地震・噴火・事故-1



2021.02.22-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210222/k10012879961000.html
ニュージーランド地震から10年 追悼式典 現地や富山市で

  日本人28人を含む185人が死亡したニュージーランド南部の地震から22日で10年となり、現地で追悼式典が行われました。
  2011年2月22日、ニュージーランド南部で発生したマグニチュード6.3の地震では、クライストチャーチ中心部の語学学校が入ったビルの倒壊などにより、日本人28人を含む185人が死亡しました。
  発生から10年となる22日、クライストチャーチではアーダーン首相や家族を失った現地の人たちなどが参加して、追悼式典が行われました。
  式典では地震発生時刻の日本時間午前8時51分に黙とうがささげられたあと、犠牲者一人一人の名前が読み上げられました。

  そして、アーダーン首相が「10年は長い時間だが、多くの人にとってきのうのことのように感じられる。きょうは185人のことを思い出し、彼らの人生をたたえよう」と述べ、犠牲者を悼みました。
  式典には例年、日本人の犠牲者の遺族も参加していますが、新型コロナウイルスの影響で外国人の入国が原則禁止されていることから、ことしは参加が見送られました。
  式典でクライストチャーチのダルジール市長は「式典への参加を望んでいた日本人の遺族の皆さん、私たちは永遠につながっているし、離れていてもあなたたちのことを忘れない」と呼びかけました。
  この地震をめぐっては、倒壊したビルに構造上の重大な欠陥があったことが確認されていて、ダルジール市長は去年、日本を訪れて遺族に謝罪しました。
富山市で追悼式 娘亡くした堀田さん「娘と一緒にいる感覚で」
  
語学研修中の生徒12人が犠牲になった富山市の専門学校では追悼式が行われました。
  語学研修で訪れていた生徒12人が亡くなった富山市の富山外国語専門学校では追悼式が行われ、およそ100人が地震が起きた日本時間の午前8時51分に合わせて黙とうをささげ、献花台に花を手向けました。
  このあと、上田為久校長が「この10年間、私たちは一人一人異なる時間を刻んできましたが、共通するのは皆さんをあの日、突然失った深い悲しみです。皆さんが残してくれた本校への深い愛着と英語習得への強い思いは、皆さんが生きた証として確実に後輩たちに受け継がれています」と追悼のことばを述べました。
  ことしの追悼式は、新型コロナの感染拡大を防ぐため遺族や教職員、在校生に参列を限定して行われました。
  式典後、当時19歳だった娘の沙希さんを亡くした横田政司さんは「地震が発生した10年前のきょう8時51分に娘がどんな声を出したのかどう苦しんで亡くなったのか少しでもそれを和らげてあげたいと思って黙とうした。10年という節目を感じたことは全くない。いまでも街を歩いていると30歳になった娘の姿を探してしまう」と話しました。
  また、当時19歳だった娘のめぐみさんを亡くした堀田和夫さんは、新型コロナの影響で毎年欠かさず出席していた現地の式典への参列を断念しました。
  堀田さんは現地で購入したネクタイを身につけて出席したことを明かし「少しでも娘と一緒にいる感覚できょうは過ごしたい」と話しました。
加藤官房長官「ご遺族の気持ちに寄り添う」
  加藤官房長官は午前の記者会見で「政府を代表して改めて日本人を含む犠牲者の方々にご冥福をお祈りするとともに、ご遺族にお悔やみを申し上げたい」と述べました。
  そのうえで「ニュージーランド警察は関係者を不起訴とする旨をすでに公表しているが、損害賠償請求といった被害の責任をめぐる法的な論点はニュージーランド国内の法制度にしたがって判断されるものと考えている。日本政府としても今後ともご遺族の気持ちにしっかり寄り添っていく」と述べました。


2021.02.15-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/affairs/news/210215/afr2102150044-n1.html
東日本大震災「余震」なくなる? 気象庁検討

  東日本大震災の震源域周辺での地震をすべて「余震」と発表してきた運用の見直しを気象庁が検討していることが15日、政府関係者への取材で分かった。震災に直接起因する狭義の余震が減る一方、周辺では新たに発生する確率が高い大きな地震が複数想定されており、「余震だけに注目すると危険性の評価を誤る」などと疑問の声が上がっていた。
   震災以降、気象庁は震源域付近の約21万平方キロメートルの範囲で発生したすべての地震を余震として発表してきたが、震災と直接因果関係がない地震も含まれていた。
   筑波大の八木勇治教授(地震学)によると、巨大地震で生じる余震は(1)巨大地震に直接的に起因する地震(2)巨大地震が原因で生じた状況が誘発する地震(3)震源域周辺の地震-の3つに分かれる。
   震災は、陸側プレート(岩板)に太平洋プレートが潜り込むことで、プレートの間がこすれてひずみが生じ、それが破壊されたのが原因とみられている。
   (1)は、平成23年3月11日の揺れで破壊し尽くされずにプレート間に残っていたひずみが破壊されることで生じる地震のことで、一番厳密な意味での余震だ。
   (2)はプレートの間ではなく、それぞれのプレート内部にたまったひずみが破壊されることで生じる。震災後はそれぞれを東西に引っ張る力も生じてプレート内部にひずみが生じており、これが破壊される。
   (3)は震源域周辺の地震すべてで、(1)と(2)に加え、震災以外の原因で生じたひずみが破壊される地震も含む。
   今月13日の地震は太平洋プレート内部の地震だが、東西から押される力が働いた逆断層型。(2)に該当する可能性もあるが、八木教授は「巨大地震の影響だけでは説明できない」とする。
   震災の震源域付近の震度1以上の地震の数は、平成23年3月にそれまでの100倍超に急増後は減少し、今年1月は震災前の2倍未満に減っていた。八木教授によると(1)や(2)と明確に判断できる地震は最近はほとんど観測されていないといい、「この地域で発生する地震を余震として発表することはそろそろやめたほうがよいのではないか」としている。(荒船清太)


2021.02.15-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210215/k10012867731000.html
震度6強 けが人 155人 “激甚災害指定で調査開始” 菅首相

  各地の消防などによりますと、13日の地震では、これまでに東北と関東を合わせて155人がけがをしたということです。
  東北の各県などによりますと、13日深夜の地震でけがをした人は、▽福島県で83人 ▽宮城県で52人 ▽山形県で1人の合わせて136人で、いずれも命に別状はないということです。
   宮城県はけが人の数を14日の段階では55人としていましたが、精査した結果として訂正しました。いずれも命に別状はないということです。また住宅は、▽福島県で1410棟 ▽宮城県で186棟の合わせて1596棟が、一部損壊の被害を受けています。
関東甲信越で19人けが
  また各地の自治体などによりますと、13日の地震で関東甲信越では15日午後1時現在、▽栃木県で8人 ▽神奈川県と茨城県でそれぞれ3人 ▽千葉県と埼玉県でそれぞれ2人 ▽群馬県で1人の合わせて19人がけがをしたということです。
栃木・・・栃木県では、8人がけがをしました。このうち宇都宮市で30代と80代のいずれも女性2人が転んで軽いけがをしたほか、那須町で、女性1人が足に軽いすり傷を負いました。
  那須烏山市では90代の男性がベッドから落ちて、太ももをけがして、骨折の疑いがあるほか、80代の女性は、地震直後に自宅から屋外に出ようとしたところ転んで、足首と肩の関節を痛める軽いけがをしたということです。また、70代の男性が地震のあと停電がおきた際に、ブレーカーを戻そうとしたところ転倒し、太ももをけがして骨折の疑いがあるというです。
  栃木市では80代の男性が停電している自宅で転び腰の骨を折るけがをしたほか、70代の男性が地震直後に自宅から外に出ようとした際に転んで、額を打つ軽いけがをしたということです。
神奈川・・・神奈川県内では、これまでに3人のけが人が報告されています。県や横浜市によりますと横浜市戸塚区で80代の女性2人がそれぞれ自宅で転倒してけがをしたほか、横浜市港北区では、40代の男性が自宅で、階段から落ちて腰を打ったということです。県などによりますと3人はいずれも軽傷だということです。
茨城・・・茨城県では3人がけがをしました。県によりますと、震度4の揺れを観測した茨城県桜川市で、自宅にいた90代の男性の額に壁から落ちてきた額が当たり、出血したほか、同じく震度4の揺れを観測した龍ケ崎市でも、自宅にいた20代の女性が落ちてきた物で頭にけがをしたということです。
  また、震度5弱の揺れを観測した土浦市を管轄する消防本部によりますと、地震に驚いた20代の女性が呼吸が苦しいと訴え、病院に搬送されたということです。いずれも命に別状はないということです。
千葉・・・千葉県によりますと、震度4を観測した浦安市で50代の女性が地震に驚いて家の外に出ようとしたとろ、一時的に意識を失い、病院に搬送されました。その後、意識は回復し、大きなけがはないということです。
  また、震度3を観測した君津市で、80代の女性が地震に驚いて自宅で部屋の明かりをつけようとした際に転倒して足の付け根の骨を折る大けがをし、病院に運ばれて入院したということです。
埼玉・・・埼玉県によりますと、震度4を観測した東松山市で80代の女性が地震の際に階段から落ちて重傷だということです。また、震度3を観測した越谷市では70代の女性が自宅で階段から転落し、肩を打つ軽いけがをしたということです。
群馬・・・群馬県によりますと、渋川市で80代の女性が地震に驚いてベッドから落ち、頭を打つなどして軽いけがをしたということです。

菅首相 「激甚災害の指定で調査開始」
  菅総理大臣は、衆議院予算委員会で「激甚災害の指定は、公共土木施設や農地、中小企業などの被害状況を適切に把握する必要があることから、すでに調査を開始している。被害状況の把握を早急に行い、必要な対応はしっかり行っていきたい」と述べました。
加藤官房長官「受験生第一の立場で対応」
  加藤官房長官は、午前の記者会見で「今回の地震により、大学受験生の受験機会が奪われることがあってはならない。文部科学省から各大学に対し、個別選抜において、被災地域の受験生らの受験機会を確保する観点から、追試験の実施などの対応を要請している。文部科学省を中心に受験生第一の立場に立って対応していきたい」と述べました。
“防災相 16日に福島県の現地視察へ” 官房長官
  加藤官房長官は、午後の記者会見で「国会日程などの状況で変更はありえるが、あす、小此木防災担当大臣が福島県の現地視察を行う予定と聞いている」と述べました。


2021.02.15-産経新聞 THE SANKEI NEWS -https://www.sankei.com/affairs/news/210215/afr2102150025-n1.html
新幹線寸断で「陸の孤島」 高速バスや空港に客殺到
(1)
  福島、宮城両県で震度6強を観測した地震により東北新幹線の一部設備に被害が出た影響で、JR東日本は15日も那須塩原-盛岡間で運転を見合わせた。首都圏への「大動脈」が寸断されたことで、高速バスや空港には長蛇の列ができた。

  15日朝、福島県郡山市のJR郡山駅。新幹線改札口に向かうエスカレーターや階段の前には規制線が張られ、構内は閑散していた。対照的に、駅前のバスターミナルにはスーツケースを持ったサラリーマンらが高速バスに乗るため、バスターミナルに並んでいた。
  東京・新宿行きの高速バスを待っていた奈良市の男性会社員(66)は「新幹線が再開するのを待ったが、昨日帰れなかったのでバスを予約した」。
  出張で福島を訪れ、郡山市内のホテルで被災。新宿までバスで向かい、東海道新幹線などを利用して自宅に戻るといい、「あれだけ揺れたら仕方ないがまさかこうなるとは…」と困惑した様子だった。
  単身赴任先の仙台に向かうバスに並んでいた会社員、竹内孝さん(36)は週末に家族の暮らす郡山市に戻ってきたところで被災した。「新幹線だと仙台まで40分ぐらい。バスだと2時間ぐらいかかる」。郡山市から仙台まで新幹線通勤の人も多いといい「テレワークとかにしないと辛いのではないか。影響は大きい」と話した。
  大動脈が断たれた影響は、受験シーズン真っ盛りの受験生にも及ぶ。16日に東京都内で入試があるという郡山市の男子高校生(18)は、元々1泊2日の予定だったが入試後に乗れるバスがないため、滞在を1泊延ばしたという。「大変な状況だが頑張りたい」と気を引き締め、バスに乗り込んだ。
  東北新幹線の一部区間運休を受けて日本航空は、いわて花巻空港(岩手県花巻市)から羽田への臨時便を運行。15日には多くの人が空港を訪れた。
  盛岡市の根田真江(さなえ)さん(64)は、ドイツ在住で里帰りしていた娘(38)と、6歳と3歳の孫を見送った。「娘は15日に羽田からドイツに戻る予定だったが、新幹線が運休したため空路で名古屋まで行き、名古屋から新幹線を使う心づもりだった。羽田まで直行で行けるのでドイツへの便も変更せずに済んで助かる」と話した。
(2)
  一方、JR盛岡駅には、移動手段をなくして足止めを余儀なくされた客らが、不安そうな表情を浮かべて案内窓口に並ぶ姿もみられた。
  岩手県矢巾町に姉の結婚式のため帰省していた千葉県市川市のカフェ店員の男性(27)は「昨日帰る予定だったが、飛行機は料金が高く手持ちがないので断念した。盛岡駅に来れば何か情報があると思って来たが、まだ帰る手段が見つからない」と途方に暮れた。
  同県花巻市の老舗漬物店「金婚亭(きんこんてい)」に勤める男性(79)は、大宮駅で催事の予定があるため購入していた乗車券の払い戻しをした。結局、催事は新幹線復旧後に延期になったが、「どうにか東京に行きたい」と窓口で相談すると「仙台から東京までのバスがある。残り1席です」と案内されたという。「もし大宮へ行くことになっていたら、仙台までの足に悩むことになった」と話した。(石原颯、飯嶋彩希)


