海の事故-問題



2021.07.24-NHK NEWS WEB-
海水浴場で5歳男児が死亡など全国で水の事故相次ぐ

  5歳の男の子が鳥取県米子市の海水浴場で死亡するなど、24日は、全国で水の事故が相次ぎました

5歳男児が死亡 海でおぼれたか
  24日午前11時すぎ、米子市皆生温泉にある海水浴場、「皆生温泉海遊ビーチ」で、男の子がうつ伏せの状態で浮かんでいるのを海水浴客が見つけました。男の子は海から引き上げられて病院に運ばれましたが、およそ2時間半後に死亡が確認されました。
  警察によりますと亡くなったのは、米子市内に住む保育園児の野上丈尊くん(5)で、父親と兄と一緒に24日午前10時ごろから海水浴に訪れていたということです。男の子が見つかったのは、波打ち際からおよそ15メートルのところに海水浴場を囲むように並ぶ波消しブロックの砂浜側で、波は穏やかな状態だったということです。
  海の深さは1メートル40センチほどで当時、1人で泳いでいたということで、警察は誤って溺れたとみて詳しい状況を調べています。
男子高校生1人が死亡 北海道
  24日午後4時ごろ、北海道小樽市銭函3丁目の新川の河口付近で17歳の男子高校生1人の行方がわからなくなったと一緒にいた友人から海上保安部に通報がありました。
  消防や警察、それに海上保安部が捜索した結果、およそ1時間後に海の中で男子高校生を発見しましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました。
  警察によりますと、死亡したのは札幌市手稲区の園部寛人さん(17)で24日は10人の友人と一緒に、現場の河口付近を訪れ、このうち4人と川に入って遊んでいたということです。
男子高校生が心肺停止 愛媛
  24日午後2時ごろ、愛媛県大洲市の肱川で「川に入っていた1人が溺れたようだ」という通報が消防にありました。
  警察や消防によりますと、溺れたのは大洲市の17歳の男子高校生で午後5時半ごろ川の中から救助し、病院に搬送しました。心肺停止の状態だということです。高校生は24日午後1時ごろから友人5人と一緒に川で泳いでいたということです。
  現場は大洲市の観光名所「臥龍山荘」の近くで、川は水深5メートルから10メートルほどある場所だということです。
  警察は高校生が川遊びをしているうちに溺れたとみて、詳しい状況を調べています。大洲市は24日の最高気温が35.3度と猛暑日となっていました。
留学生が行方不明に 愛知
  24日午後4時すぎ、田原市日出町の海岸近くにいた人から「3人グループのうちの1人が溺れている」と消防に通報がありました。
  鳥羽海上保安部などによりますと、行方がわからなくなっているのは、愛知県豊橋市に住む24歳の外国人留学生の男性で、この男性を含む大学生3人で泳ぎに来ていたということです。
  現場は、渥美半島の先端にある遊泳が禁止されている海岸で、海上保安部や警察、消防などが、ヘリコプターや巡視艇などを出して捜索しましたが見つからず、25日朝から改めて捜索することにしています。
46歳男性が死亡 三重
  24日午前8時ごろ、三重県紀北町の又口川で大阪・城東区の壽崎博さん(46)が水中で意識を失っているのを友人たちが見つけ消防に通報しました。
  警察や消防によりますと、壽崎さんは友人たちに救助されてドクターヘリで病院に搬送されましたが、昼すぎに死亡が確認されました。警察によりますと壽崎さんは、友人4人と24日朝、紀北町を訪れ、川遊びをしていたということで、警察は当時の状況を詳しく調べています。
  紀北町の山あいを流れる又口川は、清流で知られる銚子川の支流で、警察によりますと現場の川幅は5メートルほど深さはおよそ2メートルあるということです。
62歳男性が死亡 兵庫
  24日午後2時半ごろ、兵庫県たつの市の沖ノ唐荷島で「沖合で海水浴をしていた男性が溺れて心肺停止している」と消防に通報がありました。消防が男性を救助し市内の病院に搬送しましたが、およそ1時間半後に死亡が確認されました。
  姫路海上保安部によりますと、死亡したのは大阪・吹田市に住む自営業の伊藤浩さん(62)で、24日朝から友人と海水浴に訪れ、当時、沖ノ唐荷島から5キロほど離れた沖合で1人で泳いでいたということです。
  海上保安部は、泳いでいた際、誤って海水を飲んで溺れたとみて当時の詳しい状況を調べています。


