日本と韓国-wikipedia
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ホワイト国(グループA)とは? | ホワイト国の一覧2021 / 韓国が除外された理由…ほか
ホワイト国とは、
日本政府によって認められた、
安全保障上の輸出管理において優遇される国の通称です。ちなみに
「ホワイト国」という名称は、
2019年に廃止されており、現在は「グループA」が正しい名称とされています。
振り返ってみれば、2019年8月2日、日本政府が韓国を除外する政令改正を閣議で決定したことで一躍話題となった「ホワイト国」。先述のように、2021年現在は「ホワイト国」「非ホワイト国」という通称は廃止され、AからDのアルファベットによる4段階のグループ分けがなされています。
本テキストでは、そもそも
ホワイト国(グループA)とは何なのか? ホワイト国(グループA)の条件と定義とは? …といった基本情報から、 韓国がホワイト国(グループA)から除外された理由。さらには、ホワイト国を知る上で必要な、日本の輸出規制であるリスト規制とキャッチオール規制など、ホワイト国(グループA)を含めた、日本の輸出管理について
正しく理解するための基礎知識について解説します。
1. ホワイト国とは?
2. 日本の輸出規制とは?
3. ホワイト国(グループA /優遇対象国)の条件と定義
4. ホワイト国(グループA / 優遇対象国)のメリットとは?
5. ホワイト国(グループA)除外による輸出業務の影響とは?
1. ホワイト国とは?
ホワイト国とは…日本の安全保障上の輸出管理において優遇される国の通称
ホワイト国とは、日本政府によって認められた、安全保障上の輸出管理において優遇される国の通称です。国と国の輸出規制において、その気がなくても大量破壊兵器の原材料となるモノを輸出してしまったら、国際的な安全保障上の問題になりかねません。
簡単に言うと、ホワイト国とは、大量破壊兵器などの拡散を防ぐための輸出管理が整っている国を指しますが、より具体的に言うと…
「大量破壊兵器等に関する条約に加盟しており」 「輸出管理レジームに参加しており」 「輸出した品が第三国に流出し大量破壊兵器に転用されるおそれない」…
国のことを指します。
ちなみに「ホワイト国」という名称は、2019年に廃止されており、現在は「グループA」が正しい名称です。このグループAについても、後ほど詳しく解説しますが、まずは今回のメインテーマである「ホワイト国」を知ることが、ホワイト国(およびグループA)を含めた、日本の輸出管理について正しく理解する一助となりますので、どうぞ最後までお付き合いください。
2019年8月、韓国がホワイト国から除外される
2020年8月2日、日本政府(当時:安倍政権)は、韓国向けの輸出規制を巡って、輸出手続きを簡略化できる「ホワイト国」のリストから韓国を外す政令改正を閣議決定しました。
日本政府は、アメリカ、イギリス、フランスなどの27ヵ国を「ホワイト国」と認定しており、これらの国は輸出手続きの簡略化などの優遇措置を受けています。
韓国は2004年に認定された、アジアで唯一のホワイト国だったのですが、2019年8月28日に、韓国をホワイト国から外す政令が施行され、正式に除外されました。
これによって、日本から韓国へ輸出する際、大量破壊兵器の製造などに転用される可能性がある機械製品などの幅広い品目においては、原則として契約ごとに個別に経済産業省の許可が必要となりました。
日本がホワイト国の指定を取り消すのはこれが初めてだったため、この前例のない決定は大きなニュースとなり、韓国政府の反発が連日報道されていたのはまだ記憶に新しいところです。
そもそもなぜ「ホワイト」なのか? 「ホワイト国」という通称が浸透した背景
ここまで読んでいただいた方で、「そもそもなぜホワイトなのか?」という疑問を持った方もいらっしゃると思います。実は、法律や省令などには「ホワイト国」という呼び名はありません。優遇措置を受ける国がホワイト国と呼ばれるようになった理由は、実ははっきりとはわかっていないそうです。
この規制を担当する経済産業省安全保障貿易管理課でも明確な理由はわからないようですが、経産省か産業界のどちらかが使い始めた言葉が定着したと言われています。
いわゆるブラック企業に対してのホワイト企業のように、ホワイトという言葉には「道徳的に好ましいこと」「誠実・潔白であること」といった意味合いがありますので、そのようなイメージから定着したのだと推測できます。
通称「ホワイト国」が「グループA」という優遇対象国に
先述したように、現在、「ホワイト国」の名称は廃止され、現在は「グループA」と改称されています。
2019年8月2日、韓国のホワイト国からの除外発表と同時に、日本政府は優遇措置を受ける対象国の呼び名を「ホワイト国」から「グループA」に名称変更することを発表しました。この理由を、経産省は「非ホワイト国でも、利用可能な包括許可の種類など実務上の扱いが異なることから、より実態に即した分類にするため全体を4カテゴリーに再分類した」と説明しています。
これによって、それまでの「ホワイト国」は「グループA」という名称になり、「非ホワイト国」は「グループB~D」の3つのカテゴリーに分けられることになりました。ちなみに韓国は政令改正により、グループAからグループBに変更となっています。
これらのグループAおよびグループB〜Dについては、後ほど詳しく説明しますが、簡単に言えば、それぞれのグループによって輸出規制の度合いが変化していくイメージです。
次項からは、ホワイト国(グループA)に深い関連がある、日本の輸出規制について解説していきます。
2. 日本の輸出規制とは?
このセクションでは、ホワイト国(グループA)とは何か?を理解する際に重要な、日本の輸出規制について解説します。
安全保障貿易管理とは?
日本における輸出規制は、経済産業省の管理下で「安全保障貿易管理」に基づいて実施されています。では、安全保障貿易管理とはなんなのでしょうか?
日本の輸出規制について理解を深める前に、安全保障貿易管理について知っておきましょう。
■安全保障貿易管理とは?
日本や国際社会の安全性を脅かす懸念活動を行うおそれのある者(国家やテロリストなど)の手に、武器をはじめとした軍事利用が可能な貨物や技術が渡ることを未然に防ぐため、先進国を中心とした国際輸出管理レジームという国際的な枠組みにより、輸出管理が推進されており、これを安全保障貿易管理といいます。
日本では、外国為替及び外国貿易法に基づいて、この「安全保障貿易管理」を実施しています。
リスト規制とキャッチオール規制とは?
安全保障貿易管理に続いては、日本の輸出規制の柱となる、リスト規制とキャッチオール規制について解説します。
■リスト規制
リスト規制とは、輸出される貨物や技術の機能・性能が武器や軍事転用が可能かどうかに着目し、許可が必要となる物や技術をリストに定めたものです。輸出するものがリストの記載に該当する場合は、経済産業大臣の許可が必要です。
■キャッチオール規制
リストに該当しない輸出物であっても、軍用に用いられるおそれがあるとみなされた場合、許可申請が必要となります。リスト規制品以外のものを取り扱うのが2002年に導入されたキャッチオール規制です。
キャッチオール規制とは、「大量破壊兵器キャッチオール」と「通常兵器キャッチオール」の2種類からなり、客観要件とインフォーム要件 の2つの要件によって規制されます。
貨物や技術を輸出する際には、まずリスト規制に該当するかどうかを確認し、該当する場合は経済産業省の輸出許可を受け、リスト規制に該当しなかった「非該当品」については、さらにキャッチオール規制の確認を行います。
■ホワイト国(グループA)とは、キャッチオール規制の対象外の国々のこと
そして、このキャッチオール規制の対象外となるのが、今回のテーマである「ホワイト国(グループA)」なのです(リスト規制は対象となります)。
3. ホワイト国(グループA)の条件と定義
ホワイト国とキャッチオール規制の関係とは
先述したように、「グループA(旧ホワイト国)」は国際的な枠組みのなかで輸出管理が厳格に行われている国々とみなされるため、リスト規制の対象にはなりますが、キャッチオール規制の対象にはなりません。
基本的には先進国と呼ばれている国々が「グループA(旧ホワイト国)」となっており、これらの国に輸出する際は、リスト規制に非該当な場合でも、キャッチオール規制の確認は不要です。
ホワイト国にあたる優遇対象国は輸出貿易管理令の別表第3に指定された27国でしたが、韓国の除外により、ホワイト国という通称はなくなり、AからDの4つのグループに分けられることになりました。
ホワイト国(グループA / 優遇対象国)の一覧
以前のホワイト国にあたる優遇対象国は下記の27ヵ国でした。
■ホワイト国(グループA / 優遇対象国)
アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、大韓民国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国、アメリカ合衆国
2019年8月、この27ヵ国から韓国が外れ、26国はグループA(旧ホワイト国・優遇対象国)と名称が変更されました。ちなみに韓国はグループBとなっています。
以下より、それぞれのグループに該当する国・地域について見ていきましょう。
■グループ A(輸出管理優遇措置対象国)
アイルランド、イギリス、イタリア、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、チェコ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、ルクセンブルク、アメリカ合衆国、アルゼンチン、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド
■グループ B(国際輸出管理レジームに参加しており、一定要件を満たす国・地域)
アイルランド、イギリス、イタリア、オーストリア、オランダ、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、チェコ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、ルクセンブルク、アメリカ合衆国、アルゼンチン、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド
■グループ C(グループ A、B、D のいずれにも該当しない国)
グループ A、B、D のいずれにも該当しない国すべて
■グループ D(国連武器禁輸国、懸念国とみなされる国・地域)
アフガニスタン、イラン、イラク、レバノン、北朝鮮、コンゴ⺠主共和国、スーダン、ソマリア、中央アフリカ共和国、南スーダン、リビア
4. ホワイト国(グループA / 優遇対象国)のメリットとは?
このセクションは、ホワイト国(グループA)として指定されると、どのようなメリットが生じるのかを見ていきましょう。
結論から言うと、旧ホワイト国である、グループAに指定されることのメリットは、前述したキャッチオール規制の対象外になる以外にもうひとつあります。それが「一般包括許可」を受けられることです。
「一般包括許可」とは?
では「一般包括許可」とはどんなものなのでしょうか?・・・輸出貿易管理令の輸出には、一定の期間や相手など、輸出先の条件を限定することによって個別の許可が不要となる「包括許可」という仕組みがあります。・・・グループA(旧ホワイト国)は、「一般包括許可」、その他のグループは「特別一般包括許可」または「特定包括許可」によって輸出許可を受けることになっています。・・・一般包括許可とそれ以外の包括許可はどのような違いがあるのでしょうか?包括許可、それぞれの内訳は以下です。
■特別一般包括許可
グループA以外の地域を仕向け地とする一定の品目を包括的に許可
■一般包括許可(グループA限定)
グループAを仕向け地とする一定の品目を包括的に許可(電子申請)
■特定包括許可
継続的に特定の相手と行っている輸出を包括的に許可
■別返品等包括許可
返品等に対する包括的な許可
■特定子会社包括許可
日本企業の子会社に対する包括的な許可
また、一般包括許可とそれ以外の包括許可では、申請に必要となる書類の数が違います。
一般包括許可は「統括責任者及び該非確認責任者に関する登録書」を出すだけでよいのに対し、特別一般包括許可や特定包括許可の場合は、最大5種類の書類が必要です。
グループA(旧ホワイト国)に指定されると、輸出許可を受ける際の手間をかなり省くことができるメリットがあります。
5. ホワイト国(グループA)除外による輸出業務の影響とは?