2021.02.15-朝日新聞-https://www.asahi.com/articles/ASP2H4J6GP2HPTIL00Y.html
和歌山市で震度4 M4・1、大阪・岬町も震度3

  15日午後1時28分ごろ、和歌山県北部を震源とする地震があり、和歌山市で震度4、大阪府岬町で震度3を観測した。気象庁によると震源の深さは約10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは4・1と推定される。


2021.02.14-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/
福島県 宮城県 震度6強(23:08)津波の被害の心配なし

  13日午後11時8分ごろ、福島県と宮城県で震度6強の揺れを観測する地震がありました。この地震で多少の潮位の変化があるかもしれませんが津波の被害の心配はありません。このあとも福島県沖で地震が相次いでいて、気象庁は、今後も強い揺れを伴う地震に注意するよう呼びかけています。
各地の震度震度6強を観測したのは、宮城県蔵王町、福島県の相馬市、国見町、新地町です。▽震度6弱を観測したのが、宮城県の石巻市、岩沼市、登米市、川崎町、亘理町、山元町、福島県の福島市、郡山市、須賀川市、南相馬市、伊達市、本宮市、桑折町、川俣町、天栄村、広野町、楢葉町、川内村、大熊町、双葉町、それに浪江町です。▽震度5強を宮城県の▽仙台市の青葉区、宮城野区、若林区、▽塩釜市、▽白石市、▽名取市、▽七ヶ浜町、福島県の▽いわき市▽白河市、▽二本松市、▽田村市、栃木県の▽高根沢町、▽那須町などとなっています。
震度5弱を福島県や宮城県、栃木県のほか、岩手県や山形県、茨城県、それに埼玉県の各地で観測しました。

  このほか、震度4から1の揺れを北海道から中国地方にかけての広い範囲で観測しました。気象庁の観測によりますと、震源地は福島県沖で震源の深さは60キロ、地震の規模を示すマグニチュードは7.1と推定されています。
  この地震のあとも、福島県沖を震源とする地震が相次いでいて、気象庁は、今後も強い揺れを伴う地震に注意するよう呼びかけています。
宮城県 福島県で震度6強以上は10年前の平成23年以来
  気象庁によりますと、宮城県で震度6強以上の揺れを観測するのは、10年前の平成23年(2011年)4月7日、宮城県沖を震源とするマグニチュード7.2の地震で震度6強の揺れを観測して以来です。
  また、福島県で震度6強以上の揺れを観測するのは、平成23年(2011年)3月の東日本大震災を引き起こした巨大地震の際に震度6強の揺れを観測して以来です。
  国内で震度6強以上の揺れを観測するのは、おととし(平成31年)6月、山形県沖を震源とするマグニチュード6.7の地震で新潟県村上市で震度6強の揺れを観測して以来です。
専門家「今後1週間程度は同程度の激しい揺れに注意が必要」
  今回の地震について、地震のメカニズムに詳しい、東京大学地震研究所の古村孝志教授は、「震源の場所やメカニズムからみてプレートの境界で起きた地震とみられる。比較的震源が深いため津波の被害の心配はないが、規模が大きく、広い範囲で強い揺れを引き起こしたとみられる。この領域では、以前から地震活動が活発な事に加え、東北沖の巨大地震の影響も残っている。今後1週間程度は同程度の激しい揺れに注意が必要だ」と話しています。


2020.01.01-Yahoo!Japanニュース(産経新聞)-https://news.yahoo.co.jp/articles/391c8f0a88ac653cbf495d6ea3658e9f34f465a5
東京利島村で震度4

  1日午前1時55分ごろ、東京都で震度4の地震があった。気象庁によると、震源地は新島・神津島近海で、震源の深さは約10キロ。地震の規模はマグニチュード(M)4・7と推定される。各地の震度は次の通り。
   震度4=東京利島村(東京)▽震度3=新島村(東京)▽震度2=伊豆大島町、三宅村(東京都)▽震度1=神津島村、御蔵島村(東京)



2020.12.28-WN ウエザーニュース-https://weathernews.jp/s/topics/202012/280015/
諏訪之瀬島に噴火速報 噴火警戒レベル3(入山規制)に引き上げ

  今日28日(月)2時56分、鹿児島県のトカラ列島にある諏訪之瀬島の噴火警戒レベルが、レベル2(火口周辺規制)からレベル3(入山規制)に引き上げられました。
  御岳(おたけ)火口から概ね2kmの範囲では、大きな噴石に警戒してください。
  諏訪之瀬島は国内随一の活発な火山で、ここ数百年間にわたり噴火が多発しています。特に今月は活動が活発で、21日から昨日27日15時までに382回(速報値)の爆発が発生していました。
  なお、2時48分頃の噴火について、気象庁は2時51分に噴火速報を発表しています。
火山活動の状況及び予報警報事項
  諏訪之瀬島の御岳火口では、本日(28日)02時48分に、大きな噴石を伴う噴火が発生しました。
  今後も火口周辺に影響を及ぼす噴火が発生する可能性がありますので、火口から概ね2kmの範囲では、大きな噴石に警戒してください。
▼対象市町村等・・・火口周辺警報:入山規制等: 鹿児島県十島村
防災上の警戒事項等
  御岳火口から概ね2kmの範囲では、噴火に伴う弾道を描いて飛散する大きな噴石に警戒してください。
  下側では、火山灰だけでなく小さな噴石が風に流されて降るおそれがあるため注意してください。
  発に伴う大きな空振によって窓ガラスが割れるなどのおそれがあるため注意してください。

**(参考:噴火警戒レベルの説明)**
レベル5(避難)】:危険な居住地域からの避難等が必要。
レベル4(避難準備)】:警戒が必要な居住地域での避難の準備、要配慮者の避難等が必要。
レベル3(入山規制)】:登山禁止や入山規制等危険な地域への立入規制等。状況に応じて要配慮者の避難準備等。
レベル2(火口周辺規制)】:火口周辺への立入規制等。
レベル1(活火山であることに留意)】:状況に応じて火口内への立入規制等。
(注:避難や規制の対象地域は、地域の状況や火山活動状況により異なる)


2020.11.22-YouTube-https://www.youtube.com/watch?v=QQMKJSyGvdk
茨城県沖でM5.8の地震 茨城県東海村で震度5弱 津波の心配なし

11月22日(日)19時06分頃、茨城県で最大震度5弱を観測する地震がありました。


2020.11.02-東京新聞 TOKYO WEB -https://www.tokyo-np.co.jp/article/65993
トルコ沖地震、救出相次ぐ 死者93人、「72時間」経過

  【イスタンブール共同】トルコ、ギリシャ沖のエーゲ海で発生した地震で、トルコ当局は2日、国内の死者は91人、負傷者は990人以上となったと発表した。死者はギリシャ側の2人と合わせて計93人。2日未明以降、倒壊現場では14歳の少女と3歳の女児の救出が相次いだ。救助活動が続く中、生存率が著しく下がるとされる「発生から72時間」が過ぎた。
  地元メディアによると、少女らが救出されたのは住宅倒壊の被害が集中したトルコ西部イズミル県バイラクルの別々の現場。14歳のイディル・シリンさんは2日未明、地震発生から約58時間ぶりに救出された。8歳の妹は遺体で見つかった。


2020.10.31- NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201030/k10012689531000.html
トルコとギリシャで26人死亡 エーゲ海震源M7.0の地震

  トルコとギリシャの間のエーゲ海で発生した地震と津波では、両国でこれまでに合わせて26人が死亡し、トルコの被災地では倒壊した建物の中に取り残された人の救助活動が夜を徹して続けられています。
  日本時間の30日夜、トルコ時間の30日午後、トルコとギリシャの間のエーゲ海を震源とするマグニチュード7.0の大きな地震が起き、津波も発生しました。
  トルコとギリシャの当局によりますと、これまでに合わせて26人の死亡が確認され812人がけがをしたということです。
  被害が大きいトルコ西部のイズミル県にはおよそ4000人の救助隊員らが入り、倒壊した建物の中に取り残された人たちの救助活動を夜を徹して行っています。
  地元テレビはこれまでにおよそ70人が助け出されたと伝えています。
  被災地では余震が続いていて、トルコ政府は、被害を受けた建物は倒壊するおそれがあるとして、立ち入らないよう、住民に呼びかけています。
トルコ西部のイズミル県とは
  地震で大きな被害が出ているトルコ西部のイズミル県は、エーゲ海の沿岸に位置し、イスタンブールとアンカラに次ぐ、トルコ第3の都市、イズミルを中心とする県です。
  イズミル県は、古くからヨーロッパ各国との玄関口として海運が発達し、その物流網を生かして食品や機械などの製造業が発展してきました。
  最近はヨーロッパや中東の市場を見据えて日本企業の進出もみられ、2015年に日本ハムが鶏肉の生産を手がける現地企業を買収したほか、2017年にはヤンマーが現地法人を設立し、建設機械や農業機械の販売を手がけています。
  また、イズミル県は観光地としても知られ、ローマ帝国時代の図書館や神殿の遺構で知られるエフェソスとペルガモンの古代遺跡は、いずれも世界文化遺産に登録されています。
トルコでの過去の地震被害
  トルコでは、これまでにも大きな被害が出る地震がたびたび起きています。
  1999年8月にはトルコ西部の都市、イズミットを震源とするマグニチュード7.4の大地震が起き、1万7000人以上が死亡、4万3000人を超す人がけがをしました。
  また、2011年10月には、イランの国境に近い東部のワン県の周辺で地震が起きて、600人以上が犠牲になっています。
  ことし1月にも東部でマグニチュード6.7の地震が起き、倒壊した建物の下敷きになるなどして40人余りが死亡しました。
地震メカニズムの専門家「トルコ沿岸部を中心に強い揺れか」
  ギリシャとトルコに挟まれた海域を震源とするマグニチュード7.0の地震について、地震のメカニズムに詳しい名古屋大学大学院の山岡耕春教授は「この地域は、ふだんから地震活動が活発だ。今回の地震は、プレート内部の浅い場所で引っ張られるような力が働いて発生した『正断層型』の地震だと考えられる」と話しています。
  そのうえで、「具体的な解析が進まないとわからないが、30キロから50キロの長さの断層がずれ動いた可能性があり、震源からの距離が近かったトルコの沿岸部を中心に強い揺れになったのではないか」と話しています。
津波の専門家「入り江が多く津波が高くなりやすい地形」
  トルコとギリシャの間のエーゲ海で発生した津波について現地周辺を調査したことがある津波の専門家は、「入り江が多く津波が高くなりやすい地形で、海岸沿いの低い土地にはリゾート地が多いため、津波の被害を受けやすい」と指摘しています。
  津波のメカニズムに詳しい東北大学の今村文彦教授は、今回の津波について、プレートの浅い場所が上下にずれ動いたことで海水が押し上げられて発生したとしています。
  そのうえで、「映像などを見ると震源に近いギリシャのサモス島の沿岸、特に入り江を中心に被害が出ているようで、1メートルから2メートルほどの津波が押し寄せたとみられる」としています。
  今村教授によると、エーゲ海周辺には小さな島や半島があり、いずれも入り江が多く津波が高くなりやすい地形となっているということです。
  さらに、海岸沿いの低い土地にはリゾート地が多く、レストランやホテル、別荘などが建ち並んでいて、1メートルほどの津波でも大きな被害を受けやすいリスクがあるとしています。
  3年前の2017年7月には、今回の震源から南に100キロほど離れた場所を震源とする地震でギリシャのコス島やトルコのボドルムで津波が発生し、被害が出たということです。
  今村教授は、「エーゲ海周辺はもともと地震が多い地域だ。特に震源が浅い場合には地震による揺れだけではなく、津波への警戒が必要だ」と話していました。


2020.6.25-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200625/k10012483191000.html
千葉県で震度5弱 気象庁「1週間ほど5弱程度注意」

