・ジェイン)政権では初めて。
 日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決定したのに続き、日本政府の輸出管理厳格化に対抗して強硬姿勢を示した形で、事実上の報復の一環とみられている。
 訓練は26日まで。規模が例年の2倍程度に拡大された上、名称も「独島(トクト=竹島の韓国名)防衛訓練」から日本海の韓国側呼称を冠した「東海(トンヘ)領土守護訓練」に変更された。

 日本政府は「竹島は日本固有の領土。訓練は到底受け入れられず、極めて遺憾だ」として外交ルートを通じて中止を強く求めたが、韓国側は「主権と領土を守る訓練だ」と拒否した。
 訓練には、海軍や海洋警察の艦艇約10隻や戦闘機F15Kなど陸海空軍の航空機10機が参加。今回はイージス駆逐艦「世宗大王(セジョンデワン)」も初投入された。 訓練の名称変更について、韓国軍関係者は「特定地域だけでなく、東海のわれわれの領土を全て守るという意味が込められている」と説明。7月に竹島周辺を領空侵犯したとするロシアや、中国を牽制する狙いもあるようだ。


2019.4.28-中国メディア-http://news.searchina.net/id/1678294?page=1
日本と韓国が争う竹島、「この島は歴史的には誰のものか」

日韓が領有権を巡って争いを続けている竹島(韓国名・独島)。中国メディアの今日頭条は24日、「この島は歴史的には誰のものか」について分析する
     記事を掲載した。
  記事は、総面積がわずか0.2平方キロメートルと小さなこの島について、戦略的価値が非常に高く、日韓の争いが絶えないと指摘。では一体どちらに
     属しているのかと疑問を呈しているが、結論からすると「歴史は非常に複雑なのでひとことでは言えない」としている。まずは、どちらが先に見つけたのか
     については、日本も韓国も自分のほうが先に見つけたと主張していると紹介。韓国では6世紀頃に、多くの漁民が存在を確認していたとしているが、
     日本側は17世紀に大谷甚吉が海上で暴風雨に遭い、竹島に漂流したのが最初だったと主張していると伝えた。
  ただ、昔のことでありどちらの言い分も証明することができず、無人島のままでしばらくは放置されていたと記事は紹介。しかし、「韓国に有利な情報」もあると
     伝えた。記事は「朝鮮国交際始末内探書」の記載について触れており、他にも韓国側は様々な文献や地図を証拠としているが、外務省は、日本が
     領有権を再確認した1905年より前に,韓国が竹島を支配していたことを示す明確な根拠は提示されていないと主張している。
  現在は、韓国が竹島を実効支配しているのが実態だが、これに対して日本は不法占拠だとの見方を示している。国際法上何ら根拠がないまま占拠が
     行われていると日本は主張しており、韓国が占拠しているからといって法的に正当になるわけではないとしている。
  歴史的には複雑な問題であり、だからこそ解決していないと言えるだろう。しかし記事は、韓国が強硬措置を取ったことは正解と主張。「この隣人には多くの
     問題があるが、この件で強く出ていることは評価したい」そうだ。結局のところ領土問題はどちらの方が正論かというより、力ずくで奪うことのほうが
     重要ということのようだ。こうした考えを持っている中国に対しては、尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題でも十分注意が必要だといえるだろう。
  (編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)


2019年3月27日  産経新聞より
竹島・尖閣「固有の領土」

文部科学省は26日、来年4月から小学校で使われる教科書の検定結果を公表した。・・・5、6年生用の社会では新指導要領うを受け、北方領土や
   島根県の竹島と沖縄県の尖閣諸島について「日本固有の領土」と明記した。文科省によると、今回の小学校教科書検定には11数科164点の
   申請があり、すべて合格。初登場の英語を除く全教科の平均ページ数のお合計は現行教科書より10%増え、過去20年の検定で最多となった
   。英語(5,6年用)には7社が申請した。いずれも教科書の絵などを見ながら音声を繰り返し聞き、グループで話し合ったりする内容。
   平成30年年度に教科化された道徳には8社24点の申請があり、伝統文化の尊重などで工夫した題材が多数盛り込まれた。
 一方、社会は現行教科書の中から1社が撤退し、3者が申請。北方領土や竹島、尖閣諸島について全社が「日本固有の領土」と明記した。
 東京書籍(5年)は竹島について「日本固有の領土ですが、韓国が不法に占拠しているため、日本は抗議を続けています」と記述。日本文化出版
   (6年)も尖閣について「日本固有の領土で、その領有をめぐって問題がないにも関わらず、中国も自国の領土で、その領有であると主張して
   います」とし、いずれも政府見解に沿って内容を充実させている。地図には検定意見が付かないが、竹島と尖閣には申請のあった2点とも
   「固有の領土」と明記してあった。
 教育現場で新聞を活用するNIE(教育に新聞を)の取り組みが進む中、」新聞を使った多彩な学習活動も各教科で取り上げられた。
 新聞指導要領では「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」が求められ、各教科ともグループ活動などが教科書に多数盛り込
   まれた。音声や動画を視聴できるウエブサイトのQRコードなど2次元コードを記載した教科書も大幅にぞうかした。
 新聞指導要領で必須化されたプロミング教育も理科などで取り上げられ、信号機など身近なものを題材にして、仕組みを考えさせる内容も
   みられた。


2019年3月26日 産経新聞より
竹島周辺にドローン

韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本領海で、韓国側が海上ドローンと呼ばれる最新鋭の無人観測装置による海洋調査
   を計画し、インターネット上で計画概要を公開した。韓国の調査の意思が事前に確認されるのは異例で、日本政府は韓国の竹島への不当な
   領有誇示が先鋭化することを懸念、外交ルートで抗議した。

  外務省によると、韓国の政府機関「国立海洋調査院」(KHOA)が3月、公式サイトで「2019年無人海洋調査」の事業計画を公表し、入札者を
   募集。予算は20億ウオン(2億円相当)で、竹島のほか同島西方の鬱陵島(ウルルンド)などの周辺海域で調査を行おうとしている。計画では、遠隔
   操作で海面上を航行する自律型海洋観測装置(AVO)を投入。海底地形をモニタリングするほか数ヶ月間にわたって各海域の天候や潮流、
   水温データーなどを収集し、変化を分析するとしている。「AVO」は日本の海上保安庁が保有するものと同型とみられ、搭載した太陽光発電装置
   で長時間の活動が可能だという。
  国連海洋法条約では他国領海などで調査を行う場合、外交ルートで同意を得ることを定めており、政府は韓国に「わが国の領海で事前の同意
    がない調査は受け入れられない」と抗議した。
  竹島では韓国が警察を常駐させ、周辺では軍が演習も行っている。調査は海底資源の把握のほかに、艦艇の活動に必要な潮流や海底地形
    など、軍事的な情報収集が目的の可能性がある。
  韓国側は平成29年にも竹島周辺で「AVO」による観測を実施。「KHOA」は翌3年に調査報告書を公表し、日本政府が抗議していた。また、
     今年2月には日韓外相会談や「竹島の日」に前後し、調査船の領海侵入が複数回確認されている。

2019年2月
竹島の日

日本固有の領土で在りながら、韓国が65年以上にわたり不法占拠している「竹島」(島根県)の返還を求める式典が22日松江市で行われた。
    島根県や県民会議などが主催する「竹島・北方領土返還要求運動県民大会」である。溝口善兵衛知事は外交交渉で竹島問題が一日も早く
    話し合いが解決するように要求する。(2019.2.23)


