竹島問題



2019.9.2-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/politics/news/190902/plt1909020005-n1.html
菅官房長官、韓国国会議員団の竹島上陸を批判

菅義偉(すが・よしひで)官房長官は2日午前の記者会見で、韓国の国会議員団による先月31日の竹島(島根県隠岐の島町)上陸について「竹島は歴史的事実や国際法上も明らかに日本固有の領土であることに照らし、到底受け入れられない」と批判した。
 NHKから国民を守る党(N国党)の丸山穂高衆院議員が「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」と自身のツイッターに投稿したことに関しては、菅氏は「個々の議員の発言については、政府としては(言及することは)差し控えたい」と述べるにとどめた。


2019.8.27-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/190827/wor1908270032-n1.html
米国務省、竹島での韓国軍事演習を「非生産的」と批判

【ワシントン=黒瀬悦成】米国務省は27日、韓国が竹島(島根県隠岐の島町)とその周辺で大規模軍事演習を行ったことに関し、韓国による日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄などで日韓対立が高まっている中での演習実施は「現在の事態解決をする上で生産的でない」と批判する声明を出した。
 声明は竹島の主権に関し、「米国は特定の立場を取らない。日韓が平和的に解決すべき問題だ」とした上で、日韓両政府に対し「一連の対立の解決に向け熱意と誠意をもって対話に取り組むよう奨励する」とした。
 これに先立ち同省のオルタガス報道官は25日、GSOMIAを破棄した韓国の文在寅政権についてツイッターで「深く失望し懸念している。協定破棄は韓国の防衛をより困難にし、米軍に対する危険を高める」と異例の強い調子で批判した。


2019.8.25-産経新聞 THE SANKEI NEWS-https://www.sankei.com/world/news/190825/wor1908250016-n1.html
韓国軍が竹島上陸を公開 文政権で初、対日報復の一環

【ソウル=桜井紀雄】韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)で25日に始まった韓国海軍などの合同訓練で、同国軍は、ヘリコプターで島に降り立つ部隊の写真や映像を公開した。軍の上陸訓練が公表されるのは2016年12月以来で、文在寅(ムン・ジェイン)政権では初めて。
 日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決定したのに続き、日本政府の輸出管理厳格化に対抗して強硬姿勢を示した形で、事実上の報復の一環とみられている。
 訓練は26日まで。規模が例年の2倍程度に拡大された上、名称も「独島(トクト=竹島の韓国名)防衛訓練」から日本海の韓国側呼称を冠した「東海(トンヘ)領土守護訓練」に変更された。

 日本政府は「竹島は日本固有の領土。訓練は到底受け入れられず、極めて遺憾だ」として外交ルートを通じて中止を強く求めたが、韓国側は「主権と領土を守る訓練だ」と拒否した。
 訓練には、海軍や海洋警察の艦艇約10隻や戦闘機F15Kなど陸海空軍の航空機10機が参加。今回はイージス駆逐艦「世宗大王(セジョンデワン)」も初投入された。 訓練の名称変更について、韓国軍関係者は「特定地域だけでなく、東海のわれわれの領土を全て守るという意味が込められている」と説明。7月に竹島周辺を領空侵犯したとするロシアや、中国を牽制する狙いもあるようだ。


竹島 (島根県)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


竹島(たけしま)は、日本海の南西部に位置する島嶼群で、急峻な地形をなす2つのと周辺の岩礁からなる。1952年以降、韓国占領(実効支配)を
   継続しており、日本および北朝鮮[注釈 1]がそれぞれ領有権を主張している。「竹島」は日本における呼称で、韓国・北朝鮮では
   「独島獨島、トクト、독도Dokdo)」、第三国では中立的立場から「リアンクール岩礁 (Liancourt Rocks)」等と呼ばれている。 本来は人の住みにくい
   環境であることから無人島であったが、1946年、連合国司令部がSCAPIN 第677号で竹島(独島)を日本の施政区域から除外した後、
   韓国が実効支配を実施し、1952年1月には李ライン(平和線)を設定して竹島を韓国側水域に含めた。韓国は、1952年4月にサンフランシスコ条約
   発効した後、武装警察官を多数常駐させて実効支配を続けている。日本はこれに対し「不法占拠」であるとして抗議を続けている。しかし韓国側は、
   独島(竹島の韓国名)は歴史的・地理的・国際法的に韓国の固有領土であると主張し、独島問題に領土問題は存在しないという立場を取っている

竹島は、日本において幕末以前は「松島」と呼ばれ、現在の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていた。幕末から明治中期にかけて西洋の近代的地図において
   鬱陵島に「松島」と誤って記載された。日本でもそれに伴い鬱陵島を松島としたため、本来の松島(現在の竹島)の日本名がなくなった。このことから、
   1905年(明治38年)に現在の竹島を「竹島」とし、竹島とされていた鬱陵島を元の「鬱陵島」に戻した(詳細は、竹島外一島を参照)。韓国では現在の竹島を
   「独島」と呼んでいる。韓国は、「于山島」を現在の竹島とし、古来から先占していると主張しているが、于山島が現在の竹島である根拠は明確ではない。
   1900年大韓帝国「勅令第四十一号」で「石島」を鬱陵島に置かれた郡庁の管轄としており、韓国ではこの石島が現在の竹島で、1906年までに
   「独島」という名称に変更したと主張しているが、名称変更の理由は不明で石島が現在の竹島である明確な証拠もない(詳細は、于山島石島を参照)。
   他の国では、1849年にフランスの捕鯨船 Liancourt 号が現在の竹島を発見し「リアンクール岩礁 (Liancourt Rock)」と命名して以来、現在でもこの
   名称で呼ばれることが多い。

領土問題
概要
第二次世界大戦後、日本の領域は、1952年発効のサンフランシスコ平和条約より定められたが、韓国の李承晩大統領は同島を韓国領であるとし、同条約発効直前にマッカーサー・ラインに倣った李承晩ラインを一方的に設定し、竹島を韓国領として韓国側水域に含めた(マッカーサーラインはサンフランシスコ条約発効と共に廃止されている)。
その後、1965年に締結された日韓基本条約と共に李承晩ラインは廃止されるが、現在に至るまで韓国は竹島を韓国領として実効支配を継続している。日本は毎年韓国に対して不法な支配であるとの口上書を提出し、また国際司法裁判所での司法解決の提案をしているが韓国はこれを拒否している。
竹島(韓国名:独島)は、現在も日本・韓国双方が歴史的にも国際法的にも自国の領土であると主張し、北朝鮮も韓国の主張を支持している。日本は戦後一貫して韓国に対し抗議しているが、韓国は日本との間に領土問題は存在しないという立場をとっている。
  ・日本の行政区画は、島根県 隠岐郡 隠岐の島町
  ・韓国での行政区画は、慶尚北道 鬱陵郡 鬱陵邑 独島里。

