未解決事件問題-1



2021.11.10-NewSee-https://newsee-media.com/unresolved-incident
愛知豊明母子4人殺人放火事件
  事件発生:2004年9月9日
  場所:愛知県豊明市の民家
  犠牲者:母親(38歳)、長男(15歳)、長女(13歳)、次男(9歳)
  事件の概要:殺人放火事件
  2004年9月9日の午前4時25分、近隣住民から火事の通報があり、事件が発覚しました。最初は、ただの火事だと思われていましたが、室内にはガソリンをまいた跡があり、さらに遺体に損傷があったことから、殺人放火事件と断定し、捜査が始まっています。
  被害者である母親と長女はサバイバルナイフで体を10か所以上刺されたことによる外傷性・出血性ショック死であることが判明。長男と次男は鈍器のようなもので頭部を殴られており、それぞれくも膜下出血と脳挫傷が死因となっています。
  つまり、放火による焼死ではなく、まず殺されてから放火されたという可能性が高いというわけですね。

歌舞伎町ビル火災事件
  事件発生:2001年9月1日
  場所:新宿歌舞伎町の雑居ビル
  犠牲者:44名が死亡
  事件の概要:歌舞伎町の雑居ビルでの火災
  2001年9月1日の午前1時ごろ、新宿の歌舞伎町にある雑居ビル「明星56ビル」に火災が発生し、44名が死亡するという事件(事故)が起こりました。
  明星56ビルは地上4階・地下2階のビルで、麻雀店やイメクラ、飲食店などが入っている雑居ビルです。最初に通報されたのは火事ではなく、救急でした。明星56ビルの3階の麻雀店の従業員が火事から逃れるために、窓から飛び降りました。それを目撃した4階のお店の従業員が「人が落ちた」と救急要請をしています。
  このことから、3階で火事が起こり、従業員が逃げるために飛び降りた時点では、4階の人たちは火事が起こっていることを把握していなかったということになります。火災発生当時、47名がこのビルにいました。3名は3階から自力で脱出し無事でしたが、残りの44名は一酸化炭素中毒により死亡しました。44名という多くの死者を出し、日本有数の歓楽街である新宿歌舞伎町で起こった火災事故は、日本中に大きな衝撃を与えました。
  この事件の怖いところは、出火原因が不明であることです。3階の階段の踊り場が出火場所であることはわかっていますが、なぜ火事が起こったのかはわかっていません。
  火災発生直後、目撃証言などから4人目の生存者がいたとされていますが、この4人目の生存者は行方をくらませていて、本当にいたのかどうか、4人目の生存者は誰だったかは分かっていません。また、火災発生直後にビルから立ち去る怪しい人物も目撃されていて、放火だったのではないかとも噂されています。
  犯人はもちろん、放火なのか事故なのかもわかっていない未解決事件になります。

広島一家失踪事件
  事件発生:2001年6月4日
  場所:広島県世羅町
  犠牲者:一家4人
  事件の概要:一家4人が突然失踪し、約1年後にダムから遺体が見つかる
  2001年6月に広島県のある一家4人(建設会社勤務の父、会社勤務の母、小学校教諭の娘、祖母)が忽然と姿を消した事件がありました。  そして、約1年後の2002年9月に京丸ダムの湖底から車と行方不明になっていた4人の遺体、さらに愛犬の遺体が発見されました。
  この事件は一家心中だったということで捜査は終了していますが、不審な点がたくさんあり、いまだに未解決と言われています。
  不審な点には次のようなものがあります。

  ・会社勤務の母は翌日から中国へ社員旅行の予定があり、荷物のパッキングも住んでいた ・借金やトラブルなどは一切ない・争った痕跡はなく金品を盗まれた様子もない ・パジャマ姿のサンダル履きで深夜に家を4人全員で外出したとみられる ・翌日の朝食が虫よけネットをかけた状態で用意してあった ・携帯電話や免許証などは室内に置かれたまま