竹島問題研究所」は韓国が不法占拠する竹島(隠岐の島町)について、日本政府が竹島島根県に編入する閣議決定をした明治38年以前より、
     日本の領土であった事実の事柄があったことを溝口善兵衛知事に提出した。「領土問題に洗脳まがいの教育はふさわしくなく、韓国は大人
     たちが誘導している」と批判し、昨年11月、韓国の女子中学名ではがき41通がわが国中学に届いた件での見解を示した。(2019.2.22)


韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本の領海内で、韓国の海洋調査船が15日から侵入を繰り返している。日本政府
     外交ルートで航行目的などを問い合わせているが、明確な回答はない。侵入した海洋船は韓国国立水産科学院所属の「海洋調査船
     TAMGUタムグ21」。現場周辺では、海上保安庁の巡視船が、日本の領海内に入らないように注意喚起を続けている。(2019.2.19)


韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本の領海内で、韓国の海洋調査船が15日から侵入を繰り返している。
     日本政府は外交ルートで航行目的などを問い合わせているが、明確な回答はない。侵入した海洋船は韓国国立水産科学院所属の
     「海洋調査船TAMGUタムグ21」。現場周辺では、海上保安庁の巡視船が、日本の領海内に入らないように注意喚起を続けている。
     (2019.2.19)


竹島 (島根県)
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  竹島は、日本海の南西部に位置する島嶼群で、急峻な地形をなす2つのと周辺の岩礁からなる。1952年以降、韓国占領(実効支配)を継続しており、日本および北朝鮮がそれぞれ領有権を主張している。「竹島」は日本における呼称で、韓国・北朝鮮では「独島獨島、トクト、독도Dokdo)」、第三国では中立的立場から「リアンクール岩礁 (Liancourt Rocks)」等と呼ばれている。 本来は人の住みにくい環境であることから無人島であったが、1946年、連合国司令部がSCAPIN 第677号で竹島(独島)を日本の施政区域から除外した後、韓国が実効支配を実施し、1952年1月には李ライン(平和線)を設定して竹島を韓国側水域に含めた。韓国は、1952年4月にサンフランシスコ条約が発効した後、武装警察官を多数常駐させて実効支配を続けている。日本はこれに対し「不法占拠」であるとして抗議を続けている。しかし韓国側は、独島(竹島の韓国名)は歴史的・地理的・国際法的に韓国の固有領土であると主張し、独島問題に領土問題は存在しないという立場を取っている
  竹島は、日本において幕末以前は「松島」と呼ばれ、現在の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていた。幕末から明治中期にかけて西洋の近代的地図において鬱陵島に「松島」と誤って記載された。日本でもそれに伴い鬱陵島を松島としたため、本来の松島(現在の竹島)の日本名がなくなった。このことから、1905年(明治38年)に現在の竹島を「竹島」とし、竹島とされていた鬱陵島を元の「鬱陵島」に戻した(詳細は、竹島外一島を参照)。韓国では現在の竹島を「独島」と呼んでいる。韓国は、「于山島」を現在の竹島とし、古来から先占していると主張しているが、于山島が現在の竹島である根拠は明確ではない。
   1900年大韓帝国「勅令第四十一号」で「石島」を鬱陵島に置かれた郡庁の管轄としており、韓国ではこの石島が現在の竹島で、1906年までに「独島」という名称に変更したと主張しているが、名称変更の理由は不明で石島が現在の竹島である明確な証拠もない(詳細は、于山島石島を参照)。
   他の国では、1849年にフランスの捕鯨船 Liancourt 号が現在の竹島を発見し「リアンクール岩礁と命名して以来、現在でもこの名称で呼ばれることが多い。
領土問題
概要
  第二次世界大戦後、日本の領域は、1952年発効のサンフランシスコ平和条約より定められたが、韓国の李承晩大統領は同島を韓国領であるとし、同条約発効直前にマッカーサー・ラインに倣った李承晩ラインを一方的に設定し、竹島を韓国領として韓国側水域に含めた(マッカーサーラインはサンフランシスコ条約発効と共に廃止されている)。
  その後、1965年に締結された日韓基本条約と共に李承晩ラインは廃止されるが、現在に至るまで韓国は竹島を韓国領として実効支配を継続している。日本は毎年韓国に対して不法な支配であるとの口上書を提出し、また国際司法裁判所での司法解決の提案をしているが韓国はこれを拒否している。
  竹島(韓国名:独島)は、現在も日本・韓国双方が歴史的にも国際法的にも自国の領土であると主張し、北朝鮮も韓国の主張を支持している。日本は戦後一貫して韓国に対し抗議しているが、韓国は日本との間に領土問題は存在しないという立場をとっている。
  ・日本の行政区画は、島根県 隠岐郡 隠岐の島町
  ・韓国での行政区画は、慶尚北道 鬱陵郡 鬱陵邑 独島里。
日本の主張の概略(詳細は争点の項を参照)
  現在の竹島は江戸時代には既に日本人によって政府(江戸幕府)公認の下、鬱陵島に渡る際の航行の目標及び船がかり(停泊地)として利用するとともに、アシカあわびなどの漁猟に利用されていた。明治に入り無主地であった現在の竹島を、1905年(明治38年)1月の閣議決定で島根県 隠岐島司の所管としている。
日本が現在の竹島の存在を古くから認知していたことは、数多くの文献や地図から確認できるが、韓国の古文献や古地図に登場する「于山島」が現在の竹島だとする主張は事実とそぐわず根拠がない。(詳しくは于山島を参照)
  第二次世界大戦サンフランシスコ講和条約発効直前の1952年1月に韓国の李承晩大統領が現在の竹島と隠岐との間に境界線(李承晩ライン)を一方的に引き、竹島を自国領としている。その後、李承晩ラインは日韓基本条約によって廃止されたが、韓国はその後も国際法上何ら根拠がないまま警備隊を常駐させ占拠している。これに対し日本は韓国へ平和的解決を求め国際司法裁判所に付託することを何度も提案しているが韓国は応じていない。

日本の江戸時代の松島(現在の竹島)を示す地図
  日本では、江戸期に現在の竹島を「松島」、鬱陵島を「竹島」と呼んでいた。
韓国の主張の概略(詳細は争点の項を参照)
  現在の竹島(独島)は、古代から于山島の名で知られている韓国の領土である。1696年、朝鮮の安龍福が現在の竹島から日本人を追い返し日本の将軍に抗議するため日本へ渡った。その後、幕府は朝鮮政府に対し鬱陵島(当時の竹島)と現在の竹島(松島)を放棄している。1877年の明治期に日本は太政官指令により鬱陵島と現在の竹島(松島)を日本の領土から外している。1900年大韓帝国勅令第41号が官報に掲載され、独島は石島という名で鬱島郡(=現、鬱陵郡)の管轄となった。
  1905年の日本の竹島(独島)編入は、日本の韓国侵略の過程で行われたものであり無効である。現在の竹島(独島)は歴史的にも国際法的にも韓国領土であり、韓国が国際司法裁判所に付託するいかなる理由も存在しない。
北朝鮮の立場
  北朝鮮による領有権の主張は、もっぱら韓国による竹島の実効支配を支持するという形で行われている。北朝鮮は竹島が軍事境界線以北に属するとは主張しておらず、黄海における北方限界線問題のような実効支配をめぐる南北間の対立は存在しない。
紛争の経緯
韓国による軍事占領

