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2021.04.12-Yahoo!Japanニュース(my caddie)-https://news.yahoo.co.jp/articles/dcacf2e750da252f9ae55dc3c391cb1319d8ccc3
松山英樹、アジア人初のマスターズ制覇 悲願のメジャータイトル獲得

  海外男子メジャーのマスターズは11日、米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGC(7475ヤード・パー72)で最終ラウンドが行われ、松山英樹が通算10アンダーで悲願のメジャー初制覇を果たした。

  4打差リードの単独トップから出た松山は、出だしの1番パー4はティーショットを右に曲げボギーとしたが、2番パー5でバンカーからの第3打目を寄せてバーディを奪う。3番から7番はパーとし、8番パー5はグリーン奥からの第3打目を約1メートルに寄せてバーディ。続く9番パー4も第2打目を約1メートルにつけバーディと2アンダーで折り返した。
   10番、11番はパー。12番パー3はティーショットを奥のバンカーに入れて寄せきれずボギーとしたが、13番パー5でグリーン奥からのアプローチを約30センチにつけタップインバーディ。14番はパーセーブ、15番パー5は第2打目がグリーン奥の池に入りボギー、16番パー3はグリーンを捉えるも約12メートルの難しいバーディパットから3パットのボギー。17番はパー、18番はボギーとしたが、トータル4バーディ、5ボギーの1オーバー「73」を記録し快挙を成し遂げた。

   この優勝で松山は、マスターズ覇者に贈られるグリーンジャケットに袖を通す初のアジア人選手に。また、樋口久子(1977年/全米女子プロゴルフ選手権)、井戸木鴻樹(2013年/全米プロシニアゴルフ選手権)、渋野日向子(2019年/AIG全英女子オープン)に次ぐ、海外メジャー大会を制した4人目の日本人選手となった。  さらにマスターズ前週に開催されたオーガスタ・ナショナル女子アマで梶谷翼が優勝と、2週連続で日本人選手がゴルフの聖地で頂点に立った。
   通算9アンダー単独2位にウィル・ザラトリス(米)、通算7アンダー3位タイにジョーダン・スピース(米)、ザンダー・シャウフェレ(米)が入った。


2021.04.06-毎日新聞-https://mainichi.jp/articles/20210406/k00/00m/040/321000c
三島由紀夫の掌編小説「恋文」発掘 専門家「力量示す作品」

  作家の三島由紀夫(1925~70年)が24歳で新聞に発表し、そのまま埋もれていた「恋文」と題した掌編小説の存在が確認された。匿名の手紙を巡る秘密と家庭内の不穏な空気を通じて、米占領下の日本社会の状況が暗示されている。7日発売の文芸誌「新潮」5月号に掲載される。
  49年10月30日付の朝日新聞大阪版と西部版の「400字小説」特集の一編として掲載された。単行本や全集には未収録で、研究者の間でも存在が知られていなかった。日本近代文学が専門の斎藤理生(まさお)・大阪大教授が、当時の新聞の文芸欄を調べる中で今年2月に見つけた。

  三島は48年に専業作家となり、49年7月に出世作「仮面の告白」を刊行。掲載当時は新鋭作家として注目を集め始めたところだった。
   小説の冒頭、「支店長」の男が宴会の席でハンカチを取り出そうとして、知らぬ間に入っていた手紙を見つける。その恋文の秘密を通じて、男が自らの家庭の状況を把握できていないことが示される。


   斎藤教授は「占領下の日本を表しているように読める」と指摘。「若き三島の物語作家としての力量を示す作品」と話している。【関雄輔】


2021.04.05-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210405/k10012957451000.html
脚本家の橋田壽賀子さん死去「おしん」など手がける 95歳

  「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」など、数多くのテレビドラマを手がけ、文化勲章を受章した脚本家の橋田壽賀子さんが、4日急性リンパ腫のため静岡県内の自宅で亡くなりました。95歳でした。