日本の主張の概略(詳細は争点の項を参照)
現在の竹島は江戸時代には既に日本人によって政府(江戸幕府)公認の下、鬱陵島に渡る際の航行の目標及び船がかり(停泊地)として利用するとともに、アシカあわびなどの漁猟に利用されていた。明治に入り無主地であった現在の竹島を、1905年(明治38年)1月の閣議決定で島根県 隠岐島司の所管としている。
日本が現在の竹島の存在を古くから認知していたことは、数多くの文献や地図から確認できるが、韓国の古文献や古地図に登場する「于山島」が現在の竹島だとする主張は事実とそぐわず根拠がない。(詳しくは于山島を参照)
第二次世界大戦サンフランシスコ講和条約発効直前の1952年1月に韓国の李承晩大統領が現在の竹島と隠岐との間に境界線(李承晩ライン)を一方的に引き、竹島を自国領としている。その後、李承晩ラインは日韓基本条約によって廃止されたが、韓国はその後も国際法上何ら根拠がないまま警備隊を常駐させ占拠している。これに対し日本は韓国へ平和的解決を求め国際司法裁判所に付託することを何度も提案しているが韓国は応じていない。

日本の江戸時代の松島(現在の竹島)を示す地図
  日本では、江戸期に現在の竹島を「松島」、鬱陵島を「竹島」と呼んでいた。

韓国の主張の概略(詳細は争点の項を参照)
現在の竹島(独島)は、古代から于山島の名で知られている韓国の領土である。1696年、朝鮮の安龍福が現在の竹島から日本人を追い返し日本の将軍に抗議するため日本へ渡った。その後、幕府は朝鮮政府に対し鬱陵島(当時の竹島)と現在の竹島(松島)を放棄している。1877年の明治期に日本は太政官指令により鬱陵島と現在の竹島(松島)を日本の領土から外している。1900年大韓帝国勅令第41号が官報に掲載され、独島は石島という名で鬱島郡(=現、鬱陵郡)の管轄となった。1905年の日本の竹島(独島)編入は、日本の韓国侵略の過程で行われたものであり無効である。
現在の竹島(独島)は歴史的にも国際法的にも韓国領土であり、韓国が国際司法裁判所に付託するいかなる理由も存在しない。

北朝鮮の立場
北朝鮮による領有権の主張は、もっぱら韓国による竹島の実効支配を支持するという形で行われている。北朝鮮は竹島が軍事境界線以北に属するとは主張しておらず、黄海における北方限界線問題のような実効支配をめぐる南北間の対立は存在しない。

紛争の経緯
韓国による軍事占領

戦後、竹島を日本の施政権から外していたマッカーサー・ライン1952年4月のサンフランシスコ条約発効と共に廃止されるが、その直前の1952年(昭和27年)1月18日、大韓民国大統領李承晩李承晩ラインを宣言した。韓国側水域に竹島を含ませた。日本政府は同月28日に「公海上の線引きに抗議するとともに、竹島に領土権を主張しているかのように見えるがそのような僭称または要求を認めない」と述べた。この時点では韓国が本当に領土権を主張していたのかどうか不確実であったが、2月12日韓国は反論を提示し、以降、両国間で竹島問題に関する文書を交換するようになった。李承晩ラインは韓国が一方的に宣言したものであり、日本政府もアメリカもこれを国際法上不当なものと抗議した。1952年7月26日、サンフランシスコ条約発効と同時に日米安保条約を発効させた米国政府と日本政府は、竹島をアメリカ軍の訓練地として日本国が提供することを約する協定を締結したが、竹島周辺海域で漁業を行っている日本人から強い抗議を受けて爆撃演習場から除外をしている。韓国政府は、このことを米国が竹島を韓国領土として認めて配慮をしたと韓国側の竹島領有の根拠の一つとしている。 翌1953年1月12日、韓国は「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の徹底拿捕を指示し、同2月4日には第一大邦丸事件が発生、船長が韓国軍から銃撃を受け死亡した。同4月20日には韓国の独島義勇守備隊が竹島に駐屯して以降、韓国警察の警備隊が続けて駐屯している。日本政府は当初より韓国側の不法占拠であるとの声明を出して抗議し続けているが、韓国政府は、李承晩平和線は国際的先例のある韓国の主権行為であり、さらにこの問題は1965年の漁業権交渉と請求権交渉ですでに解決済みであって(実際にはこの時領有権交渉については棚上げにされている)、日本政府があたかもまだ解決されていないかのように宣伝するのは政治的プロパガンダであるとの立場を取っている。日本は、現在もこの領土問題は解決に至っていないと主張するが、韓国側はそもそも独島に領土問題は存在しないという立場である。

竹島の漁業経済価値と排他的経済水域問題
竹島は険しい岩山で面積も狭く島自体から得られる利益はほとんど無いが、周囲の広大な排他的経済水域 (EEZ) の漁業権海底資源の権利が存在する。現在この島のEEZ内で石油などの海底資源は特に見つかっておらず、現在最も問題になっているのは漁業権である。竹島と周辺海域の経済価値は、1952年の日本の水産庁によれば130億円(李ライン内)、1974年の島根県漁連の算出では年間漁獲高は76億円、2010年の韓国の算出では年間11兆5,842億ウォン(約8600億)である

当時の国際海洋法から見た李承晩ライン(詳細は「李承晩ライン」を参照)
1952年の李承晩ラインの狙いは漁場としての利益であったともされ、韓国による近海漁業の独占が目的であったとされる。1951年の国際法委員会草案では「いかなる場合にも、いかなる水域も漁業を行おうとする他国民を排除してはならない」と排他的独占権は認めておらず、また「管轄権は関税徴収や衛生目的のものであり、沿岸国が漁業を独占するための管轄権は認められない」とも記されている。 海洋法からみても違法であるが、1952年1月の李承晩ライン設定に関して1958年に制定された海洋法を適用することは法律の遡及に当たり無効という考えもある。このような一方的な漁業独占権宣言は、1945年アメリカのトルーマン宣言を曲解した、アルゼンチンペルーなど南米諸国にも起こったが、トルーマン宣言の「水域は他国と合意された規程により統制管理される」とした内容にも反しており国際問題になっていた(李承晩ライン#トルーマン宣言参照)。海洋法の制定された1958年以前は、抗議する日本に対し韓国は李承晩ラインを韓国の主権行為として反論している。1956年4月13日、重光葵外務大臣は、韓国の李承晩ラインを認めることはできないが、韓国に拿捕された漁民を救出するためには、韓国に寛大な姿勢を見せることも必要ではないかと発言している
1958年以降、日韓会談においては漁業管轄権を国際海洋法の観点から否定する日本に対して韓国側は反論できなかったが、李承晩ラインは1965年の日韓基本条約まで解消されることはなかった。