最後のセクションでは、ホワイト国(グループA)から除外された韓国と輸出業務を行う際に、どのような影響があるのかを見ていきましょう。
まずは韓国がホワイト国から除外された背景について理解しておきましょう。
韓国がホワイト国から除外された理由とは?
2019年、日本から輸入した約4万キロの高純度フッ化水素が不良品であるとして返品を受けた際に120キロしか戻らなかったという事件がありました。残りがどこに行ったのかは不明なままで、これは韓国国内でも批判の的となりました。
日本が韓国をホワイト国から除外した理由は、「韓国の輸出管理制度が不十分で、安全保障上の懸念があるから」です。韓国の管理体制がずさんであるとして、日本だけでなくEUも韓国をホワイト国には指定していません。
韓国のホワイト国(グループA)除外による輸出業務の影響は?
グループA (旧ホワイト国)から除外されると、実際に韓国への輸出についてどのような影響があるのでしょうか?
結論から言うと、そこまで大きな影響はないと言えます。
先述したように、日本から韓国へ輸出する際、大量破壊兵器の製造などに転用される可能性がある機械製品などの幅広い品目においては、原則として契約ごとに個別に経済産業省の許可が必要とはなりました。
こういったキャッチオール規制や包括許可など、輸出許可に対して書類などの量が増えるのは多少手間ではありますが、ホワイト国から除外されたことで、個別許可の品目が一気に増えるわけではありませんし、韓国への扱いが悪くなることもありません。
また、韓国という国自体へのホワイト包括許可がなくなっても、社内規定を整え経済省の検査を受けることで取得できる特別一般包括制度を利用すれば、韓国企業はこれまでと変わらない取引が可能です。
6. 優良な海外進出サポート企業をご紹介
御社にピッタリの海外進出サポート企業をご紹介します
今回は、ホワイト国(グループA)の条件と定義について、 韓国がホワイト国(グループA)から除外された理由、さらには日本の輸出規制であるリスト規制とキャッチオール規制など、日本の輸出管理について正しく理解するための基礎知識についても解説しました。
大量破壊兵器に転用されるおそれのある品目は厳密な管理が必要です。そのための国・地域の分類はこれまで「ホワイト国」「非ホワイト国」の2種類でしたが、それが4つのグループに分けられることになりました。一見複雑になったようにも見えますが、規制自体が変わったわけではありません。
輸出を行う企業であれば、常に規制についての理解を深めておくことが必要です。輸出業務の管理や運用など、お困りのことがあれば、ぜひ専門家へのご相談をおすすめします。
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韓国による天皇謝罪要求
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
韓国による天皇謝罪要求では、
2012年8月14日に、当時
韓国大統領であった
李明博が「
天皇が
韓国に来たければ独立運動家に謝罪せよ」と要求したこと、及び同年
8月10日に行った
竹島上陸に端を発した韓国と
日本の
外交衝突について述べる。
背景(「
日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」、
「
日本国との平和条約」、「
日韓請求権協定」、および「
韓国通貨危機」も参照)
李明博は、
2008年の大統領就任以前から日本には「謝罪や反省は求めない」と発言しており
、大統領就任後の2008年
4月に訪日すると、当時の天皇明仁、
皇后美智子との会見時に韓国訪問を招請した。
2011年10月、韓国の要請を受けて日韓首脳会談で
ウォン急落が懸念される韓国を支援するため通貨交換協定を130億
ドルから700億ドルに拡大。2011年
12月、日韓首脳会談で李明博は、慰安婦問題の解決を日本の
野田佳彦首相に強く求めた。2012年
7月、李明博は
申珏秀駐日大使に対して日本側の慰安婦問題解決の意志について打診したが日本の
歴史認識は変わっていないと報告を受けた。
概要(「
日本統治時代の朝鮮」、「
慰安婦」、および「
朝鮮独立運動」も参照)
・2012年8月10日、李明博が
竹島(韓国名:独島)に上陸し、「韓国領」であると改めて発言。同日、
ロンドンオリンピックにおける
男子サッカー日韓戦で勝利した
朴鍾佑が「独島は韓国の領土である」と記載されたプラカードを掲げる。
・
8月13日、
日本政府は韓国への700億ドル(5兆5千億
円)におよぶ資金支援枠の大幅な拡大は李明博の竹島上陸がなされても見直さない旨を発表する。
・
8月14日・・・李明博は天皇について「(日王が)
痛惜の念などという単語ひとつを言いに来るのなら、訪韓の必要はない」
「(日王が)『
痛惜の念』などという良く分からない単語を持ってくるだけなら、来る必要はない。韓国に来たいのであれば、独立運動家を回って
跪()いて謝るべきだ」と謝罪を要求する発言を行った。
・「
痛惜の念」とは、当時の天皇明仁が
1990年5月24日に訪日した
盧泰愚大統領を迎える
宮中晩餐会での
おことばにある表現である。
・このような
朝鮮半島と我が国との長く豊かな交流の歴史を振り返るとき、
昭和天皇が「今世紀の一時期において、両国の間に不幸な過去が存したことは誠に遺憾であり、再び繰り返されてはならない」と述べられたことを思い起こします。我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません。(第125代天皇明仁、国賓 大韓民国大統領閣下及び同令夫人のための宮中晩餐 平成2年5月24日(木))
・同日付の『
ソウル新聞』は、以下のように報じた(日本語訳は
西村幸祐による。西村は『
やまと新聞』の
インタビューで、李明博が「
足をしばって、ひざまづいて謝罪するなら」と発言したことを伝えた)。
李大統領は現場で日王が「ひざまずいて」謝らなければならないという表現を使ったことが分かったが、その後、大統領府が公開した発言録からは抜けていたことが確認された。李大統領は日本の植民地問題については容赦できるが、忘れることはできず、追求すべきことは追求すべきだと声を高めた。「静かな外交」と言われた対日外交政策が強硬モードに変わったことが示唆される。
「
跪いて謝罪する」について西村は、「
儒教の因習が色濃く残る韓国では、罪人が謝罪するときに跪かせるのが一般的で、足を縛って跪かせ、土下座させる刑罰も朝鮮半島にあった。つまり、李明博大統領の発言は「日王」が足を縛って跪いて謝罪する姿までを連想させてしまうのである」と述べている。
その後、『ソウル新聞』はWEBサイトの記事から「
跪いて謝罪」という言葉を削除した。西村は、「面白いことに、
日本人に最初に天皇謝罪発言の真実を伝えてくれたソウル新聞はその後、WEBサイトの記事を改竄(かいざん)してしまう。現在、当該ページ(
『ソウル新聞』2012年8月15日』2012年
8月15日)を読むと、見出しをも含め、「跪いて謝罪」という言葉は一切、なくなっている」と述べている。
一方、
インターネットアーカイブ・サイトには以下のように最初の記事が残されている。記事の下線と内部リンクは引用者が施したものである
削除された文言
・8月15日、李明博は
光復節祝辞で「日本軍慰安婦被害者問題は人類の普遍的価値と正しい歴史に反する行為」であると述べた。
・日本政府は李明博の天皇謝罪要求について謝罪と撤回を要求したが、
金星煥外交通商相は大統領と同様の見解を示すとともに
昭和天皇の戦争責任を主張した。また、日本政府は駐韓大使の一時的な帰国措置を取った。
・
8月17日、野田首相は李明博に対して
親書を送ったが、
22日に韓国は受領する代わりに日本の
外務省に返却しに来たため外務省は敷地内への立ち入りを拒否した。同日、
玄葉光一郎外相は申珏秀駐日大使に抗議した。
・
8月23日、
安住淳財務相は
10月に期限が切れる日韓通貨交換協定の拡大措置について、10月以降は白紙とすることを表明するとともに、日本側から通貨交換協定を要請したとする韓国側の報道を否定した。
・
8月24日、キム・イルセン
兵務庁長は
韓国国会で朴鍾佑の
兵役免除を認めることを明らかにし、「勇気のある奇特な選手だ」と行為を評価した。
韓国世論(「
朝鮮人日本兵」、「
親日派」、および「
ホロコースト」も参照)
李明博の天皇への謝罪要求について、韓国最大の発行部数を誇る
朝鮮日報は「日王の父ヒロヒトは
1926年の即位後、
植民地支配時に
我が民族全体を迫害し、弾圧した人物であり、
太平洋戦争では韓国の若者を銃の盾とし、若い女性を
日本軍の
性的奴隷にした特別
A級戦犯であり、
南北分断も日帝統治が原因であるのだから、日本王室(
皇室)に対する当然の要求である」と大統領の発言を肯定するとともに、「アキヒトは手遅れになる前に、
ブラント西ドイツ首相(
ユダヤ人犠牲者慰霊碑前で膝をついて謝罪した)のように膝をついて謝罪する
写真を
歴史に残すべきである」と訴えている。
このような動きに対して
酒井信彦は韓国は
慰安婦問題を
ナチスの
ユダヤ人虐殺になぞらえ、
売春を
虐殺と同等の「犯罪」だと決め付けるまでに至っており、日本人は韓国人によって世界史に全く類を見ない
冤罪を着せられていると述べている。
反民族行為処罰法に基づいて韓国国会と共同で
親日派708人名簿を作成した
光復会は李明博の発言を積極的に支持するとして「日王は韓国を訪問する前に
独立有功者と遺族に頭を下げて謝罪しなければならない」「日王は軍慰安婦と強制徴用・徴兵被害者たちにも心からの謝罪はもちろん、政府はこれによる国家的賠償を要求しなければならない」との声明を出した。
日本の対応
日本国会の謝罪要求撤回決議(「
李承晩ライン」も参照)
8月24日、
衆議院本会議にて李明博による天皇謝罪要求発言と
島根県竹島への上陸に抗議する決議が提案され
民主党、
自由民主党、
公明党、
みんなの党、
国民の生活が第一などの賛成により、
日本共産党、
社会民主党の反対を押さえて採択された。決議では天皇謝罪要求について「友好国の
国家元首の発言として極めて非礼で決して容認できない」と発言の撤回を求めるとともに竹島占拠について「わが国固有の領土であるのは歴史的にも
国際法上も疑いはない」「不法占拠を韓国が一刻も早く停止することを強く求める」とされた。
8月29日、
参議院本会議にて天皇謝罪要求発言と竹島への上陸に抗議する決議が提案され、民主党、自民党などの賛成により可決された。決議では「友好国の国家元首が天皇陛下に対して行う発言として極めて非礼な発言であり、決して容認できないものであり、発言の撤回を求める」とされた。
天皇謝罪要求撤回に併せて提起された、竹島をめぐる国会決議は韓国が
李承晩ラインを引いたのに対し、
1953年11月に決議された日韓問題解決促進決議以来である。