  千葉県で震度5弱の揺れを観測した地震について、気象庁の加藤孝志地震津波監視課長は、午前6時50分から記者会見を開き、「揺れの強かった地域では落石や崖崩れなどが起こりやすくなっている可能性があるので、今後の地震活動や雨に十分な注意が必要だ。今後1週間ほどは最大震度5弱程度の地震に注意し、特に今後2、3日程度は強い揺れをもたらす地震が発生することが多くあるので注意してほしい」と呼びかけました。
  千葉県で震度5弱の揺れを観測した地震について気象庁は、観測データを詳しく解析した結果、地震の規模を示すマグニチュードを6.2から6.1に、震源の深さを30キロから36キロにそれぞれ修正しました。


2020.5.23-LiveDoor News(共同通信)-https://news.livedoor.com/article/detail/18303136/
緊急地震速報18年以来の月4回 最大震度4、被災・避難の想定を

最大震度が5弱以上と予想された際に発表される緊急地震速報が今月、関東などで4回発表された。1カ月に4回以上発表されるのは2018年10月以来。観測震度は最大4~3だったが、新型コロナウイルス感染への警戒が続く中、被災や避難生活を想定した備えの重要性が増している。

関東で速報が出た4~11日の3回の地震は震源地が千葉県の北東部と北西部、茨城県沖とそれぞれ離れ、直接の関連性はないとみられる。最大震度が3だった11日の茨城県沖の地震や飛騨の地震について、気象庁は「マグニチュードの推定がやや大きく、予想が過大だった」と説明。精度の向上に努めるという。


2020.4.22-日本経済新聞-https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58361400S0A420C2CR8000/
ダム事前放流は3日前開始 国指針、水不足の補填も

  国土交通省は22日、大雨に備え、ダムにためている発電や水道用の水を事前放流する際のガイドラインを定めた。どれほどの雨が降れば下流で洪水が起こるかをあらかじめ算出しておき、気象庁の予報雨量がその基準を上回る場合、3日前から放流を始めることを基本とした。
  予報より雨が少なく利用できる水が足りなくなった場合、火力発電を増やしたり、給水車を出動させたりするための費用を国が補填することも明記した。
多くのダムの空き容量を増やしておけば洪水予防に役立つため、政府は昨年の台風被害を踏まえ、国や自治体、電力会社などが管理するダムで事前放流を促進する方針を決めていた。
  大雨シーズンに備え、今後、ダムごとに最低限残しておく水量などを決める。国管理の河川では先行して利水関係者との協議が進んでおり、5月末までに全 国で事前放流に関する協定を水系ごとに整える。
  貯水量が不足した場合の補填は、ダム管理者が事前放流をためらうことがないようにするのが目的。ただ自治体が自ら管理する河川に設置しているダムは対象外になる。〔共同〕


2020.4.21-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://special.sankei.com/a/politics/article/20200421/0001.html
国内最大M9・3地震「発生切迫」 内閣府、想定外を排除

内閣府が公表した千島海溝などの巨大地震想定は、日本では東海地方から西日本に被害を及ぼす南海トラフ地震だけでなく、北海道や東北地方でもマグニチュード(M)9を超える巨大地震が切迫している現状を示し、警鐘を鳴らした。
  →<速報>北海道でM9・3、津波30メートル 内閣府、国内最大の地震想定
世界最大規模に迫る
  北海道沖の千島海溝では太平洋プレート(岩板)が陸側プレートの下に沈み込んでいる。蓄積したひずみが限界に達すると、断層が一挙にずれて陸側が跳ね上がり、巨大地震と津波が起きる。仕組みは日本海溝で起きた東日本大震災(M9・0)や南海トラフ巨大地震(M9・1)と同じだ。
  だが地震の規模は、観測史上国内最大だった大震災を上回るM9・3となり、世界最大の1960年のチリ地震(M9・5)に迫る巨大さだ。


2020.4.14-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200414/k10012385881000.html
熊本地震から4年 犠牲者追悼式 新型コロナで規模を縮小

震度7の揺れに2度にわたって襲われ、災害関連死を含めて275人が犠牲になった一連の熊本地震から14日で4年となります。熊本県庁では新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため規模を大幅に縮小して追悼式が行われました。
  追悼式は午前10時から県庁で始まり、新型コロナウイルスの感染を防ぐため参列者を例年の10分の1にあたる、およそ30人に減らし、遺族など全員がマスクをして黙とうをささげました。
  熊本県の蒲島知事は「今、私たちは新型コロナウイルスという大逆境のなかにあるが、熊本地震を通じてより深まった県民の絆と力強いパワーで必ず再生を成し遂げる」と述べました。
  このあと遺族を代表して、熊本県西原村の自宅が全壊し77歳だった父の政勝さんを亡くした内村勝紀さん(50)があいさつしました。
  内村さんは「悲しみのどん底に落ち、涙一滴すら出なくなりあぜんと過ごしていた時、地元の仲間から『お前が気張らにゃどがんすっとか』と背中を押す、あの一押しがなかったら一歩も前に進めませんでした」と当時を振り返りました。
  そのうえで、内村さんは「まだまだ復興への道は続きます。私たち家族のかけがえのない命を救ってくれた西原村の強い絆を未来に受け継いで行きたい」と復興に向けた決意を述べました。
  このあと、参列者が祭壇に花を手向けて犠牲者を悼み、ことしはおよそ30分で追悼式が終わりました。
熊本城で黙とう
熊本地震から4年となる14日、熊本城の二の丸広場にある休憩所では、午前10時のサイレンに休憩所の係員が犠牲者に黙とうをささげました。
  3年前から熊本城二の丸広場の休憩所につとめている女性は「私たちが小さい時から見てきた熊本城を、早く見たいという思いはみんな同じだと思う。新型コロナウイルスの影響で、今月末に予定されていた特別公開が延期になってしまいましたが、落ち着いたらきっと多くの人が来てくださると思うので、そのときにがっかりさせないようにお客様を迎えていきたい」と話していました。
  熊本地震で震度7の揺れを2度観測した熊本県益城町では、災害公営住宅の整備が終わり、ことし中に町内の18の仮設住宅が1か所に集約されることになっていて、14日も引っ越しをする人の姿が見られました。
  このうち、10月から解体される予定の県内最大の「テクノ仮設団地」では、自宅の再建や災害公営住宅への転居が進んで、一時は507世帯いた住民が先月末には140世帯まで減っています。現地では14日も災害公営住宅に引っ越す住民の姿が見られました。
  九郎丸アサ子さん(73)は益城町の賃貸アパートで被災し、その後、3年9か月にわたってこの仮設住宅で暮らしてきました。地震の経験を忘れないために、熊本地震から4年目の14日を引っ越しの日に選びました。
  すでに荷物の大半は災害公営住宅に運び終えていて、14日は同じ仮設住宅の人たちも手伝って、最後に残った冷蔵庫や洗濯機を運び出しました。表札も外して、災害公営住宅の新居に持って行きました。
  九郎丸さんは、この仮設住宅の集会所で毎週、支援団体が開く食事会で、みずからメニューを考えた手料理を食べてもらうのが生きがいだったと言います。
  九郎丸さんは「仮設に来たときは友達ができるだろうかと不安でしたが、みんなによくしてもらって家族のように楽しく過ごしました。さみしいですが、元気でいればまた会えると思って、新しいところでも隣近所の方に声をかけて交流できたらと思います」と話していました。
亡くなった大学生の両親は
  熊本地震で阿蘇大橋が崩落した際、近くを車で走行中で行方が分からなくなり、およそ4か月後に遺体で見つかった熊本県阿蘇市の大学生、大和晃さん(当時22)の両親は、遺影を抱いて追悼式に参列しました。
  追悼式のあと、父親の卓也さんは「4年がたって目に見える復興が進み、景色は変わっていくが、私たちの気持ちは変わっていない。建物などの復興が進む中で地震の記憶といった目に見えにくい部分を伝えていく大切さを式典で改めて感じたので、規模は縮小されたが参加できてよかった」と話していました。
  母親の忍さんは「亡くなったことの実感がいまだにわかず、晃がいない空白を埋めようと生きるので精いっぱいです。今は新型コロナウイルスで命を落とす人もいますが、皆さんには命の大切さについて考えてもらいたいです」と涙をぬぐいながら話していました。


2020.3.29-dmenu-(産経新聞)-https://topics.smt.docomo.ne.jp/topnews/nation/35/0704cb86a127a1bd3c6cd3e14a79cb65
〈独自〉北海道沖で津波28メートル予測 千島海溝地震で最大級 内閣府が初想定

北海道東部の太平洋沖で発生する津波予測を進めていた内閣府の有識者会議「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」が、最大約28メートルの津波が襲来し、市街地で最大14・5メートルの深さで浸水する可能性があるとの結果をまとめたことが29日、分かった。政府がこの地域で過去最大級の津波想定を出すのは初めて。内閣府は来年度から具体的な対策の検討に入る。


2020.3.13-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/lnews/kanazawa/20200313/3020004223.html
輪島市 震度5強 津波なし

13日午前2時18分ごろ、石川県能登地方を震源とする地震があり、輪島市で震度5強を観測したほか、石川県内の広い範囲で、震度5弱から1の揺れを観測しました。この地震による津波はなく、石川県によりますと午前11時現在でけが人の情報も入っていないということです。
-県内各地の震度です-
震度5強が輪島市、震度5弱が穴水町、震度4が七尾市、志賀町中能登町、能登町、震度3が金沢市、小松市、加賀市、かほく市、能美市、珠洲市、羽咋市、宝達志水町、津幡町、震度2が白山市、野々市市、川北町内灘町などとなっています。
気象庁の観測によりますと、震源地は石川県能登地方、震源の深さは12キロ、地震の規模を示すマグニチュードは5.5と推定されています。
この地震による津波はなく、石川県危機対策課によりますと、午前11時現在でけが人の情報も入っていないということです。
気象庁によりますと、石川県で震度5強以上の揺れを観測したのは、今から13年前の平成19年3月25日に七尾市や輪島市などで震度6強を観測した「能登半島地震」以来です。
輪島市門前総合支所の池腰博之地域振興課長は「住宅で水が出ないという連絡がありましたが、大きな被害は現在のところ入っていません。明るくなってから市内で被害がないか改めて確認する予定です」と話していました。


2020.3.11-NIPON COM-https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00670/
東日本大震災から9年:被災地と復興の現状

避難生活者は4万8000人
  復興庁が2020年2月10日現在でまとめた震災による避難生活者は約4万8000人と、この1年で6000人減少した。災害公営住宅は計画の99%にあたる約3万戸が完成。津波で甚大な被害を受けた宮城県石巻市では20年1月、プレハブ型仮設住宅に入居していた最後の1世帯の退去が完了した。
  震災後の避難生活による体調悪化、自殺などによる「震災関連死」は、この1年で38人増えた。

常磐線が全面開通へ
  復興庁によると、2018年度末までに被災地の住宅再建、防災集団移転、区画整理など「まちづくり」に関わる事業はほぼ終了した。防潮堤のかさ上げなど「海岸対策」は19年度末までに計画の99%が着工し、66%の工事が完了する予定。また、震災と原発事故で不通になっていたJR常磐線が3月14日に全面開通する。
  被災3県(岩手県、宮城県、福島県)の製造品出荷額等は、震災前の水準まで回復。復興庁は、2020年3月末で農地復旧事業はおおむね完了するとしている。福島県の水産業は、漁港などのハード面の復興は進んでいるものの、原発事故の風評で低迷している。
  19年に日本で開催したラグビー・ワールドカップ(W杯)では9月、岩手県釜石市で1次リーグの試合があり、復興を世界に強く印象付けた。
福島の現状:避難指示区域は徐々に縮小
  東京電力福島第1原子力発電所事故による放射線物質の放出・拡散により、原発周辺の双葉町、大熊町、浪江町の一部などが現在も避難指示区域に指定されている。東京電力福島第1原発では、廃炉作業が続いている。
  避難指示区域は①放射線量が高く、立ち入り制限のある「帰還困難区域」、②「居住制限区域」、③住民の帰還に向けた復旧・復興準備を進める「避難指示解除準備区域」の3種類があったが、2014年4月から徐々に縮小し、現在は「帰還困難区域」が残るのみだ。避難指示が解除された地域では住民が戻る動きも出ている。
  福島第1原発の立地自治体で全町避難が続いていた大熊町(人口約1万人)では、19年4月に避難指示の一部が解除され、町西部でようやく一部住民の帰還が実現した。また、20年3月にはJR常磐線の全線開通に合わせ、双葉町や大熊町、富岡町のJR線路や駅周辺も、新たに避難指示が解除された。
  福島県によると、20年2月の時点で約4万人が避難生活を余儀なくされており、うち約3万人が県外で暮らす。県内の住宅、公共施設などの除染はおおむね終了し、空間放射線量は低下傾向にある。
東電旧経営陣3人に無罪判決
  福島第1原発事故を巡っては、業務上過失致死傷罪で強制起訴された勝俣恒久・東電元会長ら旧経営陣3人の刑事裁判の判決が19年9月19日に東京地裁であり、永渕健一裁判長は全員に無罪を言い渡した。
  検察役を務める指定弁護士は3人に禁錮5年を求刑していた。永渕裁判長は最大の争点だった巨大津波を予見できたか否かについて、「予見可能性を認めることはできない」と判断した。3人は08年から09年にかけて10メートルを超える予想津波高を聞いており、指定弁護士側は「予測を聞いた時点で安全対策を進める義務が生じた」と主張したが、判決は「3人の対応は特異ではない」と退けた。
  震災の津波で犠牲となった石巻市立大川小学校の児童23人の遺族が市と県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷は19年10月、市と県の上告を退ける決定をした。学校の防災体制に不備があったとして市と県に約14億3600万円の支払いを命じた二審の仙台高裁判決が確定した。
  バナー写真:東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所事故により不通となっているJR常磐線で試運転が行われ、整備中の双葉駅に停車する列車=2019年12月18日、福島県双葉町(時事)