韓国軍による日本人漁民殺害や日本漁船拿捕
  1952年1月18日に韓国の李承晩大統領によって海洋主権宣言に基づく漁船立入禁止線(いわゆる李承晩ライン)がひかれ、竹島が韓国の支配下にあると一方的に宣言した。1952年のこの宣言から1965年(昭和40年)の日韓基本条約締結までに、韓国軍はライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷(死亡者数は不明)させ、3,929人を抑留した。韓国側からの海上保安庁巡視船への銃撃等の事件は15件におよび、16隻が攻撃された。
1953年(昭和28年)1月12日、韓国政府が「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船の徹底拿捕して以後、日本漁船の拿捕や銃撃事件が相次ぎ、日本の漁業従事者に死傷者が多数出る事態となった。同年2月4日には第一大邦丸事件が発生した。済州島付近で同船の漁労長が韓国側に銃撃を受け死亡。また日本人漁師の瀬戸重次郎が殺害されている。
  同年4月20日には韓国の独島義勇守備隊が、竹島に初めて駐屯。6月24日、日本の水産高校の船舶が独島義勇軍守備隊に拿捕される。6月27日に日本の海上保安庁と島根県が竹島調査を行い、「日本島根県隠岐郡五箇村」の領土標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させた。すると、7月12日に竹島に上陸していた韓国の獨島守備隊が日本の海上保安庁巡視船「へくら」に90mの距離から機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる
  以後、韓国は鬱陵島の警察官約40名を竹島に常駐させており、日本の艦船の接近を認めていない。また独島の西島には韓国人夫婦が定住している。実際、竹島は日本で言う武装化などはされてはおらず、その代わりに毎年韓国軍による独島防衛訓練が行われている。 日本政府はこの韓国による竹島実効支配に抗議しているが、韓国側は独島は韓国固有の領土であるとして「内政干渉」と退けている。
なお当時韓国には拿捕の法的根拠である漁業資源保護法は施行されておらず、日本漁船拿捕は国際法また韓国国内法においても非合法的な行為であった。この韓国の行為に対して日本の水産庁は「他国の類似事例とは比較にならないほど苛烈」と評した。しかし、韓国側は1952年1月18日の大韓民国海洋主権宣言が拿捕の根拠であるとしている。
また、韓国李承晩体制下に行われたかかる行為を、1960年駐日米国大使ダグラス・マッカーサー2世は、国務省への機密電文の中で「国際的な品行や道徳等の基本原理を無視した実力行使の海賊行為」と表現し、「日本人は李承晩の占領主義的手法で苦しんでいる」と訴えている。

竹島の標識
1952年6月に日本人9人が水産試験船で竹島に上陸し、『島根縣隠地郡五箇所村竹島』と書いた標識を建てた。
  1953年10月15日、大韓民国山嶽グループの代表格である韓国山嶽会有志らが写真家を伴って山嶽会員達は、ソ・ドクギュ大尉が指揮する海軍905艇で竹島に渡った。上陸した山嶽会調査隊の構成メンバーは、測地班、記録班、報道班など。彼等は、日本が建てた『島根縣隠地郡五箇所村竹島』の標識を引き抜いた。その後、紅宗人(韓国山嶽会会長、当時の朝鮮日報主筆)が彼等が持って行った「독도(独島)」と書かれた石碑を設置した。この石碑には、表面には「독도」「獨島」「LIANCOURT」(正式フランス語名称は“Rochers de Liancourt”)、裏面には「한국산악회(韓国山嶽会)」「KOREA」「ALPINE ASSOCIATION」「15th AUG 1952」等と刻まれている

金鍾泌による竹島爆破提案
1962年10月の大平正芳 外相との会談で金鍾泌中央情報部長は、国際司法裁判所への付託を拒否したが、米国務省外交文書集によれば、金鍾泌中央情報部長は日本側に竹島問題の解決策として竹島破壊を提案していた。金鍾泌中央情報部長は、東京での池田勇人総理および大平外相との会談後、訪米。1962年10月29日のディーン・ロスク 国務長官との会談において、ロスク長官が「竹島は何に使われているのか」と問うたところ、金部長は「カモメが糞をしているだけ」と答え、竹島破壊案を自分が日本側に提案したと明かした
のちに韓国国内で「独島爆破提案説」が問題視された時には、金鍾泌自由民主連合総裁は「日本には絶対に独島を渡すことはできないという意思の表現だった」と弁明している。また2010年の朝鮮日報の取材に対して金鍾泌は「国際司法裁判所で日本のものだという判決が出ても、すべてを爆破してなくしてしまってでも、あなたたちの手に渡すつもりはない」と激高して発言したと回想しているが、これは米国務省外交文書集「東北アジア1961-1963」収録関連会談記録の様子とは趣が異なる。

日韓基本条約と日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文
1965年日韓基本条約調印によって李承晩ライン正式に廃止されたが、竹島問題は紛争処理事項として棚上げされた。また、日韓基本条約締結に伴い「日韓両国の紛争の平和的処理に関する交換公文」が取り交わされた。そこには外務部長官李東元署名による韓国側書簡として

 「両国政府は、別段の合意がある場合を除くほか、両国間の紛争は、まず外交上の経路を通じて解決するものとし、これにより解決できなかった場合は、両国政府が合意する手段に従い、調停によって解決を図るものとする」

とある。この公文には竹島、または独島という名称は記載されず、一般的な「紛争」についてだけ記載された。竹島問題は李承晩の海洋宣言以来の紛争事項であるが、韓国側は竹島・独島は紛争事項ではないという立場をとっている。この交換公文について日系韓国人保坂祐二世宗大学校独島総合研究所所長)は「独島が紛争地域という日本の主張が交換公文から削除され、韓国は独島を紛争地域と認めなかった。したがって交換公文の紛争解決方式も独島には適用されない」、また「ICJ による解決方式は交換公文から除外されたので韓日紛争は ICJ に回付されない」として、この交換公文と日韓基本条約によって日本政府は竹島を日本の領土とする根拠を国際法的に消失し、そのため1965年以降日本政府は ICJ への提訴を韓国に対して公式に提案できなかったのであると主張している。なお、日本側は日韓国交正常化に至る1951年から1965年までの外交交渉文書の開示を拒み続けている。この文書には竹島問題について日韓双方の発言や、昭和天皇と韓国高官とのやりとりなどが含まれているという

日韓漁業協定以降
1965年の旧日韓漁業協定では竹島問題については棚上げされた。1980年前後には韓国漁船が山陰沿岸および北海道近海にまで出漁(密漁)し、日本の漁業者と係争が起こった。島根県シイラ漁漁船は35統から8統にまで激減する
  1996年に日韓両国は国連海洋法条約を批准。それに基づき新日韓漁業協定の締結交渉が開始され、両国の中間線を基準に暫定水域を設定、この海域において双方の漁獲が制限付きで認められた。日本側の配慮により日本が大幅に譲歩した暫定水域は、日韓共同で利用する協定であった。しかし、その後も韓国漁船が漁場を独占し、日本漁船が操業できない状態が続いている。さらに韓国漁船は日本側排他的経済水域(EEZ)にまで侵入するなど不法な漁業行為を行い、また竹島の周辺海域では韓国軍が頻繁に監視を続けている。また、竹島近海の海底地名の命名、および海底地下資源に関する調査活動を巡り、EEZ問題が再燃、EEZ確定交渉が再開されたものの、平行線を辿っている。

