エンタメー1


2025.12.10-産経新聞(KYODO)-https://www.sankei.com/article/20251210-SINGHMZC7VJ4DJ72K4DS3WPEOM/
ノーベル平和賞受賞のベネズエラ野党指導者の会見が延期 授賞式のため「オスロに行く」

  ノーベル賞委員会の補佐機関ノーベル研究所(ノルウェー・オスロ)9日、同日午後1時(日本時間同午後9時)にオスロで予定されていたノーベル平和賞受賞者の記者会見が延期されたと発表した。今年はベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏(58)が選ばれていた。延期理由は不明ノーベル研究所関係者は、9日の記者会見開催の予定はないと明らかにした。

  受賞者の記者会見は例年、10日の授賞式の前日に開かれるマチャド氏は強権的な反米左派マドゥロ政権の迫害から身を守るためにベネズエラ国内で身を隠してきたが、授賞式出席のため「オスロに行く」と表明AP通信によると、本人が会見などに出席すれば、公の場に姿を見せるのは1月以来初めてとなる(共同)


2025.11.14-オリンッピク協議委員会-https://www.olympics.com/ja/news/major-league-baseball-dodgers-ohtani-shohei-won-mvp-2025
大谷翔平、満票で3年連続4度目のMVP受賞…4度受賞はバリー・ボンズ氏に次ぐ歴代2位

  現地時間11月13日、北米プロ野球・MLB(メジャーリーグベースボール)の最優秀選手(MVP)が発表され、ナ・リーグのMVPにロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平が選出された。MVPは全米野球記者協会(BBWAA)の投票によって決定大谷は満票で3年連続4回目となるMVPに輝いた。4回目の受賞は、7度のMVP受賞を誇るバリー・ボンズ氏に次ぐ歴代2位3年連続のMVP受賞も大谷とボンズ氏のみ。また、大谷は史上初めてナ・リーグ、ア・リーグの両リーグで複数回MVPに輝いた選手となった。

  今シーズンの大谷は、打者として圧倒的な成績を残しながら、並行して投手としての復帰も目指すシーズンとなった。打者としてはリーグトップのOPS1.014、OPS+179を記録。本塁打数はキャリアハイの55本でリーグ2位。得点数はMLB最多の146だった。
  投手としては5月末から実戦形式のトレーニングを再開6月17日のサンディエゴ・パドレス戦で実戦への復帰を果たした。MLBの公式戦をリハビリの場として使う異例の復帰プログラムで、徐々に投球数やイニングを増やしていき、8月28日のシンシナティ・レッズ戦で約2年ぶりの勝利レギュラーシーズンでは14試合で47回を投げ、1勝1敗、防御率2.87という成績を残した
  大谷はMLBネットワークにリモート出演し、「すごく非常に光栄。(フアン)ソト選手、(カイル)シュワーバー選手がもちろん素晴らしいシーズンだったので、そういう素晴らしい選手と競い合えたことは、まず良かったなと思います」と喜びを語った。
  ワールドシリーズ2連覇かつMVPに輝いたことについて問われると、「それはもうチームメートのサポートもそうですし、コーチもそうですし、何よりファンの人たちが、もし僕が引退して先に振り返ったときに、素晴らしい年だったなよなって思う、一つの年になるんじゃないかなと思うので、ドジャースのファンの人たち、チームメート、全ての人たちにとって素晴らしいシーズンだったと思っています」と達成感を口にした。
  ナ・リーグのMVP争いでは、リーグトップの56本塁打を放ったシュワーバー(フィリーズ)が2位、リーグトップの出塁率を記録したフアン・ソトが3位で大谷に続いた。
  ア・リーグのMVPはアーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)に決定した。ジャッジは首位打者、リーグ2位の53本塁打、リーグトップのOPS1.145をマーク。リーグトップの60本塁打を放ったカル・ローリー(シアトル・マリナーズ)は僅差で2位だった。3位はホセ・ラミレス(クリーブランド・ガーディアンズ)だった。


2025.11.11-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20251111-OWYLWAPFABK7BK53X3AR6GTQE4/
俳優の仲代達矢さん死去、92歳 「影武者」「人間の條件」 舞台やテレビで活躍

  黒澤明監督の映画「影武者」「乱」などに主演し、幅広い芸域で舞台やテレビでも活躍した俳優の仲代達矢(なかだい・たつや、本名・仲代元久=もとひさ)さん死去したことが11日、分かった。92歳。東京都出身

  昭和27年、高校卒業と同時に俳優座養成所4期生として入所。22歳のとき舞台「幽霊」で主演デビューし、脚光を浴びる。
  29年、黒澤監督の傑作「七人の侍」にせりふなしの浪人役で出演。31年、「火の鳥」で本格的な映画デビュー。34年、五味川純平のベストセラー小説を映画化した小林正樹監督作品「人間の條件」の主役の梶役を得て名実ともにスター俳優となった。
  36年の「用心棒」から黒澤映画の常連となる。「天国と地獄」(38年)の凄味をきかせた刑事、「影武者」(55年)の武田信玄とその影武者、「乱」(60年)の一文字秀虎などで国際的な評価を得た重厚さと説得力のある演技は「鬼龍院花子の生涯」(57年)などでも披露。「戦場にかける橋2・クワイ河からの生還」(平成元年)など外国映画出演にも意欲を見せた。
  脚本家で女優でもあった宮崎恭子さんとは8年に死別したが、夫妻で昭和50年から始めた俳優教育のための私塾「無名塾」からは役所広司さんら多くの有名人を輩出した。
  「どん底」「リチャード三世」などの舞台で数々の賞を受賞。平成19年に文化功労者。27年に文化勲章など受章