2020.3.10-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200311/k10012325061000.html
震災9年 行方不明者の一斉捜索 岩手沿岸部

東日本大震災の発生から9年となる11日、津波で大きな被害を受けた岩手県の沿岸部では、警察などが海岸周辺で行方が分からない人たちの一斉捜索を行っています。
捜索は県内の沿岸部5か所で、警察などおよそ80人が参加して行われました。
  岩手県内では大槌町で417人、陸前高田市で202人など、今も合わせて1112人の行方が分かっていません。
  このうち145人の行方が分からないままとなっている山田町では、警察や海上保安部の職員およそ20人が参加し、全員で黙とうをしたあと、海岸で捜索を開始しました。
  11日は強風のため、予定されていた海からの捜索は行われず、参加者たちは大きな石や流木を手でどかしたり、小石や砂を熊手でかきわけたりして、行方不明者の手がかりを探していました。
  ことし1月に宮古警察署に配属され、はじめて捜索にあたった藤澤貴幸巡査(20)は「犠牲になった人への弔いの気持ちを持ちながら自分のできることを行い、1人でも多くの人の手がかりを発見して家族のもとに送り届けたい」と話していました。


2020.2.23-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200223/k10012298521000.html
イラン西部で地震 国境付近のトルコ側で9人死亡

イラン西部を震源とするマグニチュード5.7の地震があり、国境を接するトルコ側で建物が倒壊するなどして、これまでに子どもを含む9人が死亡しました。
  USGS=アメリカ地質調査所によりますと、23日午前、イラン西部の西アゼルバイジャン州を震源とする地震がありました。震源の深さは6.4キロ、地震の規模を示すマグニチュードは、5.7と推定されています。
  イランの国営通信は、イランでこれまでに75人がけがをしたと伝えています。
  一方、国境を接するトルコ東部のワン県では、複数の村で日干しレンガ作りの住宅などが倒壊しました。トルコのソイル内相は、これまでに子ども少なくとも4人を含む合わせて9人が死亡し、37人がけがをしたと発表しました。
  現地からの映像では、積雪の中で、人々が倒壊した建物の下に閉じ込められた住民を救助しようとしている様子が確認できます。
  地震が起きたのは、プレートがぶつかり合う地震活動が活発な地域で、2012年にもイラン北西部でマグニチュード6を超える地震が起き、300人以上が死亡したほか、トルコ東部でも先月、マグニチュード6.7の地震が起きて41人が死亡しています。


2020.2.6-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200206/k10012274271000.html
斜面崩落 死亡の女子高校生 逃げるまもなく巻き込まれたか

5日、神奈川県逗子市で道路脇の斜面が崩れ歩道を歩いていた18歳の女子高校生が巻き込まれて死亡した事故で、目撃情報などから女子生徒が前を歩く男性を追い越したあと逃げるまもなく土砂に巻き込まれたとみられることがわかり、警察は土砂が崩れた原因を調べています。
  5日、神奈川県逗子市池子で道路脇の斜面が崩れ、逗子市内に住み県立高校に通う18歳の女子高校生が巻き込まれて死亡しました。
  女子生徒は当時歩道を1人で歩いていて、捜査関係者によりますと目撃情報などから前を歩く男性を追い越したあと、逃げるまもなく土砂に巻き込まれたとみられるということです。
  逗子市によりますと、この斜面では5メートルほどの高さまで補強がしてありましたが、その上の斜面が崩れ落ち、土砂が下を通る歩道を幅およそ10メートルにわたって覆ったということです。
  警察は当時の詳しい状況や土砂が崩れた原因を調べています。一方、現場はマンションの土台部分となっている急傾斜地で、崖崩れなどによって災害が起きるおそれがあるとして「土砂災害警戒区域」に指定されています。
  逗子市によりますとマンションの管理組合が土地を所有しているということで、市はマンションを管理する会社に現場の安全確保や今後の安全対策の徹底を5日申し入れるとともに、市としても道路の安全対策を検討するということです。
発生直後 土砂が積み重なる
斜面が崩れた現場で直後に撮影された画像では、土砂が地面にうず高く積み重なっている様子が確認できます。
  また、周囲に救急隊員が集まって活動する。


口永良部島の活動状況-気象庁

2020.2.3-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/lnews/kagoshima/20200203/5050009212.html
口永良部島で噴火 火砕流も

鹿児島県の口永良部島で3日朝早く、火砕流を伴う噴火が発生し、噴煙が7000メートルに達しました。
この噴火による被害の情報はありませんでしたが、気象庁は今後も今回と同じ規模の噴火の可能性があるとして噴火警戒レベル3を継続し、火口からおおむね2キロの範囲で警戒するよう呼びかけています。
  3日午前5時31分ごろ、口永良部島の新岳で噴火が発生し噴煙は衛星による観測で火口からおよそ7000メートルまで達しました。
  この噴火に伴い、火砕流が火口の南西側、およそ900メートルまで流れ下ったほか、大きな噴石も火口からおよそ600メートルまで飛びました。
いずれも人が住む地域には達していないということです。
  火砕流の発生は去年1月以来で、一時、この火砕流による山火事も発生したとみられています。
  屋久島町によりますと、今回の噴火による被害や避難の情報は無いということです。
  口永良部島では2日から火山性地震が増加し、きのう(2月1日)1日で223回に達していました。
  3日は午後3時までに69回で3日朝の噴火のあとは少ない状態です。
  気象庁は、今後も今回と同じ規模の噴火の可能性があるとして噴火警戒レベル3を継続し、火口からおおむね2キロの範囲では大きな噴石と火砕流に、また、向江浜地区から新岳の南西にかけての地域では火砕流に警戒するよう呼びかけています。


2020.1.26-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200126/k10012259721000.html
トルコ東部の地震 35人の死亡確認 救助活動続く

トルコ東部で起きたマグニチュード6.7の地震では、これまでに35人の死亡が確認されました。今も倒壊した建物の下に取り残されている人たちがいて、救助活動が続けられています。
  日本時間の25日未明、トルコ東部のエラズー県を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生し、これまでに35人の死亡が確認されました。
  建物が倒壊した現場では、がれきの下に取り残された人たちの捜索と救出活動が続けられていて、トルコ政府によりますと、これまでに幼い女の子を含む45人が救助されました。
  現地では今も地震が続いていて、新たな建物の倒壊が発生するおそれがあることから、多くの住民が公共施設などに設けられた避難所に身を寄せています。
  中には、冬の寒さに耐えながら屋外で夜を明かす住民の姿も見られ、トルコ政府は毛布やテントを配布するなど支援を強化しています。


2020.1.24-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200124/k10012257861000.html
南海トラフ地震 3m以上の津波確率 広範囲で最高ランクに

南海トラフ沿いの地域が今後30年以内に津波に襲われる確率が初めて公表され、高さ3メートル以上の津波が来る確率は、四国・近畿・東海を中心とした広い範囲で最も高いランクの26%以上とされました。地震調査委員会は「津波に襲われる確率は、交通事故でけがをする確率よりも高いと思って備えを進めてほしい」としています。
  政府の地震調査委員会は、南海トラフ沿いで今後30年以内に70%から80%の確率で発生するとされるマグニチュード8から9クラスの地震を対象に、沿岸の自治体が津波に襲われる確率を計算し、初めて公表しました。
  津波の高さを3段階に分け、このうち住宅が流失し始めるとされる3メートル以上の津波に襲われる確率は、四国、近畿、東海を中心とした合わせて71の市区町村で最も高いランクの「26%以上」とされました。
  また、10メートル以上の津波に襲われる確率は、高知県や三重県を中心とした合わせて21の市と町で「6%以上26%未満」と高くなっています。
  地震調査委員会の平田直委員長は「30年以内に交通事故でけがをする確率はおよそ15%とされており、3メートル以上の津波に襲われれる確率が26%以上というのは、非常に高い数値だと捉えて備えを進めてほしい」と話しています。
  今回の試算では、マグニチュード9を超えると想定される最大クラスの地震は、発生頻度が詳しく分かっていないとして対象から外されています。
対象の地震と確率 数値捉え方
南海トラフ巨大地震をめぐっては、政府の中央防災会議が「考えられる最大クラス」の地震をマグニチュード9.1とし、高知県や静岡県、それに伊豆諸島の一部で、津波の高さが最大30メートルを超えるという想定を公表しています。
  一方、今回の試算では、最大クラスの巨大地震は発生頻度が詳しく分からないため確率が計算できないとして対象から外され、100年から200年間隔で繰り返し発生するマグニチュード8から9クラスの地震を対象としました。
  試算では、福島県から鹿児島県までの24都府県352市区町村ごとに30年以内に津波に襲われる確率を示していて、
津波の高さは、▽3メートル以上▽5メートル以上▽10メートル以上の3段階、
確率は▽26%以上▽6%以上26%未満▽6%未満の3つのランクに分けられています。
  住宅が流失・全壊し始めるとされる高さ3メートル以上の津波は、四国、近畿、東海を中心に伊豆諸島や九州を含む71の市区町村で最も高い「26%以上」となっています。
  また、住宅の流失が急増する5メートル以上の津波は、四国、近畿、東海を中心とした合わせて29市町村で「26%以上」となっています。
  さらに、10メートル以上の津波は、高知県と三重県を中心に愛知県、徳島県、和歌山県、静岡県の合わせて21の市と町で、6%以上26%未満となっています。
  「30年以内に26%以上」という確率について、地震調査委員会はほかの災害で被災するリスクと比べても低くない数字だとしていて、同列に比較できないものの、30年以内に交通事故でけがをする確率15%、火事に遭う確率1.1%、台風で被災する確率0.33%などを挙げ、数値の重みを受け止めるうえで参考にしてほしいとしています。


2020.1.17-BLOGOS-文芸オンライン-https://blogos.com/article/429979/
阪神・淡路大震災から25年 

「首都直下地震」や「南海トラフ地震」で起こりうる“直接死”以外の危機 災害関連死は「震災で亡くなった人の最期の声」

( 山川 徹)

25年前の今日――1月17日、兵庫県神戸市は大きな揺れにおそわれた。史上初めて震度7を記録した阪神・淡路大震災である。

街のあちこちから立ち上る炎や煙、橋脚が折れて横倒しになった高速道路……。いまも、早朝のテレビに映し出された映像がよみがえる。そのたびに日本列島で暮らす人々と自然災害との戦いのはじまりを告げているかのように感じるのだ。