争点竹島を巡る争点には次のようなものがある。
  誰が最初に発見し、実効支配をしたか(領土の権原)
  島の同定(于山島鬱陵島竹嶼、竹島、松島、石島観音島ほか)
  1905年の日本による竹島編入の有効性
  戦後の GHQ による竹島処分の解釈
  1952年の韓国による軍事占拠(李承晩ライン問題も含む)

国際判例からみた領土の権原
領土権を主張する根拠(権原)として、譲渡、売買、交換、割譲先占などがある。パルマス島事件常設仲裁裁判所判決に見られるように国際領土紛争では、「国家権能の平穏かつ継続した表示」という権原を基準に判定される場合が多い(韓国の軍事占領は「平穏」には該当しない)。(詳細は「領土問題#領土の権原」を参照)
これまでの国際判例から次のような規則が得られる。
  中世の事件に依拠した間接的な推定でなく、対象となる土地に直接関係のある証拠が優位。中世の権原は近代的な他の権原に置き換えられるべき(マンキエ・  エクレオ諸島事件ICJ判例)。
  紛争が発生した後の行為は実効的占有の証拠とならない。
  国は、相手国に向かって行った発言と異なる主張はできない。
  相手国の領有宣言行為または行政権行使を重ねるなどの行動に適時に抗議しないと領有権を認めたことになる。

竹島の領土権原これらの国際司法判例を竹島領有権問題に照合すると、以下の通り。
日本の領土権原(日本側の主張による)
  歴史的な権原において江戸幕府は現在の竹島を領土と見なしており、日本に領土権原が存する。
  ただし、歴史的な権原は近代的な権原に置き換えられる方が好ましい。
韓国の領土権原(日本側の主張による)
  17世紀末に民間の朝鮮人(安龍福)が、日本における「竹島(鬱陵島)・松島(現在の竹島)」の呼称を朝鮮の「鬱陵島・于山島」に当てはめ、松島は于山島であるという認識を持ったとしても(以来、朝鮮文献に松島=于山と記述)、朝鮮人の言う于山島と日本人の言う松島は朝鮮の地図を見る限り明らかに一致していない。
  18世紀以降朝鮮の官撰史書等に松島=于山と記載されているが、朝鮮は現在の竹島への実地の知見や訪問記録がない(于山島が別の島竹嶼を示す史料が多くある)。
  1900年に大韓帝国が勅令で「石島 (韓国)」を鬱陵島の行政管轄権に入れており、韓国は石島を独島(現在の竹島)と主張するが、その根拠がない。
したがって韓国には歴史的な権原というべきものがない。
(いずれも一国の領土権の確立に不充分で、無主地の要件は満たされる。なお、日本が日露戦争中に独島を侵奪したという韓国側の反論があるが、奪ったという議論は、竹島が韓国の領土であったことが証明されない限り成り立たない。)

最初の発見者
国際法上、領有権を巡る紛争では「発見」は未成熟権原 (inchoate title) とされ、領有権(権原)とするには合理的期間内に「実効支配」により補完されなければならないとされている。なお、無人や定住に向かない地域では、僅かな実効支配の証拠でもよいとされているが、その証明には、課税や裁判記録といった行政、司法、立法の権限を行使した疑義のない直接的証拠が要求され、不明瞭な記録による間接的推定は認められていない。また、他国の抗議等により紛争が顕在化した(決定的期日)以降の法的立場の改善を目的とした活動は、領有権の根拠になり得ないとされている。

日本による竹島編入の有効性(「竹島問題外交交渉史 」も参照)
日本政府は、竹島であしか漁を営む国民個人からの領土編入貸下願を契機に、1905年1月28日閣議決定をもって島根県への編入を決定し、同年2月22日、島根県知事により告示された。同5月島根県知事は、竹島を官有地台帳に登録し、同6月あしか漁許可、翌1906年3月に県は実地調査も行う。同7月以降漁業者に貸し付けて歳々官有地使用料を徴収。
日本の竹島編入措置は、国際法のいう先占によった。先占の要件は、対象地が無主地であること、国家の領有意思をもってする実効占有である。

閣議決定文
北緯37度9分30秒...ニ在ル無人島ハ他国ニ於テ之ヲ占領シタリト認ムヘキ形跡ナク......明治36年以来中井養三郎ナル者カ該島ニ移住シ漁業ニ従事セルコトハ関係書類ニ依リ明ナル所ナレハ国際法上占領ノ事実アルモノト認メ之ヲ本邦所属トシ
...無主地
  無主地という点については、 
   1) 17世紀末に民間の朝鮮人(安龍福)が個人的な地理認識を持ったとしても、朝鮮政府は実地の知見すらなく、また于山島竹嶼と示す資料などもあり、資料的かつ歴史的な領土認識においても、不確証である。韓国にはそもそも歴史的な権原というべきものの存在が推定の範囲を出ない。
   2) 1900年に大韓帝国が勅令で「石島」を鬱陵島の行政管轄権に入れており、韓国は石島が今日の竹島と主張するが、石島が現在の竹島である明確な証拠は何もない。
これらはいずれも領土権の確立に充分とは言えず、無主地の要件は満たされる。
国家の領有意志
日本の領有意思は、閣議決定、県知事告示(新聞でも報道)、先占以降の主権者としての行為により明示される。

実効占有
実効的な占有については、国家は私人の行為の追認をもって国家占有とできるので、日本は閣議決定で追認を行い、かつ国有地台帳への登載、あしか漁業許可、 国有地使用料の継続徴収など国家占有の行為があり、「国家権能の平穏かつ継続した表示」を継続していた。(なお韓国による軍事占領は「国家権能の平穏かつ継続した表示」には当たらない)以上、伝統的な領土取得方法としての「先占」の要件が具備されたほか、1905年の日本による竹島編入について、韓国側は「法的に不十分な手続きで、秘密裏に行われたもので非合法」とするが、当時の国際法から見ても、また先占の要件を満たしていることからも十分に合法であり、また「秘密裡」という表現は当時の告示と報道からしても当たらない。なお、判例においては「秘密裏に実効支配をすることはできない」とされており、特定の編入手続きではなくその実効性が争点となる。

通知義務
実効性以外に通知の手続きを要するとの主張がなされることがあるが、パルマスクリッパートンの判例において通知義務は否定され、通知義務を支持する国際法学者もごく少数である。