  無理心中(一家心中)をするような理由が全く見当たらず、さらに翌日からの旅行の用意や朝食の用意がされていたことから、突発的に一家4人が深夜にパジャマで外出するのは、なにか事件に巻き込まれたのではないかと言われています。
  翌日からの旅行の用意がされていて、朝食の準備までしていたのに、一家4人が忽然と姿を消してしまう。とても怖い事件ですよね。

柴又女子大生放火殺人事件
  事件発生:1996年8月8日
  場所:東京都葛飾区柴又3丁目の民家
  犠牲者:上智大学4年の女性
  事件の概要:自宅で1人いる時に強姦・殺害され、放火された
  1996年8月8日に葛飾区柴又にある民家から火事が発生し、2時間後に消火されましたが、焼け跡からその家の娘である女子大生の遺体が発見されました。この凄惨な事件はほんの1時間の隙に起こった事件です。事件当日の時系列を見ていきましょう。

  15時50分 母親が仕事の家を出る。この時点で被害者が自宅で1人になるが、玄関にかぎ はかかっていなかった。16時15分 家の前を通った人によると、まだ火事になっていなかった。16時35分 出火16時39分 近所の人により119番通報18時00分頃 消火

  母親が外出してから出火まではたったの45分。この間に、口と両腕に粘着テープで貼られていて、両足はパンティストッキングで縛られ、強姦され、首を6ヶ所も刺されて殺されました。死因は放火によるものではなく、ナイフで刺されたことによる出血性ショックです。
  自宅で1人になったタイミングを狙っての短時間の犯行だったため、計画的な犯行と考えられています。現場からは犯人のものと思われるDNAが採取されていて、さらに両足を縛った時の結び方が「からげ結び」という特殊な方法で、造園、足場組み立て、和服着付け、舞台衣装、古紙回収、電気工事、土木関係などでしか用いられないことから、犯人は容易に特定されると思われていましたが、事件から20年以上たった今でも、犯人は捕まらず、未解決のままです。

嵐真由美さん失踪事件
  事件発生:1994年9月2日
  場所:東京都墨田区
  犠牲者:主婦(27歳)が行方不明
  事件の概要:1歳半の娘を残して主婦が失踪しそのまま行方不明になる
  1994年9月に当時27歳の嵐真由美さんが1歳半の娘を残し、「同級生に会いに行く」と言い残したまま失踪した事件です。後日、同級生に真由美さんとの約束があったかを確認しましたが、そんな約束をしたという人は1人もいなかったとのこと。また、真由美さんが失踪した翌日に、姉の洋子さんのタンスから、真由美さんが書いたと思われる次のようなメモが見つかります。
  「家族のみんなへ 旦那があるのに、Aと付き合っていたが、裏切られた。」 このことから、Aさんとの不倫トラブルで真由美さんは失踪したのではないかと考えられていました。
  真由美さんは見つからないまま、2011年にテレビ番組の「スーパーJチャンネル 追跡!真実の行方」で、嵐真由美さんの家族にインタビューしたところ、お父さんのインタビューの後ろに「洋子のはなしは信じるな」というメモが貼ってあり、インターネット上は騒然としました。
  「洋子」とはおそらく真由美さんの姉の洋子さんのことです(上の画像の方ですが、ハリセンボンの春菜さんではありません)。この謎のメモ、とても怖いですよね。インタビュー中にこんなメモが後ろに映ったら、色々なことを想像してしまうのは当たり前のことです。この真由美さん失踪事件は、姉の洋子さんの証言によるところが大きいのが現実です。

  ・失踪当日に「同級生に会いに行く」という真由美さんの言葉を聞いたのが姉の洋子さん ・真由美さんの「Aさんと・・・」というメモが見つかったのは洋子さんのタンス ・Aさんの「真由美さんが亡くなっていたら、私は刑に服します。」という言葉を聞いたのも姉の洋子さん ・洋子さんが探偵に調査を依頼したところ、3月9日にAさんが缶ジュースを2つ持って山に入っていったという情報を入手