批判
東京大学名誉教授の
坂本義和は、慰安婦問題などに関して日本政府の対応を批判しながらも、李明博によるこの発言は「明らかに失言」であり、「日本の
戦争責任を日本のふつうの国民以上に痛感している点で、私も敬愛を惜しまない現天皇について、あまりに無知であり、恥ずべきである」と強く批判した。
日本共産党も「(いまの)天皇というのは憲法上、政治的権能をもっていない。その天皇に植民地支配の謝罪を求めるということ自体がそもそもおかしい。日本の政治制度を理解していないということになる。日本政府に対して、植民地支配の清算を求めるならわかるけど、天皇にそれを求めるのはそもそもスジが違う」とこれを批判している。
外交的配慮
2012年
12月16日に
第46回衆議院議員総選挙が実施される約2ヶ月前の
10月8日、総選挙による
政権交代で
与党復帰の可能性が高いと予想された
野党第一党・自民党の
衆議院議員(元首相)
麻生太郎は、
韓国大統領府で李明博と会談した。天皇に謝罪を求めたとされる8月の発言について、麻生は会談後、報道陣に対し、「陛下に韓国に来いとか、謝れとかいったことはない、という話を(李大統領から)うかがった」と述べた。一方、
2013年2月15日に李明博大統領は韓国
核武装肯定と竹島上陸は日本への先制である旨を語った際に、「日王は(自分の発言以後)『謝る用意もあり韓国を訪問したい』と明らかにしたという。実際より少し誇張されて自分の発言が伝えられた面がある」と、東亜日報のインタビューで明らかにした。
対韓感情への影響
この影響で、官民ともに交流事業の中止が相次いだ。また、韓国を訪れる日本人観光客も、
ウォン高にシフトしていたことも相まって減少をし続け、2013年には長年日本人が1位であった入国者数でも、初めて
中国人が1位になり、2位に転落することになった。
軍事的脅威
読売新聞とアメリカギャラップ社の共同調査によって「日本にとって軍事的な危険な国」として日本国民の37%が韓国を上げており、李明博の行動が影響を与えているとの分析がなされている。
中央日報は、李明博の竹島上陸と合わせて、この謝罪要求によって、日本社会が
嫌韓へと転じたと指摘している
韓国海軍レーダー照射問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
韓国海軍レーダー照射問題とは、
2018年(平成30年)
12月20日15時頃、
能登半島沖の
日本海において
韓国海軍の
駆逐艦「
広開土大王」(クァンゲト・デワン、DDH-971)が
海上自衛隊の
P-1哨戒機に対し、攻撃を意図する火器管制レーダー(
射撃指揮システムで使用されるレーダー)を照射したとされる事件である。
日本国政府(
安倍内閣)は
韓国政府(
文在寅政権)に対し「哨戒機に対する火器管制レーダー照射があった」と抗議する一方で、韓国政府は「使用していたのは探索レーダーで、哨戒機を追跡する目的ではない」「
北朝鮮の遭難船のためにレーダーを稼働したのを日本側が誤解した」と主張するなど、主張が真っ向から対立している。また、韓国政府からは韓国海軍艦艇に日本の海上自衛隊機が低空飛行で接近し「威嚇飛行」を行ったと主張し、日本国政府が「威嚇飛行を行った事実はない」と同じく主張が真っ向から対立している。
この事件後の2019年2月には韓国軍内部で日本の航空機に対する対応指針が通達され、他国機に対しては行わない「追跡レーダー照射」が盛り込まれた。なお、この記事では韓国政府が「日本の海上自衛隊機による再度の威嚇飛行」と主張する2019年1月23日の事案についても記述する。
レーダー照射事案
2018年12月20日15時ごろ、日本の
排他的経済水域 (EEZ) 内にある
日本海の
大和堆付近にて、海上自衛隊P-1哨戒機が、韓国
海洋警察庁所属の5,000トン級警備艦「
参峰」(サンボンギョ、ARS-5001)及びその搭載艇と思われるゴムボート2隻、そして韓国海軍
駆逐艦「
広開土大王」(クァンゲト・デワン、DDH-971)並びに漁船らしき小型の船を視認した。その後の動向は日本・韓国で主張が食い違っている。
日本側の主張
防衛省は今回の件を「
韓国海軍艦艇による火器管制レーダー照射事案」として公表。2019年1月21日に「最終見解」として以下のように述べている。
・平素の警戒監視・情報収集の一環として、P-1が日本の排他的経済水域内を飛行中、韓国海軍の駆逐艦および警備救難艦を確認したため、写真撮影を実施していたところ、突然その駆逐艦から火器管制レーダーの照射を受けた。
・P-1はレーダー照射されたことを確認した後、直ちに安全確保のための行動(離隔)をとった。
・火器管制レーダーの照射は火器の使用に先立って実施する行為であり、合理的な理由なく他国の航空機に照射することは危険な行為である。日韓両国が合意している
海上衝突回避規範(CUES)では、レーダー照射は攻撃の模擬とされ、避けるべき動作の1つとして規定されている。
・防衛省の専門部隊で解析したところ、「広開土大王」の火器管制レーダー(
STIR-180)からのレーダー波を一定時間継続して複数回照射されていたことを確認した。近傍に存在していた救難艦(サンボンギョ)にはSTIR-180は搭載されておらず、「広開土大王」から照射されたことは明らかである。
・レーダー照射を受けたあと
国際VHF (156.8MHz) 、
UHF緊急周波数 (243.0MHz)、
VHF緊急周波数 (121.5MHz)の3つの周波数で「広開土大王」に対して無線通信による呼びかけを行ったが、応答が一切なかった。韓国側は現場の通信環境が悪く、無線が聞き取れなかったとしているが、現場の海域は晴天で雲も少なく、通信環境は良好であった。また、現場から240キロメートル離れた位置を飛行していた航空自衛隊の練習機がP-1から「広開土大王」に対する呼びかけを聞き取っていた。これらの事実から、無線通信が明瞭に受信できなかったということは考えづらい。実際に、韓国側が公表した動画でもP-1からの呼びかけ内容は明確に聞き取ることができる。
韓国側の主張
大韓民国国防部は2019年1月7日に「
日本は人道主義的な救助作戦の妨害行為を謝罪し、事実の歪曲を直ちに中断せよ!」と題する動画を
YouTubeで公開し、以下の主張を行っている。
・広開土大王が漂流していた
北朝鮮の遭難船に対する救助作戦を実行していた際、日本の哨戒機(P-1)が低高度で進入し、威嚇飛行をした。その際、P-1は広開土大王の150メートル上空、500メートルの距離まで接近した。
・日本側は
国際民間航空条約および日本国の
航空法を引用してP-1の飛行高度(150メートル)は国際法上問題ないと主張しているが、国際民間航空条約は民間機に適用される条約であり、軍用機には適用されない。それゆえ、日本は国際法を恣意的に歪曲して解釈している。
・広開土大王は遭難船舶救助のために探索レーダーだけを運用していた。仮に韓国側がP-1に向けて火器管制レーダーを照射したならば、P-1は即座に回避行動をするべきだったにもかかわらず、レーダー電波を探知したことを確認しながらも広開土大王に再度接近する異常な行動を見せた。
・P-1が試みた無線交信内容は雑音が激しく、明確に聞こえなかった。
・日本側が主張する火器管制レーダーの証拠があれば、実務協議で提示すればよい。
・人道主義に基づく救助活動中の韓国海軍の艦艇に向けて威嚇的な飛行をしたことを日本側が謝罪するべきである。
両国が公開した資料
事件発生以降、両国政府によって発生時の映像・画像・音声データ等がWeb上に公開されている。
日本側が公開した資料
P-1が撮影した事件発生時の映像(2018年12月28日)
事件発生当時にP-1から撮影された動画の中で、搭乗している自衛隊員の発言・交信内容も記録されている。2018年12月28日に一部、保全措置を講じた日本語・英語での字幕付き動画が公開され、その後1月6日に
韓国語版の字幕付き動画も公開された。この動画に対して、元アメリカ国防総省のポール・ジアラは「海上自衛隊側に挑発的な行動や危険な動きがあったようには見えなかった」とコメントしている
。
レーダーの電波信号を音に変換した音声データ(2019年1月21日)
2019年1月21日、防衛省は広開土大王から火器管制レーダーが照射されたことの更なる根拠として2つの音声データを公開した。これらはP-1の乗組員が機上にて聴取していた探知レーダー波を音声に変換したものである。
火器管制レーダーは目標に対してレーダー波を継続的に照射して、その速度や位置を掴むものである。回転しながらレーダー波を出して周囲の目標を捜索するための捜索レーダーとは波形等のデータに明確な違いがあるため、レーダー波を解析すれば種類や発信源の特定が可能である。防衛省は、このレーダー波は火器管制レーダー特有の性質を示しており、なおかつ広開土大王から発せられたものであるのは明らかであるとしている。
さらに、防衛省は「客観的かつ中立的に事実を認定するためには、相互主義に基づき、日本が探知したレーダー波の情報と、韓国駆逐艦が装備する火器管制レーダーの詳細な性能の情報の双方を突き合わせた上で総合的な判断を行うことが不可欠」としており、12月27日および1月14日に実施された実務者協議において韓国側と証拠を突き合わせて共同で検証することを提案したが、韓国側はこれを受け入れなかったという。1月14日に実施された実務者協議では、防衛省側は証拠の1つとしてレーダー波の音声データを持参した上でその場で韓国側に聴取してもらうことを提案したが、韓国側はその提案も拒否しているという。このデータに対し、韓国側は「探知日時、方角、電波の特性などが確認されておらず、実体の分からない機械音だ」と批判している。
韓国側が公開した資料
日本の主張へ反論する動画(2019年1月7日)
YouTubeの韓国国防部公式チャンネルにて、8カ国語(韓国語・英語・ロシア語・日本語・スペイン語・フランス語・中国語・アラビア語)で動画が公開された。
映像内では、海自機へのレーダー照射を否定したほか、海自が人道主義的救助の現場で威嚇的な低空飛行をおこなった、日本側は国際法を恣意的に歪曲・解釈している、などと主張した。動画の長さは4分26秒で、このうち韓国側が撮影した部分は10秒間、残りは日本側が2018年12月末に公開した映像からの引用だった
また、この動画の
サムネイル画像は自衛隊機が広開土大王に向かって低空飛行しているかのような印象を与えるものであったが、このサムネイルに用いられた機体の画像は海上自衛隊と韓国海軍がウェブ上で公開している画像(事件とは異なる時期)を加工して使用しているとの指摘がなされた。後に韓国政府もサムネイル画像は編集したものであることを認めている。
元海上自衛官で