終戦後 サンフランシスコ平和条約締結までの竹島の扱い(「竹島問題外交交渉史」も参照 GHQ677・1033号覚書)

詳細は「SCAPIN」を参照
GHQ の「連合国軍最高司令官総司令部覚書」677号  「若干の外郭地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」では、日本の領土は北海道・本州・九州・四国およびその隣接する島々とされ、鬱陵島や済州島などを除外するとした。その除外される島のリストに彼らが Liancourt Rocks と呼んでいた竹島が含まれていた。 また、同1033号「日本の漁業及び捕鯨業に認可された区域に関する覚書」でも、日本漁船の活動可能領域(これを「マッカーサー・ライン」という)からも竹島は除外されている。韓国はこれらを根拠に、李承晩ラインを制定して日本漁船を排除する線を引き、ライン内部に立ち入った日本漁船に対して拿捕・銃撃を行ったとその正当性を主張している。

シーボルド勧告
1947年3月19日版のサンフランシスコ平和条約 草案では「日本は済州島巨文島鬱陵島、及び、竹島を放棄すること」と記載があったが、1949年11月14日のウィリアム・シーボルド駐日政治顧問による竹島再考勧告において、日本側の主張が正当であるとし竹島の記載は削除された。その次の草案では竹島は連合国の合意として再び日本が放棄する島々となったが、その後1951年の最終版まで、竹島を日本が放棄する島々より削除している。そして竹島は韓国領土条項から削除された。

ラスク書簡(詳細は「ラスク書簡」を参照)
1951年、韓国政府は米国政府へ、竹島と波浪島(実在しない島)を日本の放棄領土とすることを要望するが、同年(昭和26年)8月10日、米国政府は、国務次官補ディーン・ラスクより、竹島は日本領であることを韓国政府に最終的な回答として提示した。しかし、翌1952年1月18日に韓国が李承晩ラインを一方的に宣言を行った。日本政府はこのラスク書簡によって「竹島は日本の領土」という米国政府の意向が韓国政府に示されたと解釈している

サンフランシスコ平和条約締結
1951年に締結された日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)の第2条(a)項において、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とあり竹島を日本の放棄する島から除外している。

ラスク書簡の再通知
サンフランシスコ平和条約後、日米安保条約に基づく行政協定において1952年7月に竹島を爆撃演習地とすることが日米間で合意されたが、日米に無断で竹島へ調査をしていた韓国人が爆撃に遭遇し韓国政府がアメリカに抗議を行った。韓国の抗議書簡において「韓国領の独島」とされていたことに対して、1952年12月4日に釜山のアメリカ大使館は「アメリカの竹島の地位に関する認識はラスク書簡の通りである」と韓国外交部に再度通知を行った。しかし、1955年に韓国外交部が作成した「獨島問題概論」では、このラスク書簡に触れた部分を「etc.」で省略したアメリカ大使館の書簡を掲載したことが確認されている。また、韓国の国際法学者である金明基は、この韓国政府によって隠滅されたアメリカ大使館の書簡によってアメリカの意思が「獨島は韓国の領土」と変更されたものとし、ラスク書簡が無効との論拠としている。

ターナー覚書
東京領事ウィリアム・ターナーは、1953年11月30日付けで「リアンクール論争に関するメモランダム」を本省に提出した。ターナーはこの覚書でまず、ポツダム宣言ラスク書簡をもとに竹島問題に米国が不可避的にかかわるべき、というアリソン大使の態度に反対し、この問題に介入すれば「敗者側に永遠の憤りをもたらすだけにおわる干渉」 となるので、不介入で中立政策を採るアメリカ政府の立場を支持する。ターナーによればこの件は、ソ連が占領した色丹島問題と似ている。アメリカは「色丹島が日本の主権に属する」と公式に声明したが、日本はアメリカに対して安保条約に基づく武力行使を要請してこなかった。したがって竹島問題についても、日本人が安保条約を呼び出すのではないかと過度に不安になる必要はない。ただし、「遅かれ早かれ、日本人はラスク書簡について嗅ぎ付け (Sooner or later the Japanese will get wind of the Rusk letter)」、我々がそれを知らさなかったことに憤慨するであろうから、ここで手を打っておいたほうがいい、として以下の行動を提案する。それは韓国側にラスク書簡を示し、それが受け入れられないならば日本と和解するか、国際司法裁判所で解決することを勧める。そして衝突がこれ以上続くならば、ラスク書簡を公にしたうえで、この件の仲介から手を引く、というものである。

ヴァン・フリート特命報告書(詳細は「ヴァン・フリート特命報告書」を参照)
1954年、アメリカのアイゼンハワー大統領特命大使としてアジアを訪問したヴァン・フリートの特命報告書には、「竹島が日本の領土であること、アメリカの紛争への不介入、国際司法裁判所への付託提案」について書かれ、非公式に韓国政府へ伝達したことが報告されており、竹島を日本領とするシーボルド勧告を追認している。
要旨
  一方的な海洋主権宣言(李承晩ライン)は違法。
  米国政府はサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領土であると結論している。
  この領土問題は国際司法裁判所を通じて解決されることが望まれる。
マッカーサー2世による電報
8年間続いた韓国の李承晩体制が終焉を迎えた1960年、次の政権に移行するときに当時駐日アメリカ合衆国大使であったダグラス・マッカーサー2世が、本国国務省に向けて日韓関係改善のために米国が行うべき行為を機密電文3470号によって提言している。この電報には、明確に「日本の領土である竹島」を日本に返還させるよう韓国政府に圧力を加えるべきである、と記載されており、1960年当時でさえ米国はラスク書簡当時と変わらぬ認識であったことが確認できる。同時に、李承晩の外交を「野蛮な人質外交」と非難し、(李承晩ラインによる拿捕によって)人質となった日本人漁民を解放させるように圧力をかけるべき、とも記されている。また、(李承晩後の)新体制になっても姿勢が変わらない場合は、最低限、この件を国際司法裁判所に付託し、仲裁を求めることに合意するよう主張すべきである、という提言も付されている。
要旨
  韓国に違法に拿捕された日本人漁師の人質を全員解放させること。
  日本の漁船を公海上で拿捕する行為をやめさせること。
  韓国に人質外交 (hostage diplomacy) をやめさせること。
  不法占拠された竹島を日本に返還させること。
  竹島が日本に返還されるまで、日韓全体の和平が決着することはない。

国際法上における主権移転
国際法上、一時的な占領は主権の移転を意味せず、たとえ占領等により主権が著しく毀損されていたとしても元の保有国の同意がなければ、主権の移転は発生しない。主権の移転には、戦後の処置に関して連合国が竹島の放棄を日本に要求すると共に、日本が竹島の権原や主権の放棄に同意することが重要となる。