  戦後、竹島を日本の施政権から外していたマッカーサー・ライン1952年4月のサンフランシスコ条約発効と共に廃止されるが、その直前の1952年(昭和27年)1月18日、大韓民国大統領李承晩李承晩ラインを宣言した。韓国側水域に竹島を含ませた。
  日本政府は同月28日に「公海上の線引きに抗議するとともに、竹島に領土権を主張しているかのように見えるがそのような僭称または要求を認めない」と述べた。この時点では韓国が本当に領土権を主張していたのかどうか不確実であったが、2月12日韓国は反論を提示し、以降、両国間で竹島問題に関する文書を交換するようになった。
  李承晩ラインは韓国が一方的に宣言したものであり、日本政府もアメリカもこれを国際法上不当なものと抗議した。1952年7月26日、サンフランシスコ条約発効と同時に日米安保条約を発効させた米国政府と日本政府は、竹島をアメリカ軍の訓練地として日本国が提供することを約する協定を締結したが、竹島周辺海域で漁業を行っている日本人から強い抗議を受けて爆撃演習場から除外をしている。
  韓国政府は、このことを米国が竹島を韓国領土として認めて配慮をしたと韓国側の竹島領有の根拠の一つとしている。 翌1953年1月12日、韓国は「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の徹底拿捕を指示し、同2月4日には第一大邦丸事件が発生、船長が韓国軍から銃撃を受け死亡した。同4月20日には韓国の独島義勇守備隊が竹島に駐屯して以降、韓国警察の警備隊が続けて駐屯している。
  日本政府は当初より韓国側の不法占拠であるとの声明を出して抗議し続けているが、韓国政府は、李承晩平和線は国際的先例のある韓国の主権行為であり、さらにこの問題は1965年の漁業権交渉と請求権交渉ですでに解決済みであって(実際にはこの時領有権交渉については棚上げにされている)、日本政府があたかもまだ解決されていないかのように宣伝するのは政治的プロパガンダであるとの立場を取っている。
  日本は、現在もこの領土問題は解決に至っていないと主張するが、韓国側はそもそも独島に領土問題は存在しないという立場である。
竹島の漁業経済価値と排他的経済水域問題
  竹島は険しい岩山で面積も狭く島自体から得られる利益はほとんど無いが、周囲の広大な排他的経済水域 (EEZ) の漁業権海底資源の権利が存在する。
  現在この島のEEZ内で石油などの海底資源は特に見つかっておらず、現在最も問題になっているのは漁業権である。竹島と周辺海域の経済価値は、1952年の日本の水産庁によれば130億円(李ライン内)、1974年の島根県漁連の算出では年間漁獲高は76億円、2010年の韓国の算出では年間11兆5,842億ウォン(約8600億)である
当時の国際海洋法から見た李承晩ライン(詳細は「李承晩ライン」を参照)
  1952年の李承晩ラインの狙いは漁場としての利益であったともされ、韓国による近海漁業の独占が目的であったとされる
  1951年の国際法委員会草案では「いかなる場合にも、いかなる水域も漁業を行おうとする他国民を排除してはならない」と排他的独占権は認めておらず、また「管轄権は関税徴収や衛生目的のものであり、沿岸国が漁業を独占するための管轄権は認められない」とも記されている。
   海洋法からみても違法であるが、1952年1月の李承晩ライン設定に関して1958年に制定された海洋法を適用することは法律の遡及に当たり無効という考えもある。このような一方的な漁業独占権宣言は、1945年アメリカのトルーマン宣言を曲解した、アルゼンチンペルーなど南米諸国にも起こったが、トルーマン宣言の「水域は他国と合意された規程により統制管理される」とした内容にも反しており国際問題になっていた(李承晩ライン#トルーマン宣言参照)。海洋法の制定された1958年以前は、抗議する日本に対し韓国は李承晩ラインを韓国の主権行為として反論している。1956年4月13日、重光葵外務大臣は、韓国の李承晩ラインを認めることはできないが、韓国に拿捕された漁民を救出するためには、韓国に寛大な姿勢を見せることも必要ではないかと発言している
  1958年以降、日韓会談においては漁業管轄権を国際海洋法の観点から否定する日本に対して韓国側は反論できなかったが、李承晩ラインは1965年の日韓基本条約まで解消されることはなかった。
韓国軍による日本人漁民殺害や日本漁船拿捕
  1952年1月18日に韓国の李承晩大統領によって海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)がひかれ、竹島が韓国の支配下にあると一方的に宣言した。1952年のこの宣言から1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに、韓国軍はライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷(死亡者数は不明)させ、3,929人を抑留した。韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃された。
1953年(昭和28年)1月12日、韓国政府が「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の徹底拿捕して以後、日本漁船の拿捕や銃撃事件が相次ぎ、日本の漁業従事者に死傷者が多数出る事態となった。同年2月4日には第一大邦丸事件が発生した。済州島付近で同船の漁労長が韓国側に銃撃を受け死亡。また日本人漁師の瀬戸重次郎が殺害されている。
  同年4月20日には韓国の独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯。6月24日、日本の水産高校の船舶が独島義勇軍守備隊に拿捕される。6月27日に日本の海上保安庁と島根県が竹島調査を行い、「日本島根県隠岐郡五箇村」の領土標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させた。すると、7月12日に竹島に上陸していた韓国の獨島守備隊が日本の海上保安庁巡視船「へくら」に90mの距離から機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる
  以後、韓国は鬱陵島の警察官約40名を竹島に常駐させており、日本の艦船の接近を認めていない。
  また独島の西島には韓国人夫婦が定住している。実際、竹島は日本で言う武装化などはされてはおらず、その代わりに毎年韓国軍による独島防衛訓練が行われている。 日本政府はこの韓国による竹島実効支配に抗議しているが、韓国側は独島は韓国固有の領土であるとして「内政干渉」と退けている。
なお当時韓国には拿捕の法的根拠である漁業資源保護法は施行されておらず、日本漁船拿捕は国際法また韓国国内法においても非合法的な行為であった。
  この韓国の行為に対して日本の水産庁は「他国の類似事例とは比較にならないほど苛烈」と評した。しかし、韓国側は1952年1月18日の大韓民国海洋主権宣言が拿捕の根拠であるとしている。
  また、韓国李承晩体制下に行われたかかる行為を、1960年駐日米国大使ダグラス・マッカーサー2世は、国務省への機密電文の中で「国際的な品行や道徳等の基本原理を無視した実力行使の海賊行為」と表現し、「日本人は李承晩の占領主義的手法で苦しんでいる」と訴えている。
竹島の標識
  1952年6月に日本人9人が水産試験船で竹島に上陸し、『島根縣隠地郡五箇所村竹島』と書いた標識を建てた。
  1953年10月15日、大韓民国山嶽グループの代表格である韓国山嶽会有志らが写真家を伴って山嶽会員達は、ソ・ドクギュ大尉が指揮する海軍905艇で竹島に渡った。上陸した山嶽会調査隊の構成メンバーは、測地班、記録班、報道班など。彼等は、日本が建てた『島根縣隠地郡五箇所村竹島』の標識を引き抜いた。
  その後、紅宗人(韓国山嶽会会長、当時の朝鮮日報主筆)が彼等が持って行った「독도(独島)」と書かれた石碑を設置した。この石碑には、表面には「독도」「獨島」「LIANCOURT」(正式フランス語名称は“Rochers de Liancourt”)、裏面には「한국산악회(韓国山嶽会)」「KOREA」「ALPINE ASSOCIATION」「15th AUG 1952」等と刻まれている
金鍾泌による竹島爆破提案
  1962年10月の大平正芳 外相との会談で金鍾泌中央情報部長は、国際司法裁判所への付託を拒否したが、米国務省外交文書集によれば、金鍾泌中央情報部長は日本側に竹島問題の解決策として竹島破壊を提案していた。
  金鍾泌中央情報部長は、東京での池田勇人総理および大平外相との会談後、訪米。1962年10月29日のディーン・ロスク 国務長官との会談において、ロスク長官が「竹島は何に使われているのか」と問うたところ、金部長は「カモメが糞をしているだけ」と答え、竹島破壊案を自分が日本側に提案したと明かした
  のちに韓国国内で「独島爆破提案説」が問題視された時には、金鍾泌自由民主連合総裁は「日本には絶対に独島を渡すことはできないという意思の表現だった」と弁明している。また2010年の朝鮮日報の取材に対して金鍾泌は「国際司法裁判所で日本のものだという判決が出ても、すべてを爆破してなくしてしまってでも、あなたたちの手に渡すつもりはない」と激高して発言したと回想しているが、これは米国務省外交文書集「東北アジア1961-1963」収録関連会談記録の様子とは趣が異なる。
日韓基本条約と日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文
  1965年日韓基本条約調印によって李承晩ライン正式に廃止されたが、竹島問題は紛争処理事項として棚上げされた。また、日韓基本条約締結に伴い「日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文」が取り交わされた。そこには外務部長官李東元署名による韓国側書簡として

