第51回産経「高校生文化大賞」  最優秀賞  黄蘭帆(こうらんほ)  「自分自身と向き合って」


2019年3月22日

私の両親は中国人です。なので中国人から生まれた私は私ももちろん中国人です。幼い頃は中国人だと言うと驚いて、「すごいね、中国語話せるの。」と聞い
   てくれたり関心してくれたりする周りの反応がうれしくて、自分から自慢のように言いふらしていました。

  しかし、物心ついた時から自分が、そして自分の親が中国人であることに対して嫌悪感を抱くようになっていました。日々テレビからは反日中国人観光客
   マナー違反などよくないイメージが多く流れています。そのイメージに飲み込まれて、私は中国という国を気づけば嫌いになっていました。自分が生まれた
   国を嫌ってしまう自分はもっと嫌でしたが、小学校の時に同級生から名前や人種をからかわれてできてしまった中国人=嫌われる、という固定観念をうまく
   くつがえすことができなかったものです。

  もう辛い気持ちをしたくない。その一心で転校を機に自分の国籍を偽ることにしました。日本人だよ、と周りの人に嘘をつき両親には学校に来ないでと強く
   言いました。親のカタコトな日本語を聞かれて中国人だたバレるのを恐れたからです。誰にもバレたくありませんでした。知られたら友達がいなくなるとさえ
   思っていました。当然両親には自分の気持ちをくみ取ってもらえず、ずっとうまく向き合えることができませんでした。

  そして私は喉にひっかかった骨のようにつっかえている何か分からない気持ちとずっと対立していきます。とにかく目立たないように静かに生活していこう、
   そうして心がけるようになってからは、人前で発言することもなく意見も他人にまかせっきりでした。ズルズルと十五年間このまま生きて気づけば高校生に
   なっていました。そして進路希望調査用紙を手渡された高一の夏、ふと自分には何もないということに気づかされました。自分の主張をしなくなってから自分
   というものが分からなくなっていたからです。趣味もないし特別な特技もない。みんなと違うところと言えば中国人であるというコンプレックスだけでした。

  いつのまにかできていた夢もどこかで諦めて本当につくづく空っぽな自分に愛想がつきました。親にも相談することができず、きらきらと光る眼で夢を語る友人
   はとても羨ましっかったし、きっと眩しく見つめていたと思います。どんより沈んで何もやる気が起きず、親への罪悪感や将来の不安から私を救ってくれたのは
   中学校の時に出合った担任の先生でした。

  突然の訪問にも不満を見せず優しく頷いて最後まで私の告白を聞いてくれた先生。今でもこの日のことは忘れずにしっかりおぼえています。あなたは
   あなただよ、この一言を聞いた瞬間、涙が止まらなくなりました。自分らしく、それに憧れてた私でしたがその自分らしさを自分自身で拒絶していたのに
   気づかされたのです。

  そして高校二年生に上がる前の春休み、私は逃げてきたもの一つ一つ向き合うことを決意しました。そこから自分の進路を明確にする大きな転機が
   訪れます。

  それは、今年の春に中国へ渡ったことです。自分の目で中国という国を見てみたい。この気持ち一つで一週間中国へと足を運びました。着いたばかりの頃は
   土地の広さと人口の多さに圧倒されていましたが、環境になれてくると余裕をもって周りを見れるようになりました。教科書でしか見たことのなっかた歴史
   建造物を目の前にして迫力の大きさに驚き食べ物のおいしさと町のにぎやかさを肌で感じました。そして現地で多くの人々の輝く笑顔を間近で見ました。
   国境は違うけれど共通するものがないわけではない。私が中国を訪れて実感した一番のことです。

  今後世界は人種、種族を超えて多くの文化を交流する機会が増えていくはずです。その時に相手国の文化を尊重し広い視野でその国について知っていくべき
   だと思います。私はこの経験を通じて多くの人と言語で積極的に友好を築く架け橋になりたいという夢ができました。今では私のふるさとは二つです。夢に
   向かって何をしなければならないのか、まだ明確にはきまっていないけれど、知っていくことから始めてみようと思います。挑戦することを恐れずに。






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