金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸は、韓国側の新たな映像部分に「温かいお湯を・・」という音声が聞き取れることから、内容は韓国警備艇の北朝鮮船に対する救援活動を撮影したもので、自衛隊機は偶然映り込んだに過ぎないと述べている。
海上自衛隊P-3Cによる「威嚇飛行」とする韓国の抗議
1月21日に日本の防衛省が韓国との交渉を打ち切ると宣言した翌々日の1月23日、韓国政府からは韓国海軍艦艇に日本の海上自衛隊機が低空飛行で接近し「威嚇飛行」を行ったとの抗議があった。日本政府は「威嚇飛行を行った事実はない」と、ここでも主張が真っ向から対立している。
韓国国防部は東シナ海の
離於島付近の
公海上(韓国側の公表写真によると、離於島の南西131キロ〈具体位置は
北緯32度0.3分 東経123度42.9分近辺〉にて、海上自衛隊の
P-3C哨戒機が韓国海軍艦艇に低空飛行(高度60~70メートル)で接近し、「威嚇飛行」を行ったとし、その際の画像5枚が1月24日に公開された。
国防部は当初、画像ではなく映像を公開する予定だった
。韓国側が映像の公開を取りやめた理由について、産経新聞は関係者の話として「節制した対応を取った」と報道しているが、
AbemaNewsは「急いで撮ったため短い」と報道している。公開された画像5枚中2枚は赤外線カメラで撮影されたものであり、2枚は韓国側レーダーがP-3Cを捉えた写真、1枚は通常の写真である。韓国側は「機械は嘘をつかない」としており、日本側への有力な反論になるとの見方を示した。
一方で画像には水平線が写っておらず、最低でも高度70m以上であること以外に判別が出来ない事等証拠価値に疑問が生じているが、韓国側は「赤外線画像で証明できる」としている。日本側は「高度150メートル以上を確保していた」としており、双方の主張は食い違っている状況である。
自衛隊哨戒機側も韓国海軍艦船の性能を確かめるためと思われるが、おそらく米軍艦船に対しては決して行わない行為であろうことであるが、韓国海軍艦船のすぐ後ろを横切る、数十分にわたって横や周囲を付き纏うといった行動をとっている。韓国側は、遭難した北朝鮮の船の乗員を荒天の中で救助中のことであったため、関係者が自衛隊機の行動や爆音に驚かされて不測の事故が起きる危険があったと日本側を批判している。(映像を見る限りでは悪天候ではなかったようだが、波などがどれほどの荒れようだったかまでは分からない。)
これら画像と韓国側からの抗議に対し、
岩屋毅防衛相は「(日本側が)韓国の艦艇に脅威を与える意図も理由も何もない」「韓国側は軍艦、日本側は哨戒機であり、丸腰の哨戒機が近付いて脅威を感じるのは、むしろ哨戒機の方」と反論している。また、日本政府側は事実上、この事件時、国際的に禁止されているのはあくまで航空機が船の前方を横切る行為であり、高度を満たせば、後ろを横切ったり、横を通り抜ける分には水平面上は直近であっても差し支えないとの立場に立っている。
なお、この事件の発生地である離於島付近の海域は
中国にも近い公海であるが、韓国側は自国の
排他的経済水域だと主張している。
時系列等の推移詳細
2018年
・12月20日 - 15時頃、
能登半島沖において海上自衛隊
第4航空群(
厚木)所属P-1哨戒機が韓国海軍の
駆逐艦から数分間、複数回に渡りレーダーを照射された。現場は
日本の
排他的経済水域内で、
竹島からは離れている。
防衛省の当該航空機は照射を受けた後、韓国側の艦船に
無線で意図を問い合わせたが応答はなかった。この段階では、
自衛隊内に「韓国海軍が謝罪するよう、制服組同士で協議する時間を作るべき」との声もあったという。
・12月21日 -
総理大臣官邸の強い意向により、防衛省が事態の公表に踏み切る。
岩屋毅防衛大臣が
記者会見を開き事件の内容を明らかにした。記者団に「韓国側の意図ははっきりと分からない」としつつ、「極めて
危険な行為だ」と批判した。
・12月22日-韓国軍側の発表として、遭難した北朝鮮漁船の捜索に火器管制レーダー(射撃用レーダー)を使用していたが、自衛隊機を狙ったものではないと報じられる。
・防衛省は本事案について、慎重かつ詳細な分析を行い、当該照射が火器管制レーダーによるものと判断し、広範囲の捜索に適するものではなく、火器管制レーダーの照射は不測の事態を招きかねない危険な行為であり、仮に遭難船舶を捜索するためであっても、周囲に位置する船舶や航空機との関係において非常に危険な行為で、韓国も採択している
CUES(洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準)において、火器管制レーダーの照射は船舶又は航空機に遭遇した場合には控えるべき動作として挙げられていることをあげ、韓国側に再発防止を強く求めて行くことを発表した。
・12月23日 -
河野太郎外務大臣は直接的な批判を抑制し「
日韓関係を前向きに進めるためにも政府一丸となった対応を(韓国側に)お願いしたい」と述べた。
・12月24日 -
金杉憲治外務省アジア大洋州局長が
大韓民国外交部(
ソウル)を訪れ、強い遺憾の意を表するとともに、再発防止を強く求めたが、
韓国政府は追跡レーダー付属のカメラで自衛隊機を監視しただけで、探索用のレーダーは使用していたが、追跡レーダーからの電波放射は無かったと主張した。これに対し岩屋防衛相は「事実関係の一部に誤認がある」と記者会見で指摘し、防衛省名義の文書で「火器管制レーダー特有の電波を、一定時間継続して複数回照射された」と反論する声明を発表した。
・12月27日 - 第1回実務者協議を実施。韓国側(ヘッドは合同参謀本部作戦部長の陸軍少将)は照射を否定した。
・12月28日 - 17時12分、防衛省はP-1が撮影した当時の映像を公表。
2019年
・1月2日 -
大韓民国国防部(以下、「国防部」)は、「友好国の艦艇が公海上で遭難漁船を救助している人道主義的状況で、日本の哨戒機が低空威嚇飛行をした行為そのものが非常に危険な行為」であったとして謝罪を求める声明を発表した。
・1月4日ー国防部が、韓国側の正当性を主張する映像を公開。日本の
防衛省(以下「防衛省」)は同日、ホームページにて、「
大韓民国国防部の主張は、我々(防衛省)の立場とは異なるものである」という見解を示した。
・1月7日 - 韓国海軍参謀総長の
沈勝燮大将が、海軍
第1艦隊司令部を訪問。「すべての諸隊は外国艦艇・航空機遭遇など海洋で発生し得るいかなる偶発状況にも作戦例規や規定、国際法に則り即刻に対応し、現場で作戦を終結させなければならない」と注意・叱責した。同日夜、先日から公開していた反論動画に関し、新たに6ヵ国語を追加した計8ヵ国語分の映像を公開した。また、防衛省も新たに韓国語の字幕等を追加した動画を公開。いずれも動画の内容は変わっていない。
・1月8日
国防部は、友好国の軍用機が威嚇行動をした際のマニュアルを具体的に作成していることを明らかにした。
防衛省は、レーダー照射の決定的証拠となる電波情報を韓国側へ提示する用意があると発表した。
韓国政府がレーダーの周波数を含むデータの日本側への提供を拒否していたことが、韓国の軍事関係筋により明らかになった。
・1月14日 - 第2回実務者協議を実施。韓国海軍側から高官(ヘッドは合同参謀本部軍事支援本部長の夫石鍾(ブ・ソクチョン)海軍中将)が出席したことで日本側は事態の打開を期待したが、韓国は日本が提案したデータの情報交換を拒否する
。
・1月19日 - 照射されたレーダーの電波信号を音に変換したものを新証拠として公開する方針を、防衛省が固めたことが報道された
。
・1月21日 - 防衛省は「本件事案に関する協議を韓国側と続けていくことはもはや困難」との異例の声明を出し、「韓国レーダー照射事案に関する最終見解」と火器管制用レーダー探知音・P-1の当日の飛行ルート・過去に同艦に対して同様の接近をした際に撮影された写真(複数回実施されているが、それまでに韓国から抗議を受けたり問題視された実績はない)等を公開した。
・1月22日 - 国防部が「日本が両国関係と韓米日協力、さらには国際社会の和合に何の役にも立たない不適切な世論戦をこれ以上しないことを今一度厳重に求める」との立場文を出す。
・1月23日
国防部が、東シナ海の
離於島(中国名・蘇岩礁)付近で同日14時3分頃に日本の哨戒機が韓国海軍艦艇に対し「威嚇飛行」を行い、高度約60-70メートルまで接近した」とする声明を発表。更に、「韓国の忍耐し節制した対応にもかかわらず、日本は今月18、22日にも韓国艦艇に低空威嚇飛行をした」と主張。対して日本側は「高度150メートル以上を確保していた」と主張する。
世界経済フォーラムが開催されている
ダボスで河野太郎・
康京和両外相が会談。報道陣の前で康は「大変閉口し、遺憾に思っている」と抗議し、対して河野が「韓国側の発表は遺憾だ」と応酬するとともに「冷静かつ適切な対応を求める」と述べた。
国防部国際政策次長の李倞九(イ・ギョング)陸軍准将は、海上自衛隊の哨戒機が韓国海軍の艦艇に低空威嚇飛行を行ったと発表し、
在大韓民国日本国大使館防衛駐在官の永島透1等陸佐・渡邉達也1等海佐を呼んで抗議した。
国防部が、今回日本の哨戒機による低高度での近接飛行を脅威になるものとして、軍が艦艇のすべての探知装備と武器システムを活用する方向で新たな対応行動指針を策定したとする。この指針には、警告通信に続き、射撃統制レーダー(STIR-180)の稼働、最悪の場合、武器システムも動員するという内容が含まれているという。緊迫した状況を前提とするため、艦長の権限で行われ、指揮部には事後報告でもよいとされる。国防部は、この対応行動指針の内容を「自衛権的措置」としたという。
・1月24日 - 国防部が、前日に飛行した自衛隊哨戒機を撮影した画像5枚を公開する
。
・1月26日 -
鄭景斗国防部長官は
釜山における
海軍作戦司令部を訪問した際に威嚇飛行を取り上げた上で、「日本は威嚇を認めるどころか、韓国海軍によるレーダー照射を主張し韓国側に謝罪を求めている。これは友好国に対する非常識な言動だ」と非難した。
・2月 - この頃韓国軍では「日哨戒機対応指針」という日本の哨戒機に対する新たな対処方針を通達している。1月に出された「第三国航空機対応指針」と異なり、日本の軍用機に対しては5段階で対処するように定め、2次警告通信にも応じず近距離を飛行した場合、「追跡レーダー照射」で対抗するように規定している。この方針は青瓦台安保室が主導して軍の案より強硬に作ったものであり、現場では「日航空機対応指針」は事実上有名無実だったとされる。
・2月4日 -
北朝鮮の韓国向け宣伝サイト「
わが民族同士」が本件を取り上げ、「朝鮮半島の平和の雰囲気を壊してわが民族への再侵略野望を実現しようとする日本反動らの凶悪な計略が明るみに出た」などと日本を非難すると共に韓国に共闘を呼びかけた。
・6月1日 - 非公式の日韓防衛相会談が
シンガポールで開催された
アジア安全保障会議の場を利用して行われたが、韓国の