  「両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、まず外交上の経路を通じて解決するものとし、これにより解決できなかった場合は、両国政府が合意する手段に従い、調停によって解決を図るものとする」とある。
  この公文には竹島、または独島という名称は記載されず、一般的な「紛争」についてだけ記載された。竹島問題は李承晩の海洋宣言以来の紛争事項であるが、韓国側は竹島・独島は紛争事項ではないという立場をとっている。
  この交換公文について日系韓国人保坂祐二世宗大学校独島総合研究所所長)は「独島が紛争地域という日本の主張が交換公文から削除され、韓国は独島を紛争地域と認めなかった。
  したがって交換公文の紛争解決方式も独島には適用されない」、また「ICJ による解決方式は交換公文から除外されたので韓日紛争は ICJ に回付されない」として、この交換公文と日韓基本条約によって日本政府は竹島を日本の領土とする根拠を国際法的に消失し、そのため1965年以降日本政府は ICJ への提訴を韓国に対して公式に提案できなかったのであると主張している。
  なお、日本側は日韓国交正常化に至る1951年から1965年までの外交交渉文書の開示を拒み続けている。この文書には竹島問題について日韓双方の発言や、昭和天皇と韓国高官とのやりとりなどが含まれているという
日韓漁業協定以降
  1965年の旧日韓漁業協定では竹島問題については棚上げされた。1980年前後には韓国漁船が山陰沿岸および北海道近海にまで出漁(密漁)し、日本の漁業者と係争が起こった。島根県シイラ漁漁船は35統から8統にまで激減する
  1996年に日韓両国は国連海洋法条約を批准。それに基づき新日韓漁業協定の締結交渉が開始され、両国の中間線を基準に暫定水域を設定、この海域において双方の漁獲が制限付きで認められた。
  日本側の配慮により日本が大幅に譲歩した暫定水域は、日韓共同で利用する協定であった。しかし、その後も韓国漁船が漁場を独占し、日本漁船が操業できない状態が続いている。さらに韓国漁船は日本側排他的経済水域(EEZ)にまで侵入するなど不法な漁業行為を行い、また竹島の周辺海域では韓国軍が頻繁に監視を続けている。
  また、竹島近海の海底地名の命名、および海底地下資源に関する調査活動を巡り、EEZ問題が再燃、EEZ確定交渉が再開されたものの、平行線を辿っている。
争点
  竹島を巡る争点には次のようなものがある。誰が最初に発見し、実効支配をしたか(領土の権原)、島の同定(于山島鬱陵島竹嶼、竹島、松島、石島観音島ほか)、1905年の日本による竹島編入の有効性、戦後の GHQ による竹島処分の解釈、952年の韓国による軍事占拠(李承晩ライン問題も含む)
国際判例からみた領土の権原
  領土権を主張する根拠(権原)として、譲渡、売買、交換、割譲先占などがある。パルマス島事件常設仲裁裁判所判決に見られるように国際領土紛争では、「国家権能の平穏かつ継続した表示」という権原を基準に判定される場合が多い(韓国の軍事占領は「平穏」には該当しない)。(詳細は「領土問題#領土の権原」を参照)
これまでの国際判例から次のような規則が得られる。
  ・中世の事件に依拠した間接的な推定でなく、対象となる土地に直接関係のある証拠が優位。
  ・中世の権原は近代的な他の権原に置き換えられるべき(マンキエ・  エクレオ諸島事件ICJ判例)。
  ・紛争が発生した後の行為は実効的占有の証拠とならない。
  ・国は、相手国に向かって行った発言と異なる主張はできない。
  。相手国の領有宣言行為または行政権行使を重ねるなどの行動に適時に抗議しないと領有権を認めたことになる。
竹島の領土権原
  これらの国際司法判例を竹島領有権問題に照合すると、以下の通り。
日本の領土権原(日本側の主張による)
  歴史的な権原において江戸幕府は現在の竹島を領土と見なしており、日本に領土権原が存する。
  ただし、歴史的な権原は近代的な権原に置き換えられる方が好ましい。
韓国の領土権原(日本側の主張による)
  17世紀末に民間の朝鮮人(安龍福)が、日本における「竹島(鬱陵島)・松島(現在の竹島)」の呼称を朝鮮の「鬱陵島・于山島」に当てはめ、松島は于山島であるという認識を持ったとしても(以来、朝鮮文献に松島=于山と記述)、朝鮮人の言う于山島と日本人の言う松島は朝鮮の地図を見る限り明らかに一致していない。
  18世紀以降朝鮮の官撰史書等に松島=于山と記載されているが、朝鮮は現在の竹島への実地の知見や訪問記録がない(于山島が別の島竹嶼を示す史料が多くある)。
  1900年に大韓帝国が勅令で「石島 (韓国)」を鬱陵島の行政管轄権に入れており、韓国は石島を独島(現在の竹島)と主張するが、その根拠がない。
したがって韓国には歴史的な権原というべきものがない。
(いずれも一国の領土権の確立に不充分で、無主地の要件は満たされる。なお、日本が日露戦争中に独島を侵奪したという韓国側の反論があるが、奪ったという議論は、竹島が韓国の領土であったことが証明されない限り成り立たない。)
最初の発見者
  国際法上、領有権を巡る紛争では「発見」は未成熟権原 (inchoate title) とされ、領有権(権原)とするには合理的期間内に「実効支配」により補完されなければならないとされている。なお、無人や定住に向かない地域では、僅かな実効支配の証拠でもよいとされているが、その証明には、課税や裁判記録といった行政、司法、立法の権限を行使した疑義のない直接的証拠が要求され、不明瞭な記録による間接的推定は認められていない
  また、他国の抗議等により紛争が顕在化した(決定的期日)以降の法的立場の改善を目的とした活動は、領有権の根拠になり得ないとされている。
日本による竹島編入の有効性(「竹島問題外交交渉史 」も参照)
  日本政府は、竹島であしか漁を営む国民個人からの領土編入貸下願を契機に、1905年1月28日閣議決定をもって島根県への編入を決定し、同年2月22日、島根県知事により告示された。同5月島根県知事は、竹島を官有地台帳に登録し、同6月あしか漁許可、翌1906年3月に県は実地調査も行う。同7月以降漁業者に貸し付けて歳々官有地使用料を徴収。
  日本の竹島編入措置は、国際法のいう先占によった。先占の要件は、対象地が無主地であること、国家の領有意思をもってする実効占有である。
閣議決定文
  北緯37度9分30秒...ニ在ル無人島ハ他国ニ於テ之ヲ占領シタリト認ムヘキ形跡ナク......明治36年以来中井養三郎ナル者カ該島ニ移住シ漁業ニ従事セルコトハ関係書類ニ依リ明ナル所ナレハ国際法上占領ノ事実アルモノト認メ之ヲ本邦所属トシ
無主地
  無主地という点については、 
   1) 17世紀末に民間の朝鮮人(安龍福)が個人的な地理認識を持ったとしても、朝鮮政府は実地の知見すらなく、また于山島竹嶼と示す資料などもあり、資料的かつ歴史的な領土認識においても、不確証である。韓国にはそもそも歴史的な権原というべきものの存在が推定の範囲を出ない。
   2) 1900年に大韓帝国が勅令で「石島」を鬱陵島の行政管轄権に入れており、韓国は石島が今日の竹島と主張するが、石島が現在の竹島である明確な証拠は何もない。
これらはいずれも領土権の確立に充分とは言えず、無主地の要件は満たされる。
国家の領有意志
  日本の領有意思は、閣議決定、県知事告示(新聞でも報道)、先占以降の主権者としての行為により明示される。
実効占有
  実効的な占有については、国家は私人の行為の追認をもって国家占有とできるので、日本は閣議決定で追認を行い、かつ国有地台帳への登載、あしか漁業許可、 国有地使用料の継続徴収など国家占有の行為があり、「国家権能の平穏かつ継続した表示」を継続していた。(なお韓国による軍事占領は「国家権能の平穏かつ継続した表示」には当たらない)以上、伝統的な領土取得方法としての「先占」の要件が具備されたほか、1905年の日本による竹島編入について、韓国側は「法的に不十分な手続きで、秘密裏に行われたもので非合法」とするが、当時の国際法から見ても、また先占の要件を満たしていることからも十分に合法であり、また「秘密裡」という表現は当時の告示と報道からしても当たらない。
  なお、判例においては「秘密裏に実効支配をすることはできない」とされており、特定の編入手続きではなくその実効性が争点となる。
通知義務
  実効性以外に通知の手続きを要するとの主張がなされることがあるが、パルマスクリッパートンの判例において通知義務は否定され、通知義務を支持する国際法学者もごく少数である。
