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ユネスコの問題



2019.9.22-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/190922/wor1909220013-n1.html
ユネスコ「世界の記憶」年内改革を断念 韓国反対、作業部会で結論出ず

【パリ=三井美奈】国連教育科学文化機関(ユネスコ)は「世界の記憶」(世界記憶遺産)改革で、目標だった「今年内の実現」を断念した。改革案を検討する作業部会で、日本の主張に沿った新制度の大枠が固まる一方、韓国の反対で最終結論に至らなかったため。審査が凍結された慰安婦関連資料をめぐる日韓の対立が背景にある。
 作業部会が今月まとめた報告書は「改革の核心」で答えが出なかったと明記した。問題となったのは、登録申請された後、「内容が史実と異なる」などとして加盟国から異議が出た案件への対応。関係者によると、対話で決着がつかない場合、日本は「審査継続は困難」との立場を示し、多くの国が賛同した。韓国は「審査対象から除外すべきではない」と主張した。
 韓国が登録を支援する慰安婦関連資料は2017年、日本の強い反対を受けて登録判断が見送られており、韓国は新制度の導入で「同資料が審査枠から外されるのを警戒した」(外交筋)とみられている。
 作業部会は昨年、設立された。世界の記憶審査の透明化に向け、加盟国が関与する制度のあり方を検討してきた。これまでの審査は専門家で作る諮問委員会が非公開で行い、加盟国が申請案件に疑義を抱いても発言の場がなかったため、「政治利用につながる」との批判があった。作業部会の報告を基に、ユネスコ運営を担う執行委員会(58カ国で構成)で来月、改革案がまとまる予定だった。 
 改革は15年、「南京大虐殺文書」の登録をきっかけに、日本が強く主張してきた。ユネスコのアズレ事務局長も改革を支持。作業部会の論議には最多で100カ国・地域が参加するほど、関心は高かった。


国際連合教育科学文化機関
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


国際連合教育科学文化機関(英語: United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization, UNESCO ユネスコ)は、国際連合経済社会理事会の下におかれた、教育科学文化の発展と推進を目的とした専門機関である。
1945年11月に44カ国の代表が集い、イギリス・ロンドンで開催された国連会議 (ECO/CONF)において11月16日に採択された 国際連合教育科学文化機関憲章」(ユネスコ憲章)に基づいて1946年11月4日に設立された。
分担金(2016年現在)の最大の拠出国はアメリカ合衆国(22%)、2位は日本(9%)である(米国は拠出金支払いを全額停止しているため、実質的に最大の拠出国は日本である

本部はフランスパリにある。「教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さない」との理念により設立の意義を定めたユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」との文言がある。

活動にあたっては、重点的に推進する目標として「万人のための基礎教育」「文化の多様性の保護および文明間対話の促進」などを定める。それに基づき、例えば前者に関しては識字率の向上や義務教育の普及のための活動、後者については世界遺産の登録と保護、文化多様性条約の採択のほか、歴史的記録遺産を保全するユネスコ記憶遺産(世界の記憶)事業などを実施する。そのほか、極度の貧困の半減、普遍的初等教育の達成、初等・中等教育における男女差別の解消、持続可能な開発のための教育危機に瀕する言語の保護などを内容とするミレニアム開発目標など、国際開発目標達成を目指す。

ユネスコの最高機関は全加盟国が参加する総会である。総会において各国はそれぞれ1票を持ち、ユネスコの政策や事業計画についての決定を行う。総会での議決はユネスコ憲章の改正などの重要事項については加盟国の3分の2の賛成が必要となるが、通常の事項については過半数の賛成で決定される。総会は2年に一度、通常はパリにおいて開催される。この総会の決定に基づく計画の監督や、事務局が作成した予算計画などを総会にかける前に審議するのが執行委員会である。執行委員会は1年に2回開催される。この両機関の下に、事務局他実行機関が存在する。事務局長はユネスコの代表となっている。パリの本部のほか、世界各地に通常複数国を管轄する地域事務所が置かれている。また、各国にはそれぞれユネスコ国内委員会が設置され、ユネスコ本部と各国政府との間の連絡機関となっている。日本にも、日本ユネスコ国内委員会が設置されている。ユネスコ活動の普及と理解促進のため、世界の著名人を「ユネスコ親善大使」に任命し、様々な活動を行っている。

歴史
1946年11月4日に設立されたのち、ユネスコは徐々に加盟国を増加させ、活動も多岐にわたるようになった。1951年にはいまだ国際連合本体に加盟していなかった日本が加盟するなど敵国条項が適用される旧枢軸国の加盟も比較的早期になされたが、何よりも大きな影響を与えたものは1954年ソビエト連邦の加盟である。これによりユネスコは共産諸国(冷戦下の東側諸国)にも活動の場を広げ、さらに1950年代から1960年代にかけてアジアアフリカの新独立国が次々と加盟を果たし、加盟国の大半が南側諸国によって占められるようになった。これはユネスコの活動を大規模化させることとなったが、本来設立の中心となった欧米先進諸国が数の上では少数派となったことにより両派の間で対立が起こるようになった。
  1980年代には、放漫財政等のマネージメントの問題に加え、活動が「政治化」していることに先進諸国の間で不満が高まってきていた。中でも問題となったものが、当時のムボウ事務局長が提唱した「新世界情報秩序」である。これは、世界の情報の流れが先進国から一方的に発信されている状況を是正しようとするものであり、発展途上国の間で強い支持を得たものの、この議論の中で東側諸国がジャーナリストの認可制の導入を提唱したこともあり、この計画は報道の自由を制限するものだとして、先進国からは強い反対の声が上がった。これを一番の原因として1984年に最大の分担金拠出国であったアメリカ合衆国が、次いで1985年にはイギリスおよびシンガポールが脱退し、ユネスコの存続は危機に立たされた。この間日本は、ユネスコにとどまり、分担金の約4分の1近くを担う最大の拠出国となった。結局、イギリスは1997年7月に、アメリカ合衆国が2003年10月にそれぞれユネスコに復帰した
2013年11月現在の加盟国数は195ヶ国、準加盟9地域である。日本1951年7月2日に加盟。

パレスチナ加盟をめぐる対立
最も新しい加盟国はパレスチナ国である。2011年10月31日に総会が開かれ賛成107、反対14、棄権52で国としての正式加盟を承認した。アメリカ合衆国、イスラエルなどは反対し、日本などは棄権。アメリカ合衆国国務省、この決議案採択への対抗措置として、ユネスコ分担金の停止を実行し、2017年10月にはユネスコを再脱退すると表明。2018年12月31日に脱退が発効し、オブザーバー参加となった。またイスラエル外務省は、パレスチナを非難すると共にユネスコとの協力関係について再検討すると表明し、2017年10月に同国はアメリカに続いて脱退を表明した。なお分担金負担停止から2年経過した2013年に、両国は議事への投票資格が停止されている。

ユネスコ執行委員会委員国
1995年以降、執行委員会は58か国によって構成されている。委員国の選挙区は地域別に6つのグループに分かれており、その中から決められた議席に応じて総会で選挙が行われ、委員国が選出される。委員国の任期は4年で、選出された総会から二回あとの総会までを任期とする。








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