  これらの事実と「洋子のはなしを信じるな」というメモを総合して考えると、真由美さんが失踪したのは事実だけど、失踪の詳細については姉の洋子さんの虚言が混ざっているということなのかもしれません。でも、未解決のままなので、真実は闇の中です。

グリコ・森永事件
  事件発生:1984~1985年
  場所:大阪・兵庫
  犠牲者:江崎グリコ、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋
  事件の概要:誘拐、脅迫事件
  1984年から1985年にかけて起こったグリコ・森永事件。犯人は「かい人21面相」を名乗り、劇場型犯罪と呼ばれています。
  日本全国を恐怖の渦に陥れたグリコ・森永事件の発端は、江崎グリコ社長を拉致したことです。2人組の男が自宅に押し入り、入浴中だった社長を銃で脅して誘拐しました。誘拐から3日後、社長は自力で脱出し、事件は解決に向かうと考えられていましたが、今度は企業を脅迫してくるようになったのです。
  江崎グリコや丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋などの食品会社を次々に脅し、現金を要求してきました。さらに1984年5月には、大手新聞社に犯人のかい人21面相から「グリコの せい品に せいさんソーダ いれた」という挑戦状が届きます。
  10月8日には「どくいり きけん たべたら しぬで かい人21面相」という張り紙があり、青酸入り森永ドロップが発見されました。

  社会全体がパニックになっている状態で、滋賀県警の山本本部長が焼身自殺しています。これは、ハウス食品脅迫時の現金受け渡しの失敗・失態の責任を取った形だったと推測されています。この滋賀県警の本部長の焼身自殺を受けて、「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」と犯人グループから終息宣言が出されて、それ以降は誘拐・脅迫はなくなりました。ただ、犯人のかい人21面相は捕まっておらず、未解決のままであり、2000年に時効を迎えています。

坂出送電塔倒壊事件
  事件発生:1998年2月
  場所:香川県坂出市
  犠牲者:けが人なし
  事件の概要:送電鉄塔が倒壊し、周辺世帯約1万7000戸が停電、9000戸でガス供給停止
  1998年2月に香川県坂出市にある73mの送電鉄塔が根元から折れて倒壊しました。そのことで、周辺は停電し、ガス供給がストップしたという事件です。この事件は、最初は自然災害で倒壊したものと思われていました。でも、調べていく中で、ボルトが人為的に外れたことで倒壊したことがわかったんです。警察の調査によると、鉄塔台座部分のボルト80本のうち76本が何者かによって抜き取られていたことが判明しました。80本中76本が外されていたら倒壊するのも当然です。
  この事件は鉄塔がすぐに倒れないように4本のボルトは残していたために、鉄塔の構造に詳しく、四国電力に恨みがある者の犯行と見られていましたが、結局犯人はわからずじまいでした。また、2003年には、類似性が高い「五色台電波塔倒壊未遂事件」が起こり、「警告、パナウェーブ研究所の報道を中止せよ。五色台山中RNC電波塔のナットを外した。次は倒す」という脅迫状も出されましたが、こちらも犯人はわからず、さらに坂手送電塔倒壊事件との関係性もわからないままで、2つの事件は未解決のまま時効を迎えています。
  この事件は、簡単にテロを起こすことができるということを立証し、インフラの安全性に警鐘を鳴らす結果となりました。

佐賀女性7人連続殺人事件
  事件発生:1975年~1989年
  場所:佐賀県
  犠牲者:11歳~50歳までの女性7人
  事件の概要:半径20kmの範囲で水曜日に7人の女性が殺された事件
  佐賀女性7人連続事件は、佐賀県の半径20km以内という狭い範囲内で、1975年から1989年にかけて、水曜日に(1人だけ土曜日)7人の女性が殺されたという事件です。
  ①1975年8月27日(水):中学1年生12歳のの女性が失踪→1980年にプール横のトイレの便槽の中で遺体で発見 ②1980年4月12日(土):20歳の女性が自宅から失踪→2ヶ月後に小学校の便槽から遺体で発見 ③1981年10月7日(水):27歳の女性が失踪→約2週間後に空き地で遺体で発見 ④1982年2月17日(水):小学5年生の11歳の女性が下校中に殺害→翌日に遺体で発見 ⑤1987年7月8日(水):48歳の女性が失踪→1989年1月27日北方町の崖下で遺体で発見 ⑥1988年12月7日(水):50歳の女性が失踪→1989年1月27日北方町の崖下で遺体で発見 ⑦1989年1月25日(水):37歳の女性が失踪→1989年1月27日に北方町の崖下で遺体で発見