国際法による平和解決への模索
 竹島領有権問題に関して、これまで日本政府は4度、国際司法裁判所 (ICJ) への付託を韓国側に提案してきたが、いずれも韓国は拒否し続けている。
 日本政府は1954年9月25日に韓国に対し ICJ への付託を提案したが、韓国は拒否。
 1962年3月に行われた日韓外相会談の際にも、小坂善太郎 外務大臣が ICJ 付託を提案したが、韓国は拒否した。
 1962年11月に訪日した金鍾泌中央情報部長に対して、大平正芳外相が竹島問題を ICJ に委ねることを提案したが、これも韓国側から拒否された。
(この時までの韓国は国連に加盟していなかったが、加盟していない国でも国際司法裁判所に付託することは可能であった。)2012年8月21日、韓国の李明博大統領が竹島に上陸したことから、日本はこれに反発して韓国に対し ICJ に合意付託すること及び日韓紛争解決交換公文に基づく調停を行う提案をしたが、同月30日、韓国政府より応じない旨を口上書で日本政府に回答した。

国際司法裁判所(ICJ)への付託は、義務的管轄権がない紛争の当事国が拒否すれば裁判を行うことができない。韓国はこの義務的管轄権を受諾しておらず、韓国政府が付託に同意しない限り竹島領有権紛争を ICJ で解決することはできない。しかし、裁判の手続きはできなくとも付託は当事国の一方のみでも可能であることから、この問題を世界に提起する意味で日本だけでも付託すべきだという考えもある。(現在まで日本は付託を一度も行っていない) これまでに領土問題を ICJ で解決した事例は世界で16件に上るため、日本政府は韓国に対し竹島の一方的な占拠をやめてICJによる平和的解決をするよう要望している。 (国際司法裁判所で解決した領土紛争を参照)
日本による国際司法裁判所への最初の付託提案を、韓国側は1954年10月28日の公文で、以下のようにと述べている。
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紛争を国際司法裁判所に付託するという日本政府の提案は、司法的な仮装で虚偽の主張をするまた一つの企てに過ぎない。韓国は、独島に対して始めから領土権を持っており、この権利に対する確認を国際司法裁判所に求めなければならない理由は認められない。いかなる紛争もありえないのに擬似領土紛争を作り上げるのは、まさに日本である。
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しかしながら、紛争の存否は、客観的判定または当事者間の合意によって決定されるのであり、紛争当事国の一方が「存在しない」と言えば紛争が無くなるわけではない。ICJ 判決でも国際領土紛争の存否は客観的に判断されるべきことが確認されている。(「国際司法裁判所」も参照)

非当事者国の見解と対応
アメリカ
ラスク書簡ヴァン・フリート特命報告書などで示されている通り、アメリカは一貫して竹島は日本領であるとの立場を示している。しかしながら、米国は韓国も日本も同盟国であるため、この問題は国際司法裁判所での裁定や話し合いによって解決されるべきという立場であり、この問題に対する見解を表明することには消極的である。
国務省の外交公電によると、2006年4月にはシーファー駐日大使が谷内外務事務次官と面談した際に竹島問題について言及し、日本を「国際法の許容範囲内で権利行使をしている」と擁護した。また韓国を「非理性的に行動している」と非難した。
2011年の日韓での竹島問題の再燃に際して、米国務省は8月2日、両国に自制を促し、 米国務省トナー報道官は「リアンクール岩礁の主権について私たちは(特別な)立場を持っていない」ともした
2014年米国国務省領事局は、韓国旅行情報ページからは竹島を消し去り、日本領土との姿勢を示した。同時に日本海についても韓国の主張する「東海」標記から「日本海」と改めた。
2015年は、米中央情報局(CIA)が作成する「ザ・ワールド・ファクトブック」は竹島をリアンクール岩礁の名称で、日本の地図に「1954年に韓国に占領されたリアンクール岩礁に対して韓国と日本が領有権を主張している」の説明と共に表記している。(韓国の地図には、「独島」および「リアンクール岩礁」の表記はない。)
米国地名委員会のWEBサイトではLiancourt Rocksは「Geopolitical Entity Name」「First-Order Administrative Division Name」が「South Korea」となっている。

中国
2010年4月15日、中国新聞社は「日本は済州島、巨文島、鬱陵島と含む朝鮮の一切を放棄した」とのサンフランシスコ条約における日本の放棄領を記した条文を紹介したうえで、武正副外務大臣の「同条約は日本が放棄する領土を定めているが、竹島は含まれていない」と指摘を掲載。条約締結時に韓国が条約中の日本の放棄領土に竹島を含めるよう要求したが、米国の拒絶で断念した経緯も説明した。中国メディアではそれまで、「独島(日本名は竹島)」と竹島を表記していたが、同記事中では「竹島」とのみ表記している。また、2010年に中国新聞網が「在米韓国人によってニューヨークのタイムズ・スクエアで「独島は韓国の領土」との広告放映について報じたところ、中国ネット上で、「竹島は日本の領土だ。だが、釣魚島(尖閣諸島)は中国の領土だ」、「韓国人はいっそのこと、宇宙全体が韓国人のものだと広告を出すべきでは?」、「世界全体が韓国の領土なのに、独島が何だと言うのだ」などと皮肉を交えたコメントが寄せられたという。

韓国による占領の状況

島内の現況
現在、韓国による実効支配が続いており、海洋警察庁を傘下に持つ大韓民国海洋水産部の管理下に置かれている。軍に準ずる装備を持つ韓国国家警察 慶北警察庁 独島警備隊の武装警察官40名と、灯台管理のため海洋水産部職員3名を常駐させている。また韓国海軍や海洋警察庁が、その領海海域を常時武装監視し、日本側の接近を厳重に警戒している。そのため、日本の海上保安庁の船舶や漁船はこの島の領海内には入れない状態が続いており、日本政府の再三の抗議にもかかわらず、灯台ヘリポートレーダー、船舶の接岸場、警備隊宿舎などを設置している。西島には竹島(独島)の韓国領有を主張する漁民2人が宿舎を建設し居住している。
すでに建設された主な施設
  東島・・・警備隊宿舎、灯台、ヘリポート、気象観測台、船舶接岸施設、送受信塔、レーダー
  西島・・・漁民宿舎
1991年からは、キム・ソンド(김성도)、キム・シンヨル(김신열)夫婦の居住を認め、住所を独島里山20番地としている。2005年4月には、韓国人の結婚式が竹島で初めて執り行われた他、独島防衛として992名の韓国人が竹島に戸籍を置いている。

2014年11月、韓国政府は竹島に計画していた災害時などの避難施設の建設を中止し入札公告を取り消したが、報道では関係閣僚会議で尹炳世外相が「(安倍政権を)刺激しかねない。日本との外交摩擦を避けるべきだ」との意見を出し中止が決まったという。韓国の尹炳世外相は国会答弁で建設予定だった施設の入札を中止したことに関し、「独島は明白なわが国領土であり、日本がいかなる行動を取ろうと、われわれのやり方で領有権の行使を行えばよい」と述べ、外交的配慮によるものではないと強調している。