2025.09.09-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20250909-SAJ7DVTEE5I7NLAOE6ND3GAMYE/
俳優の吉行和子さん死去 90歳 「愛の亡霊」「金八先生」などに出演、文才も

  俳優でエッセイストや俳人としても活躍した吉行和子(よしゆき・かずこ)さんが2日、肺炎のため死去した。90歳。葬儀は近親者のみで執り行った。

  東京都出身。昭和31年に劇団民芸「アンネの日記」の主役アンネ役でデビュー。44年からフリーになり、舞台、映画、テレビで活躍。40歳を超えて出演した大島渚監督の「愛の亡霊」(53年)では、本能をむき出しに生きる女を熱演、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。近年は飾り気のないおっとりとした口ぶりの老女がはまり役で、山田洋次監督の「東京家族」(平成26年)でも同賞を受賞した。
  テレビでは、「おかあさんといっしょ」「3年B組金八先生」「ふぞろいの林檎たち」などに出演。友人でもある俳優の冨士真奈美さんとともに旅番組にも出演した。
  文才も高く評価され、著書「どこまで演れば気がすむの」は昭和59年に日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。30年以上の句会歴もあり、俳号は「窓烏(まどがらす)」。
  父のエイスケさん、兄の淳之介さんはともに作家。妹の理恵さんは詩人


2025.09.05-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20250905-Z6DVL226SVKB7HNBFCTRF2KDOQ/
歌手の橋幸夫さんが死去 82歳 「潮来笠」「いつでも夢を」、歌謡曲「御三家」の一人

  「潮来笠」「いつでも夢を」などの大ヒット曲で知られる昭和を代表する歌手、橋幸夫(はし・ゆきお、本名・幸男=ゆきお)さんが4日、肺炎のため死去した。82歳通夜は9日午後6時、葬儀・告別式は10日正午、東京都文京区小石川3の14の6、伝通院。喪主は妻、真由美(まゆみ)さん。葬儀委員長は夢グループの石田重廣代表

  東京都出身。呉服店の9人きょうだいの末っ子として生まれ、中学2年から作曲家の遠藤実さんの歌謡教室で歌を学んだ。
  高校1年でレコード会社のオーディションに合格、作曲家の吉田正さんに師事して昭和35年「潮来笠」でデビューした。この曲が爆発的なヒットとなり、日本レコード大賞が急遽設けた新人賞を受賞した。
  その後「沓掛時次郎」「中山七里」など「股旅もの」と呼ばれる歌謡曲を次々とヒットさせ、舟木一夫さん、西郷輝彦さんとともに「御三家」と呼ばれた。
  37年には人気俳優の吉永小百合さんとのデュエット曲「いつでも夢を」が大ヒットし、第4回日本レコード大賞を受賞した。
  エレキブーム時代にはロック・サウンドを採り入れた「あの娘と僕(スイム・スイム・スイム)」などで「リズム歌謡」という新分野を開拓した。
  NHK紅白歌合戦にはデビューの35年から51年まで17回連続出場、計19回を数えた。
  代表曲の映画化作品などで主演を務め、俳優としても活動。漫才ブーム時にはザ・ぼんちによるモノマネで再注目を集めた。
  レコード会社を設立したほか、音楽活動の傍ら、モンゴル親善大使や各地の観光大使、介助犬サポート大使なども務めた。
  認知症の母の介護体験をつづった「お母さんは宇宙人」など著書もある。
  令和5年、80歳の誕生日で引退を表明後継者として「二代目橋幸夫」を選出したが、6年4月に復帰を宣言。しかし7年5月にアルツハイマー型認知症を患っていることが公表され、翌月から入院していた


2025.09.05-産経新聞-https://www.sankei.com/article/20250905-HOA3F4K6TRCKBEHV4JR7ACDF44/
橋幸夫さんの訃報に「とても悲しくて、涙ばかり流れてきます」演歌界から悼む声相次ぐ

  「いつでも夢を」などで知られる歌手、橋幸夫さんの訃報に、演歌界からは「とても悲しくて、涙ばかり流れてきます」などと悼む声が相次いでいる

  橋さんと同じ事務所「夢グループ」に所属する歌手の藤原彩代さんは5日夜、自身のX(旧ツイッター)で、コンサートで橋さんと共演した際のツーショット写真を投稿し、「(橋さんに)挨拶すると『また、お逢いできましたね』と言ってくださった。ご冥福をお祈り致します」との追悼のコメントを寄せた。
  橋さんが生前、自身の歌が歌い継がれることを望んだことからオーディションで選ばれた「二代目橋幸夫yH2」の3人は、Xで「僕たちのことを本当の息子のように可愛がってくれました」と橋さんについて触れ、「二代目として、これからもより一層多くの方に、橋幸夫さんの名曲の数々が伝わっていくよう、歌い継いで参ります」と誓った。
  演歌歌手で「有明の月」を発表している小桜舞子さんは「切ないです…」「生前は大変お世話になりました」と悼んだ。同じく演歌歌手として活躍する金沢明子さんも、「今、とても悲しくて、涙ばかり流れてきます。5月にお仕事をご一緒したのが最後になりました」とそれぞれXに投稿し、しのんだ。







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