  2人目の女性は土曜日に失踪していますが、そのほかの6人は水曜日に失踪・殺害されています。しかも、5人は絞殺であることがわかっています。(2名は白骨化していたため、死因を特定できず)
  佐賀というのんびりした地域で半径20kmという狭い場所で、水曜日に女性が失踪し、殺害されるというのは怖いですよね。5人目・6人目・7人目の被害者は、同時に発見されているので、「北方事件」とも呼ばれます。
  この事件は別件で拘置されていた男性が自供したとのことで、一気に解決に向かうかと思われましたが、すぐに否認に転じます。その後、その男性は服役していて、服役中の2002年に北方事件の3人の殺人罪で逮捕・起訴していますが、物証の乏しさや上申書の証拠価値の無さで無罪となっています。
  この結果、この佐賀女性7人連続殺人事件は時効を迎え、未解決事件となっています。

帝銀事件
  事件発生:1948年1月26日
  場所:東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店
  犠牲者:12名死亡
  事件の概要:薬と称して青酸化合物を飲ませ12名が死亡した事件
  1948年、終戦後の混乱期に起こった謎の多い事件です。 帝国銀行椎名町支店に厚生労働省技官を名乗る男が現れ、「近くで赤痢が集団発生したから消毒する。その前にこの予防薬を飲んでくれ!」と告げ、銀行員と用務員一家の合計16名に青酸化合物を飲ませ、12名が死亡しました。犯人は現金16万円と小切手1万7450円を盗んで逃走します。
  この時の犯人は自分が薬を最初に飲んで、行員を信用させた後に青酸化合物を飲ませたり、第一薬と第二薬の2回に分けて飲ませたりと計画的な犯行であることが特徴です。
  この時の捜査は毒物が青酸化合物であったことから、陸軍関係の特殊任務関与者に的を絞るも、突如、GHQから旧陸軍関係への捜査中止が命じられてしまいます。そして、証拠は不十分ながらテンペラ画家の平沢貞通を逮捕します。平沢貞通は最初は犯行を否認しますが、拷問のような取り調べの末、犯行を自供し、死刑が確定しました。
  獄中で3度自殺を図ったが、すべて未遂に終わり、最終的には獄中死しました。あまりにも謎が多い事件であり、冤罪の可能性が高く、GHQからの捜査中止などのこともあり、犯人を逮捕したものの、未解決事件と言って良いでしょう。

四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件
  事件発生:2004年2月17日
  場所:三重県四日市市のイオンショッピングセンター
  犠牲者:68歳の男性
  事件の概要:誤認逮捕された男性が拘束後に死亡
  2004年2月17日に三重県四日市市のショッピングモール内で、泥棒扱いされた68歳の男性が店員や買い物客に取り押さえられ、警官に拘束された結果、「高度のストレスによる高血圧性心不全と不整脈」で死亡した事件です。
  この事件は誤認逮捕された男性がATMを操作中に2歳くらいの子供を抱いた女性がATMコーナーに入ってきて、男性の肩にぶつかり、「泥棒」という声をあげたことから始まります。「泥棒」の声に店員や買い物客がATMコーナーに入り、男性を取り押さえ、別の万引き事件でショッピングモールに来ていた警官に取り押さえられました。
  この時、男性は20分も警官にうつぶせにされて取り押さえられて、途中で体調不良を訴え、嘔吐したり、意識を失っていましたが、拘束はとかれることはありませんでした。その後、救急搬送されましたが、翌日に死亡しています。
  この事件は、ATMの防犯カメラを見直してみると、男性は泥棒をしたわけではないことがわかっています。拘束された時には、自分のキャッシュカードを握りしめていました。また、女性は事件の5分前からATMコーナーを伺うような行動をしていること、男性が取り押さえられた後はすぐに逃走していることから、その女性による窃盗未遂事件だったとされていますが、犯人は逮捕されず、未解決のまま時効を迎えています。