2021.07.07-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20210707-WCINHBTGXVKUXHIHHHF6LYH42U/
船舶大型化が招く事故リスク 海上保険料15%アップも

  貨物船が座礁事故などを起こしたときのために加入する海上保険の保険料が上昇傾向にある。業界関係者によると、保険料の水準は今年1月に15~20%も上昇。過去10年程度でみても同様の流れが続いている。背景には多発する事故や、海運業界が運送効率向上のために進めてきた船舶の大型化に伴う事故被害額の高額化がある。3月にエジプト・スエズ運河で座礁事故を起こしたコンテナ船も最大クラスの大きさだった。船舶の大型化は悪天候の影響を受けやすくなるという欠点もあり、規制の必要性も指摘されている。

  「世界で大型船の全損や座礁、火災事故が相次いでおり、保険料率が引き上がる要因になっている」大手損害保険会社の担当者は、そう説明する。保険料率は保険金額に対する保険料の比率を示す値。水準は契約ごとにさまざまだが、ある保険代理店の担当者は「例えば貨物保険でいえば積む貨物の価格に対して0・3~0・5%をめどに保険料の交渉が始まることが多い」と話す。
  業界関係者によると、今年1月の契約更改期、保険料率の世界的な水準が従来より15~20%も上昇した。ここ2、3年は保険料率が上がっており、10年程度でみても、やはり上昇傾向が続いているという。

  保険会社がリスク分散のために加入する「再保険」を引き受けている英ロイズ保険組合の市場でも、昨年1年間で保険料率が1割上昇した。このことが各保険会社が顧客に求める保険料率のアップにつながっている。
  背景にあるのは船舶の大型化だ。世界のコンテナ船の大きさを20フィートコンテナを1単位(TEU)とした積載個数で見ると、最大クラスの船舶は2000年前後は7060TEUだったが、昨年5月段階では3倍を超える2万4千TEUとなった。スエズ運河で事故を起こしたコンテナ船も同クラスで、全長は東京タワー(333メートル)を超える400メートルにも及ぶ。ひとたび事故を起こせば被害は極めて大きくなる

  船舶の大型化は運搬量を増やして費用対効果を上げようとする海運会社の戦略の表れでもあるが、リスクの高さが表面化している形だ。海運に詳しい福知山公立大の篠原正人特命教授は「荷が高くなれば風の影響を受けやすくなるなど、巨大船は運河の通行はもとより、港に入るにも危険が増す。安全輸送よりも商売優先になっており、何らかの規制が必要だ」と指摘している。(福田涼太郎)


2021.02.11-Yahoo !Japanニュース(TBS NEWS)-https://news.yahoo.co.jp/articles/59374a94986b6933235d3c7d0e8caf950cc64e59
訓練指導役の隊員が複数同乗か、海自潜水艦そうりゅう衝突事故(11日11:21)

  海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」と民間の商船が衝突した事故で、「そうりゅう」には訓練を指導する複数の隊員が乗船していたことがわかりました。
  事故当時、「そうりゅう」は、定期点検を終えた後に乗組員が操だ技術などを確認する訓練中でした。防衛省関係者によりますと、この訓練では、指導役の隊員が潜水艦に同乗し、乗組員の基本動作や連携などを指導するということで、事故発生時も「そうりゅう」には複数の指導役の隊員が乗船していたということです。
   商船と衝突した際の浮上が指導の対象だったかどうかなどを海上保安庁が調べていて、自衛隊も指導役の隊員の指示や監督の状況について、調査を進めていく方針です。(11日11:21)



えひめ丸事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


えひめ丸事故は、2001年2月10日8時45分(日本時間)、アメリカ・ハワイ州のオアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高等学校の練習船だったえひめ丸に浮上してきたアメリカ海軍の原子力潜水艦グリーンビルの不注意で衝突し沈没させた事故。乗務員の35人のうち、えひめ丸に取り残された教員5人と生徒4人が死亡し、救出されたうち9人がPTSDと診断された。
概要
  愛媛県立宇和島水産高等学校に所属する漁業練習船えひめ丸(499トン)が浮上したアメリカ海軍所属のロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦グリーンビルと衝突しエンジン周辺を損傷、約5分程度の間に沈没した。えひめ丸側35名の乗務員の内9名が死亡し、衝突の際に海上に投げ出された26名は救出されたがその内の1名が鎖骨骨折、うち11名が軽傷を負った。

