NATO(北大西洋条約機構)問題
(詳しくは NATO-HomePage-https://www.nato.int/)


2019.12.13-Goo blog-https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/c84e1ea5308236014bd8d6672beb4cb4
NATO結束促した「中国の脅威」(湯浅博の世界読解)

NATO結束促した「中国の脅威」――湯浅博・東京特派員
【「湯浅博の世界読解」産経新聞 R01(2019).12.13 】

  あれだけ自己顕示欲が強く、暴言癖があり、自信家でもあるトランプ米大統領が、今回はよくまあ、耐えたものである。「時代遅れ」と脱退までほのめかした北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議に、一転して重要なメッセージをもって参加した。
  ご自身は相手が独裁者であっても一対一の「取引」を好み、この手の多国間協議や協定を嫌う。つい先ごろも対中戦略上、重要な東アジア首脳会議にオブライエン大統領補佐官を代理出席させてひんしゅくを買った。今回ばかりは、側近たちに尻を押されたのか。マクロン仏大統領やメルケル独首相と気まずい関係にあろうとも、2日夜からロンドンのNATO首脳会議に出向いて「中国の脅威と向き合え」と、欧州勢を鼓舞する必要があった。
  NATOの創設70年、冷戦終結から30年という節目の首脳会議が、初めて「中国の脅威」を協議したとの大局からみれば、NATOの転換点として長く記憶されることになるだろう。
よみがえる警戒感 共産主義は「敵」
  トランプ政権の対中観は、10月末のペンス副大統領とポンペオ国務長官の相次ぐ2つの演説に代表される。彼らの演説に共通するのは、中国当局を繰り返し「中国共産党」と呼び、「共産党政権は中国の人々と同じではない」と切り離したうえで、共産主義を厳しく断罪していることだ。

両者は7月にワシントンで「信教の自由に関する閣僚級会合」の国際会議を主催して、ウイグル人に対する抑圧を「人権弾圧」と攻撃し米中対立を覇権争いを越えた「価値観の衝突」にまで引き上げている。宗教や人権を擁護する自由主義と、宗教をアヘンと考える共産主義との対立構図をよみがえらせたのだ。
  とくにペンス演説から1週間もたたずに行われたポンペオ演説は、その中国を「レーニンの党が支配し、誰もが共産主義エリートの意思に従って行動しなければならないのか」と批判し、「それは民主主義者が望む未来ではない」と断言した。米国人や欧州人にとって共産主義イデオロギーは、米ソ冷戦の記憶が呼び起こされ、「敵国」として警戒の対象になる。
  トランプ政権にとって中国は、超大国の地位を揺るがす脅威であり、ソ連の後継国家ロシアとの急接近を「これまでは軽視しすぎた」とみる。かつての米ソ冷戦期は、ニクソン米大統領が米中ソのうち、最も弱い中国を「対ソ封じ込めのカード」に使った。いまは逆に、中国が最も弱いロシアを「対米カード」に使おうとしている。
  プーチン露大統領はクリミア半島を併合して米欧から経済制裁を受けると、中国接近にかじを切って「中露枢軸」を形成した。
「開かれた社会」に見過ごせない影響
  NATOを「古い同盟」「時代遅れ」とけなしていたトランプ大統領といえども、ここは一転、「同盟の結束」の司祭を演じざるを得なかった。
  米ソ冷戦期の主要舞台が「西の欧州」であったときでさえ、「東のアジア」で日本や韓国による支援は不可欠であった。いまは逆に、米中新冷戦の主要舞台がインド太平洋であったとしても、「中国の脅威」に警鐘を鳴らしてNATOを引き込む潮時であった。まして中国との新冷戦は、著名な米外交コラムニストのファリード・ザカリア氏によれば、対ソ冷戦よりもはるかに長い時間と高いコストがかかり、そして結果に不確実性がある。
  中国を巨大市場としか見てこなかった欧州にも、変化の兆しが見えてきた。
  一つはドイツのメルケル政権が、米国の警告を振り切って第5世代(5G)移動通信システムに中国の華為技術(ファーウェイ)を使うことをいったんは認めたものの、実は足元から揺さぶられた。与党のキリスト教民主同盟内で、大議員らが反旗を翻して華為5G阻止につながる決議を行った。これにキリスト教社会同盟までが同調した。
  これまでも、中国企業によるドイツ企業の買収に、ドイツは安全保障を理由に規制を強化しており、もはや、バラ色のレンズで中国を見ることはなくなった。中国政府が中国に進出する外資系企業にまで、社内に共産党支部の“細胞”をつくるよう強要することに反発していた。それは「開かれた社会」にとって深刻な脅威なのである。
極意文書が暴いた大規模な抑圧実態
  もう一つは、自由を求める香港の民主派に対する弾圧やチベット人やウイグル人に対する抑圧への嫌悪である。とりわけ、中国共産党の内部から大量の極秘文書が流出し、少数民族ウイグル族に対する習近平体制による大規模な抑圧が明らかになったことは決定的だ。
  10月末に米英を中心とした西側23カ国が、国連総会第3委員会でウイグル人の恣意(しい)的な拘束を止めるよう求める共同声明を出した。中国がこれに反発したのは言うまでもない。
  ウイグル抑圧が、米紙のいう中国による反イスラム的な「文化浄化」だとすれば、今後、イスラム世界の反発を呼ぶ可能性がある。これまでも中国は、周縁部の新疆(しんきょう)ウイグル自治区やチベット自治区に漢民族を続々と送り込み、中心都市ラサではついに漢民族がチベット族の人口を上回ってしまった。
  政治学的にはこうした国家政策を、多民族を追い出す「民族浄化」か、もしくは自民族に同化させる「民族同化」などと呼ぶ。社会人類学者のアーネスト・ゲルナー氏の定義に従えば、中国がウイグル族やチベット族に対する強制力をもってしても、自然の内なる愛国にはなりえない。
  かくして、中国主導による中露疑似同盟、欧州経済への浸食、そして周縁部の「文化浄化」は、ひび割れた米欧に「同盟の結束」をうながす要因になった。
  NATO首脳会談後の「ロンドン宣言」は、中国の影響力拡大を挑戦であると認め、加盟国による一致した取り組みの必要性を強調した。5Gを含む通信技術の安全性確保に努めると表明している。ストルテンベルグ事務総長が記者会見で「NATO加盟国29カ国が、中国の問題に対処するのは、正しい方向への重要な一歩」と表明した意義は見逃せない。