観光地化
2005年には島根県竹島の日に反発した韓国政府は韓国人観光客の入島を解禁し、3月28日に一般観光客が初めて竹島に上陸した。2013年9月現在では、1日平均805人もの人が入島している。鬱陵島から不定期運航している観光船があり2時間程度で行くことができる。鬱陵島との間に水陸両用機による航空路を開設する計画もある。日本の外務省は日本人の渡航について、「韓国による竹島の不法占拠が続いている状況の中で、我が国国民が韓国の出入国手続に従って竹島に入域することは、当該国民が竹島において韓国側の管轄権に服することを認めたとか、竹島に対する韓国の領有権を認めたというような誤解を与えかねません。そのような入域を行わないよう、国民の皆様のご理解とご協力をお願いします。」としている

射撃訓練の実施
韓国は2014年6月20日に竹島南西沖の日本領海内を含む海域で射撃訓練を行うと日本側に対して通告し、これに対して日本政府は在韓国大使館を通じて抗議するとともに訓練中止を要請した
菅義偉官房長官は韓国海軍が竹島沖海域で射撃訓練を始めたことについて「竹島の領有権に関する日本の立場に照らして絶対に受け入れられず、極めて遺憾だ」と述べた
韓国国防省副報道官は韓国軍が2014年11月に竹島周辺の海上で「外部勢力」による奇襲上陸を阻止する防衛訓練を実施すると明らかにし、韓国軍合同参謀本部は気象条件が良ければ海兵隊による島への上陸訓練も並行して行うことを表明した。

ロシア・中国による周辺海域での活動
2019年2月23日、中国人民解放軍空軍の軍用機1機が鬱陵島と竹島の両島の間の上空を初めて飛行し、韓国の防空識別圏に入ったとして韓国政府は抗議した
2019年7月23日、韓国軍合同参謀本部はロシア航空宇宙軍A-50空中警戒管制機が竹島周辺海域で領空侵犯したとして18機の韓国軍の戦闘機F-15F-16が出動して360発警告射撃したと明らかにした。また、韓国軍合同参謀本部は中国軍機もロシア軍機と行動を共にするような飛行を行い韓国の防空識別圏内に入ったとしている。日本の航空自衛隊も10機のF-15JF-2スクランブルを行った。ロシア国防省中華人民共和国国防部はロシア軍のTu-95MP爆撃機2機と中国軍のH-6K戦神爆撃機2機で共同警戒監視活動を行ったとして領空侵犯は否定した。韓国政府はロシアと中国に抗議し、日本政府は韓国とロシアに抗議した

竹島に関する社会情勢
韓国社会における状況
韓国で、独島は日本のものであると主張した金完燮氏のコラムに誹謗中傷を書き込んだ者が不起訴処分になったと言う事例があった。
1999年に創設された韓国に関する情報宣伝工作活動を行うことを目的とした韓国の民間組織 VANK (Voluntary Agency Network of Korea)に対し、韓国政府はこの組織のインターネット上の行動に対して公式に支援しており、李明博大統領は2008年に5000万ウォン(約328万円)の予算を公表している。VANK は「世界に日本の「歴史歪曲」を知らせて国際社会における日本の地位を失墜させること」を目的としたディスカウントジャパン運動を行い、サイバーデモと称する抗議活動を行っている。その手法は、世界の各機関への韓国側の主張の大量送信、英語版wikipediaの組織的編集などである。
また、VANK は韓国観光公社との共同事業として、韓国の歴史認識に基づいた『韓国観光広報小冊子』を発行し世界中の観光団体や学校などに発送したり、慶尚北道との共同事業として、竹島問題について組織的・計画的に情報宣伝工作を行うサイバー独島士官学校を設立、2009年の時点で生徒数は1万人を突破した

韓国における領土教育
韓国の中高歴史教科書においては、17世紀末に韓国の漁民安龍福が松島(現在の竹島)を朝鮮の領土であることを認めさせるために日本に渡ったことが強調されている。また、小学、幼稚園児にも竹島の領有を教育しているほか“独島はわが領土”という歌も歌われている。このような領土意識の教育は、韓国領有の正当性を幼い頃から定着させる政府政策の一環である。

「独島の月」・「対馬島の日」
島根県議会は2005年に「竹島の日条例」を可決し、政府に問題解決へ向けた行動を促したが、韓国慶尚南道馬山市は対抗して「独島の月」、さらに対馬に対する領有権を主張する目的で「対馬島の日」を制定した。

学術界における活動
「独島」呼称の国際認知を目的とした韓国のキャンペーンは多方面で行われ、たとえば学術界においても、新規に発見された生物種の学名の名付けなどによって続行されている。竹島では多くの新種微生物が発見されているが、2005年頃より韓国系生物学者によって、新規学名に「独島」が含まれるようになっている。新属としては、ほか6種、新種としては、ほか11種の「独島」を含む学名が提唱された。

日本社会における状況
日本における領土教育
2014年1月改定の教員向けの学習指導要領解説書で竹島に関する記述が盛り込まれ、2018年3月告示の学習指導要領では地理総合、歴史総合、公共の教科で竹島について取り上げている。

日本政府による資料のデータベース化
日本政府は竹島の領有権を裏付ける過去の行政文書や地元新聞記事などの歴史資料をデータベース化してインターネットで公開するとともに、領土に関する論文を英訳して発信することとしている。郷土史などの歴史資料を集めて電子化したうえで編さんし、英語訳も付けるなどの広報活動を行うとともに、資料を学校教育にも役立てるとともに教員向けに特別の研修を実施する方針である。
2015年、日本政府は前年度から民間に委託して1500点あまりの資料を調査し、実効支配してきたことを示す資料をまとめた報告書を、内閣官房領土・主権対策企画調整室のホームページで公表した。
新藤義孝衆議院議員は「日本の領土を主張する資料は、国がきちんと管理する体制を整えるべきだ」と述べ、国が資料保存に積極的に関与する仕組みが必要だとの認識を示している。


中国メディア2019-04-28http://news.searchina.net/id/1678294?page=1
日本と韓国が争う竹島、「この島は歴史的には誰のものか」