  橋田さんは大正14年に現在の韓国・ソウルで生まれ、終戦後の昭和24年に映画会社の「松竹」に入社、その後、フリーの脚本家としてテレビドラマの人気作品を数多く手がけました。
  民放のテレビドラマ「愛と死をみつめて」などの作品で知られるようになり、「おんな太閤記」や「春日局」などのNHK大河ドラマも担当しました。
  中でも昭和58年から59年にかけてNHKで放送された連続テレビ小説「おしん」は、明治から昭和にかけて力強く生きる女性を描いて国民的な人気ドラマとなりました。
  ビデオリサーチによりますと、最高視聴率は「62.9%」で、これは国内のテレビドラマで歴代最高の視聴率だということです。
  「おしん」は、アジアや中東、アフリカを中心に60以上の国や地域でも放送され、世界的なブームを巻き起こしました。
  また、民放のドラマ「渡る世間は鬼ばかり」は、平成2年の放送開始から500回以上放送される長寿番組となり、ありふれた日常の暮らしを描きながら社会で起きている現象を織り込み、辛口ホームドラマの代表作として高く評価されています。
  平成4年には新人脚本家の育成を目的に、「橋田文化財団」を設立し、日本人の心やふれあいを温かく取り上げた番組や人に贈る「橋田賞」を毎年主催するなど、後進の育成にも力を注いできました。
  橋田さんは、平成27年に文化功労者に選ばれ、令和2年には文化勲章を受章しています。
  橋田さんは90歳を超えてからの雑誌への寄稿や著書の中で、自身が認知症や寝たきりになった場合には、安楽死を望んでいることを明らかにし、死の公表や葬儀を行わないよう、周囲に伝えていると、記していました。
  また、文化勲章を受章した時には、NHKの取材に対し「安楽死をテーマにした作品を書きたいという思いをずっと持ち続けています。お年寄りが1人で生きる覚悟をして、どう生きるかを考えて書いてみたいです」と話していました。
  橋田文化財団によりますと、橋田さんは、ことし2月下旬に都内の病院に入院し、先月中旬からは静岡県熱海市内の病院に転院、3日、熱海市内の自宅に戻ったということで、4日、急性リンパ腫のため、自宅で亡くなりました。
  95歳でした。
  また、財団によりますと、本人の遺志によって通夜と告別式は執り行わず、お別れの会も行う予定はないということです。
泉ピン子さん「最後はずっとそばにいられた」
  橋田壽賀子さんが亡くなったことを受けて、橋田さんのドラマに数多く出演してきた俳優の泉ピン子さんは次のようなコメントを発表しました。
  「きのう意識がなくなったとき 『ママ』って呼ぶ私の声が聞こえたのか、最後に目を見開いたんです それが最後でした。クルーズ旅行に行くとき お正月に着ていたお気に入りのドレスと、橋田文化財団を設立したときに作った松竹梅の思い出のドレスを着せて、私がお化粧をしてあげて、旅立ちました。橋田さんは『悲しまなくていい。千の風になっているんだから。あなたの周りにいるから』といつも言っていました。『でも、私が先に逝くとは限らないけど』と茶目っ気たっぷりで付け加えたりして。ですから最後は『千の風になって』をかけて送りました。今の私があるのは橋田先生のおかげです。舞台もドラマもやらせてもらいました。ずいぶん喧嘩もしたし、泣いたこともあったけれど、橋田さんとご主人には本当の娘のようにかわいがっていただきました。私も熱海で暮らすようになって、最後はずっとそばにいられたから 熱海に越してきた意味があったと思います」
小林綾子さん 「先生のおかげ 人生の幅を大きく」
  NHKの連続テレビ小説「おしん」で主人公の子ども時代を演じた小林綾子さんは「あまりにも突然の訃報に、信じられず、寂しい気持ちでいっぱいです。私が『おしん』に出演させていただいたのは10歳の時でしたが、それ以来、橋田先生のドラマや舞台にたくさん出演させていただき、本当にお世話になりました。心から感謝しております。どんなときも、温かく見守ってくださるお優しい先生です。今こうして私が仕事をさせていただけているのは、橋田先生のおかげです。先生が『おしん』を書いて下さったおかげで、人生の幅を大きく広げていただきました。先生の作品は、いつまでもみんなの心の中で生きています。橋田先生、本当にありがとうございました」とコメントを寄せました。
石井ふく子さん「こんなに急だなんて 悔しくて」
  橋田さんが脚本を務めたドラマ「渡る世間は鬼ばかり」のプロデューサーの石井ふく子さんは「橋田さんとは60年のお付き合いです。年中けんかをしたり、相談したり、家族のように付き合ってきました。1日電話をしないと『どうしたの?』と心配されることもありました。思い出がありすぎて何も言えません。こんなに急だなんて 悔しくて、なんと言っていいかわかりません。『あなた1人でどこに行ったのよ』という思いでいっぱいです。橋田さんは現在のコロナ禍の状況を見て、そこで感じた家族の形を書きたいとおっしゃっていました。同時に『私はいつも1人だと思っていたけれど、あなたたちがそばにいてくれたのね』とおっしゃって。私は『今更、なにを言ってるのよ』と返しましたけれど。お互いに元気でいようねって話していたところでした。今、私の隣りに笑って私を見ている遺影があります。まだ、橋田さんがこの世からいなくなったなんて考えられません」とコメントしました。
伊東四朗さん「『おしん』父親役は役者人生に画期的な事」
  橋田さんが手がけたNHKの連続テレビ小説「おしん」で父親役を務めた、俳優の伊東四朗さんは「あの国民的番組『おしん』の父親役に呼んでいただいたのは、その後の役者人生にとって画期的な事でした。橋田先生有り難う御座いました、ゆっくりお休み下さい。合掌」とコメントを出しました。
植草克秀さん「まだ嘘ではないかと思う気持ち」
  橋田さんが手がけた「渡る世間は鬼ばかり」に出演していた俳優の植草克秀さんはツイッターに次のようなコメントを投稿しました。
  「あまりの急なことに今はまだ嘘ではないかと思う気持ちです。渡る世間は鬼ばかりは自分の人生の中でもとても大きな仕事で、先生と一緒にやってこれて本当に感謝しかありません。自分の中ではいつも元気な橋田先生のイメージです。すいません、ショックでまだうまくまとめられません」
中田喜子さん「力強い声でお話なさる先生 今も信じられません」
  橋田さんが手がけた、ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に出演した俳優の中田喜子さんは「橋田先生の作品に初めて出演させていただきましたのが、25才の時でした。それから40年以上、先生が生み出す人間味あふれるドラマに出演させていただきました。いつも力強い声でお話なさる先生にもうお会い出来なくなるとは、今も信じられません。心よりご冥福をお祈り致します。合掌」とのコメントを発表しました。
藤田朋子さん「さみしいです どうしようという気持ちです」
  ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」に出演していた、俳優の藤田朋子さんは「突然のことすぎて言葉が見つかりません。毎年、お誕生日に笑顔でご挨拶させて頂いていましたが、去年は、お目にかかれず、今年は5月にお会いできるのかなと心待ちにしていました。ご病気のことも存じ上げずにいました。信じられません。先生また、お会いしたかったです。さみしいです。どうしようという気持ちです」とコメントを発表しました。
イランでも 「おしん」称える声
  イランでは、NHKの連続テレビ小説「おしん」が1980年代に国営テレビで放送され、当時、ほとんどの国民が視聴したと言われるほど人気を呼びました。
  首都テヘランに暮らす47歳の男性は「おしんの放送が始まると、みんなが見逃さないように画面に見入っていた。おしんは本当に面白くて、私たちはテレビを見ながらとてもよい時間を過ごせた」と話していました。
  また、テヘランに住む女性は「当時、イランでは映画やドラマが多くなかったこともあって、このドラマはみんなの心をとらえたと思う」と話していました。
  さらに別の女性も「本当に、本当に好きなドラマでした。おしんの放送に間に合うように当時は仕事を切り上げていた。彼女が安らかに眠れることを願っている」と話し、橋田壽賀子さんの功績をたたえたり、その死を悼んだりする声が相次ぎました。
エジプトでも 作品懐かしむ声
  中東のエジプトでもNHKの連続テレビ小説「おしん」が1990年代に国営テレビで放送され、子どもに「おしん」と名付ける親が出るなど大きな人気を呼びました。
  55歳の女性は、「みんな、見ていました。ストーリーに引きつけられ、同じように努力を重ねて自分たちも成長していきたいと思ったからです」と話していました。
  また、別の女性は、「いいストーリーですぐれたドラマだったので、見ていました。日本人の努力を伝えるドラマでしたが、エジプト国民にも似ているところが多いと思いました」と話し、作品を懐かしんでいました。
  さらに55歳の男性は、「すぐれたドラマだったので、今でも覚えています。同じようなドラマをつくってくれる人がまた、現れてほしいです」と話していました。
台湾でも速報
  台湾でもNHKの連続テレビ小説「おしん」が複数のテレビ局で繰り返し放送され、人気を博しました。
  台湾の各メディアは橋田さん死去の知らせを速報しました。
  このうち「中国時報」の電子版は、橋田さんを「日本の国宝級の文化人で、テレビドラマの『おしん』は今でも多くの人を感動させている」とたたえた上で、安楽死を望んでいたことにも触れました。
過去には中国の当時の国家主席も「おしん」に言及
  橋田壽賀子さんが手がけたNHKの連続テレビ小説「おしん」は、中国でも1985年に初めて、国営の中国中央テレビで放送され、大ヒットしました。
  主人公のおしんは「阿信」と訳され、どんな苦境に直面しても強く生きる姿が中国人の心をつかみました。
  過去には当時、国家主席だった胡錦涛氏が、日本訪問を前にした2008年、メディアとの会見で日本人に対する印象を聞かれた際に「おしん」について言及し、「主人公が強い信念で物事を成し遂げていく精神に深い印象を持った」と話していました。
「おしん」ロケ地の山形で悼む声
  NHKの連続テレビ小説「おしん」の舞台となった山形県内では死去を悼む声が聞かれました。
  このうちロケ地の1つ、山形県酒田市の男性は「びっくりしました。『おしん』は酒田にとって特別で、亡くなったといっても実感がわきません」と話していました。
  また別の女性は「『おしん』が放送された当時は会社に勤めていて、みんなで休憩室で見ていたのを覚えています。『おしん』といえば酒田ですから、いつまでも記憶に残ってほしいドラマです。残念です」と話していました。
橋田さんが育った大阪の街の人は
  大阪 堺で育った橋田さんが亡くなったことについて、JR大阪駅前では惜しむ声が聞かれました。
  豊中市の49歳の会社員の男性は「大阪で育ったことは知りませんでしたが、ゆかりの有名人が亡くなるのは残念です。『おしん』などの重厚感のある作品や『渡る世間は鬼ばかり』といった人情味のある作品まで、さまざまな作品を残した20世紀を代表する脚本家の1人だったと思います。これからも多くの仕事をされると思っていたので、心からお悔やみを申し上げたいです」と話していました。
  京都市の69歳の女性は「橋田さんが脚本を書いたドラマが好きで、よく見ていたので驚きました。日常にある小さな感情のすれ違いなど、自分にとっても共感ができる描写が魅力的で、亡くなったと聞いて残念に思います」と話していました。
  大阪 北区の30歳の男性は「新しいものを取り入れた作品を次々に生み出されていて、最近も『おしん』を見たばかりでした。すばらしい作品をありがとうございました。お疲れさまでしたと言いたいです」と話していました。
東京 新宿の街の人は
  橋田さんが亡くなったことについて、東京 新宿の街頭で話を聞きました。
  50代の女性は「元気だと思っていたのでびっくりしました。『おしん』は、みんなテレビにくぎづけ状態でした。庶民の生活などをよく見て、きちんと表現しているなと思っていました」と話していました。
  80代の女性は「『渡る世間は鬼ばかり』が楽しみでファンでした。嫁しゅうとめは難しいところがあるんだなあというところを感じながら見ていました。私も義理の親と住んでおり、よい両親でしたが、それでもやはりいろいろありますから。ご冥福を祈るばかりです」と話していました。
  30代の女性は「『渡る世間は鬼ばかり』は子どもながらに衝撃的でした。今はあまりない番組なので、何かひとつ時代が終わったような感じがあります」と話していました。
  50代の男性は「厳しい芸能界の中で、女性として第一線で長くやってこられたと思います。最近、芸能界で偉大な方が立て続けに亡くなっているので『またか』という気持ちがあります」と話していました。
静岡 熱海 近所の人も悼む
  静岡県熱海市にある橋田壽賀子さんの自宅近くで家具店を営む佐藤勝海さん(77)は、50年近く前に橋田さんが移り住んだ頃から家族ぐるみのつきあいがあったということです。
  互いに自家製の農作物を届けたり、橋田さんが本を出版する際にはサイン入りで送られてきたりと、親交を深めてきたということです。
  佐藤さんは「旅行が好きな人で、おととしまで毎年、世界一周の旅に行ってきたという話を聞いていました。気さくな人柄でよいおつきあいをさせていただいていて、去年の秋ごろお話ししたときには元気そうだっただけに、亡くなったと聞き、とても残念です」と話していました。