阪神・淡路大震災から日本列島が地震が頻発する「地震活動期」に入ったと考える専門家は多い。確かに1995年以降、鳥取県西部地震、十勝沖地震、新潟県中越地震、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震とM(マグニチュード)6を超える地震が続いている。 また、阪神・淡路大震災は、自然災害による死のあり方を考え直すきっかけにもなった。犠牲になった6434人のうち、約14%の919人にのぼった災害関連死である。阪神・淡路大震災は災害関連死がはじめて認定された災害でもあるのだ。 では、災害関連死とは何か。
避難生活の疲労などによる病気、持病の悪化
『大災害と法』などの著者である弁護士の津久井進さんは、災害関連死について、このように解説する。
「長い間、災害関連死に明確な定義はありませんでしたが、2019年4月に内閣府が定めました。津波や家屋倒壊などの直接的な被害ではなく、自然災害後の避難生活の疲労などにより病気にかかったり、持病が悪化したりして亡くなることが、災害関連死です」
 阪神・淡路大震災では、犠牲者の多くが建物の倒壊などによる圧死や窒息死や、火災に巻き込まれた直接死だった。一方、長期にわたった避難生活による慢性疾患の悪化や、インフルエンザの流行で命を落とした被災者が災害関連死に数えられた。生活再建がうまくいかず、あるいは、大切な人を喪ったショックにより、自ら命を絶ったケースもあった。
新潟県中越地震では7割が災害関連死
 次に災害関連死が注目されたのは、2004年の新潟県中越地震である。68人の死者のうち、7割を越す52人が災害関連死に認められた。
 新潟県中越地震の特徴は、余震の多さだ。しかも震度5弱以上の余震に18回もおそわれた。家屋の倒壊を恐れてクルマのなかで夜を過ごし、エコノミークラス症候群で命を落とした避難者もいた。エコノミークラス症候群とは、長時間同じ体勢でいた結果、血液の流れが悪くなり、血の塊がつくられ、肺の静脈を詰まらせる症状である。
 さらに東日本大震災では、行方不明者をのぞいた15897人の死者のうち3739人が、熊本地震では270人中、215人が、災害関連死だった。
「関連死は、震災で亡くなった人の最期の声です」
 高校時代、阪神・淡路大震災で被災した在間文康さんは、現在、弁護士として災害関連死遺族の支援を続けている。彼は災害関連死の意味を次のように説明する。
「関連死は、震災で亡くなった人の最期の声です。関連死の事例は、震災後に何が起きるのか、そしてどんな支援が必要になるのか、私たちに教えてくれます。震災後、被災した人たちがどのような環境におかれるのか。その記録が、将来、おこるであろう災害に備える教訓といえるのです」
 震災が被災者の身体と心に何をもたらしたのか。ひとつひとつの災害関連死のケースを明らかにすることが、自然災害の巣と呼ばれる日本列島で生きる我々にとって、かけがえのない教訓になるというのである。
 だが、埋もれる災害関連死も少なくない。
 原因の1つが、申請の仕組みである。
 災害関連死の認定を受けるには、まず遺族が市町村の窓口に出向き「災害弔慰金支給申請」の手続きをしなければならない。「災害弔慰金」とは、災害遺族の心痛や悲しみに対する市町村からの見舞金である。生計を担っていた人の場合は500万円、それ以外は250万円が支給される。
 その後、その死が災害と関連性があるかどうかを検証する審査委員会が開かれる。メンバーは、行政の担当者、医師、弁護士ら5、6人で構成される。
東日本大震災で問題になった「認定率の差」
 審査の結果、災害との関連性があるとされれば、弔慰金が支払われ、災害関連死と認定される。
 ただしもしも遺族が申請しなければ、たとえ震災の影響を色濃く受けた死でも、災害関連死と認められない。加えて、身寄りのない被災者が亡くなった場合も災害関連死にカウントされない。
 東日本大震災では、市町村による認定率の大きな差が問題となった。認定の基準がないために、自治体Aでは認められた死が、隣の自治体Bでは「関連性なし」と判断される場合もあった。そもそも、自治体の職員が災害関連死について詳しく知らなかったせいか、窓口で申請を断るケースもあったと聞く。いくつもの「将来への教訓」が失われた可能性がある。
 2016年の熊本地震では、災害関連死が直接死の4倍近くだった事実を忘れてはならない。過去の災害関連死の「教訓」をもとに適切な支援が行われていれば、たくさんの命を救うことができたはずだ。極論すれば、災害支援の目的は、災害関連死をなくすことなのではないかと思うのだ。
「南海トラフ地震」から74年、「首都直下地震」から97年
「首都直下地震」や「南海トラフ地震」……。近い将来、巨大地震の発生が危惧されている。
 直近の「首都直下地震」が、史上最大規模の被害をもたらした1923年の関東大震災である。約190万人が被災し、10万人以上が死亡、または行方不明となった。
 また「南海トラフ地震」は、90年から150年の間隔でくり返されてきた。最近の、南海トラフから発生した地震である1946年の昭和南海地震では1330人が犠牲になった。もちろん関東大震災や昭和南海地震の犠牲者に、災害関連死は含まれていない。
 2020年は、最後の「南海トラフ地震」から数えて74年目、「首都直下地震」から97年目になる。
 歴史を紐解けば、同じエリアで、同じような地震が、くり返し起きている。自然災害の発生は止められない。しかし過去に学ぶことにより、被害を最小限に抑え込むことは可能なのだ。
(山川 徹)


2020.1.17-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200117/k10012248841000.html
阪神・淡路大震災から25年 遺族代表 追悼のことば(全文)

神戸市が主催して中央区の東遊園地で開いた追悼行事では、震災で母親を亡くした神戸市の男性が遺族代表で追悼のことばを述べました。
  神戸市東灘区の上野好宏さん(47)は東京に住んでいた大学4年の時に震災が起こり、神戸市の実家が倒壊して当時47歳だった母親の美智子さんを亡くしました。
  今では両親から受け継いだすし店を営んでいます。
  上野さんは次のように追悼のことばを述べました。
  「お母さんへ。お母さんが天国へ旅立ってから今日でちょうど25年。いやな地震があった日やね。あの日の夜中にスキーから帰ってきて電話したん覚えてる?『正月、神戸に帰ってなかったから1月末に帰る』って言おうと思ってん。
  
お母さん股関節骨折してて、1階で寝てたな。『そろそろ2階でお父さんと一緒に寝えへんの』って聞いたよね。『お父さんかぜ気味でうつったらあかんからきょうは下で寝るわ』って言ってたよね。僕も『そうし』って言うてしもた。こん時のこと、今もやっぱり後悔してんねん。
  まさか、そのあと地震がくるなんて思ってなかったし、まさか、自分の家がつぶれるなんて思ってなかってん。怖かったやろ、痛かったやろ。お母さん、布団を頭からかぶってたみたいやもんな。あの日、ずっと家に電話しててんけど、ずっと話し中。お母さんおったらすぐ連絡くれるはずやのに、おかしいなって思っててん。
  次の日、おばさんから『お母さん埋まってるいうてんのに、あんたなにしてんの』って電話かかってきて。びっくりして、すぐに神戸に帰ってん。大阪はいつもどおりに見えたから、もしかしたら大丈夫かも、って思ってん。
  けど、家に近づくにつれ、見慣れた風景がボロボロで、悪い夢見てるみたいやった。なにが起こったかわからんかった。つぶれた家を見て、ただ立ってるだけで、言葉がなんも出てこんかった。お葬式はお父さんの田舎でやってもらってん。お母さん、死んでしまったんやっていう実感があんまりわかんかってんけど、眠るように横たわっているお母さんが、火葬場で白い骨になってもうて。『お母さん死んでもうたんや』って涙があふれてきた。
  僕は4月から茨城県でアイスクリームの営業することになってん。神戸を離れて生活してると、地震があったことがうそみたいや。だって頭の中にはつぶれる前の家があるし、お母さんもちゃんとおるし。頭の中では前の神戸のままやねん。
  あるときお父さんに『年とったらどうするん?サラリーマンしてたら僕、将来神戸にいる可能性低いで。僕のおるところに来る?』って聞いてん。ほんならお父さん、『お母さんが亡くなったこの場所を離れられへん』って言うねんな。
  そん時に、これで神戸に帰らへんかったら一生後悔することになるって思って、神戸帰ってお父さんと一緒にすし屋しよって決めてん。すし屋することに、まったく抵抗はなかってん。だってお母さんと約束してたやん。東京の大学行ってもええけど、もしお父さんになんかあったら大学辞めてすし屋して、弟と妹に学校行かせてあげてって。
  それで会社辞めて神戸に帰ってん。ほんでお母さんも知ってるあの娘と結婚してん。毎日、毎日お父さんに教えてもらいながら、魚や包丁やおすしの勉強や。ゴルフも教えてもらったんやけど、こっちはあまり上手にならんかったわ。


地震のあと、お父さん一人で店も子育てもよう頑張ってくれてん。感謝、感謝やな。お母さんの名前から一文字ずつもらった娘たちは、元気に育ってます。弟も妹も、それぞれに家族ができて、元気やで。
  お店は3年前に建て替えで移転してん。その時にたまたまお父さんのがんが分かって。移転してまもなくそっちに行ってしまいました。お父さんに会えたかな?
  新しいお店でも、お母さんの書いた値段表使ってるよ。それが僕のおすし屋さんする原点やから。僕もお母さんが亡くなった年と同じ47歳になり、とうとうお母さんの年を超えていきます。家族みんなで、一日一日頑張っていきます。遠くから見守っていてください。
  目を閉じるといつも、『よっちゃん、がんばり、がんばり』っていうお母さんの声が聞こえます。お母さん、いつも支えてくれてありがとう」。

・・・


2020.1.17-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200117/k10012248491000.html?utm_int=detail_contents_news-related_001
阪神・淡路大震災から25年 震災の記憶や教訓の継承 課題に

6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から17日で25年です。神戸市など大きな被害を受けた地域では遺族らが地震が起きた午前5時46分に黙とうし、犠牲者を悼みました。
  神戸市中央区の公園「東遊園地」には、およそ5000本の竹の灯籠が「1.17」や「きざむ」という文字の形に並べられました。
  会場には、まだ暗いうちから、家族や大切な人を亡くした人たちが訪れたほか、震災後に生まれた若い世代の姿も見られました。
  そして、地震が起きた午前5時46分に静かに手を合わせ、犠牲者に黙とうをささげました。

公園の慰霊碑の前では神戸市が主催する追悼の集いが開かれ、神戸市東灘区の実家が倒壊し、当時47歳だった母親の美智子さんを亡くした上野好宏さん(47)が追悼のことばを述べました。
  上野さんは、「お母さんが天国へ旅立ってからきょうでちょうど25年。まさか、地震が来るなんて思ってなかったし、まさか、自分の家がつぶれるなんて思ってなかってん。怖かったやろ、痛かったやろ」と語りかけました。
  そして、父親のあとを継いですし屋になったことを報告し、「僕もお母さんが亡くなった年と同じ47歳になり、とうとうお母さんの年を超えていきます。家族みんなで、一日一日頑張っていきます。遠くから見守っていてください」と述べました。
  17日は各地で追悼行事が行われるほか、避難訓練や防災の講演会なども予定されていて、震災の記憶と教訓を次の世代につないでいく1日となります。
「これからも語り継ぐ」
  兵庫県小野市から娘を連れて訪れた女性は「震災では父を亡くしました。震災がなかったら父に孫の顔を見せられたのにと思います。25年はあっという間に過ぎてしまいました。ここに連れてくることで娘にも地震の怖さを感じてもらえると思っています」と話していました。
  また、大阪から訪れたという40代の男性は、大学生の時に同級生を震災で亡くしたということで「震災を経験していない人が増えてきていますが、毎年ここを訪れてこれからも震災のことを語り継いでいきたい」と話していました。


2020.1.17-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200117/k10012248511000.html?utm_int=detail_contents_news-related_004
地震切迫度 31の活断層で“震災直前と同じか それ以上”

25年前の阪神・淡路大震災を教訓に国は全国で活断層の調査を進め、発生確率などのリスクを評価してきました。現在、地震が起きる切迫度が阪神・淡路大震災の直前と同じかそれを上回る活断層が31あり、改めて活断層地震への備えが重要になっています。
  阪神・淡路大震災をもたらしたのは、兵庫県南部を震源とするマグニチュード7.3の大地震で、大阪府北西部から兵庫県の淡路島にかけて位置する活断層の一部がずれ動いたことが原因でした。
  これを教訓に、国は地震調査研究推進本部を設置し、全国の活断層のうち、長さがおおむね20キロを超え、地震が起きた場合に社会的に大きな影響が出る114の活断層を重点的に調査、今後30年の地震の発生確率などリスクを評価してきました。
  地震発生の切迫度は4つのランクに分けられ、確率が3%以上の活断層を、最も高い「Sランク」としていて、阪神・淡路大震災が起きる直前の発生確率は0.02%から8%で現在のSランクにあてはまります。
  去年1月1日の時点で「Sランク」と評価されているのは、全国の31の活断層で、このうち「糸魚川ー静岡構造線断層帯」や「中央構造線断層帯」、「三浦半島断層群」など8つの活断層帯の一部では、発生確率が8%を超え、阪神・淡路大震災の発生前より切迫度が高まっています。
  また、次いで危険度が高い「Aランク」の活断層は全国に35あり、平成28年に熊本地震を引き起こした「布田川断層帯」は、地震直前の評価は「Aランク」でした。
  一方で、平成16年の新潟県中越地震や、平成20年の岩手・宮城内陸地震など、これまで知られていなかった活断層がずれ動いて地震が発生したケースも相次いでいます。
  地震調査委員会の平田直委員長は「実際におきるリスクをよく理解できるような表現のしかたは今後とも検討していきたい。2、3年地震がないとか、ここ数日多いとか一喜一憂するのではなく、改めて生きている間に大きな地震があると考え備えてほしい」と話しています。

特に切迫度が高いSランクの活断層は
  断層が引き起こす地震は、南海トラフや日本海溝などのプレート境界型の地震と異なり、発生間隔が数千年程度と長いため30年の発生確率が数字として大きな値になりません。
  しかし阪神・淡路大震災をもたらした大地震が発生する直前の確率は0.02%から8%だったように、確率が小さくても警戒が必要です。
  このため114の主要活断層は「S」や「A」などの4つのランクに分けられ、30年以内に地震が発生する切迫度が示されています。
  地震の発生確率が3%以上ある活断層は最も高いSランクに分類され、去年1月1日の時点で全国に31あります。