鄭景斗国防相は改めてレーダー照射問題を事実無根であると主張した。
2021年
・7月13日 - 国防部は、日本が防衛白書において竹島の領有権を重ねて主張したことについて、在韓日本大使館の国防関係者を呼んで抗議した。国防部はまた、この席で「私たちの艦艇が日本の哨戒機のレーダーを照射したという一方的な主張を繰り返し、2018年の大韓民国海軍国際観艦式に対する海上自衛隊艦艇不参加の責任を韓国側に転嫁するなど否定的技術を継続していることにも深い遺憾を表し、これらの内容の即時是正を強く要求した」と説明した。
2022年
・7月-朝鮮日報にて、イ・ヨンジュン元韓国外交部北核大使(韓国外務省北朝鮮核大使)は、本事件を「北朝鮮の漁船一隻のために韓国海軍が自衛隊と対峙したありえない事件」とし、政権交代後に「国家による国民に対する犯罪行為」と問題視された文在寅政権による北朝鮮への
脱北漁民強制送還事件・
韓国公務員殺害事件と共に、政権による職権乱用であると報道している。
・8月 - 「
国民の力」の
申源湜議員(元合同参謀本部次長)の質問により、
文在寅政権において、日本の海上
哨戒機に対して、韓国の現場指揮官が、
火器管制用の
追跡レーダーを照射する(この行為は、それに続く、艦砲やミサイル攻撃の意志を伝える)など「積極的に対応するよう」韓国海軍に指示をする「日哨戒機対応指針」が確認されたと報じられた。この指針は、韓国の
防空識別圏(KADIZ)を無断進入する中国や、領空を侵犯したロシアには適用されず、日本の航空機だけを対象としたものであり、
公海上で唯一、日本との
交戦だけは辞さないという趣旨となるものだった。キム・ジンヒョン前合同参謀本部戦略部長(予備役海軍少将)は、日本とは
安全保障分野では協力する関係だとして「日本が攻撃する可能性が高くないにもかかわらず、指揮部が曖昧な命令で艦長に軍事的衝突を起こしかねない行動を委ねたのはやり過ぎ」と指摘した。また、イ・キボム
延世大学法学専門大学院教授は「国家が
自衛権を行使できるのは当然だが、自衛権行使に先立ち外交的関係も考慮しなければならない」と指摘した。申源湜によると、国防部はこの指針の破棄を検討していると述べている。
・11月17日 - 韓国国防部の定例会見にて、ムン・ホンシク副報道官がレーダー照射を改めて否定する。
田母神発言
2018年12月21日元航空幕僚長だった田母神俊雄はツイッターで、「日本政府が韓国に抗議したという。全く危険ではない」「火器管制レーダーは近年フェーズドアレイ方式で常時ほぼ全周に電波を出し続けている。だから周辺にいる航空機などには電波照射が行われてしまう。
周辺にほかの航空機がいればそれらも電波照射を受けている」「韓国艦艇は海自の対潜哨戒機だけを狙って電波照射したのではないと思う。しかしミサイルが発射されるには艦艇内の複数部署で同時に安全装置を外す必要がある。
だから火器管制レーダーの電波照射が即危険だということにはならない。」「戦時であれば直ちにチャフやフレアをまいてロックオンを外そうとする。平時は突然ミサイルが飛んでくることはないから大騒ぎしなくてよい」と書き込んだ。
この反響は大きく、田母神の下には批判が殺到し、「私は韓国を弁護しているわけではない」とツイッターで釈明、
12月23日には「詳しく話すと自衛隊や日本政府に迷惑をかける(中略)これ以上は言わない」と後退、しかし「今回ぐらいのことは世界中の軍が日常的にやっていることであり、電波照射をしてもミサイルが直ちに飛んでいかないような安全装置もかけられている」とした。
軍事評論家の田岡俊次も「火器管制用のレーダーの照射を受けても、相手の艦がミサイルを発射機に装填していないとか、垂直発射機のフタを開けていなければ『引き金を引く寸前』ではない」とする。
なお、日本・韓国ともに合意している「海上衝突回避規範」の2.8.1(a)によれば、火器管制レーダー等で模擬攻撃をすることは禁止されている(米軍戦闘機も、かつてしばしば民間機に急追接近し離脱するといった、訓練のために民間機を敵機に見立てた模擬攻撃とみられる行動をとっていた。)。しかし、実際に警告の必要があると判断した場合や自身が不安を感じていることの注意喚起のために、レーダー照射をすることまでは明文では禁止されていない
竹島問題
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竹島問題とは、
日本領
隠岐諸島と
韓国領
鬱陵島との間に位置する島嶼(日本名:
竹島、韓国名:独島。順不同)をめぐる日韓両国間の
国際紛争である
。竹島が日本の
領土であることを主張する
日本国政府は同島の領有権をめぐる
紛争の存在を認めているのに対して、韓国の領土であることを主張する韓国政府は同島をめぐる領有権紛争は存在していないとの立場をとっている。この点について専門家の間では、日本の領土であるとする論者だけでなく韓国の領土であるとする論者も、竹島の領有権をめぐる日韓両国間の紛争が存在するとしている。
概要
第二次世界大戦後、日本の領域は
1952年発効の
サンフランシスコ平和条約より定められた。これに先立ち、同条約の発効によって
マッカーサー・ラインが無効化されることを見越した韓国の
李承晩大統領は
李承晩ラインを設定し、竹島を韓国領として韓国側水域に含めた。その後、
1965年に締結された
日韓基本条約で李承晩ラインは廃止されるが、現在に至るまで韓国は竹島の実効支配を継続している。日本側は毎年韓国に「不法な支配である」との
口上書を提出し、また
国際司法裁判所での司法解決の提案をしているが、韓国側はこれを拒否している。
竹島(韓国名:独島)は、現在も日本・韓国双方が「歴史的にも国際法的にも自国の領土である」と主張し、
北朝鮮も韓国の主張を支持している。日本は戦後一貫して韓国に対し抗議しているが、韓国は「日本との間に領土問題は存在しない」という立場を崩していない。
日本の行政区画では「
島根県 隠岐郡 隠岐の島町」、韓国での行政区画では「
慶尚北道 鬱陵郡 鬱陵邑 独島里」とされている。
双方の主張
外務省ホームページなどによれば、日韓双方の主張の相違点の概略は以下の通りである。
日本の主張の概略(詳細は
争点の項を参照)
日本側の主張によれば、現在の竹島は
江戸時代には既に
日本人によって幕府公認の下で鬱陵島に渡る際の航行の目標及び船がかり(停泊地)や
アシカや
アワビなどの漁猟として利用されていた。その後、
明治政府は1905年1月の閣議決定で
無主地であった現在の竹島を島根県隠岐島司の所管としたとしている。
韓国側が領有の根拠としている古文献や古地図に登場する「于山島」については、これが現在の竹島だとする主張は事実にそぐわず、根拠がないとしている。他方、日本側が現在の竹島の存在を古くから認知していたことは数多くの文献や地図から確認できるとしている(詳しくは
于山島を参照)。
また、1952年に韓国が設定した李承晩ラインは一方的なものであり、加えて、その後李承晩ラインが日韓基本条約によって廃止されたにもかかわらず韓国が
警備隊を常駐させ竹島を占領し続けていることに国際法上何ら根拠がないと主張している。また、日本側が平和的解決を求め国際司法裁判所に付託することを何度も韓国側へ提案するも応じていないことも問題視している。
日本の江戸時代の松島(現在の竹島)を示す地図
・日本では、江戸期に現在の竹島を「松島」、鬱陵島を「竹島」と呼んでいた。(「嶋」・「嶌」は「島」に同じ)
韓国・北朝鮮の主張の概略(詳細は「
#争点」を参照)
韓国側の主張によれば、現在の竹島(独島)は古代から于山島の名で知られている韓国の領土であり、
1696年には
朝鮮の
安龍福が現在の竹島から日本人を追い返し日本に渡り幕府に抗議した。その後、幕府は鬱陵島(当時の竹島)と現在の竹島(当時は松島)を放棄したと判断している(日本側は鬱陵島は放棄したが、竹島は放棄していないという立場を採っている)。また、
1877年に日本は太政官指令により鬱陵島と現在の竹島(松島)を日本の領土から除外しており、その後
1900年に
大韓帝国勅令第41号が官報に掲載され、竹島(独島)は
石島という名で鬱島郡(=現、鬱陵郡)の管轄となったとしている。日本側が領有の根拠のひとつにあげている1905年の竹島
編入については、日本の「韓国侵略」の過程で行われたものであり、無効であると主張している。
なお、「解放」後の韓国政府は、戦後処理のうち帰属財産問題と対日賠償請求に特に力点を置いており、
領土問題としては、竹島ではなく
長崎県対馬の「返還」を、しばしば日本に対して要求していた。
1948年1月23日、南朝鮮過渡立法委院委員60名が「対馬島返還要請願書」に署名して提出し、
2月17日の
韓国国会でも来たる
対日講和会議では対馬島「返還」の提案が立議された。李承晩大統領は、大韓民国政府樹立直後の1948年
8月17日の記者会見において「対馬は韓国領」との声明を発表し、
9月10日には大統領特使も
東京での会見で「対馬は韓国に帰属すべき」と発言した。
1949年年頭の記者会見でも李承晩は「対馬を返還すべき」として、対馬領有権を強く主張したが竹島への言及はなかった。竹島については、
米軍政期にあっても韓国の地図や文献には竹島は描かれておらず、この時期の地理の教科書や地図では韓国領土の東限を鬱陵島としており、竹島を領土外とする状態が長くつづいた。「独島」返還要求は、1948年
8月5日の憂国老人会という民間団体がGHQ最高司令官
ダグラス・マッカーサーに送った請願書の中で、対馬とともに「独島」と
波浪島という実在しない島の返還を求めたのが最初であった。
北朝鮮の立場
北朝鮮による領有権の主張は、もっぱら韓国による竹島の実効支配を支持するという形で行われている。北朝鮮は竹島が
軍事境界線以北に属するとは主張しておらず、
黄海における
北方限界線問題のような実効支配をめぐる南北間の対立は存在しない。
紛争の経緯
第二次世界大戦後、竹島を日本の
施政権から外していたマッカーサー・ラインは1952年
4月のサンフランシスコ条約発効と共に廃止されるが、その直前の
1月18日、李承晩が李承晩ラインを宣言し、韓国側水域に竹島を含ませた。日本政府は同月
28日に「
公海上の線引きに抗議するとともに、竹島に領土権を主張しているかのように見えるがそのような僭称または要求を認めない」との見解を示した。この時点では韓国の竹島に対する領土権の主張は不確実であったが、
2月12日に韓国は反論を提示。以降、両国間で竹島の領有権をめぐって文書を交換するようになった。
李承晩ラインは韓国が宣言したものであり、日本政府も
アメリカ政府もこれを
国際法上不当なものと抗議した。1952年
7月26日、サンフランシスコ条約発効と同時に
日米安全保障条約を発効させた日米両政府は、竹島を
アメリカ軍の訓練地として日本が提供することを約する協定を締結したが、竹島周辺海域で漁業を行っている日本人漁民から強い抗議を受けて爆撃演習場から除外をしている