2021.04.05-Yahoo!Japanニュース(日刊ゲンダイ DIGITAL)-https://news.yahoo.co.jp/articles/d5fd3674021c9ad5697a3d58a9a1427a8f4bc6b2
池江璃花子が東京五輪代表決定 本番まで4カ月弱、完全復活のカギは「精神力」にあり

  池江璃花子(20)が、まさかの五輪切符を掴み取った。

  4日に行われた東京五輪代表選考を兼ねる競泳日本選手権。池江は100メートルバタフライに出場し、57秒77の記録で優勝。個人種目の派遣標準記録(57秒10)には届かなかったが、400メートルメドレーリレーの同記録(57秒92)は突破。リレーメンバーとして東京五輪の舞台に立つ。 ■6週間で約2秒も短縮  ゴールして電光掲示板を確認すると、右の拳で水を叩いてガッツポーズ。その後は号泣し、プールサイドへ上がると両手で顔を覆った。直後のインタビューでも涙は止まらず「5年前のオリンピック選考よりもずっと自信もなかったし、自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていたんですけど……。自分がつらくてしんどくても、努力は報われるんだなって思いました」と声を震わせた。

   2019年2月に白血病が発覚。一時は15キロ以上も体重が減り、つらい闘病生活を経て、昨年8月に大会復帰。同種目で59秒44を記録した今年2月の東京都オープン(予選)から、たった1か月半でタイムを2秒近く短縮。驚異的な復調ぶりである。
   とはいえ、自身が現日本記録(56秒08)を樹立した18年のパンパシフィック選手権のころに比べると体の線はまだ細く、後半のスピードも戻っていない。
■筋肉より精神が原動力
  東京五輪で女子400メートルメドレーリレーの予選が行われるのは7月30日。残された4カ月弱で完全復活できるだろうか。旧ユーゴのナショナルスキーチームのトレーナーとして五輪や世界選手権に帯同し、数多くのアスリートを指導してきたフィジカルトレーナーの平山昌弘氏は「池江選手ほどのレベルになると、もはや筋肉は関係ない」と、こう続ける。
   「30年以上も選手の体と向き合ってきましたが、トップ選手は何よりも精神が原動力になると思っています。池江選手の心の強さは証明されています。筋肉が落ちたことで効率的な体の使い方が模索され、より洗練される例もある。ケガや病気、出産などで一時的に競技から離れた選手が、以前より好記録を残すケースがあるのもそのためです。池江選手は並の器じゃない。五輪に臨む際、仮に筋肉量が病気前に戻っていなくても、また、五輪の直前練習で好タイムが出ていなくても、気にする必要はありません。きっと、本番では見ている者の想像を超えた泳ぎを見せてくれるはずです」  重い病を克服して天才スイマーが五輪に戻ってきた。


2021.04.02-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210402/k10012952931000.html
ノーベル物理学賞 赤崎勇さん死去 92歳 青色LEDの開発に成功

  青色LEDの開発に成功し7年前にノーベル物理学賞を受賞した名城大学終身教授の赤崎勇さん1日、亡くなりました。92歳でした。
  赤崎さんは現在の鹿児島県南九州市の出身で京都大学を卒業後、当時の松下電器の研究所を経て昭和56年に名古屋大学の教授になり、名古屋市にある名城大学の終身教授を務めていました。
  赤崎さんは当初はほとんど見向きもされていなかった窒化ガリウムに注目し、青い光を出すのに必要な高品質の結晶を昭和60年ごろに作り出し、20世紀中は無理といわれた青色LEDの開発に初めて成功しました。

  この成果によって赤・緑・青の光の3原色のLEDがすべてそろい、フルカラーのディスプレイなどさまざまな分野でLEDの実用化の可能性を広げました。
  また、波長の短い青い色を出す技術はDVDなどの記憶容量を大幅に増やすことができるブルーレイディスクの開発にもつながり、大量の情報をやり取りする現代社会において欠かせない技術となっています。

こうした業績で赤崎さんは、ともに研究に取り組んだ天野浩さんや、同じく青色LEDの実現に貢献した中村修二さんとともに7年前の平成26年にノーベル物理学賞を受賞しました。また、平成23年には文化勲章を受章しています。