悪魔の詩訳者殺人事件
  事件発生:1991年7月11日
  場所:筑波大学筑波キャンパス人文・社会学系A棟7階のエレベーターホール
  犠牲者:五十嵐一助教授
  事件の概要:悪魔の詩の訳者がイスラム式の殺し方で殺害される
  1991年7月11日に筑波大学の助教授がナイフで刺殺される事件が起こりました。殺害方法は、左に2ヶ所、右に1ヶ所の傷があり、いずれも頸動脈を切断するほどの深さで、「イスラム式の殺し方」とされています。この首の傷のほかに、右側の胸や腹などを3ヶ所刺されていました。被害者の五十嵐一助教授は、サルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を日本語訳している人物です。この悪魔の詩はイランの最高指導者に「反イスラーム的」とされ、この本にかかわった者に死刑宣告をしていました。その中での殺害であり、殺害方法もイスラム式だったので、イスラム勢力による殺人ではないかと言われています。
  事件の数週間前に、被害者は壇ノ浦の戦いに関する詩を日本語とフランス語で書いていましたが、日本語では「壇ノ浦で殺される」と書いた部分は、フランス語の方には「階段の裏で殺される」と書かれていたため、被害者は身の危険が迫っていることを知っていたのではないかと言われています。犯人はイスラム勢力の外国人ではないかと言われていますが、逮捕されることはなく時効を迎え、未解決事件となっています。

井の頭公園バラバラ殺人事件
  事件発生:1994年4月23日
  場所:東京都三鷹市の井の頭公園
  犠牲者:35歳の男性
  事件の概要:井の頭公園でバラバラにされた遺体が発見された
  1994年4月23日に、東京の井の頭公園にあるゴミ箱のポリ袋から人間の足首が発見されました。第一発見者の清掃員の女性は、ゴミ箱に生魚のようなものを見つけ、猫のえさにしようとゴミ箱を開けたところ、バラバラにされた遺体の一部を発見したとのことです。警察が周辺を捜索したところ、27個に切断された遺体が7ヶ所のゴミ箱から発見されています。
  遺体は電動ノコギリで切断され、血液は一滴残らず抜き取られていて、さらに手足の指紋と掌紋はすべてえぐり取られていたとのこと。しかも、遺体は全部は発見されておらず、身体全体の3分の2は今でも行方不明のままとのことです。
  被害者はわずかに残った指紋とDNAから公園近くに住む一級建築士の男性と判明しましたが、交友関係等を当たっても犯人には結び付くことはなく、2009年に時効を迎えています。時効後にわかったことは、この未解決事件は人違い殺人だった可能性があるということです。井の頭公園一帯の露天商の元締めをしていた人物は被害者に瓜二つだったという情報があります。
  この瓜二つの男性は外国人露天商とトラブルになっていて、しかもその外国人露店商は外国の工作員で、命を狙われていたのだそうです。つまり、被害者の男性は瓜二つで露天商の元締めだった男性に間違われて、外国人工作員に殺されたのではないかとのこと。プロによる犯行だと、血液が一滴残らず抜き取られていたり、指紋がえぐり取られていたというのも納得できます。