[12]。韓国政府はこれをアメリカが竹島を韓国領土として認めて配慮をしたと解釈し、韓国側の竹島領有の根拠の一つとしている。
翌
1953年1月12日、韓国は李承晩ライン内に出漁した日本漁船の徹底
拿捕を指示し、同
2月4日には
第一大邦丸事件が発生、
済州島付近で操業中に漁撈長が韓国軍から銃撃を受け死亡した。
同
4月20日に韓国の
独島義勇守備隊が竹島を占領して以降、
韓国警察の警備隊が続けて駐屯している。
日本政府は当初より韓国側の不法占拠であるとの声明を出して抗議し続けているが、韓国政府は「李承晩平和線(李承晩ラインの韓国側での名称)は国際的先例のある韓国の主権行為であり、さらにこの問題は1965年の
漁業権交渉と請求権交渉ですでに解決済みであって、日本政府があたかもまだ解決されていないかのように宣伝するのは政治的プロパガンダである」との立場を取っている(なお、1965年の漁業権交渉と請求権交渉で領有権交渉については棚上げにされている)。
日本は、現在も領土問題は解決に至っていないと主張しているが、韓国側はやはり「そもそも独島に領土問題は存在しない」という立場を崩していない。(「
マッカーサー・ライン」および「
李承晩ライン」も参照)
竹島の漁業経済価値と排他的経済水域問題
竹島は険しい岩山で面積も狭く島自体から得られる利益はほとんど無いが、周囲の広大な
排他的経済水域 (EEZ) の漁業権や
海底資源の権利が存在する。現在この島のEEZ内で
石油などの海底資源は特に見つかっておらず、現在最も問題になっているのは漁業権である。竹島と周辺海域の経済価値は、1952年の日本の水産庁によれば130億円(
李ライン内)、
1974年の島根県漁連の算出では年間漁獲高は76億円
[15]、2010年の韓国の算出では年間11兆5842億ウォン(約8600億円)である
[16]。現在の
日韓漁業協定では竹島周辺海域に共同水域を設けているが、韓国側の違法操業が問題になっている。
当時の国際海洋法から見た李承晩ライン (詳細は「
李承晩ライン」を参照)
1952年の李承晩ラインの狙いは漁場としての利益であったともされ、韓国による
近海漁業の独占が目的であったとされる
[17]。1951年の国際法委員会草案では「いかなる場合にも、いかなる水域も漁業を行おうとする他国民を排除してはならない」と排他的独占権は認めておらず、また「管轄権は関税徴収や衛生目的のものであり、沿岸国が漁業を独占するための管轄権は認められない」とも記されている
[18]。
海洋法からみても違法である
[18]が、1952年1月の李承晩ライン設定に関して
1958年に制定された海洋法を適用することは法律の遡及に当たり無効という考えもある。このような漁業独占権宣言は、
1945年の
トルーマン宣言を曲解した、
アルゼンチン、
ペルーなど
南米諸国にも起こったが、トルーマン宣言の「水域は他国と合意された規程により統制管理される」とした内容にも反しており国際問題になっていた(
李承晩ライン#トルーマン宣言参照)。海洋法の制定された1958年以前は、抗議する日本に対し韓国は李承晩ラインを韓国の主権行為として反論している。
1956年4月13日、日本の
重光葵外相は、韓国の李承晩ラインを認めることはできないが、韓国に拿捕された漁民を救出するためには、韓国に寛大な姿勢を見せることも必要ではないかと発言している
[注 2]。
1958年以降、日韓会談においては漁業管轄権を国際海洋法の観点から否定する日本に対して韓国側は反論できなかったが
[18]、李承晩ラインは1965年の
日韓基本条約まで解消されることはなかった。
韓国軍による日本人漁民殺害と日本漁船拿捕
朝鮮戦争中の1952年1月18日に韓国の李承晩大統領によって海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)がひかれ、竹島が韓国の支配下にあると宣言した。1952年のこの宣言から1965年の日韓基本条約締結までに、
韓国軍は李承晩ライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷させ、3,929人を抑留した
[7]。1947年から1965年末までに日本人8人の死亡が確認されている
韓国側から日本の
海上保安庁 巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃された。
1953年1月12日、韓国政府が李承晩ライン内に出漁した日本漁船の徹底拿捕して以後、日本漁船の拿捕や銃撃事件が相次ぎ、日本の漁業従事者に死傷者が多数出る事態となった。同年2月4日には第一大邦丸事件が発生した。済州島付近で操業中の同船が韓国側に銃撃を受け、漁撈長の瀬戸重次郎が死亡した。
独島義勇守備隊と韓国警察の竹島上陸
1953年4月20日には韓国の民間組織独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯。
6月24日、日本の水産高校の船舶が独島義勇守備隊に拿捕される。
6月27日に日本の海上保安庁と島根県の9人が水産試験船で竹島に上陸し竹島調査を行い、『日本島根縣隠地郡五箇所村竹島・・・』と書かれた標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させた。すると、7月12日に竹島に上陸していた韓国の独島守備隊が日本の海上保安庁巡視船「へくら」に90mの距離から
機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる。
1953年
10月15日、韓国の山岳界を代表する
韓国山岳会の有志会員らが
写真家を伴い、ソ・ドクギュ
大尉が指揮する
海軍905艇で竹島に渡った。上陸した山岳会調査隊の構成メンバーは、測地班、記録班、報道班など。彼等は、日本が建てた『日本島根縣隠地郡五箇所村竹島』の標識を引き抜いた。その後、
洪鍾仁(韓国山岳会会長、当時の
朝鮮日報主筆)は、彼等が持って来た石碑を設置した。この石碑には、表面に「독도」「獨島」「LIANCOURT」(正式
フランス語名称は“Rochers de Liancourt”)、裏面に「한국산악회(韓国山岳会)」「KOREA」「ALPINE ASSOCIATION」「15th
AUG 1952」等と刻まれている。
以後、韓国は鬱陵島の警察官約40名を竹島に常駐させており、日本の艦船の接近を認めていない。また独島の西島には韓国人夫婦が定住している。竹島は毎年韓国軍による独島防衛訓練が行われている。
日本政府はこの韓国による竹島実効支配に抗議しているが、韓国側は独島は韓国固有の領土であるとして「
内政干渉」であると言い張っている。
なお当時韓国には拿捕の法的根拠である漁業資源保護法は施行されておらず、日本漁船拿捕は国際法また韓国国内法においても非合法的な行為であった。この韓国の行為に対して日本の
水産庁は「他国の類似事例とは比較にならないほど苛烈」と評した
。しかし、韓国側は1952年1月18日の大韓民国海洋主権宣言が拿捕の根拠であるとしている。
また、韓国李承晩体制下に行われた一連の行為を、
1960年、
駐日米国大使ダグラス・マッカーサー2世は、
アメリカ国務省への機密電文(
機密電文3470号)の中で「国際的な品行や道徳等の基本原理を無視した実力行使の
海賊行為」と表現し、「日本人は李承晩の占領主義的手法で苦しんでいる」と訴えている。
金鍾泌による竹島爆破提案
1962年10月の
大平正芳外相との会談で
金鍾泌中央情報部長は、国際司法裁判所への付託を拒否したが、米国務省外交文書集によれば、金鍾泌は日本側に竹島問題の解決策として竹島破壊を提案していた
[27]。金鍾泌は、東京での
池田勇人首相および大平外相との会談後、訪米。1962年
10月29日の
ディーン・ラスク国務長官との会談において、ラスクが「竹島は何に使われているのか」と問うたところ、金鍾泌は「
カモメが糞をしているだけ」と答え、竹島破壊案を自分が日本側に提案したと明かした
。
のちに韓国国内で「独島爆破提案説」が問題視された際、金鍾泌は「日本には絶対に独島を渡すことはできないという意思の表現だった」と弁明している。また
2010年の
朝鮮日報の取材に対して金鍾泌は「国際司法裁判所で日本のものだという
判決が出ても、すべてを爆破してなくしてしまってでも、あなたたちの手に渡すつもりはない」と激高して発言したと回想しているが、これは米国務省外交文書集「東北アジア1961-1963」収録関連会談記録の様子とは趣が異なる。
竹島密約
日韓基本条約締結おける障害の一つであった竹島問題に関し、韓国の雑誌「月刊中央」
2007年4月号で、日韓基本条約締結5ヶ月前の1965年1月11日に、日本の
河野一郎建設相の特命を受けた
宇野宗佑衆議院議員が、ソウルで朴健碩汎洋商船会長の自宅で
丁一権首相に会い、「未解決の解決」を大原則に全4項からなる竹島付属条項に合意していたとした。その密約は翌日の1月12日に
朴正煕大統領の裁可を受け、宇野は13日に河野大臣を通じ
佐藤栄作首相に伝えたとしている。
「月刊中央」の客員編集委員だったロー・ダニエルは金鍾泌の兄で銀行家の金鍾洛に対するインタビュー取材をおこなったが、そのなかで金鍾洛は韓国と日本が竹島問題を「今後解決すべきものとしてひとまず解決と見なす」というアイデアは自分が出したと述べたうえで「こうして独島密約は結ばれ、当時の朴正煕軍事政府は韓国が
韓半島の唯一の合法政府という明言を日本から受けること、経済開発に必要な経済協力資金の確保という2つの問題をともに解決したことになった」と明らかにした
。
竹島密約は「解決せざるをもって、解決したとみなす。従って、条約では触れない」という2文を中心に、
・独島(竹島)は今後、韓日両国ともに自国の領土と主張することを認め、同時にこれに反論することに異議を提起しない。
・将来、漁業区域を設定する場合、両国が独島(竹島)を自国領土とする線を画定し、2線が重複する部分は共同水域とする。
・現在韓国が占拠した現状を維持する。 しかし警備員を増強したり新しい施設の建築や増築はしない。
両国はこの合意をずっと守っていく。
という4つの付属条項を付けていたとしている
。こうした密約が実際にあったかどうかについては、今後の歴史学者の研究に委ねられるとしても、国交正常化当初は、両国ともこの密約にしたがうような穏やかな立場からの相互の見解表明より日韓関係が開始していたことは事実である。しかし、
1993年に成立した
金泳三政権時代以降の韓国では、竹島問題をめぐる感情的な対日批判が先鋭化するようになり、また、同政権が竹島に新たに接岸施設を建設したことで、(密約があったとしても)付帯条項3.の約束は明白に破られたことになる。
2007年3月20日、