関係者によりますと、赤崎さんは去年の年末ごろから体調を崩し治療を続けていましたが1日、肺炎のため名古屋市内の病院で亡くなったということです。
ノーベル物理学賞
天野浩さん「世界にとっても大きな損失」2014年にノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学教授の天野浩さんは「赤崎勇先生が他界されたという事実は、自分の中で、これから研究にどう向き合えばよいのか、心の整理がついておりません。私が先生にご指導をいただいたのは学部4年生のときからで、出来が悪い私を辛抱強く、親身になってご指導してくださり、感謝の言葉しか浮かんできません。先生がこの世を去られたことは、日本のみならず世界にとっても大きな損失であることは間違いありません。先生の研究に対する思いや研究者へのエールを引き継いで、研究を通して日本や世界の人々に幸せを届けること、および次の時代を担う人材を育てることが、先生にご指導をいただいた人間としての使命と思っております。先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます」というコメントを出しました。
名古屋大学 松尾清一総長「不屈の研究者魂」
  名古屋大学の松尾清一総長は「赤崎勇先生のご逝去の報に接し、心から哀悼の意を表します。赤崎先生は、『我ひとり荒れ野を行く』という不屈の研究者魂で、開発が不可能とされていた青色LEDを発明され、その研究成果は世界中の人々に新しい光として届けられ、ノーベル賞受賞につながりました。諦めなければ道はひらける、という赤崎先生の研究哲学は、名古屋大学赤崎賞の中に受け継がれ、新進気鋭の若手研究者の励みになっています。お別れすることは本当に残念ですが、われわれ大学人は赤崎先生の教えを胸に刻んで、人類社会の課題解決のために一層精進して参ります」というコメントを出しました。
名城大学 小原章裕学長「常に世界を先導し続けた」
  名城大学の小原章裕学長は「ノーベル物理学賞受賞者で本学の終身教授で特別栄誉教授である赤崎勇先生の突然の訃報に接し、深い哀悼の意を表します。赤崎先生は、多くの研究者が挑戦し、成し遂げられなかった高効率青色LEDを世界で初めて発明され、世界を照らす新しい光を実現されました。本学着任後も、多くの研究者や学生とともに研究に取り組まれ、常に世界を先導し続けました。長年にわたり本学の教育研究活動や学術への多大なご貢献に感謝申し上げるとともに、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます」というコメントを出しました。
愛知工業大学 澤木宣彦教授「エジソン以来の偉大な功績」
  赤崎さんが名古屋大学の教授だった時に講師などとして支えていた愛知工業大学の澤木宣彦教授は「長い間調子を悪くしていて心配していたが、新型コロナの影響で会うこともできず言葉もありません。赤崎さんは、青色LEDにつながる結晶を作ることをライフワークに定め、周りの人が研究をやめるなど右往左往するなかでも諦めず、とにかくいい結晶を作ることに情熱を注いでいた。エジソン以来の電球からLEDへと照明の歴史を変えるきっかけを作った100年に1回くらいの偉大な功績だったと思う」と業績をたたえました。
  また「情熱家だが、決して命令して考えを押しつけるようなことはなく、たくさんの教え子が育ったことも業績の一つだ」と人柄をしのんでいました。
指導を受けていた名城大学 竹内哲也教授「おやじみたいな存在」
  大学時代、赤崎さんから指導を受けていた名城大学理工学部の竹内哲也教授は「入院されているのは知っていたが、必ず戻って来られると思っていたので本当に驚いた。先輩や後輩もみんなそう思っていると思うんですけど、赤崎先生はおやじみたいな存在だったと思います。非常に一つ一つの実験に対して、ものすごく丁寧にかつ厳しく調べられる先生で、最後の結論に至るまで、ちゃんとステップを踏みなさいよとそういうことを教えてもらいました。ずっと働いてこられたので、ゆっくりお休みくださいと伝えたいと思います」と話しました。
青色LED実用化に取り組む 石田秋生さん「職人気質にひかれた」
  物理学者の赤崎勇さんが亡くなったことについて、今の科学技術振興機構、当時の新技術開発事業団で産学連携プロジェクトを担当し、青色LEDの実用化に向けてともに取り組んだ石田秋生さんは「数年前にお会いしたときにはお元気でしたが、近頃は体がよくなかったと聞いていて、心配していました。非常に残念で、ことばになりません」と話していました。
  30年余り前、当時はあまり注目されていなかった青色LEDの技術に早くから目をつけていた石田さんは、LEDの材料に関する赤崎さんの論文を学会誌で読んで興味を持ち、すぐに名古屋の研究室まで足を運んだということです。
  その時の印象は「キリッとした、厳格な雰囲気のある研究者で当時30代だった私は緊張しましたが、話の節々に感じる物づくりへの前向きな思いや職人気質な人柄に強くひかれ、LEDを一緒に実用化したいと思うようになりました」と話します。
  その後、石田さんは赤崎さんを説得して特許の出願や企業との共同開発の話を持ちかけ、実用化に向けたプロジェクトには国の資金5億5000万円を助成し、開発成功への足がかりができたということです。
  石田さんは「LEDの開発が成功し、商品が世の中に出たあとに、赤崎先生から『出会いというものは奇異なものだけど、あなたに出会えてよかった』と言われたことが何よりも心に残っています。私のほうこそ、赤崎先生と出会えたことで人生が変わり、感謝の思いしかありません。心よりご冥福をお祈りします」と話していました。
卒業した高校 LED照明で照らされた記念碑 鹿児島
  赤崎さんが卒業した鹿児島市の甲南高校には、ノーベル賞受賞の翌年に建てられた記念碑があり、赤崎さんが開発したLED照明で照らされています。
甲南高校の校長「偉大な先輩の功績は子どもたちに」
  甲南高校の池田浩一校長は「偉大な先輩の急な訃報をお聞きして非常に驚いています。今の生徒たちも、あとに続いていけるように、機会あるごとに偉大な先輩の功績は子どもたちに伝えていきたい」と話していました。
科学技術振興機構の理事長「頑固さを持った研究者」
  赤崎勇さんが教授を務めた名古屋大学で学長をしていて、スウェーデンで行われたノーベル賞の授賞式にも出席するなど長く交流があった科学技術振興機構の濱口道成理事長は「赤崎さんの『一人荒野を行くがごとく』という言葉が一番心に残っています。実現は難しいと考えられていた窒化ガリウムを結晶化する研究に取り組み、誰も選ばない道を選んだいい意味で頑固さを持った研究者だった」と振り返りました。
  そのうえで「赤崎先生は企業の研究者だった時期もあり、社会が何を求めているかを強く念頭に置いていたことが青色発光ダイオードの開発に結び付いたと思う」と赤崎さんだからこそ成功した業績だと評価していました。
京都大学 湊長博学長「先生の志を受け継ぎ 一層努力」
  赤崎勇さんの母校、京都大学の湊長博学長は、「赤崎先生の偉大な功績により、本学の教育研究活動は大いに奨励され、特に学生や若い研究者に対しての大きな励みになっておりました。私達一同、赤崎先生の志を受け継ぎ、世界に貢献する創造的な研究をめざして一層努力していく所存です。心からご冥福をお祈り申し上げます」というコメントを発表しました


2021.040.02-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210402/k10012953691000.html
有吉弘行さんと夏目三久さんが結婚を発表

  タレントの有吉弘行さんとフリーアナウンサーの夏目三久さんが1日、結婚したことを発表しました。
  有吉弘行さん(46)と夏目三久さん(36)は、今夜、直筆のコメントを発表し1日、結婚したことを報告しました。

  この中で有吉さんは「今後は二人で力を合わせて穏やかで幸せな家庭を築いて参ります。お世話になっている皆様方にももっと笑っていただけるようこれまで以上に精いっぱい頑張っていきたいと思っております」などとつづっています。
  また、夏目さんは「有吉さんと夫婦になり、この上ない喜びと幸せを感じております。スタッフの皆さま、共演者の皆さまと過ごした時間は私にとってかけがえのない経験で、生涯忘れることはできません。本当にありがとうございます」などと記しました。
  有吉さんは、お笑いコンビ「猿岩石」として民放のバラエティー番組で人気となり、コンビを解散したあとも数多くのテレビ番組にレギュラー出演するなど、テレビを中心に活躍しています。
  一方、夏目さんは日本テレビでアナウンサーを務めたあと、平成23年からフリーアナウンサーとなり、ニュース番組などで司会を務めています。