長岡京ワラビ採り殺人事件
  事件発生:1979年5月23日
  場所:京都府長岡京市の山中
  犠牲者:2名の主婦
  事件の概要:ワラビ採りに山に入ったまま行方不明になり、2日後に遺体で発見された
  1979年5月23日に主婦2人がワラビ採りに山に入りましたが、そのまま行方不明になり、2日後に山頂付近で遺体となって発見されました。山の中で遭難したために死亡したのではなく、殺害されたことがわかっています。主婦の1人は死因は絞殺ですが、30ヶ所も殴られ、肋骨は折れていて、肝臓は破裂しています。しかも、強姦された形跡もありました。もう1人の主婦の死因は視察です。ただ50ヶ所以上も殴打されていて、身体には包丁が刺さったままになっていました。この事件の怖いところは、その残忍な殺害方法もありますが、1人の主婦のポケットの中に入っていた走り書きの謎のメモです。
  「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」という走り書きがあったんです。これはスーパーのレシートの裏に書かれたものでしたが、主婦2人は鉛筆を持っていませんでした。
  犯人は捕まっておらず、1994年に時効を迎え、未解決となっています。

東電OL殺人事件
  事件発生:1997年3月9日
  場所:東京都渋谷区円山町のアパート
  犠牲者:東京電力本店勤務の女性
  事件の概要:夜は売春をしていた東京電力のOLが絞殺された
  1997年3月9日未明に、渋谷区円山町のアパートの一室で東京電力のOLが絞殺される事件が発生しました。この女性は東京電力の初の総合職であり、慶応大学出身のエリートでした。経済的に困った状態ではなかったものの、夜は売春をしていた。しかも、高級売春婦というわけではなく、誰でも良い状態、つまり「場末の売春婦」でした。
  昼はエリート社員、夜は売春婦という二面性が当時はセンセーショナルなニュースとして取り上げられていました。殺害現場のアパートは不法滞在のネパール人5名が住んでいて、その中の1人のネパール人が容疑者として逮捕されました。その容疑者のネパール人も、被害者を買春していて、性行為をしたことがあったためです。
  ただ、現場には第三者の体毛が見つかるなど、証拠が不十分として、第一審では無罪を言い渡されています。ただ、第二審、第三審では無期懲役の判決が下っています。その後、被害者の体内から採取されたDNAはゴビンダ容疑者のものではなく、第三者のDNAであることがわかり、再審請求が行われ、ゴビンダ氏は無罪であり、冤罪だったという判決となりました。冤罪だった東電OL事件。では、犯人はいったい誰なのかはわからないままで、未解決となっています。

紀州のドンファン殺人事件
  事件発生:2018年5月14日
  場所:和歌山県田辺市の自宅
  犠牲者:資産家・野崎幸助氏
  事件の概要:資産20億円の被害者が急性覚醒剤中毒で殺害された
  2018年5月14日に起こります。実業家であり20億円の資産があるいう被害者が自宅で死亡しているのが発見されました。解剖の結果、急性覚せい剤中毒とのことで、殺人事件として捜査が始まります。死亡時、自宅にいたのは奥さんと家政婦の2人だけ。奥さんは22歳で被害者とは55歳も離れていることから、奥さんが財産狙いで殺したのではないかと疑われることになります。
  そして、疑いの目は第一発見者である家政婦にも向けられます。妻と共犯だったのではないか?ということですね。しかも、この家政婦の女性はテレビにどんどん出てくるので、怪しい目で見られることになります。
  被害者の「紀州のドンファン」は自称「ドンファン」ということだけあり、今までに女性を4000人抱いてきて、30億円も貢いできたと豪語する人物ですから、色々な憶測が飛び交いました。事件当初はすぐに犯人が捕まる事件だと思われていましたが、事件発生から1年半以上経っても、まだ犯人の特定にはいたらず、未解決事件となっています。