塩崎恭久官房長官はこのことについて「政府としてはそのような密約があるとは承知していない」と否定した。
日韓基本条約と日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文
1965年の日韓基本条約調印によって李承晩ラインが正式に廃止されたが、竹島の領有権に関しては日韓双方譲らないため、紛争処理事項として棚上げされた。
また、日韓基本条約締結に伴い「
日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文」が取り交わされた。そこには
外務部長官
李東元署名による韓国側書簡として
この公文には竹島、または独島という名称は記載されず、一般的な「紛争」についてだけ記載された。竹島問題は李承晩の海洋宣言以来の紛争事項であるが、韓国側は竹島・独島は紛争事項ではないという立場をとっている。
なお、日本側は日韓国交正常化に至る1951年から1965年までの外交交渉文書の開示を拒み続けている。この文書には竹島問題について日韓双方の発言や、
昭和天皇と韓国高官とのやりとりなどが含まれているという
。
日韓漁業協定以
1965年の旧日韓漁業協定では竹島問題については棚上げされた。
1980年前後には韓国漁船が
山陰沿岸および
北海道近海にまで出漁(
密漁)し、日本の漁業者と係争が起こった。島根県の
シイラ漁漁船は35統から8統にまで激減する
。
1996年に日韓両国は
国連海洋法条約を批准。それに基づき新日韓漁業協定の締結交渉が開始され、両国の中間線を基準に
暫定水域を設定、この海域において双方の漁獲が制限付きで認められた。日本側の配慮により日本が大幅に譲歩した暫定水域は、日韓共同で利用する協定であった。しかし、その後も韓国漁船が漁場を独占し、日本漁船が操業できない状態が続いている。さらに韓国漁船は日本側の排他的経済水域(EEZ)にまで侵入するなど不法な漁業行為を行い、また竹島の周辺海域では韓国軍が頻繁に監視を続けている。また、竹島近海の海底地名の命名、および海底地下資源に関する調査活動を巡り、EEZ問題が再燃、EEZ確定交渉が再開されたものの、平行線を辿っている。
争点
竹島を巡る争点には次のようなものがある。 ・・・誰が最初に
発見し、
実効支配をしたか・・・島の同定(于山島、鬱陵島、
竹嶼、竹島、松島、石島、
観音島ほか)
・・・1905年の日本による竹島編入の有効性・・・戦後の GHQ による竹島処分の解釈・・・1952年の韓国による軍事占拠(李承晩ライン問題も含む)
竹島の領土権
国際判例に照らすと、以下の通り。
日本の領土権原(日本側の主張による)
歴史的な権原において江戸幕府は現在の竹島を領土と見なしており、日本に
領域権原が存する。ただし、歴史的な権原は近代的な権原に置き換えられる方が好ましい。
韓国の領土権原(日本側の主張による)
17世紀末に民間の
朝鮮人(安龍福)が、日本における「竹島(
鬱陵島)・松島(現在の竹島)」の呼称を朝鮮の「鬱陵島・于山島」に当てはめ、松島は于山島であるという認識を持ったとしても(以来、朝鮮文献に松島=于山と記述)、朝鮮人の言う于山島と日本人の言う松島は朝鮮の地図を見る限り明らかに一致していない。
18世紀以降朝鮮の官撰史書等に松島=于山と記載されているが、朝鮮は現在の竹島への実地の知見や訪問記録がない(于山島が別の島竹嶼を示す史料が多くある)。
1900年に大韓帝国が勅令で「石島 (韓国)」を鬱陵島の行政管轄権に入れており、韓国は石島を独島(現在の竹島)と主張するが、その根拠がない。
したがって韓国には歴史的な権原というべきものがない。
(いずれも一国の領土権の確立に不充分で、無主地の要件は満たされる。なお、日本が
日露戦争中に独島を侵奪したという韓国側の反論があるが、奪ったという議論は、竹島が韓国の領土であったことが証明されない限り成り立たない。)
最初の発見
発見は未完の
権原とされ、相当の期間内に植民地を設置するなどといった活動によって確定的な権原としたり、
占領の意思が継続していることを示すのでなければ領有とは言えない
決定的期日 (「
決定的期日」も参照)
他国の抗議等により紛争が顕在化した日(決定的期日)以降の法的立場の改善を目的とした活動は、領有権の根拠になり得ないとされている。
国際裁判所によってこの決定的期日が設定されると、特殊な事情が存在しない限り決定的期日以前に存在した事実のみ
証拠能力が認められることとなり、決定的期日以降に当事国が自国の立場を有利にするために行った活動は証拠として認められないこととなる
。竹島問題の決定的期日が具体的にいつの時点であるかについて学説は一致していないが、下記表の時点が決定的期日の候補として挙げられている。
近年の国際司法裁判所の判例では、国際司法裁判所は紛争発生時を決定的期日として設定する傾向がある
。この傾向にならえば、李承晩ライン設定に対して日本が韓国に抗議を行った1952年1月28日が決定的期日として設定される可能性が高いと言える。しかし決定的期日が設定されなかったり、将来紛争が国際司法裁判所に付託される未来の時点に決定的期日が設定される可能性も完全に否定できるわけではない
。例えば
マンキエ・エクレオ諸島事件の
国際司法裁判所判決では決定的期日が設定されなかったとの指摘も一部には存在する。そうした場合には、韓国が竹島を半世紀以上にわたり占拠してきた事実や、それに対して日本が抗議し続けてきた事実も証拠として考慮されうることとなる。
日本による竹島編入の有効性
日本政府は、竹島であしか漁を営む国民個人からの領土編入貸下願を契機に、1905年1月28日閣議決定をもって島根県への編入を決定し、同年2月22日、島根県知事
松永武吉により告示された。同5月、松永知事は、竹島を官有地台帳に登録し、同6月あしか漁許可、翌
1906年3月に県は実地調査も行う。同7月以降漁業者に貸し付けて歳々官有地使用料を徴収。
日本の竹島編入措置は、国際法のいう先占によった。先占の要件は、対象地が無主地であること、国家の領有意思をもってする実効占有である。
- 閣議決定文
北緯37度9分30秒...ニ在ル無人島ハ他国ニ於テ之ヲ占領シタリト認ムヘキ形跡ナク......明治36年以来中井養三郎ナル者カ該島ニ移住シ漁業ニ従事セルコトハ関係書類ニ依リ明ナル所ナレハ国際法上占領ノ事実アルモノト認メ之ヲ本邦所属トシ...
- 無主地
無主地という点については、
- 1) 17世紀末に民間の朝鮮人(安龍福)が個人的な地理認識を持ったとしても、朝鮮政府は実地の知見すらなく、また于山島を竹嶼と示す資料などもあり、資料的かつ歴史的な領土認識においても、不確証である。韓国にはそもそも歴史的な権原というべきものの存在が推定の範囲を出ない。
- 2) 1900年に大韓帝国が勅令で「石島」を鬱陵島の行政管轄権に入れており、韓国は石島が今日の竹島と主張するが、石島が現在の竹島である明確な証拠は何もない。
- これらはいずれも領土権の確立に充分とは言えず、無主地の要件は満たされる。
- 国家の領有意志
日本の領有意思は、閣議決定、県知事告示(新聞でも報道)、先占以降の主権者としての行為により明示される。
- 実効占有
実効的な占有については、国家は私人の行為の追認をもって国家占有とできるので、日本は閣議決定で追認を行い、かつ国有地台帳への登載、あしか漁業許可、 国有地使用料の継続徴収など国家占有の行為があり、「国家権能の平穏かつ継続した表示」を継続していた。(なお韓国による軍事占領は「国家権能の平穏かつ継続した表示」には当たらない)以上、伝統的な領土取得方法としての「先占」の要件が具備されたほか、1905年の日本による竹島編入について、韓国側は「法的に不十分な手続きで、秘密裏に行われたもので非合法」とするが、当時の国際法から見ても、また先占の要件を満たしていることからも十分に合法であり、また「秘密裡」という表現は当時の告示と報道からしても当たらない。なお、判例においては「秘密裏に実効支配をすることはできない」とされており、特定の編入手続きではなくその実効性が争点となる。
- 通知義務
実効性以外に通知の手続きを要するとの主張がなされることがあるが、パルマス、クリッパートンの判例において通知義務は否定され、通知義務を支持する国際法学者もごく少数である。
1877年に陸軍や1882年に地理省が制作した『大日本全圖』には、二つの島は日本領から除かれている。
終戦後 サンフランシスコ平和条約締結までの竹島の扱い
GHQ677・1033号覚
GHQ の「連合国軍最高司令官総司令部覚書」677号 (Supreme Command for Allied Powers Instruction Note No.677) 「若干の外郭地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」では、日本の領土は北海道・本州・九州・四国およびその隣接する島々とされ、鬱陵島や済州島などを除外するとした。その除外される島のリストに彼らが Liancourt Rocks と呼んでいた竹島が含まれていた。
また、同1033号「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」でも、日本漁船の活動可能領域(これを「マッカーサー・ライン」という)からも竹島は除外されている。韓国はこれらを根拠に、李承晩ラインを制定して日本漁船を排除する線を引き、ライン内部に立ち入った日本漁船に対して拿捕・銃撃を行ったとその正当性を主張している。
シーボルド勧告
1947年3月19日版のサンフランシスコ平和条約草案では「日本は済州島、巨文島、鬱陵島、及び、竹島を放棄すること」と記載があったが、1949年11月14日のウィリアム・ジョセフ・シーボルド駐日政治顧問による竹島再考勧告において、日本側の主張が正当であるとし竹島の記載は削除された。その次の草案では竹島は連合国の合意として再び日本が放棄する島々となったが、その後1951年の最終版まで、竹島を日本が放棄する島々より削除している。そして竹島は韓国領土条項から削除された。
ラスク書
1951年、韓国政府はアメリカ政府へ、竹島と波浪島(実在しない島)を日本の放棄領土とすることを要望するが、同年(昭和26年)8月10日、アメリカ政府は、国務次官補ディーン・ラスクより、竹島は日本領であることを韓国政府に最終的な回答として提示した。しかし、翌1952年1月18日に韓国が李承晩ラインを宣言した。
日本政府はこのラスク書簡によって「竹島は日本の領土」というアメリカ政府の意向が韓国政府に示されたと解釈している。
As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office of Shimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea.