終戦後 サンフランシスコ平和条約締結までの竹島の扱い(「竹島問題外交交渉史」も参照 GHQ677・1033号覚書)
  詳細は「SCAPIN」を参照
  GHQ の「連合国軍最高司令官総司令部覚書」677号  「若干の外郭地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」では、日本の領土は北海道・本州・九州・四国およびその隣接する島々とされ、鬱陵島や済州島などを除外するとした。
  その除外される島のリストに彼らが Liancourt Rocks と呼んでいた竹島が含まれていた。 また、同1033号「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」でも、日本漁船の活動可能領域(これを「マッカーサー・ライン」という)からも竹島は除外されている。韓国はこれらを根拠に、李承晩ラインを制定して日本漁船を排除する線を引き、ライン内部に立ち入った日本漁船に対して拿捕・銃撃を行ったとその正当性を主張している。
シーボルド勧告
  1947年3月19日版のサンフランシスコ平和条約 草案では「日本は済州島巨文島鬱陵島、及び、竹島を放棄すること」と記載があったが、1949年11月14日のウィリアム・シーボルド駐日政治顧問による竹島再考勧告において、日本側の主張が正当であるとし竹島の記載は削除された。その次の草案では竹島は連合国の合意として再び日本が放棄する島々となったが、その後1951年の最終版まで、竹島を日本が放棄する島々より削除している。
  そして竹島は韓国領土条項から削除された。
ラスク書簡(詳細は「ラスク書簡」を参照)
  1951年、韓国政府は米国政府へ、竹島と波浪島(実在しない島)を日本の放棄領土とすることを要望するが、同年(昭和26年)8月10日、米国政府は、国務次官補ディーン・ラスクより、竹島は日本領であることを韓国政府に最終的な回答として提示した。しかし、翌1952年1月18日に韓国が李承晩ラインを一方的に宣言を行った。日本政府はこのラスク書簡によって「竹島は日本の領土」という米国政府の意向が韓国政府に示されたと解釈している
サンフランシスコ平和条約締結
  1951年に締結された日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)の第2条(a)項において、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とあり竹島を日本の放棄する島から除外している。
ラスク書簡の再通知
  サンフランシスコ平和条約後、日米安保条約に基づく行政協定において1952年7月に竹島を爆撃演習地とすることが日米間で合意されたが、日米に無断で竹島へ調査をしていた韓国人が爆撃に遭遇し韓国政府がアメリカに抗議を行った。
  韓国の抗議書簡において「韓国領の独島」とされていたことに対して、1952年12月4日に釜山のアメリカ大使館は「アメリカの竹島の地位に関する認識はラスク書簡の通りである」と韓国外交部に再度通知を行った。
  しかし、1955年に韓国外交部が作成した「獨島問題概論」では、このラスク書簡に触れた部分を「etc.」で省略したアメリカ大使館の書簡を掲載したことが確認されている。また、韓国の国際法学者である金明基は、この韓国政府によって隠滅されたアメリカ大使館の書簡によってアメリカの意思が「獨島は韓国の領土」と変更されたものとし、ラスク書簡が無効との論拠としている。
ターナー覚書
  東京領事ウィリアム・ターナーは、1953年11月30日付けで「リアンクール論争に関するメモランダム」を本省に提出した
  ターナーはこの覚書でまず、ポツダム宣言ラスク書簡をもとに竹島問題に米国が不可避的にかかわるべき、というアリソン大使の態度に反対し、この問題に介入すれば「敗者側に永遠の憤りをもたらすだけにおわる干渉」 となるので、不介入で中立政策を採るアメリカ政府の立場を支持する。
  ターナーによればこの件は、ソ連が占領した色丹島問題と似ている。アメリカは「色丹島が日本の主権に属する」と公式に声明したが、日本はアメリカに対して安保条約に基づく武力行使を要請してこなかった。したがって竹島問題についても、日本人が安保条約を呼び出すのではないかと過度に不安になる必要はない。   ただし、「遅かれ早かれ、日本人はラスク書簡について嗅ぎ付け、 我々がそれを知らさなかったことに憤慨するであろうから、ここで手を打っておいたほうがいい、として以下の行動を提案する。
  それは韓国側にラスク書簡を示し、それが受け入れられないならば日本と和解するか、国際司法裁判所で解決することを勧める。そして衝突がこれ以上続くならば、ラスク書簡を公にしたうえで、この件の仲介から手を引く、というものである。
ヴァン・フリート特命報告書(詳細は「ヴァン・フリート特命報告書」を参照)
  1954年、アメリカのアイゼンハワー大統領特命大使としてアジアを訪問したヴァン・フリートの特命報告書には、「竹島が日本の領土であること、アメリカの紛争への不介入、国際司法裁判所への付託提案」について書かれ、非公式に韓国政府へ伝達したことが報告されており、竹島を日本領とするシーボルド勧告を追認している。
要旨
  ・一方的な海洋主権宣言(李承晩ライン)は違法。
  ・米国政府はサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領土であると結論している。
  ・この領土問題は国際司法裁判所を通じて解決されることが望まれる。
マッカーサー2世による電報
  8年間続いた韓国の李承晩体制が終焉を迎えた1960年、次の政権に移行するときに当時駐日アメリカ合衆国大使であったダグラス・マッカーサー2世が、本国国務省に向けて日韓関係改善のために米国が行うべき行為を機密電文3470号によって提言している。
  この電報には、明確に「日本の領土である竹島」を日本に返還させるよう韓国政府に圧力を加えるべきである、と記載されており、1960年当時でさえ米国はラスク書簡当時と変わらぬ認識であったことが確認できる。同時に、李承晩の外交を「野蛮な人質外交」と非難し、(李承晩ラインによる拿捕によって)人質となった日本人漁民を解放させるように圧力をかけるべき、とも記されている。
  また、(李承晩後の)新体制になっても姿勢が変わらない場合は、最低限、この件を国際司法裁判所に付託し、仲裁を求めることに合意するよう主張すべきである、という提言も付されている。
要旨
  ・韓国に違法に拿捕された日本人漁師の人質を全員解放させること。
  ・日本の漁船を公海上で拿捕する行為をやめさせること。
  ・韓国に人質外交 (hostage diplomacy) をやめさせること。
  ・不法占拠された竹島を日本に返還させること。
  ・竹島が日本に返還されるまで、日韓全体の和平が決着することはない。
国際法上における主権移転
  国際法上、一時的な占領は主権の移転を意味せず、たとえ占領等により主権が著しく毀損されていたとしても元の保有国の同意がなければ、主権の移転は発生しない。主権の移転には、戦後の処置に関して連合国が竹島の放棄を日本に要求すると共に、日本が竹島の権原や主権の放棄に同意することが重要となる。
国際法による平和解決への模索
 ・竹島領有権問題に関して、これまで日本政府は4度、国際司法裁判所 (ICJ) への付託を韓国側に提案してきたが、いずれも韓国は拒否し続けている。
 ・日本政府は1954年9月25日に韓国に対し ICJ への付託を提案したが、韓国は拒否。
 ・1962年3月に行われた日韓外相会談の際にも、小坂善太郎 外務大臣が ICJ 付託を提案したが、韓国は拒否した。
 ・1962年11月に訪日した金鍾泌中央情報部長に対して、大平正芳外相が竹島問題を ICJ に委ねることを提案したが、これも韓国側から拒否された。
(この時までの韓国は国連に加盟していなかったが、加盟していない国でも国際司法裁判所に付託することは可能であった。)2012年8月21日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸したことから、日本はこれに反発して韓国に対し ICJ に合意付託すること及び日韓紛争解決交換公文に基づく調停を行う提案をしたが、同月30日、韓国政府より応じない旨を口上書で日本政府に回答した。