福島女性教員宅便槽内怪死事件
  事件発生:1989年2月28日
  場所:福島県田村郡都路村
  犠牲者:男性1名
  事件の概要:人間が入るのは難しいスペースに入っている遺体を発見
   1989年2月28日に福島県の田舎で起こった事件です。福島県の教員をしていた23歳の女性が自宅である教員住宅に帰宅して、なにげなくトイレ(汲み取り式)に入ったら、靴が見えたそうです。悲鳴を上げて、急いで外に出て、汲み取り口を見たら、人間の足が見えた。
  この時点で女性教員は同僚を呼び、警察に通報しました。警察は男性を引っ張り出そうとしましたが、スペースが狭くて引っ張り出すことができず、重機を使ってトイレを破壊して、ようやく便槽の中に入っている男性を外に引っ張り出すことができました。外に引っ張り出した時点で、男性は死亡していて、検視の結果「凍え兼胸部循環障害」が死因とのことです。
  この男性は東京電力福島第二発電所の作業員で身元はしっかりしています。明るい性格で村の青年会でも活動していました。そんな人が24日から行方不明になり、26日死亡、28日に便槽内で発見されています。そんな人がのぞきのために便槽内に入るとは思えないし、何より引っ張り出すことが難しいほどのスペースにどうやって入ったのかという疑問もあります。そもそも、覗きのために狭い便槽内に入るというのも考えにくいです。たくさんの疑問が残る未解決事件です。

岡山地底湖行方不明事件
  事件発生:2008年1月5日
  場所:岡山県新見市豊永赤馬の洞穴「日咩坂(ひめさか)鍾乳穴」
  犠牲者:高知大学の男子学生
  事件の概要:鍾乳洞にある地底湖で泳いでいたところ行方不明になる
  2008年1月5日に洞窟探検サークルに所属していた5名が岡山県新見市豊永赤馬の日咩坂鍾乳穴に入りました。この洞窟は全長1600mで、最奥部には深さが32mの地底湖があります。その地底湖で着衣のまま泳いでいた高知大学の学生が遊泳中に行方不明になったとされる事件です。懸命の捜索が続きましたが、結局、行方不明になった学生は発見されることはありませんでした。
  この地底湖は深さが30m。さらに、水面まで5mもあります。一度落ちたら最後、這い上がることは不可能です。そんな中、着衣のまま1月に泳ぐのか?しかも、真っ暗な洞窟の中の地底湖で?そんな疑問が湧いてきます。さらに、次のような不審な点がありました。

  ・入洞届を提出してない ・5人いたのに地底湖で泳いだのは被害者の1人だけ ・溺れるところを誰も目撃してない ・探検部のページから「部長 白米美帆」と「副部長 伊藤智子」を真っ先に削除 ・被害者のmixiが何者かの手で削除される

   これらのことから、ただの事故ではなく、被害者は地底湖で「泳がされた」、強制的に地底湖に入らされたのではないかとも言われています。事件の真相はわからず、未解決となっています。

王将社長射殺事件
  事件発生:2013年12月19日
  場所:京都市の王将本社前の駐車場
  犠牲者:王将フードサービスの社長
  事件の概要:会社に出勤したところを待ち伏せされて射殺される
  2013年12月19日、餃子の王将の社長が早朝5時45分頃に本社に出勤し、駐車場に車を止め、車から降りたところを射殺され倒れているところを出勤した社員に発見されました。病院に搬送されましたが、死亡が確認されています。使われたのは25口径の小型の自動拳銃で至近距離から4発撃たれ、すべて急所に命中していたそうです。この確実に射殺する手口から、プロの犯行ではないかと言われていました。
  事件から1年後の2015年12月には、現場から採取されたDNA型が九州の暴力団関係者のものと一致し、事件が急展開を見せるかと思われましたが、犯人の特定には至らず、いまだに逮捕されていません。

3億円事件
  事件発生:1968年12月10日
  場所:東京都府中市
  犠牲者:なし
  事件の概要:現金輸送車に載せた3億円が偽の白バイ隊員に奪われた事件
  1968年12月10日に、日本信託銀行国分寺支店から東芝の府中工場に従業員のボーナス3億円(正確には2億9430万7500円)を運ぶ現金輸送車が、途中で白バイ隊員を装った犯人に車を止められます。そして、「貴方の銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられているという連絡があったので調べさせてくれ」と伝え、車の下を調べているふりをして、発煙筒に着火。そして、現金輸送車に乗っていた銀行員に「爆発するぞ! 早く逃げろ!」と伝え退避させ、その隙に現金輸送車を奪い逃走したという事件です。
  この事件を起こす4日前の12月6日には、国分寺支店の支店長あてに支店長宅を爆破すると脅迫状を出していることから、「現金輸送車にダイナマイトが仕掛けられている」ということに信憑性を出しています。
  この三億円事件は、保険金から府中工場の従業員にはボーナスが支払われるなど誰も傷つけることなく、鮮やかなほどに現金を奪ったことで話題になりました。現場には遺留品が多く、すぐに犯人は捕まると思われていましたが、1975年に時効が成立。さらに、事件から50年以上たった現在でも、犯人はわかっていない未解決事件です。