2021.03.31-Yahoo!Japanニュース(東スポWeb)-https://news.yahoo.co.jp/articles/b7fb1be25b14683083940407fe05ad45de4c46a2
【全空連】植草歩へのパワハラ認定「竹刀を用いた練習は大変危険」

  全日本空手道連盟(全空連)は31日、東京五輪・女子組手61キロ超級代表の植草歩(28=JAL)が香川政夫選手強化委員長(65)からパワーハラスメントを受けていたと訴えた件について、都内で倫理委員会を開催。両者に事情聴取を行った。

  終了後、報道陣の取材に応じた植草は「きちんと話してきた」とコメント。全空連は同日夜に、ホームページ上で「1月27日の帝京大学内の練習において、帝京大学師範香川政夫氏が竹刀を用いた練習を行い、植草歩選手が目を負傷したということが事実関係として認められました」との声明を発表した。
  その上で「本連盟倫理委員会としては、竹刀を用いた練習は大変危険であり、どの練習においても全く認められるものではありません。引き続き該当事項について調査してまいります。なお、処分内容については理事会の決議により決定されます」とつづった。
   植草は12日に、パワーハラスメントの被害日本オリンピック委員会(JOC)の通報・相談窓口に相談。28日には自身のブログで「練習環境のこと、大学院進学のこと、その他プライベートや自活の為の仕事のことなどで、自立心・自尊心を傷つけられたり、大声で怒鳴られたりすることが多くなりました」などと被害の全容を告白していた。


2021.03,22-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/sports/news/210322/spo2103220023-n1.html
<独自>全柔連の山下会長、勧告案を放置 懲戒処分の県連会長めぐり

  全日本柔道連盟(全柔連)のコンプライアンス委員会が昨年11月、ガバナンス欠如や不明朗な支出を指摘して愛知県連盟の執行部刷新を求めた勧告書案を作成したにもかかわらず、山下泰裕会長が口頭での「注意喚起」のみにとどめ、勧告案を事実上放置していたことが22日、関係者への取材で分かった。今年1月に自己都合を理由に退職した前事務局長のパワーハラスメント疑惑と同様、全柔連の理事会にも経緯を報告しておらず、再び隠蔽が疑われる

  愛知県連の河原月夫会長は昨年9月、過去の小学生大会で親族の子供が負けた結果を不服とし、審判に暴言を繰り返すなどしたため、全柔連から会員登録停止10カ月の懲戒処分を受けた。河原氏はその後も県連会長職にとどまり、県連理事会に出席するなどし、県連執行部も是認した。
  コンプライアンス委員会の調査では、河原氏が平成28年に県連会長に就任して以降、不明朗な支出が大幅に増え、県連が積み立てていた5千万円以上の定期預金が取り崩されていることが発覚。執行部に批判的な役員が外されるなど、運営上の問題も確認された。

  このため、同委員会は「河原会長の辞職と執行部の刷新」を求めた勧告書案を作成。同委員会の寺脇一峰委員長が昨年11月26日の常務理事会で山下会長に対応を一任した山下会長は今年1月6日、全柔連役員とともに愛知県内を訪れて河原会長と面談したが、文書は提出せず、「懲戒処分の順守」を注意喚起したのみ。河原会長の謝罪を受け、それ以上の対応は行わず、コンプライアンス委員会がまとめた勧告書案の大半が放置された。
  その後の全柔連理事会では、勧告書案が作成されたことも説明していない。県連のホームページでは、山下会長らと河原会長の面談の様子について「和やかなうちに面談を終えた」などと報告され、その後に削除された。

  産経新聞は22日夕、山下会長に取材を申し込んだが、多忙を理由に同日までに回答は届いていない。
  全柔連では今年2月、前事務局長によるパワハラ疑惑が発覚。山下会長は「弁明の機会を与える前に退職した」との理由から経緯を職員や理事会に報告せず、「隠蔽」との批判の声が上がっていた。


2021.03.19-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210319/k10012922801000.html
センバツ高校野球 きょう甲子園球場で開幕

  新型コロナウイルスの感染拡大後、高校野球では初めての全国大会となる「第93回センバツ高校野球大会」が19日、甲子園球場で開幕します。

32校が出場 初出場は10校
  センバツ高校野球は、去年の大会が新型コロナウイルスの影響で直前に中止となり、2年ぶりの開催となることしは32校が出場します。
  このうち、初出場は10校で、去年秋の九州大会で優勝した長崎の大崎高校は離島の学校としても注目を集めています。
  選手では、去年秋の近畿大会で優勝した奈良の智弁学園で中軸を打つ左の強打者、前川右京選手をはじめ、市立和歌山高校の小園健太投手や愛知の中京大中京高校の畔柳亨丞投手など、150キロを超える速球を投げるピッチャーの活躍も期待されます。
  一方、大会では、徹底した感染対策がとられ、出場校の選手や監督などは大会前にPCR検査を受け、全員の陰性が確認されました。
  観客については、上限を1万人としたうえで入場券はすべて前売りの指定席とし、37度5分以上の発熱が確認された場合やマスクを着用していない場合は入場を断るということです。
  学校関係者のみ1000人までの入場が認められたアルプス席のブラスバンドの応援も、飛まつによる感染を防ぐため禁止となりました。
  さらに、19日の開会式も密を避けるため、1日目に試合がある6校のみが入場行進を行い、ほかの26校は事前に収録した行進の様子を球場のビジョンに映すなど異例の形式で行われることになりました。
  大会は、休養日も含めて13日間の日程で行われ、決勝は今月31日の予定です。
大会1日目の見どころ
  19日は開会式に続いて1回戦3試合が行われます。
第1試合 神戸国際大付 対 北海・・・第1試合は、4年ぶり5回目の出場の地元、兵庫の神戸国際大付属高校と、10年ぶり13回目の出場の北海道の北海高校が対戦します。
  神戸国際大付は、エースで打線の中軸も担う阪上翔也投手が、チームを引っ張ります。阪上投手は去年秋の公式戦の防御率が0.65と安定感があります。
  対する北海の左投げのエース、木村大成投手は、秋の公式戦8試合で72個の三振を奪い、防御率は0.34と阪上投手を上回っています。
第2試合 明徳義塾 対 仙台育英・・・第2試合は、2年連続で秋の地区大会を制したチームどうしの対戦です。
  2年連続20回目の出場の高知の明徳義塾高校は、四国大会3試合を1人で投げ抜いた左投げのエース、代木大和投手がチームの中心です。
  2年連続14回目の出場の宮城の仙台育英高校は、秋の公式戦のチーム打率が3割7分と活発な打線に、9試合で盗塁39個と機動力も兼ね備えています。
第3試合 健大高崎 対 下関国際・・・第3試合では、2年連続5回目の出場の群馬の高崎健康福祉大高崎高校と3年ぶり2回目の出場の山口の下関国際高校が対戦します。
  健大高崎は、チームカラーの積極的な走塁に加え、秋の公式戦ではセンバツ出場校で最多の15本のホームランをマークした長打力も持ち味です。
  一方、下関国際は、メンバー18人中14人が新2年生で、キャプテンも新2年生が務めます。
コロナ感染対策でガイドライン・・・高野連=日本高校野球連盟などは、ことしのセンバツ大会で新型コロナウイルスの感染対策のガイドラインを設けています。
  ガイドラインでは、去年夏の交流試合と同じように「3密」を徹底的に回避することや、健康状態や行動履歴を記録することを原則とした対策が示されています。
  そのうえで今回のセンバツ大会から、大会前に出場32校の選手や監督などおよそ1000人を対象にPCR検査することを決めました。1回戦を勝ち上がったチームの関係者400人余りは、2回目の検査を行うことになっています。そして、感染が確認された場合は、緊急対策本部が集団感染か個別の事案かを重要視して対応を決めるとしています。
  観客については政府の方針に沿って上限を1万人としたうえで、入場券はすべて指定席としてインターネットでの事前販売にしました。
  37度5分以上の熱がある場合やマスクを着用していない場合は、球場に入ることはできません。また、アルプス席は学校関係者のみ1000人まで入場を認めましたが、飛まつによる感染を防ぐため、ブラスバンドの演奏は禁止にしました。
  さらに19日の開会式も簡素化され、1日目に試合がある6チームのみが入場行進し、残る26校は事前に撮影した行進の映像を球場内のビジョンに映し出すことになっています。
  また、試合の間隔も例年の大会より10分長い40分間とし、ベンチの消毒などを徹底するほか、選手の入れ替えも接触を避けるように行うということです。
  このほか宿舎については、1人部屋を使用することや食事は個別配膳が望ましいなどとしています。