  この事故の際、浮上以前からソナーでえひめ丸の存在に気付いてはいたが、グリーンビルには民間人16名が搭乗、グリーンビルのクルー等はこの民間人の対応に追われ、ソナーによる確認作業が等閑になっていたとされる。その他にもいくつかのミスが事故の原因とされている。事故後にグリーンビルは現場海域に留まったものの同乗の民間人に配慮して積極的な救難活動を行わなかったとする非難の声がある。一方で衝突当時周辺の海はかなり荒れており(波高3-6フィート)、潜水艦が積極的な救助活動を行うことは難しかったとアメリカ海軍は主張している。アメリカ海軍側が早々に捜索を打ち切ろうとした際に現場に派遣されていた桜田義孝外務大臣政務官が「捜索を打ち切ると言われたから断ると言ってやった」と報道陣の前で啖呵を切ったシーンが話題になった。
  同年2月16日には水深600mの地点で沈んでいたえひめ丸の船体が発見された。えひめ丸の引き上げを希望する行方不明者家族側と、引き上げコストを理由に難色を示すアメリカ海軍側の意見のすれ違いもあった。しかし、2001年10月16日、一旦船体をダイバーが潜行して調査できる水深35mの位置まで移動させ、ダイバー等による1か月以上の捜索を実施後、えひめ丸の船体は水深1800mの海底に移動された。
  当時の森喜朗首相は事故発生時に休暇を取得、ゴルフをしていたが、事故の一報ののちもそのままゴルフ場に留まったことが大きな問題となり、内閣総理大臣を辞任した(森喜朗#えひめ丸事故を参照)。
捜索と引き上げの是非
  えひめ丸は600mもの海底に沈んだため、船体引き上げは困難であり、当初はアメリカの慣習に従い船体は放置される予定だった。
  しかし、事故発生時から行方不明者家族らにより沈没した船体の引き上げが強く望まれたこと、日本の火葬による葬儀の風習、また日本人の感情などに配慮したアメリカ側は、代行案として船体の浅瀬への曳航を提示、行方不明者家族側もこれを了承した。日本政府は2001年8月に愛媛県からの要請により潜水艦救難艦ちはや災害派遣し、遺体捜索作業を行った。日本側の支援のもと、船体を浅海底に移送し、アメリカ海軍のダイバーが11月7日までに行方不明者9名の内8人の遺体を収容した。