八王子スーパー強盗殺人事件
  事件発生:1995年7月30日
  場所:東京都八王子市のスーパーマーケット「ナンペイ」
  犠牲者:47歳女性、17歳女子、16歳女子
  事件の概要:閉店後のスーパーの事務所で女性従業員3名が射殺された
  1995年7月30日に女性従業員3名が射殺される事件がありました。47歳の被害者は頭部に2発、17歳・16歳の被害者はそれぞれ頭部に1発発砲されていました。
  47歳の女性が知人に迎えを頼む電話をしたのが21時15分。近くの路上で高校生カップルが5発の銃声を聞いたのが21時17分。迎えにきた男性が駐車場に到着したのは21時20分。このわずかな間に犯人はスーパーの事務所に押し入り、3人を殺害して、逃走したということになります。
  事務所内の金庫に向かって1発発砲した形跡はありましたが、金品は盗まれていませんでした。3人の被害者は脳幹が確実に撃ち抜かれていたので、銃の扱いに慣れている人物が犯人と言われていますが、まだ犯人は特定されておらず、未解決事件になっています。

北関東連続幼女誘拐殺人事件(足利事件)
  事件発生:1979年~1996年
  場所:栃木県と群馬県の県境近辺
  犠牲者:幼女5人
  事件の概要:1979年から1996年まで幼女を誘拐し殺害した事件
  1979年から1996年にかけて栃木県から群馬県の県境、半径10kmという狭い範囲で4歳から8歳の女の子が誘拐され遺体で発見される(1名は行方不明のまま)という事件が起こりました。当初、4人目の被害者を誘拐したのは菅家利和氏だとして、逮捕され、無期懲役が確定していましたが、冤罪であることがわかり、再審によって無罪が確定しています。
  この冤罪の証明と真犯人が存在していることの周知に尽力したのが日本テレビの記者である清水潔さんです。この事件の真犯人は「ルパン似の男」ですが、時効もあり、再捜査されることはなく、未解決事件となっています。

名古屋妊婦切り裂き殺人事件
  事件発生:1988年3月18日
  場所:愛知県名古屋市のアパート
  犠牲者:臨月の妊婦の女性
  事件の概要:妊婦が絞殺され、腹を切り裂かれ胎児を取り出し、電話を詰め込まれた
  1988年3月、愛知県名古屋市のアパートで、臨月の妊婦が絞殺される事件が起こりました。出産予定日は3月13日で、予定日よりも遅れていたため、夫は心配になり12時過ぎに自宅に電話したところ、その時点では何も変わりなく、電話で会話をしたとのこと。18時50分に帰宅前に再び電話をしたら電話に出ず、夫は慌てて帰宅。19時40分に帰宅した時、室内は消灯していて赤ちゃんの泣き声だけが聞こえる状態で、「生まれたのか」と思いながら部屋の電気をつけたら、妻の無残な姿を発見しました。
  妻は電気コードで絞殺されていて、おなかを切り裂かれ、赤ちゃんが取り出されていました。さらに、赤ちゃんがいた子宮内には、プッシュホン式の電話の受話器とミッキーマウスのキーホルダーが押し込まれていました。目撃証言はあったものの、現場に遺留品が残されておらず、捜査は難航。最初は夫が疑われたこともありましたが、アリバイがあるため、身の潔白が証明されています。
   犯人を特定できないまま時効を迎え、未解決事件となりましたが、唯一の救いは赤ちゃんが生きていたことだと思います。

プチエンジェル事件




































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