2021.02.27-Yahoo!Japanニュース(BANG SHOWBIZ、女子SPA!)-https://news.yahoo.co.jp/articles/0dc1bb80349b0a40879d4b5196220d3ffd72759d
タイガー・ウッズ、交通事故で大ケガ。噂の “スーパー彼女”も病院へ

  現地時間23日(火)、米ロサンゼルス郊外で自動車事故を起こした米ゴルフ界のスーパースター、タイガー・ウッズ(45)脚に重傷を負い近くの病院で緊急手術を受けたウッズは、現在治療を受け、意識もはっきりしている状態だが、事故当時のことについては「記憶がない」と話しているという。今回の事故により選手生命も危ぶまれるなか、これまでウッズをそばで支え続けてきたといわれている噂の恋人が、病院を訪れる姿も目撃された。
(1)
事故多発エリアを猛スピードで走行?
  ふだんはフロリダ州に住んでいるものの、イベントに出席するため、前の週からカリフォルニア州に滞在していたというウッズ。当日の朝、現地のホテルから車で出かけ、ロサンゼルス郊外を走行中、カーブを曲がり切れず道路脇に転落、横転した。
  同乗者はおらず、他の車も巻き込まない単独事故だったとみられている。事故後、ウッズは大破した車内に取り残され、駆け付けた警察や消防、救急当局が斧(おの)などを使い救出。脚を激しく損傷していたことから、近くの病院に搬送された。
   当時、自力で立てない状態ではあったものの、名前を尋ねられると「タイガー・ウッズだ」と答え、意識はしっかりしていたという。また飲酒や薬物の影響はなく、無謀運転の疑いはないとされている。
  事故後に会見したアレックス・ヴィラヌエヴァ郡保安官は、ウッズを刑事告発しないとの見通しを示したうえで、次のように話している。 「私達は、この自動車事故に関し刑罰を科すことは考えていません」 「これは事故であるという認識は変わりません。事故は犯罪ではありませんから。残念ながら、事故は起こるものなのです」
   また同保安官は、ウッズがこれまで事故の詳細に関して何も語っておらず、捜査員に対し「事故に関する記憶がない」と話していることも米CNNに明かした。  事故現場は下り坂でカーブもあり、事故が多発しているエリア。ウッズは事故当時、現場を通常より相当速いスピードで走行していたとみられている。
   当局は今後、ウッズの血液検査やドライブレコーダーの回収などを行い、事故原因の調査を行っていく方針だという。
(2)
術後の経過を代理人がSNSで発表
  一方、ウッズの代理人はツイッターで術後の経過について次のように報告している。 「現在、意識もはっきりしており、受け答えもできている状態です。病院で治療を受け、回復に向かっています」 「ハーバーUCLA医療センターの素晴らしい医師や病院スタッフの方々、ロサンゼルス郡保安官事務所、消防団のみなさんに感謝いたします」 「みなさまのサポートとご支援は、とてもすばらしいものでした」
   またその投稿には、同医療センターのCEOであるアニシュ・マハジャン医師がウッズの状況を説明したコメントも含まれている。それによると、ウッズは右脚を複雑骨折していることから、整形外科専門医による緊急手術で脛骨や腓骨にロッドを挿入。足と足首は、ボルトとピンで固定されている状態だという。
見事な復活劇の裏に“プロ彼女”
  これまでにも自動車事故を起こしているウッズ。2009年には、不倫が発覚し、妻から車で逃げる途中に自動車事故を起こした。この事故をきっかけに女性スキャンダルが相次いで発覚し、結婚生活も破綻。
  一時期、ツアーを欠場するなど選手活動にも影響が出た。2017年には、意識がもうろうとした状態で車を運転した疑いで逮捕。鎮痛薬を服用していた影響によるもので、職務質問中にはろれつが回っていなかったとされている。この件でウッズは、危険運転の罪を犯したことを認めた。
   このように選手としての活躍よりも、スキャンダルが目立っていた時期もあったが、そんなウッズの復活を支えたといわれているのが、恋人のエリカ・ハーマンさんだ。2人は2017年より交際を開始し、ウッズも自身のSNSで交際を明らかにした。
   エリカさんは以前、ウッズが経営するレストランの支配人を務めていたという。現在は退職し、ツアーなどにも帯同しながら選手活動をサポートしているそうだ。  前妻と離婚して以降も、アルペンスキー金メダリストや美人スタイリストなど、女性との噂が絶えなかったウッズ。エリカさんとの交際が知られるようになった当初、世間の評判は決して良くなかった。
   けれども、ウッズは2018年にツアー選手権で5年ぶりの優勝を遂げ、ワールドゴルフランキングも13位まで浮上。さらに2019年のマスターズで14年ぶり5度目の優勝を果たした。この見事な復活劇の裏にはエリカさんのサポートがあったとみられ、世間もそんな“スーパー彼女”ぶりを評価するようになった。
   昨年12月に腰の手術を受けたものの、今年4月開幕のマスターズ出場を目指して、リハビリ中だったウッズ。今回の事故でマスターズ出場は絶望的となってしまった。  ただ、「命を落とさなかったのは奇跡」ともいわれている今回の事故。とにもかくにも、早い回復を祈りたい。
<文/BANG SHOWBIZ、女子SPA!編集部>


2021.02.20-日刊スポーツhttps://www.nikkansports.com/sports/news/202102190000038.html
大坂なおみ全豪2度目V!4大大会4度目V/詳細

<テニス:全豪オープン>◇20日◇メルボルン◇女子シングルス決勝
  ハードコート女王の誕生だ!
 世界3位の大坂なおみ(23=日清食品)が、2年ぶり2度目の優勝の快挙を成し遂げた。