このうち確率が阪神・淡路大震災が発生する直前の8%を超え、特に切迫度が高いとされているのは次の8つの活断層帯の一部区間です。
切迫度が高い順に、
▽長野県と山梨県にある「糸魚川ー静岡構造線断層帯」
▽静岡県にある「富士川河口断層帯」
▽熊本県の「日奈久断層帯」
▽長野県にある「境峠・神谷断層帯」
▽近畿から四国北部、九州北部にある「中央構造線断層帯」
▽岐阜県と長野県にある「阿寺断層帯」
▽神奈川県にある「三浦半島断層群」
▽広島県と山口県の沖合にある「安芸灘断層帯」
となっています。

主要活断層以外にもリスク
この25年で114の主要活断層の調査や評価が進んだ一方で、評価の対象になっていなかった活断層による地震も相次ぎ、どのようにリスクを伝えるのかが課題になっています。

平成16年に発生したマグニチュード6.8の新潟県中越地震や、平成20年に発生したマグニチュード7.2の岩手・宮城内陸地震では、これまで確認されていなかった活断層が引き起こしたとされています。

また、おととし発生したマグニチュード6.7の北海道胆振東部地震も未知の活断層が引き起こしたという専門家の指摘があります。

このため地震調査研究推進本部では、主要活断層だけでなくマグニチュード6.8以上の地震を引き起こす活断層も加え、活断層ごとではなく地域ごとの地震のリスクを評価し、これまで九州と四国、中国地方、関東で公表しています。

今後30年にマグニチュード6.8以上の地震が発生する確率は、
▽関東全域で50%から60%
▽中国全域で50%
▽九州全域で30%から42%
▽四国全域で9%から15%

と推計されています。

地域ごとの評価では複数の活断層が含まれることから、必然的に確率は上がりますが、かえって範囲が広くなって警戒が弱まるデメリットもあり、住民にいかにリスクを伝え、備えてもらうのか課題となっています。


緊急地震速報
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


緊急地震速報: Earthquake Early Warning、略称:EEW)は、地震発生後大きな揺れが到達する数秒から数十秒前に警報を発することを企図した地震早期警報システムのひとつで、日本気象庁が中心となって提供している予報・警報である。
  2004年に一部試験運用を開始、2007年10月1日からは一部の離島を除いた国内ほぼ全域すべての住民を対象とした本運用を開始した。同種のシステムとしては世界初である
  予測震度5弱以上のときに発表されテレビ放送や携帯端末などで「(震度4以上の)強い揺れとなる地域」を伝える「一般向け」(地震動警報・地震動特別警報)と、発表基準が低く誤報の可能性が高いものの「各地の震度や揺れの到達時間」などが分かる「高度利用者向け」(地震動予報)の2種類がある。


気象庁-https://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/nc/
緊急地震速報について


東日本大震災
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


東日本大震災は、2011年平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害およびこれに伴う福島第一原子力発電所事故による災害である。大規模な地震災害であることから大震災と呼称される。東日本各地での大きな揺れや、大津波火災等により、東北地方を中心に12都道県で2万2000人余の死者(震災関連死を含む)・行方不明者が発生した。これは明治以降の日本の地震被害としては関東大震災明治三陸地震に次ぐ規模となった。沿岸部の街を津波が破壊し尽くす様子や、福島第一原子力発電所におけるメルトダウン発生は、地球規模で大きな衝撃を与えた。発生した日付から3・11と称することもある。
地震
  2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒(日本時間)、宮城県牡鹿半島の東南東沖130キロメートル (km)(北緯38度06.2分、東経142度51.6分、深さ24 km)を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した。地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震である。
  震源域は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500 km、東西約200 kmのおよそ10万平方キロメートル (km2) に及ぶ。最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・福島・茨城・栃木の4県36市町村と仙台市内の1区で震度6強を観測した。観測された最大加速度は宮城県栗原市のK-NET築館(MYG004)観測点で記録された2,933ガル
名称(「東北地方太平洋沖地震#名称」も参照)
  発生当日(3月11日)の16時20分に気象庁が「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。これに対し、メディアや組織・団体は、「東日本大震災」や「東北関東大震災」などの呼称を任意に用いていた。

  同年4月1日に、日本国政府(当時は菅直人内閣)は持ち回り閣議で、当地震によってもたらされた災害(震災)を指す名称を「東日本大震災」とすることを了解し、当時内閣総理大臣菅直人が平成23年度予算成立を受けての記者会見で発表した。これ以降、地震そのものを指す「東北地方太平洋沖地震」と、それによってもたらされた災害を指す「東日本大震災」という二つの用語ができた。しかし地震そのものについて「東日本大震災」の名称を用いるメディアもある。
被害
  この地震により、場所によっては波高10メートル (m) 以上、最大遡上高40.1 mにも上る巨大な津波が発生し、東北地方関東地方太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した。また、巨大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象地盤沈下ダムの決壊などによって、北海道南岸から東北地方を経て東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種インフラが寸断された。
  2019年令和元年)12月10日時点で、震災による死者・行方不明者は1万8428人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万4893戸が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては避難者は約47万人、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上等の数値が報告されている。復興庁によると、2019年7月30日時点の避難者等の数は5万271人となっており、避難が長期化していることが特徴的である。

  日本国政府は、震災による直接的な被害額を16兆円から25兆円と試算している。この額は、被害が大きかった岩手・宮城・福島の3県内総生産の合計に匹敵する(阪神・淡路大震災では兵庫県1県の県内総生産の半分ほどであった)。世界銀行の推計では、自然災害による経済損失額としては史上1位としている。
死傷者東日本大震災における死者・行方不明者の推移」も参照)
  警察庁は、2019年(令和元年)12月10日時点で、死者は1万5899人、重軽傷者は6157人、警察に届出があった行方不明者は2529人であると発表している(ただし未確認情報を含む。余震によるものを含む)。日本国内で起きた自然災害で死者・行方不明者の合計が1万人を超えたのは第二次世界大戦後初めてであり、明治以降でも関東大震災明治三陸地震に次ぐ被害規模であった。岩手・宮城・福島の3県を中心に、1都1道10県で死者・行方不明者が、また1都1道18県で負傷者が発生した
死因
  この震災での犠牲者の死因のほとんどが、津波に巻き込まれたことによる水死であった。津波の中には、大量の砂や海底のヘドロ、港湾施設の重油などの有害物質などが含まれていた。砂がに入れば気管を詰まらせ、有害物質が肺に入れば身体を侵す。水死に至る経緯は、これらで呼吸困難になったり、がれきが当たり意識を失ったり、3月の雪の舞う中で低体温を伴ったりなど、様々な経緯もあったと考えられる。

  圧死、損傷死、焼死も、ほとんどが津波によるがれきが要因となっている。建造物の倒壊や土砂崩れ、天井の非構造部材の落下、高所からの落下など、地震の揺れそのものが原因による犠牲者は、福島県36人、茨城県18人、宮城県13人、東京都7人など、分かっているだけで90人に上る

  岩手、宮城、福島の3県では、腕や脚などが見つかり身元が判明したものの、頭部未発見のために死者に計上されていない人が2016年6月10日時点で171人いる。「親指だけ見つかっても、亡くなっているとは限らない」などの理由による。この数を行方不明者数から除外するかどうかは3県で判断が分かれている
  静岡大学防災総合センターは、津波の浸水範囲の居住者数に対する死者、行方不明者数の割合をまとめ、明治三陸地震と比較した。それによると、最大は宮城県女川町の11.97 %、次いで岩手県の大槌町陸前高田市でともに11.72 %となった。明治三陸地震については、浸水域ではなく市町村の人口に対する犠牲者の割合を出したが、岩手県釜石市で約50 %になるなど11市町村で15 %を超えており、今回の津波では防災対策に一定の効果があった可能性がある
震災関連死
  東日本大震災では避難所の不衛生や寒さなどが原因で、避難後に死亡する例(震災関連死)が高齢者を中心に相次いでいる。復興庁では震災関連死の死者を「東日本大震災による負傷の悪化などにより死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった者」と定義している。
  復興庁によると、2019年9月末時点での集計で3,739人(福島県2,286人、宮城県928人、岩手県469人など)が震災関連死に認定されている。死亡した時期別にみると、震災発生から1週間以内は472人、8日後以降1か月以内は743人、2か月目以降1年以内は1,587人で、5年目でも105人いる。福島県内の震災関連死による死者数は地震や津波による直接死者数を上回っている。福島県の震災関連死の大部分は、原発事故の避難の影響で体調が悪化するなどして死亡した「原発関連死」とみられ、『東京新聞』の2016年3月時点での集計によると、福島県内の少なくとも1,368人が原発関連死であった。

原子力発電所事故
  地震から約1時間後に遡上高14 - 15 mの津波に襲われた東京電力福島第一原子力発電所は、1 - 5号機で全交流電源を喪失した。原子炉を冷却できなくなり、1号炉・2号炉・3号炉で炉心溶融(メルトダウン)が発生。大量の放射性物質の漏洩を伴う重大な原子力事故に発展した(→福島第一原子力発電所事故)。
  この事故は国際原子力事象評価尺度で最悪のレベル7、チェルノブイリ原子力発電所事故と同等に位置づけられている。同原発の立地する福島県浜通り地方を中心に、周辺一帯の福島県住民の避難は長期化するとともに、2012年からは「帰還困難区域」「居住制限区域」も設定された(→福島第一原子力発電所事故の影響)。そのほか、火力発電所などでも損害が出たため、東京電力の管轄する関東地方は深刻な電力不足に陥り、震災直後の一時期には日本国内では65年ぶりに計画停電が実施された。計画停電は東北電力管内でも震災直後に実施されたほか、翌2012年の夏前には関西電力管内でも大飯発電所(大飯原発)の再稼働を巡って論議が起き、計画停電の可能性が議論された。
  東日本大震災被災地には、福島第一のほか、以下の原子力発電所があった。いずれも結果的に重大な原子力災害には至らなかったが、外部電源喪失、非常用発電機の破損、原子炉冷却用海水ポンプの破損など、重大な原子力災害一歩手前に追い込まれる発電所もあった。このうち福島第二原子力発電所では、第一原発と同様に冷却機能を喪失し、原子力災害対策特別措置法に基づく10条通報原子力緊急事態宣言発令に至った。