  国際司法裁判所(ICJ)への付託は、義務的管轄権がない紛争の当事国が拒否すれば裁判を行うことができない。
  韓国はこの義務的管轄権を受諾しておらず、韓国政府が付託に同意しない限り竹島領有権紛争を ICJ で解決することはできない。
  しかし、裁判の手続きはできなくとも付託は当事国の一方のみでも可能であることから、この問題を世界に提起する意味で日本だけでも付託すべきだという考えもある。(現在まで日本は付託を一度も行っていない) これまでに領土問題を ICJ で解決した事例は世界で16件に上るため、日本政府は韓国に対し竹島の一方的な占拠をやめてICJによる平和的解決をするよう要望している。 (国際司法裁判所で解決した領土紛争を参照)
日本による国際司法裁判所への最初の付託提案を、韓国側は1954年10月28日の公文で、以下のようにと述べている。

  紛争を国際司法裁判所に付託するという日本政府の提案は、司法的な仮装で虚偽の主張をするまた一つの企てに過ぎない。韓国は、独島に対して始めから領土権を持っており、この権利に対する確認を国際司法裁判所に求めなければならない理由は認められない。いかなる紛争もありえないのに擬似領土紛争を作り上げるのは、まさに日本である。
  しかしながら、紛争の存否は、客観的判定または当事者間の合意によって決定されるのであり、紛争当事国の一方が「存在しない」と言えば紛争が無くなるわけではない。ICJ 判決でも国際領土紛争の存否は客観的に判断されるべきことが確認されている。(「国際司法裁判所」も参照)
非当事者国の見解と対応
アメリカ
  ラスク書簡ヴァン・フリート特命報告書などで示されている通り、アメリカは一貫して竹島は日本領であるとの立場を示している。しかしながら、米国は韓国も日本も同盟国であるため、この問題は国際司法裁判所での裁定や話し合いによって解決されるべきという立場であり、この問題に対する見解を表明することには消極的である。
  国務省の外交公電によると、2006年4月にはシーファー駐日大使が谷内外務事務次官と面談した際に竹島問題について言及し、日本を「国際法の許容範囲内で権利行使をしている」と擁護した。また韓国を「非理性的に行動している」と非難した。
  2011年の日韓での竹島問題の再燃に際して、米国務省は8月2日、両国に自制を促し、 米国務省トナー報道官は「リアンクール岩礁の主権について私たちは(特別な)立場を持っていない」ともした
  2014年米国国務省領事局は、韓国旅行情報ページからは竹島を消し去り、日本領土との姿勢を示した。同時に日本海についても韓国の主張する「東海」標記から「日本海」と改めた。
  2015年は、米中央情報局(CIA)が作成する「ザ・ワールド・ファクトブック」は竹島をリアンクール岩礁の名称で、日本の地図に「1954年に韓国に占領されたリアンクール岩礁に対して韓国と日本が領有権を主張している」の説明と共に表記している。(韓国の地図には、「独島」および「リアンクール岩礁」の表記はない。)
  米国地名委員会のWEBサイトではLiancourt Rocksは「Geopolitical Entity Name」「First-Order Administrative Division Name」が「South Korea」となっている。
中国
  2010年4月15日、中国新聞社は「日本は済州島、巨文島、鬱陵島と含む朝鮮の一切を放棄した」とのサンフランシスコ条約における日本の放棄領を記した条文を紹介したうえで、武正副外務大臣の「同条約は日本が放棄する領土を定めているが、竹島は含まれていない」と指摘を掲載。
  条約締結時に韓国が条約中の日本の放棄領土に竹島を含めるよう要求したが、米国の拒絶で断念した経緯も説明した。中国メディアではそれまで、「独島(日本名は竹島)」と竹島を表記していたが、同記事中では「竹島」とのみ表記している。また、2010年に中国新聞網が「在米韓国人によってニューヨークのタイムズ・スクエアで「独島は韓国の領土」との広告放映について報じたところ、中国ネット上で、「竹島は日本の領土だ。だが、釣魚島(尖閣諸島)は中国の領土だ」、「韓国人はいっそのこと、宇宙全体が韓国人のものだと広告を出すべきでは?」、「世界全体が韓国の領土なのに、独島が何だと言うのだ」などと皮肉を交えたコメントが寄せられたという。
韓国による占領の状況
島内の現況
  現在、韓国による実効支配が続いており、海洋警察庁を傘下に持つ大韓民国海洋水産部の管理下に置かれている。軍に準ずる装備を持つ韓国国家警察 慶北警察庁 独島警備隊の武装警察官40名と、灯台管理のため海洋水産部職員3名を常駐させている。
  また韓国海軍や海洋警察庁が、その領海海域を常時武装監視し、日本側の接近を厳重に警戒している。そのため、日本の海上保安庁の船舶や漁船はこの島の領海内には入れない状態が続いており、日本政府の再三の抗議にもかかわらず、灯台ヘリポートレーダー、船舶の接岸場、警備隊宿舎などを設置している。西島には竹島(独島)の韓国領有を主張する漁民2人が宿舎を建設し居住している。
すでに建設された主な施設
  東島・・・警備隊宿舎、灯台、ヘリポート、気象観測台、船舶接岸施設、送受信塔、レーダー
  西島・・・漁民宿舎
  1991年からは、キム・ソンド(김성도)、キム・シンヨル(김신열)夫婦の居住を認め、住所を独島里山20番地としている。2005年4月には、韓国人の結婚式が竹島で初めて執り行われた他、独島防衛として992名の韓国人が竹島に戸籍を置いている。