  同24位のジェニファー・ブレイディ(米国)を6-4、6-3で下し、4大大会通算4度の優勝は、すべてハードコートとなった。現役では、クライシュテルス(ベルギー)と並び、S・ウィリアムズの13度に次ぐ2番目の多さだ。大会後の最新世界ランキングで2位に復帰する。

  ▽大坂の話 「私のチームに感謝したい。(新型コロナウイルス禍での)隔離生活でも協力して支えてくれた。チームは家族同然。このトロフィーはみんなのもの。また四大大会で優勝できて、最高の経験になった」。
  ▽ブレイディの話 「大坂がしていることは素晴らしいこと。若い女の子たちはこれを見て勇気をもらっていることでしょう。四大大会決勝を戦えたのは特別だが、私の日ではなかった。またここに立てるようにしたい」。


2021.02.10-東京新聞 TOKYO Web-https://www.tokyo-np.co.jp/article/85248
元警視庁捜査1課長、寺尾正大さん死去 オウム事件を指揮

  1995年に起きた地下鉄サリン事件をはじめ、一連のオウム真理教事件の捜査を指揮した警視庁の元捜査1課長、寺尾正大(てらお・まさひろ)氏が1月24日、死去した。関係者への取材で分かった。78歳。新潟市出身。葬儀・告別式は既に執り行われた。
  66年に警視庁に入庁。殺人などの凶悪事件を担当する捜査1課に配属された後、81年に米ロサンゼルスで起きた銃撃事件を巡る「ロス疑惑」や、保険金目的で妻を殺害した86年の「トリカブト殺人事件」を捜査した。
  95年2月に捜査1課長に就任。同3月に発生した地下鉄サリン事件など、オウム真理教に対する一連の大規模捜査に尽力した。
  新宿署長や警察学校長、生活安全部長などを歴任し、2001年に退職した。(共同)


2021.02.03-Yahoo!Japanニュース(Newsポストセブン)-https://news.yahoo.co.jp/articles/dbafa06bcde5db8cefaaf1dae2e83a2b04251ee8
石原さとみが非公表の理由 「コロナ感染発表」に関する芸能界ルール

  クランクインを迎えた新ドラマが、突如、撮影延期に。理由は主演の“退場”だという。
  「新型コロナの感染予防として、新しい現場では必ずといっていいほどPCR検査が行われます。1月中旬、撮影初日に実施された検査で、主演の石原さとみさん(34才)の陽性が発覚したんです。無症状だったようで、本人はとても驚いていました。石原さんの出演シーンは、すべて撮影が延期に。幸い、濃厚接触者に該当する共演者はいなかったので、ほかのシーンから撮影が進められることになりました」(テレビ局関係者)

   これまで芸能人が感染した場合、名前が大々的に報じられてきた。しかし石原が感染したのは1月の中旬だというのに、公表はされていない(2月2日現在)。実は芸能界には、公表か非公表か、あるルールが存在している。 「感染によって、すでに公になっている出演番組を欠席したり、上演中の舞台を降板した場合などは、その理由を説明する必要が出てきます。
  そのために公表という形をとる。石原さんは、撮影が始まったドラマがまだ正式発表されておらず、撮影の欠席を関係者以外に説明する必要はありません。公になっている仕事を欠席することもなかったので、公表を控えたとみられています」
(芸能関係者)

   逆に、情報解禁前のドラマだったから「制作サイドとしては公表してほしくないのが本音」と言うのは、別のテレビ局関係者だ。
  「石原さんの感染を公にすると、『いまどんな仕事をしているのか?』『どの仕事に影響があるのか?』という部分も発表せざるを得ません。ドラマの情報解禁は、宣伝期間を決めて戦略的にやるものです。制作側は出演者の感染発表のついでにドラマの情報解禁、というのは避けたかったはず。共演者の中には、『世間に伝えなくていいの?』という声もあったようで、石原さんとしては苦渋の決断だったのかもしれません」(前出・別のテレビ局関係者)

  公表にはこんな“デメリット”もある。現在の芸能界では現場ごとにPCR検査を行っており、多忙な芸能人ほど検査の回数が増える傾向にある。 「たとえ前日のドラマの現場で陰性だったとしても、翌日に別の作品の撮影があれば改めてPCR検査を受けることになります。週に2~3回検査を受けているタレントもいて、これだけ受けていれば偽陽性の反応が出てしまうこともあるんです。ある俳優は陽性反応が出てすぐに公表したものの、翌日以降はずっと陰性。でも一度陽性と公表してしまった手前、2週間の隔離を強いられました」(前出・芸能関係者)

   芸能界では今後、石原のようにあえて公表を控える動きも出てくるかもしれない。 「芸能人の感染の公表は、名前と顔がわかってしまい、現実感を持って受け止められるので、社会不安を煽っていると指摘する専門家も出始めています。公表するデメリットも考え、石原さんのように臨機応変に対応することが、芸能界にとっても一般社会にとっても都合がいい場合もあるのです」(医療ジャーナリスト)  感染者の人数や名前に一喜一憂せず、粛々と自粛生活を続けよう。
女性セブン2021年2月18・25日号


2021.01.29-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210129/k10012838781000.html
大相撲 元横綱 栃ノ海の花田茂廣さん死去 82歳

  大相撲の元横綱 栃ノ海の花田茂廣さんが、誤えん性肺炎のため29日、都内で亡くなりました。存命の横綱経験者では最高齢の82歳でした。
  元横綱 栃ノ海の花田さんは、昭和13年に青森県で生まれ昭和30年の秋場所で初土俵を踏み、昭和35年の春場所で新入幕を果たしました。
  小柄ながらも相手の懐に飛び込む相撲や前まわしを取る速攻相撲を得意として番付を上げ、昭和37年の夏場所で関脇で初優勝を果たし、場所後に大関に昇進しました。
  そして、昭和39年の初場所のあと、第49代の横綱に昇進し、昭和41年の九州場所途中で引退しました。
  現役引退後は、平成2年に春日野部屋を継承し、平成15年に退職するまで後進の指導に当たりました。
  平成30年夏場所のあと、栃ノ心が大関に昇進した際には、春日野部屋を訪れて伝達式に参加していました。
  日本相撲協会などによりますと、29日未明、誤えん性肺炎のため都内で亡くなったということで、存命の横綱経験者では最高齢の82歳でした。
春日野親方「伝統しっかり引き継いでいく」
  平成15年に花田茂廣さんから春日野部屋を引き継いだ、元関脇・栃乃和歌の春日野親方は「自分にも他人にも本当に厳しい人だった。退職後はいいおじいちゃんという感じで栃ノ心の優勝や大関昇進を笑顔で喜んでくれたことが印象に残っている。このところは体調を気にかけていたが、亡くなったのは本当に残念だ。厳しい稽古があってこその春日野部屋という伝統をしっかり引き継いでいきたい」と話していました。
日本相撲協会 八角理事長「相撲道継承と発展に尽力」
  花田茂廣さんが亡くなったことを受けて、日本相撲協会の八角理事長は「突然の訃報に接し、思いがけないことで驚いております。生前は春日野部屋の師匠として多くの関取を育てられ、理事としても相撲道の継承と発展にご尽力頂きました。生前の功績をしのび心よりご冥福をお祈り申し上げます」というコメントを発表しました。


2021.01.24-SANSPO.Comサンスポ-https://www.sanspo.com/baseball/news/20210124/mlb21012410350002-n1.html
堀内恒夫氏、ハンク・アーロンさん死去に「俺も含めてそういう年齢」