日韓が領有権を巡って争いを続けている竹島(韓国名・独島)。中国メディアの今日頭条は24日、「この島は歴史的には誰のものか」について分析する
     記事を掲載した。
  記事は、総面積がわずか0.2平方キロメートルと小さなこの島について、戦略的価値が非常に高く、日韓の争いが絶えないと指摘。では一体どちらに
     属しているのかと疑問を呈しているが、結論からすると「歴史は非常に複雑なのでひとことでは言えない」としている。まずは、どちらが先に見つけたのか
     については、日本も韓国も自分のほうが先に見つけたと主張していると紹介。韓国では6世紀頃に、多くの漁民が存在を確認していたとしているが、
     日本側は17世紀に大谷甚吉が海上で暴風雨に遭い、竹島に漂流したのが最初だったと主張していると伝えた。
  ただ、昔のことでありどちらの言い分も証明することができず、無人島のままでしばらくは放置されていたと記事は紹介。しかし、「韓国に有利な情報」もあると
     伝えた。記事は「朝鮮国交際始末内探書」の記載について触れており、他にも韓国側は様々な文献や地図を証拠としているが、外務省は、日本が
     領有権を再確認した1905年より前に,韓国が竹島を支配していたことを示す明確な根拠は提示されていないと主張している。
  現在は、韓国が竹島を実効支配しているのが実態だが、これに対して日本は不法占拠だとの見方を示している。国際法上何ら根拠がないまま占拠が
     行われていると日本は主張しており、韓国が占拠しているからといって法的に正当になるわけではないとしている。
  歴史的には複雑な問題であり、だからこそ解決していないと言えるだろう。しかし記事は、韓国が強硬措置を取ったことは正解と主張。「この隣人には多くの
     問題があるが、この件で強く出ていることは評価したい」そうだ。結局のところ領土問題はどちらの方が正論かというより、力ずくで奪うことのほうが
     重要ということのようだ。こうした考えを持っている中国に対しては、尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題でも十分注意が必要だといえるだろう。
  (編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)


2019年3月27日  産経新聞より
竹島・尖閣「固有の領土」

文部科学省は26日、来年4月から小学校で使われる教科書の検定結果を公表した。・・・5、6年生用の社会では新指導要領うを受け、北方領土や
   島根県の竹島と沖縄県の尖閣諸島について「日本固有の領土」と明記した。文科省によると、今回の小学校教科書検定には11数科164点の
   申請があり、すべて合格。初登場の英語を除く全教科の平均ページ数のお合計は現行教科書より10%増え、過去20年の検定で最多となった
   。英語(5,6年用)には7社が申請した。いずれも教科書の絵などを見ながら音声を繰り返し聞き、グループで話し合ったりする内容。
   平成30年年度に教科化された道徳には8社24点の申請があり、伝統文化の尊重などで工夫した題材が多数盛り込まれた。
 一方、社会は現行教科書の中から1社が撤退し、3者が申請。北方領土や竹島、尖閣諸島について全社が「日本固有の領土」と明記した。
 東京書籍(5年)は竹島について「日本固有の領土ですが、韓国が不法に占拠しているため、日本は抗議を続けています」と記述。日本文化出版
   (6年)も尖閣について「日本固有の領土で、その領有をめぐって問題がないにも関わらず、中国も自国の領土で、その領有であると主張して
   います」とし、いずれも政府見解に沿って内容を充実させている。地図には検定意見が付かないが、竹島と尖閣には申請のあった2点とも
   「固有の領土」と明記してあった。
 教育現場で新聞を活用するNIE(教育に新聞を)の取り組みが進む中、」新聞を使った多彩な学習活動も各教科で取り上げられた。
 新聞指導要領では「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」が求められ、各教科ともグループ活動などが教科書に多数盛り込
   まれた。音声や動画を視聴できるウエブサイトのQRコードなど2次元コードを記載した教科書も大幅にぞうかした。
 新聞指導要領で必須化されたプロミング教育も理科などで取り上げられ、信号機など身近なものを題材にして、仕組みを考えさせる内容も
   みられた。


2019年3月26日 産経新聞より
竹島周辺にドローン

韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本領海で、韓国側が海上ドローンと呼ばれる最新鋭の無人観測装置による海洋調査
   を計画し、インターネット上で計画概要を公開した。韓国の調査の意思が事前に確認されるのは異例で、日本政府は韓国の竹島への不当な
   領有誇示が先鋭化することを懸念、外交ルートで抗議した。

  外務省によると、韓国の政府機関「国立海洋調査院」(KHOA)が3月、公式サイトで「2019年無人海洋調査」の事業計画を公表し、入札者を
   募集。予算は20億ウオン(2億円相当)で、竹島のほか同島西方の鬱陵島(ウルルンド)などの周辺海域で調査を行おうとしている。計画では、遠隔
   操作で海面上を航行する自律型海洋観測装置(AVO)を投入。海底地形をモニタリングするほか数ヶ月間にわたって各海域の天候や潮流、
   水温データーなどを収集し、変化を分析するとしている。「AVO」は日本の海上保安庁が保有するものと同型とみられ、搭載した太陽光発電装置
   で長時間の活動が可能だという。
  国連海洋法条約では他国領海などで調査を行う場合、外交ルートで同意を得ることを定めており、政府は韓国に「わが国の領海で事前の同意
    がない調査は受け入れられない」と抗議した。
  竹島では韓国が警察を常駐させ、周辺では軍が演習も行っている。調査は海底資源の把握のほかに、艦艇の活動に必要な潮流や海底地形
    など、軍事的な情報収集が目的の可能性がある。
  韓国側は平成29年にも竹島周辺で「AVO」による観測を実施。「KHOA」は翌3年に調査報告書を公表し、日本政府が抗議していた。また、
     今年2月には日韓外相会談や「竹島の日」に前後し、調査船の領海侵入が複数回確認されている。

2019年2月
日本固有の領土で在りながら、韓国が65年以上にわたり不法占拠している「竹島」(島根県)の返還を求める式典が22日松江市で行われた。
    島根県や県民会議などが主催する「竹島・北方領土返還要求運動県民大会」である。溝口善兵衛知事は外交交渉で竹島問題が一日も早く
    話し合いが解決するように要求する。(2019.2.23)
竹島問題研究所」は韓国が不法占拠する竹島(隠岐の島町)について、日本政府が竹島島根県に編入する閣議決定をした明治38年以前より、
     日本の領土であった事実の事柄があったことを溝口善兵衛知事に提出した。「領土問題に洗脳まがいの教育はふさわしくなく、韓国は大人
     たちが誘導している」と批判し、昨年11月、韓国の女子中学名ではがき41通がわが国中学に届いた件での見解を示した。(2019.2.22)
韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本の領海内で、韓国の海洋調査船が15日から侵入を繰り返している。日本政府
     外交ルートで航行目的などを問い合わせているが、明確な回答はない。侵入した海洋船は韓国国立水産科学院所属の「海洋調査船
     TAMGUタムグ21」。現場周辺では、海上保安庁の巡視船が、日本の領海内に入らないように注意喚起を続けている。(2019.2.19)
韓国が不法占拠する竹島(島根県隠岐の島町)周辺の日本の領海内で、韓国の海洋調査船が15日から侵入を繰り返している。
     日本政府は外交ルートで航行目的などを問い合わせているが、明確な回答はない。侵入した海洋船は韓国国立水産科学院所属の
     「海洋調査船TAMGUタムグ21」。現場周辺では、海上保安庁の巡視船が、日本の領海内に入らないように注意喚起を続けている。
     (2019.2.19)






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