建造物
  警察庁は2019年12月10日時点、全壊12万1991戸、半壊28万2902戸、全半焼297戸、床上浸水1628戸、床下浸水1万0076戸、一部破損73万0251戸の被害が出たと発表している。特に岩手県・宮城県・福島県の沿岸部では、津波によって多くの住宅が流され、全壊戸数は岩手県で1万9508戸、宮城県で8万3005戸、福島県で1万5435戸に上った
液状化現象および地盤沈下
  関東・東北地方の広い範囲で液状化現象が発生し、千葉県千葉市美浜区浦安市香取市我孫子市、東京都江東区江戸川区神奈川県横浜市八景島周辺、茨城県ひたちなか市・潮来市、宮城県大崎市江合川周辺などで、建築物の傾斜や断水、ガス供給停止、水田への土砂の堆積などの被害が生じた。東京湾岸の埋立地や千葉県北東部から茨城県鹿行地域南部にかけての利根川沿い(水郷地帯)での被害が目立ち、自治体により液状化の危険度が低いと認定されていた地域でも被害が発生した。
  東北地方から関東地方北部の太平洋沿岸では地震に伴う地盤沈下により、海岸河口付近などで浸水や冠水のおそれが出ている。宮城県石巻市塩富町では、満潮時に町全体が水没している。また津波によって東北・関東の6県で2万3600ヘクタールの農地が流失または冠水しており、塩害も発生したため、農林水産省は3年後の完了をめどにがれきの撤去や土中の塩分の除去を進める方針を固めたと報道された
火災
  津波被害の大きかった宮城県を中心に、330件の火災が発生した。そのうち、出火原因の159件(約40 %)が津波火災、約30 %が電気火災であった。また、停電下の避難中に灯りとして使用していた蠟燭などからの火災による死者も報告されている。他に、数日から数週間後に堆積していたがれきがバクテリアなどによる発酵で加熱して発火した事例や、海水に浸水した車両の電装部が劣化して発火した事例も報告されている。
  津波火災
  大津波によって倒壊した建造物や車両ががれきとなって内陸部に押し込まれ、浸水域の端や地形や風の影響で堆積(集積)した箇所では、がれきが内在している暖房用石油燃料(灯油重油)タンク、ガスボンベ、自動車用燃料タンクから漏出した可燃物質に何らかの火花が原因となって発火した。特に、切れ目なく積み重なったがれきは市街地から山林へと延焼を拡大させた。また、延焼しているがれきが海上を漂流し、対岸や離れた場所にも拡大した。住民や消防関係者への聞き取り調査を行った結果からは、津波火災現場では消防水利確保や移動手段の確保が困難で、津波や延焼に巻き込まれる二次被害から逃れるため、消火作業を中止し現場を放棄せざるを得ない状況が生じ、火災が急速に拡大していった。
  地震火災
  過去に発生した地震による火災と同様に、倒壊した家屋や建造物中の暖房器具、調理器具、電気配線や破損した電気器具が停電の復旧(復電)後に発火して火災となった。
人口変化
避難者
  岩手県内の避難所は2011年10月に、宮城県内の避難所は2011年12月に、福島県内の避難所は2011年12月に全て閉鎖された。埼玉県加須市に設置された、福島県双葉町から集団避難した住民の避難所は、2013年12月まで続いた。
  一方、災害公営住宅や仮設住宅での避難生活は長期化。震災直後の避難者は推計47万人であったが、2019年2月2日時点で5万1778人になった。各県にいる避難者は、福島9322人、宮城2083人、岩手3666人。県外避難者は福島から3万263人、宮城4196人、岩手1028人。建設済み災害公営住宅2万9495戸(計画3万167戸)、宅地造成済み4700戸(計画2万0600戸)。
  震災8年後の福島県の避難者は4万1299人(うち原発1次避難地域からは8.5万人)
  ・福島県の県外避難(2019年2月7日)(合計約5万人、県内避難は約8,600人)-(1) 山形県(1,822人)-(2) 東京都(7,449人)-(3) 新潟県(5,724人)-(4) 茨城県(3,943人)-(5) 埼玉県(3,820人)-(6) 千葉県(3,313人)-(7) 栃木県(2,948人)-(8) 神奈川県(2,449人)-(9) 宮城県(2,328人)-(10) 北海道(1,802人)-(11) 群馬県(1,688人)-(12) 長野県(1,003人)-(13) 静岡県(823人)-(14) 北海道(802人)-(15) 愛知県(795人)-(16) 沖縄県(738人)-(17) 大阪府(734人)-(18) 山梨県(710人)-(19) 京都府(702人)-(20) 兵庫県(604人)
推計人口
  被災地のうち、太平洋沿岸の青森県八戸市から福島県いわき市までおよび原発事故の避難地域の推計人口(2010年(平成22年)国勢調査基準)を、震災前(2011年3月1日)と最新とを比較して以下に記載する。
  最新の推計人口は、青森県が2020年12月1日現在、岩手県が2020年12月1日現在、宮城県が2020年12月1日現在、福島県が2020年12月1日現在。ただし、2015年(平成27年)国勢調査実施時点で全町・全村が原子力災害による避難指示区域となっている浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、飯舘村、葛尾村および、2015年9月4日まで全町が避難指示区域だった楢葉町については、福島県が最新の推計人口の発表をしていないため、平成27年国勢調査速報値(2015年10月1日時点の人口で代用する。
経済(「東日本大震災の経済への影響」も参照:福島第一原子力発電所事故に関わる経済面への影響については、「福島第一原子力発電所事故の影響#経済などへの影響」を参照;義援金振込の集中による2011年3月のみずほ銀行システム障害については、「みずほ銀行#2011年3月のシステムトラブル」を参照)

  3月11日の東京証券取引所の大引けまであと14分という時間に震災が発生。株式市場には売りが殺到、10,350円前後で推移していた日経平均は10,254円43銭と前日比180円安まで急落し、安値引けとなった。週明け3月14日の東京市場は9時より通常通り取引を開始したが、ほとんどの銘柄が売り気配で始まった。日経平均は、始値は210円安の10,044円17銭で始まり、幅広い銘柄に売り注文が殺到し下げ幅を拡大、終値は9,620円49銭(633円94銭安 6.18 %の下げ)と1万円を割りこんだ。更に翌3月15日には4号機が爆発・炎上し、放射能汚染が広範囲に拡大したことで日経平均は大幅続落、一時1,392円安の安値8,227円63銭まで下げ、終値は1,015円安の8,605円15銭と9,000円を割り込んだ。15日の日経平均株価は前日比-10.55 %、過去3番目に高い下落率の大幅下落を記録する事となった。震災前と比べ、3営業日で2,361円87銭安(22.3 %安)になった。その後、地震から4営業日目の16日に反発となり、488円高の9,093円まで戻した。

  一方、外国為替相場では、復興資金調達のために円の価値が高まるとの思惑から急激な円高が進行し、3月17日に一時1ドル = 76円台となって戦後最高値を更新した。これに対し、日本銀行やG7合意に基づく協調介入により市場の安定化を図ったため、3月20日には80円台を回復し円高にも一応の歯止めがかかった。さらに、原子炉事故への対応の進展が伝えられると株価も反発し、3月22日には日経平均も9,600円台を回復した。
  しかし、世界銀行が最大で2,350億ドル(約19兆円)、日本政府が16 - 25兆円の震災被害想定額を発表するなど、経済的影響の大きさが伝えられたほか[213][リンク切れ][214]日銀短観景気動向調査でも景況感の悪化が伝えられた[215][リンク切れ][216]。工場の被災や部品不足により、国内外で生産停止や特定製品の品薄が発生した一方、「震災特需」「復興特需」による一部産業での景気の上向きが発生している。ただ、2011年末で推定12万人の震災失業が伝えられるなど、被災地を中心に経済への影響はいまだ続いている(2020年)状況にある。
  復興費用は10年間で23兆円(2011年7月時点)と見込まれていて、復興債による補填も行われている。
地震の混乱から発生した問題(詳細は「東日本大震災関連の犯罪・問題行為」および「福島第一原子力発電所事故の影響#風評被害・デマ」を参照)
  震災に便乗した犯罪がなかったわけではないが、諸外国で見られるような略奪や暴動はなく、秩序は比較的保たれていた。しかし、首都圏を中心に不安を感じた市民が生活物資の買い貯めを行う動きが収まらず、物流の回復後も小売店の店頭では品薄状態が続き、震災の影響がなかった地域にも拡大した。震災だけでなく、東日本での電力不足なども加わったことなどから、日本全体が過度の自粛ムードに包まれ、経済への悪影響が懸念された

災害対策の動き
  日本国政府は地震発生から28分後の15時14分、史上初の緊急災害対策本部を設置した。3月12日夜の持ち回り閣議で、政令により「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震等による災害」を激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(激甚災害法)に基づく激甚災害に指定し、同じく政令により特定非常災害特別措置法に基づく特定非常災害に指定した(いずれの政令も3月13日公布)。
  また、青森・岩手・宮城・福島・茨城・栃木・千葉・東京の各都県は災害救助法の適用を決定した(適用市町村は都県ごとに指定)。3月22日、青森・岩手・宮城・福島・茨城・千葉の各県と内閣府は、東北地方太平洋沖地震と津波による被害について被災者生活再建支援法を適用することを決定した(適用地域は青森・岩手・宮城・福島・茨城・栃木・千葉の7県)。ただし、国および福島県は原発事故に伴う長期避難世帯を被災者生活再建支援法の長期避難世帯と認めず、福島県には適用していない。
自衛隊の損害
  陸上自衛隊東北方面隊管内にある宮城県の多賀城駐屯地や航空自衛隊松島基地は、震災後の津波によって浸水し、施設や装備に大きな被害を受けた。そのほか東北地方に所在する他の陸海空自衛隊の基地・駐屯地においても、施設や設備に多数の損害を受けた。
  松島基地では駐機場および格納庫に駐機していた航空機28機(F-2B戦闘機 × 18機、T-4練習機 × 4機、U-125救難捜索機 × 2機、UH-60J救難ヘリコプター × 4機)すべてが水没するなどの被害を受けた。これにより第4航空団は救援活動を行おうにも手も足も出ない状況に陥った。
  また、仙台空港において整備中であった、陸上自衛隊第1ヘリコプター団特別輸送ヘリコプター隊所属のEC225LP型1機が津波による空港の浸水によって水没し、全損となった。
自衛隊員の災害関連死
  2011年4月1日、震災発生翌日の12日に駐屯地を出発し、15日から作業に従事していた50歳代の曹長(陸上自衛隊・旭川駐屯地所属)が死亡した。死因は過労死の可能性があるとされている。
  曹長が所属していた第2特科連隊連隊長は曹長の死亡について、「誠に残念で、ご冥福をお祈りする。災害派遣活動との因果関係を調査し、原因を究明したい」と述べた。4月2日、防衛省は同曹長を1日付で准尉に特別昇任させることを決めた。15日には遠野市の指揮所で運用調整に当たっていた第9施設大隊所属の1等陸曹が脳幹出血で死亡、防衛省は同日付で1曹を曹長に特別昇任させた。1曹が所属していた第9施設大隊の大隊長は、「大変残念。倒れた隊員の復興に懸ける気持ちを受け継ぎ、全力で活動するとともに、隊員の健康管理に万全を期す」と述べた。5月27日未明には第18普通科連隊所属の3等陸曹が死亡。本震災における自衛隊員の災害関連死は3人目となった
緊急消防援助隊
消防庁の指示で全国の消防本部から緊急消防援助隊のべ10万9919人が派遣されて5064人を救出した。
  ・派遣期間 - 平成23年3月11日 - 平成23年6月6日(88日間)
  ・部隊・隊員数 - 1都1道2府40県 総人員30,684人(8,854隊) 延べ人員109,919人(31,166隊)
  ・活動地域 - 岩手県、宮城県、福島県、千葉県
  ・活動内容 - 航空部隊は人命救助、空中消火、情報収集などに、陸上部隊は消火、救助、救急活動などに従事した。
問題点・課題
  震災後、ボランティア活動に対する保健衛生上の規制や支援車両に対する道路交通法の規制など、現在の法令による制限が復興の障害となっていることが明らかになった。復興の遅れにより経済や生活に二次的な被害が生じているため、関係自治体では災害特区指定や特別立法への期待も大きい。市街地が壊滅した岩手県陸前高田市などでは、集落ごと高台に移転するといった大規模な対策が検討されているが、課題も山積している。
  震災以後も、2011年9月には戦後最大級の勢力をもって上陸した台風15号によって被災地が広範囲で浸水し、福島第一原発では汚染水の水位上昇などの被害が起きている。膨大な量のがれき(たとえば岩手県では、前年1年間のごみ処理量の23倍に上るがれきが発生した)をどのように処理するかについても、がれきに付着した放射性物質の濃度が問題とされ、広域的な処理は進んでいない。
  国および福島県は原発事故に伴う長期避難世帯を被災者生活再建支援法の長期避難世帯と認めていないことから、原発事故の長期避難に伴う災害関連死(特に「原発関連死」と呼ばれる)対策や原発避難者生活再建支援施策が求められている。


阪神・淡路大震災
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


阪神・淡路大震災は、1995年平成7年)1月17日に発生した兵庫県南部地震による大災害
  1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒、兵庫県淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、マグニチュード7.3の兵庫県南部地震が発生した。
  近畿圏の広域(兵庫県を中心に、大阪府京都府も)が大きな被害を受けた。特に震源に近い神戸市市街地(東灘区灘区中央区三宮元町ポートアイランドなど)、兵庫区長田区須磨区)の被害は甚大で、当時東洋最大の港であった近代都市での災害として、日本国内のみならず世界中に衝撃を与えた。犠牲者は6,434人に達し、第二次世界大戦後に発生した地震災害としては、東日本大震災に次ぐ被害規模である。戦後に発生した自然災害全体でも、東日本大震災が発生するまでは最悪のものであった。
  同年7月25日激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律に基づく激甚災害にする。
地震の特徴
  地震による揺れとして、地震後の気象庁の地震機動観測班による現地調査で阪神間(兵庫県東南部の神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市)および淡路島の一部(津名町北淡町一宮町)に震度7の激震が適用された。神戸海洋気象台(神戸市中央区中山手)および洲本測候所(洲本市小路谷)では震度6を観測し、地震機動観測班による現地調査で兵庫県南部の広い範囲に加え、大阪府でも大阪市西淀川区佃、豊中市庄本町、池田市住吉において震度6と判定される地域があった。
  ほか、東は小名浜福島県いわき市)、西は長崎県佐世保市、北は新潟県新潟市、南は鹿児島県鹿児島市までの広い範囲で有感(震度1以上)となった。
  戦後に発生した地震では、1946年(昭和21年)の昭和南海地震1948年(昭和23年)の福井地震を大きく上回り、当時の地震災害としては戦後最大規模の被害を出した。被害の特徴としては、都市の直下で起こった地震による災害であるということが挙げられる。日本での都市型震災としては、大都市を直撃した1944年(昭和19年)の昭和東南海地震以来となる。