  米大リーグ歴代2位の通算755本塁打を放ったハンク・アーロンさんが22日に死去した。86歳。現役時代に所属したブレーブスが発表した。死因は非公表。アフリカ系米国人で、人種差別と闘いながら1974年にベーブ・ルースの不滅とされた通算714本塁打のメジャー記録を更新。日本では王貞治が自身の記録を抜いた際に脚光を浴び、2人は友情でも知られた。
  元巨人監督の堀内恒夫氏(73)は同日、自身のブログで「こうも続くもんかねぇ…でも、仕方ないか。俺も含めてそういう年齢になってるんだもんね」と冷静に受け止めた。「アーロンさんが日米野球で来日して王さんとホームラン競争をした時の姿 今でもハッキリと覚えてるよ」と懐かしんだ。「野球の記録も素晴らしいけど 人間的にも素晴らしい方 ご冥福を心よりお祈りいたします」とつづった。


2021.01.23-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210123/k10012830381000.html
坂本スミ子さん死去 「楢山節考」「夢であいましょう」出演

  パワーあふれる歌声で「ラテンの女王」と呼ばれた歌手で、フランスのカンヌ映画祭で最優秀賞を受賞した「楢山節考」で印象的な老婆の役を演じるなど俳優としても活躍した坂本スミ子さんが23日、脳梗塞のため熊本市内の病院で亡くなりました。84歳でした
  坂本さんは大阪市出身で、高校を卒業後NHKの合唱団を経てラテン歌手としてデビューしました。
  パワーあふれる歌声で「ラテンの女王」と呼ばれ、昭和36年に始まったNHKの音楽バラエティー番組「夢であいましょう」に出演したほか、紅白歌合戦にも5年連続で出場しました。
  俳優としても活躍し、昭和58年に発表されフランスのカンヌ映画祭で最優秀賞のパルムドールを受賞した今村昌平監督の映画「楢山節考」に老婆の役で出演するなど俳優としても活躍しました。

  平成6年からは熊本市内に移り住んで、長年保育園と幼稚園の園長を務めていました。
  家族によりますと、坂本さんは80歳の時には記念ライブを行うなど活動していましたが、今月2日に脳梗塞で倒れて熊本市内の病院に入院し、23日亡くなったということです。


2021.01.21-Yahoo!Japanニュース(SponitiAnnexスポーニチ)-https://news.yahoo.co.jp/articles/e30e4123fa68b60d680a557507a12c0160d38470
爆問・田中、脳梗塞で入院 “お菓子好き”に医師注意喚起「大量摂取は誘因になり得る」

  お笑いコンビ「爆笑問題」の田中裕二(56)が前大脳動脈解離によるくも膜下出血、脳梗塞と診断され、入院したと20日、所属事務所が発表した。昨年8月には新型コロナウイルスに感染して入院し、9月に復帰したばかり。手術の必要はなく、入院は1週間の予定。11本のレギュラー番組を抱える売れっ子は1カ月の静養に入る。

  脳動脈解離とは、何らかの誘因で脳動脈壁内に出血し、壁が裂けた状態のこと。その結果、くも膜下出血や脳梗塞などを引き起こす。自覚症状としては頭痛がある。
   東京脳神経センター理事長で医学博士の松井孝嘉氏(松井病院院長)は「血圧が高い人や血管が弱い人がなりやすい」と指摘。20日の大寒に向けて急激に寒くなっていたことも「血管が弱い人には要注意。熱いお風呂にいきなり入るのも危ない」という。田中が「お菓子王子」と呼ばれるほどの甘党であることも「適量なら問題ないが、年齢的にも大量の摂取は血管の病気の誘因になり得る」とし、気になる点として「くも膜下出血で1週間の入院は短い。また起きたら命に関わる懸念がある」と心配した。昨年8月のコロナ感染との因果関係には「コロナ自体にまだ不明な点があるので何とも言えない」という。


2021.01.21-FNNプライムオンライン-https://www.fnn.jp/articles/-/133520
【速報】「芥川賞」に宇佐見りんさん 「直木賞」に西條奈加さん 第164回受賞者が決定

  第164回芥川賞・直木賞の選考会が行われ、芥川賞には宇佐見りんさんが、直木賞には西條奈加さんが、それぞれ選ばれた。
  芥川賞を受賞した、宇佐見りんさんの「推し、燃ゆ」は、好きなアイドル「推し」を応援することが生活の中心になっている女子高生の姿を、1人称の語りでリアルに描いた物語。
  宇佐美さんは、静岡・沼津市生まれの21歳。初のノミネートでの受賞となった。
  直木賞を受賞した、西條奈加さんの「心淋し川」は、江戸・千駄木を舞台に、よどんだ川のたもとに立ち並ぶ、長屋に住む人々の生きる喜びや悲しみを描いた時代小説。西條さんは、北海道生まれの56歳。
  候補者全員が初ノミネートとなった今回の直木賞で、見事、受賞となった。


2021.01.07-Livedoor News(産経ニュース)-https://news.livedoor.com/article/detail/19496550/
元チャンバラトリオ、ゆうき哲也さん死去 「ミナミの帝王」にも出演

  ハリセンを使ったコントで人気を博した「チャンバラトリオ」の元メンバーで、俳優としても活躍したゆうき哲也(ゆうき・てつや)さんが4日、敗血症のため死去した
  79歳。葬儀・告別式は近親者で営んだ。後日、お別れの会を予定している。
  大阪市出身。大学中退後、俳優の付き人などを経て、昭和43年にチャンバラトリオに加入し、人気を博した。チャンバラトリオを脱退後は、俳優やプロデューサーとしても活躍し、Vシネマ「難波金融伝・ミナミの帝王」シリーズで義理人情に厚い親分役を好演した。


2021.01.04-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210104/k10012797011000.html
「5万回斬られた男」時代劇で活躍した福本清三さん 死去

  多くの時代劇で斬られ役として活躍し、「5万回斬られた男」とも呼ばれる俳優の福本清三さんが、今月1日、肺がんのため亡くなりました。77歳でした。
  福本さんは兵庫県出身で、15歳のときに東映京都撮影所に入所し、50年以上にわたって映画やテレビの時代劇を中心に「斬られ役」として活躍しました。
  斬られた時に後方にえびぞりになって倒れるなど、主役の強さを引き立てつつ派手に倒れる演技で注目を集め、「5万回斬られた男」とも呼ばれました。
  平成15年にはハリウッド映画、「ラストサムライ」に出演したほか、平成26年に初主演を務めた「太秦ライムライト」では、カナダのファンタジア国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞しました。
  平成16年には、日本アカデミー賞協会特別賞を受賞しています。
  福本さんは去年11月にNHKで放送された時代劇「十三人の刺客」に出演するなど、最近まで活動を続けていましたが、東映京都撮影所によりますと、自宅で療養中の今月1日、肺がんのため、亡くなったということです。
北大路欣也さん「感謝の思いでいっぱい」
  福本清三さんが亡くなったことについて、俳優の北大路欣也さんは「若い頃から共に切さたく磨し、いろんなことを教えてくれた大切な仲間です。別れは信じられません。福ちゃんは、名優チャップリンを崇拝し、稽古に没頭し続けた勇士です。今はただ感謝の思いでいっぱいです。合掌」とコメントしています。







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