  2014年11月、韓国政府は竹島に計画していた災害時などの避難施設の建設を中止し入札公告を取り消したが、報道では関係閣僚会議で尹炳世外相が「(安倍政権を)刺激しかねない。日本との外交摩擦を避けるべきだ」との意見を出し中止が決まったという
  韓国の尹炳世外相は国会答弁で建設予定だった施設の入札を中止したことに関し、「独島は明白なわが国領土であり、日本がいかなる行動を取ろうと、われわれのやり方で領有権の行使を行えばよい」と述べ、外交的配慮によるものではないと強調している。
観光地化
  2005年には島根県竹島の日に反発した韓国政府は韓国人観光客の入島を解禁し、3月28日に一般観光客が初めて竹島に上陸した。
  2013年9月現在では、1日平均805人もの人が入島している。鬱陵島から不定期運航している観光船があり2時間程度で行くことができる。鬱陵島との間に水陸両用機による航空路を開設する計画もある。
  日本の外務省は日本人の渡航について、「韓国による竹島の不法占拠が続いている状況の中で、我が国国民が韓国の出入国手続に従って竹島に入域することは、当該国民が竹島において韓国側の管轄権に服することを認めたとか、竹島に対する韓国の領有権を認めたというような誤解を与えかねません。そのような入域を行わないよう、国民の皆様のご理解とご協力をお願いします。」としている
射撃訓練の実施
  韓国は2014年6月20日に竹島南西沖の日本領海内を含む海域で射撃訓練を行うと日本側に対して通告し、これに対して日本政府は在韓国大使館を通じて抗議するとともに訓練中止を要請した
  菅義偉官房長官は韓国海軍が竹島沖海域で射撃訓練を始めたことについて「竹島の領有権に関する日本の立場に照らして絶対に受け入れられず、極めて遺憾だ」と述べた
  韓国国防省副報道官は韓国軍が2014年11月に竹島周辺の海上で「外部勢力」による奇襲上陸を阻止する防衛訓練を実施すると明らかにし、韓国軍合同参謀本部は気象条件が良ければ海兵隊による島への上陸訓練も並行して行うことを表明した。
ロシア・中国による周辺海域での活動
  2019年2月23日、中国人民解放軍空軍の軍用機1機が鬱陵島と竹島の両島の間の上空を初めて飛行し、韓国の防空識別圏に入ったとして韓国政府は抗議した
  2019年7月23日、韓国軍合同参謀本部はロシア航空宇宙軍A-50空中警戒管制機が竹島周辺海域で領空侵犯したとして18機の韓国軍の戦闘機F-15F-16が出動して360発警告射撃したと明らかにした。また、韓国軍合同参謀本部は中国軍機もロシア軍機と行動を共にするような飛行を行い韓国の防空識別圏内に入ったとしている
  日本の航空自衛隊も10機のF-15JF-2スクランブルを行った。ロシア国防省中華人民共和国国防部はロシア軍のTu-95MP爆撃機2機と中国軍のH-6K戦神爆撃機2機で共同警戒監視活動を行ったとして領空侵犯は否定した。韓国政府はロシアと中国に抗議し、日本政府は韓国とロシアに抗議した
竹島に関する社会情勢
韓国社会における状況
  韓国で、独島は日本のものであると主張した金完燮氏のコラムに誹謗中傷を書き込んだ者が不起訴処分になったと言う事例があった。
  1999年に創設された韓国に関する情報宣伝工作活動を行うことを目的とした韓国の民間組織 VANK (Voluntary Agency Network of Korea)に対し、韓国政府はこの組織のインターネット上の行動に対して公式に支援しており、李明博大統領は2008年に5000万ウォン(約328万円)の予算を公表している。
  VANK は「世界に日本の「歴史歪曲」を知らせて国際社会における日本の地位を失墜させること」を目的としたディスカウントジャパン運動を行い、サイバーデモと称する抗議活動を行っている。その手法は、世界の各機関への韓国側の主張の大量送信、英語版wikipediaの組織的編集などである。
  また、VANK は韓国観光公社との共同事業として、韓国の歴史認識に基づいた『韓国観光広報小冊子』を発行し世界中の観光団体や学校などに発送したり、慶尚北道との共同事業として、竹島問題について組織的・計画的に情報宣伝工作を行うサイバー独島士官学校を設立、2009年の時点で生徒数は1万人を突破した
韓国における領土教育
  韓国の中高歴史教科書においては、17世紀末に韓国の漁民安龍福が松島(現在の竹島)を朝鮮の領土であることを認めさせるために日本に渡ったことが強調されている。また、小学、幼稚園児にも竹島の領有を教育しているほか“独島はわが領土”という歌も歌われている。
  このような領土意識の教育は、韓国領有の正当性を幼い頃から定着させる政府政策の一環である。
「独島の月」・「対馬島の日」
  島根県議会は2005年に「竹島の日条例」を可決し、政府に問題解決へ向けた行動を促したが、韓国慶尚南道馬山市は対抗して「独島の月」、さらに対馬に対する領有権を主張する目的で「対馬島の日」を制定した。
学術界における活動
  「独島」呼称の国際認知を目的とした韓国のキャンペーンは多方面で行われ、たとえば学術界においても、新規に発見された生物種の学名の名付けなどによって続行されている。竹島では多くの新種微生物が発見されているが、2005年頃より韓国系生物学者によって、新規学名に「独島」が含まれるようになっている。新属としては、ほか6種、新種としては、ほか11種の「独島」を含む学名が提唱された。

日本社会における状況
日本における領土教育

  2014年1月改定の教員向けの学習指導要領解説書で竹島に関する記述が盛り込まれ、2018年3月告示の学習指導要領では地理総合、歴史総合、公共の教科で竹島について取り上げている。
日本政府による資料のデータベース化
  日本政府は竹島の領有権を裏付ける過去の行政文書や地元新聞記事などの歴史資料をデータベース化してインターネットで公開するとともに、領土に関する論文を英訳して発信することとしている。郷土史などの歴史資料を集めて電子化したうえで編さんし、英語訳も付けるなどの広報活動を行うとともに、資料を学校教育にも役立てるとともに教員向けに特別の研修を実施する方針である。
  2015年、日本政府は前年度から民間に委託して1500点あまりの資料を調査し、実効支配してきたことを示す資料をまとめた報告書を、内閣官房領土・主権対策企画調整室のホームページで公表した。
  新藤義孝衆議院議員は「日本の領土を主張する資料は、国がきちんと管理する体制を整えるべきだ」と述べ、国が資料保存に積極的に関与する仕組みが必要だとの認識を示している。