  この引き上げ・曳航作業の資金として、アメリカは6,000万ドルを投入した。このことはアメリカ国内で議論を呼び、拠出の事実のみを批判するアメリカ人も存在した。英語圏のマスコミ報道ではえひめ丸について「漁船」 (fish boat)と紹介され、高校生が乗っていた実習船であることを報道した記事は少なかった。日本の産経新聞は「こうしたアメリカへのある種の“甘え”はこれきりにしたい」など、日米両国に対し終始批判的だった。
  引き上げ後の調査で、えひめ丸は船底のフレーム21から54にかけて「くの字」状の亀裂が入っていたことが判明し、下から突き上げられたことによる衝撃で沈没したことが確認された。
事故後
  当時のグリーンビルの艦長であるスコット・ワドル中佐(当時)は事故の責任について軍法会議で審議されることはなく、司令官決裁による減俸処分を受けただけで、後に軍を名誉除隊した(懲戒免職に相当する不名誉除隊ではなく、軍人年金などの受給資格のある一般退職となった。退職後、ただちに海軍関連の企業に再就職した)。2002年12月には愛媛県宇和島市を訪れ、宇和島市内にあるえひめ丸慰霊碑に献花した。
  2002年11月30日、5代目えひめ丸が建造され愛媛県に引き渡されている。また、ホノルルと宇和島に慰霊碑が建立されている。
   ・2003年、全国水産高校長協会が2月10日を「海の安全祈念日」に制定した。
   ・時期不明、アメリカ合衆国大統領ジョージ・ウォーカー・ブッシュは電話で森首相に謝罪し、アメリカの責任を全面的に認めた。
   ・ハワイの航海カヌーホクレアはえひめ丸の犠牲者追悼の意味も込めて、2007年5月に宇和島市を訪問した。ナイノア・トンプソン船長は水産高校をクルーと共に訪れ慰霊碑の前で献花、同校等でワークショップを開催した。
   ・2006年2月10日より和歌山県の高野山高等学校の宗教科生が高野山 奥之院燈籠堂にてえひめ丸慰霊法会を毎年厳修している。
   ・NTSB(アメリカ国家運輸安全委員会)は、2005年10月19日にこの事故に関する報告書を出している。この報告書では、グリーンビルのワドル元艦長の責任を含めアメリカ海軍による内部調査の多くの部分を認めている。ワドル元艦長は2003年にThe Right Thing(ISBN 1591450365)と題した著書を出版し、この事故にどのように対応したかを述べている。
   ・えひめ丸事故の追悼歌・鎮魂歌として、以下の楽曲が制作された。
   ・「えひめ丸」(作曲・演奏:ジェイク・シマブクロ
   ・「あゝえひめ丸」(作詞:沖良雄、作曲:玉井知湖、歌:田中幸子、沖美恵子)
   ・「海よ 鴎よ 島々よ」(作詞:宮内たけし、作曲:町田真理子、歌:町田真理子、多田周子
  2006年にえひめ丸に乗船していた元実習生の一人が、別の実習生に恐喝を行った容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。この事件は事故後の実習生たちの心のケアにあたっていた関係者にも衝撃を走らせた。
  事故から10年経った2011年から(2020年を除く)、宇和島市では「うわじまハワイアンフェスティバル」が行われている。事故を風化させないために、また、もともと宇和島市の姉妹都市であったホノルル市との友好を深めることが目的である。
  発生から20年目の2021年、グリーンビルのワドル元艦長が、遺族に謝罪するとともに「事故の責任は自分にある」とする遺族宛ての書簡をまとめ、公表した。また2021年のホノルルでの慰霊式典は新型コロナウイルス感染拡大及び日本国内一部地域にて改正・新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて発令された緊急事態宣言の影響を受け、日本からの遺族の参加を中止した。
慰霊碑
  2002年、ハワイ州・オアフ島のホノルルカカアコ・ウォーターフロント・パーク内に当時の高野山高校宗教科の生徒らが寄付を募り、慰霊碑が設置された。2018年6月4日には、訪米中の秋篠宮夫妻が立ち寄り慰霊を行っている。 また、高野山高校宗教科の海外研修としてハワイに何度か訪れて、慰霊碑の前で物故者慰霊法会をしている。

類似する事故
以下は、海難事故のうち潜水艦と船舶が衝突した事故である。
  ・1981年4月9日、日本船籍の日昇丸が、東シナ海でアメリカ海軍の原子力潜水艦ジョージ・ワシントンに下から突き上げられ沈没するえひめ丸とよく似た事故(米原潜当て逃げ事件)が発生している。この事故で2人が犠牲になった。
  ・1988年7月23日、海上自衛隊の潜水艦「なだしお」が遊漁船「第一富士丸」と横須賀沖で衝突する事故(なだしお事件)が発生し、遊漁船の乗客39名・乗員9名のうち30名が死亡し、17名が重軽傷を負った。
  ・1988年8月26日ペルー海軍所属の潜水艦パコーチャ(BAP Pacocha, SS-48)と三重県の遠洋マグロ漁船「第8共和丸」がペルー・カヤオ港外で衝突しパコーチャが沈没、パコーチャの艦長ら8人が死亡した。パコーチャは元はアメリカ海軍のバラオ級潜水艦アトゥルで、アトゥルは第二次世界大戦では対日通商破壊作戦に従事し、1944年11月1日浅間丸を撃沈した潜水艦であった。なお同艦は浮上後スペアパーツとして使われた。
  ・2006年11月21日、宮崎県沖で、海上自衛隊の練習潜水艦「あさしお」とパナマ船籍の貨物船スプリング オースターが接触したが、双方とも損傷が軽微で負傷者がでなかった。
  ・2007年1月9日ホルムズ海峡ロサンゼルス級原子力潜水艦のニューポート・ニューズが日本のマンモスタンカー「最上川」(16万トン)に衝突、双方に負傷者は出なかったが「最上川」の船底部を損壊し航行不能になった。







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