(独島、もしくは、竹島、または、リアンクール岩として知られている無人の島については、我々の情報によれば、かつて韓国の一部として扱われたことはなく、1905年頃から日本の島根県隠岐島庁の管轄下にありました。この島について韓国によりこれまで領土主張されたことはありません。)
—1951年8月10日アメリカ合衆国元国務次官補ディーン・ラスク(ラスク書簡抜粋)
その他交文書
1951年5月にイギリスとオランダが行ったサンフランシスコ平和条約作成についての会合の中で、竹島を日本領とするアメリカの提案に同意した事を示す公文書や、同年7月にオーストラリア外務省が釜山駐在の外交官に宛てた電報が存在する。
サンフランシスコ平和条約締
1951年に締結されたサンフランシスコ平和条約の第2条(a)項において、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とあり竹島を日本の放棄する島から除外している。
サンフランシスコ平和条約締結後
ラスク書簡の再通知
サンフランシスコ平和条約後、日米安保条約に基づく行政協定において1952年7月に竹島を爆撃演習地とすることが日米間で合意されたが、日米に無断で竹島へ調査をしていた韓国人が爆撃に遭遇し韓国政府がアメリカに抗議を行った。韓国の抗議書簡において「韓国領の独島」とされていたことに対して、1952年12月4日に釜山のアメリカ大使館は「アメリカの竹島の地位に関する認識はラスク書簡の通りである」と韓国外務部に再度通知を行った。しかし、1955年に韓国外務部が作成した「獨島問題概論」では、このラスク書簡に触れた部分を「etc.」で省略したアメリカ大使館の書簡を掲載したことが確認されている。また、韓国の国際法学者である金明基は、この韓国政府によって隠滅されたアメリカ大使館の書簡によってアメリカの意思が「独島は韓国の領土」と変更されたものとし、ラスク書簡が無効との論拠としている。
ターナー覚書
東京領事ウィリアム・テイラー・ターナーは、1953年11月30日付けで「リアンクール論争に関するメモランダム」を本省に提出した。ターナーはこの覚書でまず、ポツダム宣言とラスク書簡をもとに竹島問題にアメリカが不可避的にかかわるべき、というアリソン大使の態度に反対し、この問題に介入すれば「敗者側に永遠の憤りをもたらすだけにおわる干渉」(which
could only create lasting resentment on the part of the loser) となるので、不介入で中立政策を採るアメリカ政府の立場を支持する。ターナーによればこの件は、ソ連が占領した色丹島問題と似ている。アメリカは「色丹島が日本の主権に属する」と公式に声明したが、日本はアメリカに対して安保条約に基づく武力行使を要請してこなかった。したがって竹島問題についても、日本人が安保条約を呼び出すのではないかと過度に不安になる必要はない。ただし、「遅かれ早かれ、日本人はラスク書簡について嗅ぎ付け (Sooner or later the Japanese will get wind of the Rusk letter)」、我々がそれを知らさなかったことに憤慨するであろうから、ここで手を打っておいたほうがいい、として以下の行動を提案する。それは韓国側にラスク書簡を示し、それが受け入れられないならば日本と和解するか、国際司法裁判所で解決することを勧める。そして衝突がこれ以上続くならば、ラスク書簡を公にしたうえで、この件の仲介から手を引く、というものである。
ヴァン・フリート特命報告
1954年、アメリカのドワイト・D・アイゼンハワー大統領の特命大使としてアジアを訪問したジェームズ・ヴァン・フリートの特命報告書には、「竹島が日本の領土であること、アメリカの紛争への不介入、国際司法裁判所への付託提案」について書かれ、非公式に韓国政府へ伝達したことが報告されており、竹島を日本領とするシーボルド勧告を追認している。
-
-
- 要旨
- 一方的な海洋主権宣言(李承晩ライン)は違法。
- アメリカ政府はサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領土であると結論している。
- この領土問題は国際司法裁判所を通じて解決されることが望まれる。
When the Treaty of Peace with Japan was being drafted, the Republic of Korea asserted its claims to Dokto but the United States concluded that they remained under Japanese sovereignty and the Island was not included among the Islands that Japan released from its ownership under the Peace Treaty. The Republic of Korea has been confidentially informed of the United States position regarding the islands but our position has not been made public. Though the United States considers that the islands are Japanese territory, we have declined to interfere in the dispute. Our position has been that the dispute might properly be referred to the International Court of Justice and this suggestion has been informally conveyed to the Republic of Korea. (日本との平和条約が起草されていたとき、韓国は独島の領有を主張したが、米国は同島は日本の主権下に残り、日本が放棄する島の中に含まれないと結論づけた。米国は内密に韓国に対し、同島は日本領だとする米国の見解を通知しているが、米国の見解はまだ公表されていない。米国は同島が日本の領土であると考えているが、紛争に干渉することは拒んでいる。我々の立場は紛争が適切に国際司法裁判所に付託されることであり、非公式に韓国に伝達している。)
—1954年(ヴァン・フリート特命報告書 抜粋)
マッカーサー2世による電
8年間続いた韓国の李承晩体制が終焉を迎えた1960年、次の政権に移行するときに当時駐日アメリカ大使であったダグラス・マッカーサー2世が、本国国務省に向けて日韓関係改善のためにアメリカが行うべき行為を機密電文で提言している。この電報には、明確に「日本の領土である竹島」を日本に返還させるよう韓国政府に圧力を加えるべきである、と記載されており、1960年当時でさえアメリカはラスク書簡当時と変わらぬ認識であったことが確認できる。同時に、李承晩の外交を「野蛮な人質外交」と非難し、(李承晩ラインによる拿捕によって)人質となった日本人漁民を解放させるように圧力をかけるべき、とも記されている。また、(李承晩後の)新体制になっても姿勢が変わらない場合は、最低限、この件を国際司法裁判所に付託し、仲裁を求めることに合意するよう主張すべきである、という提言も付されている。
- 要旨
- 韓国に違法に拿捕された日本人漁師の人質を全員解放させること。
- 日本の漁船を公海上で拿捕する行為をやめさせること。
- 韓国に人質外交 (hostage diplomacy) をやめさせること。
- 不法占拠された竹島を日本に返還させること。
- 竹島が日本に返還されるまで、日韓全体の和平が決着することはない。
国際法上における主権移転
国際法上、一時的な占領は主権の移転を意味せず、たとえ占領等により主権が著しく毀損されていたとしても元の保有国の同意がなければ、主権の移転は発生しない。主権の移転には、戦後の処置に関して連合国が竹島の放棄を日本に要求すると共に、日本が竹島の権原や主権の放棄に同意することが重要となる。
アメリカ合衆国の立場
ラスク書簡、ヴァン・フリート特命報告書などで示されている通り、アメリカは竹島は日本領であるとの立場を示していた。しかしながら、アメリカにとっては韓国も日本も同盟国であるため、この問題は国際司法裁判所での裁定や話し合いによって解決されるべきという立場であり、この問題に対する見解を表明することには消極的である。
国務省の外交公電によると、2006年4月にはジョン・トーマス・シーファー駐日大使が谷内正太郎外務事務次官と面談した際に竹島問題について言及し、日本を「国際法の許容範囲内で権利行使をしている」と擁護した[。また韓国を「非理性的に行動している」と非難した[71][72]。1952年10月に発行した海図において対馬は「Tsushima」と表記されている
2011年の日韓での竹島問題の再燃に際して、アメリカ国務省は8月2日、両国に自制を促し、 米国務省トナー(英語版)報道官は「リアンクール岩礁の主権について私たちは(特別な)立場を持っていない」ともした。
2014年、アメリカ国務省領事局は、韓国旅行情報ページからは竹島を消し去り、日本領土との姿勢を示した。同時に日本海についても韓国の主張する「東海」標記から「日本海」と改めた。
2015年は、アメリカ中央情報局(CIA)が作成する「ザ・ワールド・ファクトブック」は竹島をリアンクール岩礁の名称で、日本の地図に「1954年に韓国に占領されたリアンクール岩礁に対して韓国と日本が領有権を主張している」の説明と共に表記している(韓国の地図には、「独島」および「リアンクール岩礁」の表記はない)。
アメリカ地名委員会のウェブサイトの地名データベースでの登録情報では、Liancourt Rocksは「Geopolitical Entity Name」「First-Order
Administrative Division Name」の項目が「South Korea」となっている。
中国の立場
2010年4月15日、中国新聞社は「日本は済州島、巨文島、鬱陵島と含む朝鮮の一切を放棄した」とのサンフランシスコ条約における日本の放棄領を記した条文を紹介したうえで、武正公一外務副大臣の「同条約は日本が放棄する領土を定めているが、竹島は含まれていない」と指摘を掲載。条約締結時に韓国が条約中の日本の放棄領土に竹島を含めるよう要求したが、アメリカの拒絶で断念した経緯も説明した。中国メディアではそれまで、「独島(日本名は竹島)」と竹島を表記していたが、同記事中では「竹島」とのみ表記している。
平和的解決への模索
竹島領有権問題に関して、これまで日本政府は4度、国際司法裁判所 (ICJ) への付託を韓国側に提案してきたが、いずれも韓国は拒否し続けている。
- 日本政府は1954年9月25日に韓国に対し ICJ への付託を提案したが、紛争地域ではないという理由で韓国は拒否。
- 1962年3月に行われた日韓外相会談の際にも、日本の小坂善太郎外相が ICJ 付託を提案したが、韓国の崔徳新外務部長官は拒否した。
- 1962年11月に訪日した金鍾泌中央情報部長に対して、大平正芳外相が竹島問題を ICJ に委ねることを提案したが、これも拒否された。
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- (この時までの韓国は国際連合に加盟していなかったが、加盟していない国でも国際司法裁判所に付託することは可能であった。)
- 2012年8月21日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸したことから、日本はこれに反発して韓国に対し ICJ に合意付託すること及び日韓紛争解決交換公文に基づく調停を行う提案をしたが、同月30日、韓国政府より応じない旨を口上書で日本政府に回答した。
ICJへの付託は、義務的管轄権がない紛争の当事国が拒否すれば裁判を行うことができない。韓国はこの義務的管轄権を受諾しておらず、韓国政府が付託に同意しない限り竹島領有権紛争を ICJ で解決することはできない。しかし、裁判の手続きはできなくとも付託は当事国の一方のみでも可能であることから、この問題を世界に提起する意味で日本だけでも付託すべきだという考えもある。(現在まで日本は付託を一度も行っていない) これまでに領土問題を ICJ で解決した事例は世界で16件に上るため、日本政府は韓国に対し竹島の一方的な占拠をやめてICJによる平和的解決をするよう要望している(国際司法裁判所で解決した領土紛争を参照)。
日本による国際司法裁判所への最初の付託提案を、韓国側は1954年10月28日の公文で、以下のようにと述べている。
しかしながら、紛争の存否は、客観的判定または当事者間の合意によって決定されるのであり、紛争当事国の一方が「存在しない」と言えば紛争が無くなるわけではない。ICJ 判決でも国際領土紛争の存否は客観的に判断されるべきことが確認されている。