竹島の日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


  竹島の日は、島根県が条例により定めた記念日2月22日がこれに定められた。
概要
  竹島の日は、2005年(平成17年)に「竹島の日を定める条例」(平成17年3月25日島根県条例第36号)により定められた。
  島根県隠岐郡隠岐の島町竹島は、日露戦争中1905年明治38年)1月28日に島根県への編入を閣議決定し、同年2月22日に第16代島根県知事松永武吉が所属所管を明らかにする告示を行った(明治38年島根県告示第40号)。なお日本海海戦(1905年5月)、日韓保護条約(第二次日韓協約),1905年11月)、韓国併合ニ関スル条約(1910年8月22日調印)以前の決定である。
  2005年はこの閣議決定および告示から100周年にあたることを記念して、同年3月16日、島根県議会2月22日を「竹島の日」とする「竹島の日を定める条例」を制定し、澄田信義島根県知事もこれを全面的に支持した。
  同条例1条は、「県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。」としている。
竹島の日を定める条例
竹島の日を定める条例(平成17年3月25日島根県条例第36号)
(趣旨)
  ・第1条 県民、市町村及び県が一体となって、竹島の領土権の早期確立を目指した運動を推進し、竹島問題についての国民世論の啓発を図るため、竹島の日を定める。
(竹島の日)
 ・第2条 竹島の日は、2月22日とする。
(県の責務)
  ・第3条 県は、竹島の日の趣旨にふさわしい取組を推進するため、必要な施策を講ずるよう努めるものとする。
  ・附則 この条例は、公布の日から施行する。
制定に対する反応
日本
  日本では、竹島の日の制定とは関係なく交流行事などは通常通り実施された。
  全国紙各紙は、いずれも韓国に対して冷静な対応を求めたが、毎日新聞は「国交正常化以来40年間積み重ねてきた友好関係にここでキズをつけては、両国民にとってプラスではない。」、朝日新聞は「将来は領土争いを超えて、島が友好の象徴になる日だって来ないとも限りません。
  竹島問題を、日韓が互いを思い合う素材としたいものです。」と韓国側に呼びかけ、また、同紙論説主幹の若宮啓文が「例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは思えない。ならば、いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。」と書くなど、日本の領有権主張を弱めるか放棄した上での日韓友好関係の構築を支持したのに対して、読売新聞は「領土問題は国の尊厳にかかわる基本問題だ。
  ゆるがせにしてはならない。韓国を刺激しないよう、という事なかれ主義では、日本国民の理解は深まらない。」とし、産経新聞は「日本国内でも、「竹島の日」条例成立を機に、田村らが残した研究を多くの国民が学び、竹島が歴史的にも法的にもまぎれもない日本の領土であるという認識をさらに深めたい。」とするなど、日本が竹島の領有権を主張することへの正当性を支持する意見を掲載した。曹洞宗の僧侶たちが韓国側から竹島に上陸し「独島は韓国領」と主張する抗議活動を行なった。
  第2次安倍内閣は日本政府主催による「竹島の日」記念式典の開催は見送ったが、2013年2月22日に島根県主催でおこなわれた第8回「竹島の日」記念式典には、日本政府の代表として島尻安伊子内閣府大臣政務官を派遣した(政府関係者としては初)。島根県は安倍晋三首相の出席を要望したが、実現しなかった。他の閣僚の出席についても韓国側に配慮し、見送られた。
韓国
  大韓民国では、この「竹島の日」の制定に対して、激しい抗議運動が起こった。
  2005年2月23日、テレビ朝日ソウル支局の韓国人記者が、外信記者クラブで高野紀元駐韓大使に対し『竹島の日』条例をどう思うかと質問した。高野大使は「そういう問題が起きているのは知っている」が「竹島は日本領」で「この問題が日韓関係全般に悪影響を与えないことを望む」と回答した。韓国では「竹島は日本領」の部分のみが切り出されて報じられ、反発を呼び、ついには駐韓公使を呼び出しての「厳重抗議」に至った。

  2005年3月16日、ソウル特別市議会議員崔在翼が抗議のため島根県議会を訪問。玄関付近でカッターナイフを取り出したため、警察官らに取り押さえられる事件が発生した。同日11時に慶尚北道議会は道議会前の庭で「日本の独島領有権侵奪の野慾を糾弾する決起大会」を開催し、横3メートル・縦2メートルの大きさの日の丸旗に火をつけて、大邱市議会も「日本政府は、韓国の犠牲者に頭をさげて謝罪するように」の決議文を採択した。
  竹島の日条例制定に反発した韓国政府はこれまで厳重に規制していた観光客の竹島上陸を解禁すると発表し、3月28日に一般観光客が初めて竹島に上陸した。
  2005年6月19日、慶尚南道馬山市は竹島の日に対抗し、1419年応永26年)に李氏朝鮮李従茂が大軍を率い、倭寇の根拠地と見なしていた対馬征伐のために出兵した6月19日を「対馬島の日」とする条例を制定した。馬山市は応永の外寇のちに対馬が服属したとしているが、韓国政府は馬山市に対して条例の撤回を求めている。2005年6月に慶尚北道は、10月を「独島の月」とし、日本との交流を制限できるとする条例を制定した。

  2007年2月24日に島根県で行なわれた「竹島の日」記念式典について、外交通商省が「条例を即時に撤廃し、竹島に対する不当な領有権主張をやめるよう、強く求め」る声明を発表。「竹島は歴史的、地理的、国際法的に明白な韓国固有の領土であり、領有権を損なういかなる試みも容認しない」としている。3月2日に江原道知事が、鳥取県庁が「竹島は日本固有の領土」と表示する電光掲示板を設置している事に触れ「領土問題は両国政府が国レベルで取り上げるべき課題であるにもかかわらず鳥取県が直接介入することは、両地域間の友好協力の観点からも実に遺憾」である旨表明、関係正常化への適切かつ必要な措置を望むメッセージを鳥取県宛に発した。
  2009年2月の調査で、韓国のネット利用者の6割が、島根県が2月22日を「竹島の日」としたことを知らなかったり、関心がないと回答している


島根県-Web竹島問題研究所-HPへ
竹島は島根の宝-我が領土

「竹島問題に関する調査研究」中間報告書(平成18年5月)
(この報告書は、平成17年6月に設置された竹島問題研究会(下條正男会長)において行われた調査研究活動の中間点の成果として、平成18年5月に取りまとめられたものです。)

(内容)
・日韓両国の主張の論点整理
・7回にわたって開催した研究会による意見交換の内容
・研究会委員が行った調査研究活動の成果
・研究会として収集・調査した資料
竹島問題研究会設置の経緯とその趣旨
  「竹島の日を定める条例」が、島根県議会議員35名の連名により議員提出第1号議案として、2005年2月23日開会の第402回島根県議会に提案され、3月16日に可決され、3月25日、島根県条例第36号として公布・施行となった。
  この条例の施行により島根県は竹島問題についての国民世論の啓発のための必要な施策を講ずることとされた。
  一方、竹島問題に関しての歴史的経過等を体系的にまとめた資料等は、故田村清三郎氏による「島根県竹島の新研究」(1965年に同氏が著した「島根県竹島の研究」の復刻版として1996年に島根県総務部総務課が発行)が現存する程度であったため、条例制定に伴い社会的な関心が集まり、国内はもとより、韓国メディアの取材等が殺到する中、竹島問題のわかりやすい説明に苦慮するという実態があった。
  また、知事からは、第22回政策企画会議(2005年3月22日開催)において、専門家の力も借りて、韓国が主張している論点に対して、日本側の主張をわかりやすく整理するよう指示があった。
  こうしたことから、年度が替わった4月より竹島問題研究会の設置に着手し、5月24日の知事定例記者会見において、研究会設置の発表を行った。記者会見で知事は、研究や考察を行い、冷静に議論を進めていくための土台づくりのために研究会を設置すること、自らの主張を補強するための我田引水に陥らないこと並びに研究の進捗状況を見ながら韓国の研究者の招聘を検討することなどについて、コメントを行った。
  6月21日に第1回の研究会を開催し、10名の委員による竹島問題研究会がスタートした。初年度は、年度末を目途に、日韓両国の主張、論点整理を中間点として行い、最終的には、2006年3月までに研究報告を取りまとめることとされた。
  本書は、これまで7回にわたって開催した研究会による意見交換及び研究会委員が調査研究活動を行った中間点の成果を「竹島問題に関する調査研究中間報告書」として、発行するものである。
  なお、研究会については、原則公開とされたが、率直な意見交換を行う部分については非公開とされており、本報告書に記載されていない史料等があることを念のため付記する。










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