  福井地震を契機として新設された「震度7」が適用された初めての事例であり、実地検分(気象庁の地震機動観測班による現地調査)によって震度7が適用された最初の事例であった。しかし、現地調査後に震度7を発表したのでは対応が遅れるとの意見を踏まえ、この震災の翌年から震度7も計測震度によって速報可能な体制に変更された。これ以降に発生した、2004年新潟県中越地震2011年東北地方太平洋沖地震東日本大震災)、2016年熊本地震2018年北海道胆振東部地震における震度7の観測は、震度計によって実測されたものである。
  建造物に対する被害が大きいとされる周期1-2秒程度のキラーパルスを伴った地震動は、数値上でも当時最大級のものとして記録され、10秒以上続いた地域もあった(ただし、その後の地震では兵庫県南部地震を超える地震動が観測されている)。神戸海洋気象台(現・神戸地方気象台)では、最大加速度818ガル、最大速度105カイン、最大変位27cmの地震動が襲ったと分析されている。これらは、釧路沖地震(922ガル、67カイン、変位93cm)、ノースリッジ地震(約800ガル、128カイン)に匹敵するものである。六甲アイランドの地震計では縦揺れ507ガルが記録された(日本で過去最大は2008年(平成20年)6月に岩手県一関市で観測された4022ガルである)。
その他
  道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などの生活インフラ(現代社会においてはライフラインと通称される例が多い)は寸断されて、広範囲においてまったく機能しなくなった。これ以降、都市型災害および地震対策を語る上で、「ライフライン」の早期の復旧、「活断層」などへの配慮、建築工法上の留意点、「仮設住宅」「罹災認定」などの行政の対策などが注目されるようになった。
  もともと日本は地震大国であり、日本の大型建築物は大地震には耐えられない構造であることが分かったので、1981年(昭和56年)には大幅な建築基準法の改正が行われた(いわゆる新耐震基準)。しかし、日本の建造物が安全であるとする報道に基づいた誤解をしている市民も多く、また新耐震基準施行の1982年(昭和57年)以降に建てられたビルマンション病院鉄道の駅舎などでも広範囲にわたって倒壊・全半壊が多く見られた。
名称
  1995年1月17日午前5時46分に発生した当地震に対し、同日午前10時(4時間14分後)に政府が「兵庫県南部地震非常災害対策本部」の設置を決定した。同日午前11時、気象庁は当地震を「平成7年(1995年)兵庫県南部地震」。
  一方、当地震によって引き起こされた災害(震災)を指す名称は、マスメディア等により任意に命名されていた。『毎日新聞』は地震発生当日の午後3時半ごろ、「阪神大震災」の名称を発案し、1月18日付朝刊以後、同紙上で広められた。テレビでは読売テレビが地震発生当日から一部の番組で「阪神大震災」を使い始め(1月24日昼から統一)、毎日放送テレビは1月18日昼頃から呼称を「阪神大震災」に統一した。その後、他の報道機関の中にもこれに追随する動きが出始めた。関西テレビ1月19日から、『読売新聞』は1月22日付朝刊から朝日新聞と『産経新聞』は1月23日付朝刊から、『日本経済新聞』は1月23日付夕刊から、朝日放送テレビは1月23日から、NHKは1月23日夕方から、『神戸新聞』は1月24日付朝刊から、共同通信は1月24日の配信記事から、『週刊文春』は2月2日号から、それぞれ「阪神大震災」の名称を使い始めた。
  一方で、『週刊現代』(2月4日号)や『サンデー毎日』(2月5日号)、『週刊朝日』(2月3日号)、『アサヒグラフ』(2月1日号)、『AERA』(1月30日号、2月5日号緊急増刊、2月13日号、2月25日号臨時増刊、3月25日号臨時増刊など)、『諸君!』(3月号、4月号)、『日刊スポーツ』(1月18日付)では「関西大震災」、『東京新聞』(1月23日付夕刊まで、『週刊読売』(2月5日号)、『産経新聞緊急増刊』(『産経新聞』『週刊Gallop』『サンケイスポーツ』1月27日号)では「神戸大震災」、『週刊新潮』(2月2日号)では「神戸地震」、読売テレビの一部の番組では「関西大地震」など、当初は統一されていなかった。

  「阪神大震災」の表記が優勢となる中で、それまで独自の名称を採用していたメディアも震災名を「阪神大震災」に切り替える傾向が進んだ。『東京新聞』は1月24日付朝刊から、『週刊朝日』は2月5日緊急増刊号から、『アサヒグラフ』は2月10日号から、それぞれ「阪神大震災」を使い始めた。
  2月14日、災害名を「阪神・淡路大震災」とすることが閣議で口頭了解された。これは政府が、神戸市を中心とした阪神地域および淡路島北部において被害が甚大であり、また、災害の規模が大きいことに加え今後の復旧に統一的な名称が必要と考えたためである。なおそれ以前から、震災当時の北淡町長・小久保正雄は「阪神・淡路大震災」の名称を提案していた。2月24日には、5年間の時限立法として阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律(1995年(平成7年)法律第12号)が制定、即日施行された。

  なお、大阪府下では豊中市を除くと兵庫県ほどの被害でないにも関わらず、「阪」の文字が入っているのは、兵庫県内における地域区分である「阪神間」(神戸市灘区・東灘区と兵庫県の芦屋市尼崎市西宮市近辺)における被害が甚大であったためである(なお、豊中市では南部を中心に甚大な被害が出ており、死者9名が出たほか、避難所暮らしを余儀なくされた人も多い)。ただし、上記の用法による「阪神」では神戸市、明石市も豊中市も外れてしまうことになり、大阪市や神戸市も含めた、より広義の「阪神」では大阪府西部・兵庫県南部の順で表現されていることになるため、なお異論は少なくない。そうしたこともあって、「南兵庫大震災」という表記を用いる書籍もある。
  また、現在でもマスメディアなどで単に「阪神大震災」と呼ばれることがある。これに対して疑問を持つ被災者もいる。大都市・大工業地帯・観光都市の一つである神戸・阪神地区だけが壊滅的な被害を受けたように表現され、同様に甚大な被害を受けた淡路島北部のほか、阪神地区の周辺について考慮されていないからである。『毎日新聞』には、実際に淡路島の読者から「阪神大震災」の名称に対して「なぜ淡路を入れないんだ」という抗議の手紙が届いたという。また震災当時に淡路島にあった津名町(現・淡路市)町長の柏木和三郎は「阪神大震災」の名称に対して、「どこで起きた地震かと、他人事のような気がする」「マスコミに厳重に抗議したいが、忙しくてそれどころではない」と発言している。またNHKでは「阪神大震災」と呼ぶ際、できるだけ「淡路島を震源とする」という注釈を添えて呼ぶようにしていた。
被害
  関東大震災では、木造住宅が密集する地域での火災が被害を大きくしたため、おもに焼死により日本の災害で最悪となる約10万人の死者を出した。東日本大震災では主に津波による水死で1万5千人を超える戦後最悪の死者を出した。これらと比べ、当震災では断層沿いに被害が集中して被災地域が狭かったものの、冬季の早朝に発生し、自宅で就寝中の者が多かったため、主に圧死で6千人を超える死者を出した。甚大な被害を伴った震災であったが、その中でもいくつかの被害軽減の要因となった事項が挙げられる。
  ・発生時刻:冬季の早朝であったため、公共交通機関・道路の利用率が少なく(山陽新幹線の下り列車は新大阪発6時始発)、外出者も少なかったことで、市街地-自宅外での被害を抑えた。
  また、気温が日中10℃前後の低温の季節だったことから、倒壊建屋に閉じ込められた生存者の熱中症、凍傷等の衰弱要因がなかったことも人的被害を抑えた。さらに多くの被災者が就寝時の被災であったことから、本震時は毛布で身体を覆うことで落下物から防護したり、救出までくるまって暖をとっていたりした被救助者もいた。多くの市民が自宅での被災だったため帰宅困難者などが発生しづらく、安否確認が比較的容易な状況であった。火の使用も少なかった。
  ・気象条件:風が穏やかで、延焼が最小限に抑えられた。降水が少なかった。
  また、兵庫県西宮市仁川では、住宅街に面した造成斜面において大規模な地すべりが起こり、34人が犠牲になった。
被災者の死因
  NHKによる死体検案書の分析によると、地震当日に死亡した5,036人の76%に当たる3,842人は地震から1時間以内に死亡しており、このうちの9割が圧迫死(圧死、窒息死など)だった。多くは木造家屋が倒壊し、家屋の下敷きになって即死したとみられる。特に1階で就寝中に圧死した人が多かった。
  2階建て木造住宅の場合、「(屋根瓦と2階の重みで)1階の柱が折れて潰れるケース」が多かったが、建物が倒壊しても2階の場合は生存のスペースが残りやすく、死者は少なかった。
  死者の90% 程度は圧死とされている。また、死亡に至るまでの時間も短かった。遺体を検案した監察医のまとめでは、神戸市内の死者約2,456人のうち、建物倒壊から約15分後までに亡くなった人が2,221人と92%にも上り、圧死・窒息死で「即死」した人が大半を占めた。サンデー毎日による調査では、分析対象とした247人のうち、47人が建物の下敷きになる一方、家具の下敷きは2人のみだった。
  死者のうち、20代が30代よりも200人近く多く、年齢階層ごとに死者数が増える東日本大震災と異なった様相を呈している。20代が多かった理由としては、大学が多い神戸市灘区などで高齢者と同様、文化住宅など木造アパートに住んでいた学生が、倒壊したアパートの下敷きになったケースが多いと見られている。31の大学で111人が死亡し、特に、神戸大学では学生39人、教職員2人の大学関係最多の死者を出した
瓦屋根・木造・日本家屋の危険性
  日本瓦を使い、基礎が石に柱を載せただけで、筋交いの少ない老朽化した木造住宅でも多くの死者が出たため、神戸地域においては新築の屋根はほとんど見られなくなった。日本の伝統構法の流れを汲む木造軸組構法の住宅に被害が集中し、新しい住宅においても筋交いなどが不十分であった物件は大きな被害を受けている。坂本功著の『木造建築を見直す』という書において「死亡者のうち5,000人近くは、軸組構法の住宅の下敷きによって圧死した」と述べている。しかし重要なのは、「構造的に問題のある建築に瓦屋根のものが多かった」にもかかわらず、一般的には「瓦が重いから問題」であると誤解されている
  古い木造住宅は、年月の経過によって乾燥している点、耐火材を使っていないなどの理由による火災の被害も多い。これは、神戸地区の木造住宅が地震よりも台風に対応した木造住宅であり、振動に弱く瓦部分が重く、なおかつ瓦の固定方法も屋根に土を葺いてその上に瓦を載せる方法が多かったことにも起因している。なお、筋交いを多く入れてある木造住宅においては耐震性も十分にある。また、同じ木造住宅でも、プレハブやツーバイフォー(木造枠組壁構法)と呼ばれる工法の住宅が高い耐震性を示している。3階建住宅の被害もほとんどなかった。
生存空間
  日本の伝統構法の流れを汲む木造軸組構法で多くの即死者が出た原因は、潰れた建物の下敷きになり生存空間がなくなったためである。分解しやすい構造のため、地震の場合瓦屋根、屋根土、土壁、床、柱がバラバラになって落下し、下敷きになって人体が潰れるためである。揺れが小さい場合は土壁が建物を守るが、揺れが大きい場合は土壁も破壊され落下し凶器になる場合がある。
  鉄筋コンクリート造りの場合は、強固な一体構造であり、大破しても柱、屋根、床はバラバラになって潰れることがない。柱は破壊されても、天井が低くなるだけで床や屋根部分はバラバラになることはなく、即死することが少ない。さらに普通のマンションの場合、壁が多く、壁が柱の役目をするので構造的に潰れにくい。マンションは大破した場合でドアが開かない、大きな亀裂が入るなど住むことはできないが、建物の下敷きになって怪我をしたり即死することはない。例外的に低層階に会社、スーパーマーケットなど窓が大きく、柱が少なく、壁の少ない構造のマンションでは一階の柱が破壊され、天井が極端に低くなった例がある。
建築基準法改正前の住宅
  耐震性を考慮に入れて建築基準法が改正された1981年(昭和56年)以降で1982年頃から建築された物件の被害が少なかったことが報告されている。結果的に、改正された建築基準法の有効性が証明されることになった。倒壊して死者の出た住宅は1982年(昭和57年)以前の建築物件で、当時の建築基準法により設計されていて耐震性が弱かったともいえる。震災後も、1996年(平成8年)・2000年(平成12年)・2006年(平成18年)に建築基準法は改正されている。
  危険な合法住宅の問題点としては、古い住宅の場合は耐震性がなく危険であっても違法ではない。違法かどうかは、新築時の建築基準法に対して判断するため、新築時の法規に適合していた建物は、その後に老朽化して危険になっても違法ではない(既存不適格と呼ぶ)。たとえば、建築基準法がない江戸時代の建造物は危険であっても合法である。
  3階建て住宅ではほとんど被害が出ていないのは1988年(昭和63年)に建築基準法が改正・施行されるまでは、準防火地域において木造3階建ての建築は禁止されていたため、耐震性がない合法3階建住宅(古い3階建て)がなかったためである。また、日本では耐震性が不十分な住宅が国土交通省の推計より2008年(平成20年)時点で約1,050万戸(日本の住宅総数の約23%に当たる)あるといわれている








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