2019.11.30-産経新聞 SANKEI NEWS WEB-https://www.sankei.com/world/news/191130/wor1911300012-n2.html
トランプ氏、中露の脅威対処訴え NATO首脳会議に出席へ
(1)
【ワシントン=黒瀬悦成】トランプ米大統領は、3、4日にロンドンで開かれる、北大西洋条約機構(NATO)の創設70周年を記念する首脳会議に出席する。トランプ氏はNATO加盟各国に対し、国防費の引き上げを引き続き求める一方、中国やロシアの脅威への対処や、第5世代通信規格(5G)の保全強化に向けた連携を訴える。
 トランプ政権高官はNATOについて「史上最も成功した同盟だ。同盟諸国の安全と繁栄、自由を引き続き保証するのに役立っている」と述べ、米政権としてNATO重視の立場は不変との立場を示した。
 同高官はその上で、NATO加盟国に国防費を国内総生産(GDP)比2%に引き上げるよう求めてきたトランプ氏の取り組みに関し、2016年に2%水準に達していたのは加盟29カ国のうち4カ国だったのが現在は9カ国になったと指摘。また、24年には18カ国に増えるとの見通しを示し、「めざましい進展だ」と強調した。
 首脳会議では、近隣国の主権や領土を脅かすロシアへの対応策に加え、中国をNATOが直面する最大懸案に位置づけ、中国による借金漬け外交や国際秩序の侵害に関し意見を交わす。
 5Gをめぐっては、機密保護やプライバシー保全の観点から中国製機器を5Gネットワークから排除すべきだと唱える米国と、中国製機器への危機感が薄い一部欧州諸国との間で認識を共有できるかが焦点だ。
 別の政権高官によると、トランプ氏は3日にフランスのマクロン大統領、4日にドイツのメルケル首相とそれぞれ会談する。
 マクロン氏との会談では、NATOの現状を「脳死状態」と批判し、「抜本的な見直し」の必要性を訴える同氏と、今後の同盟のあり方などについて意見を交わす。
(2)
トランプ氏とNATOのストルテンベルグ事務総長は、NATO強化と軍事費支出の拡大などを通じた加盟各国の公平な負担を追求する立場で一致しており、首脳会議や米仏会談などの場でマクロン氏とどのような議論が展開されるかが注目されている。
 一方、ドイツのメルケル政権はNATO重視の立場からトランプ氏の要求に応じる形で国防費を増額し、30年代初めまでにGDP比2%に引き上げる方針。トランプ氏はメルケル氏との会談で、こうした取り組みを評価しつつ、ドイツが引き続きNATOにどのような貢献ができるかに関し協議を進める見通しだ。


北大西洋条約機構
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


北大西洋条約機構は、北大西洋条約に基づき、アメリカ合衆国を中心とした北アメリカ(=アメリカとカナダ)およびヨーロッパ諸国によって結成された軍事同盟である。29カ国が加盟し、北マケドニアの加盟を承認済み。非加盟のスウェーデンフィンランド日本などとも協力関係にある。前身はブリュッセル条約 (1948年)ベルギー首都ブリュッセルに本部を置く
略称は頭字語が用いられ、英語圏では、North Atlantic Treaty Organization を略した NATO(ネイトー)と呼ばれ、日本やドイツ語圏では NATO(ナトー)、フランス語圏・スペイン語圏・ポルトガル語圏等では OTAN(オタン)と呼ばれる。
歴史
設立の経緯
第二次世界大戦が終わり、東欧を影響圏に置いた共産主義ソビエト連邦(ソ連)との冷戦が激しさを増す中で、イギリスアメリカが主体となり、1949年4月4日締結の北大西洋条約により誕生した。結成当初は、ソ連を中心とする共産圏(東側諸国)に対抗するための西側陣営の多国間軍事同盟であり、「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」(反共主義封じ込め)という、初代事務総長ヘイスティングス・イスメイの言葉が象徴するように、ヨーロッパ諸国を長年にわたって悩ませたドイツ問題に対する一つの回答でもあった。加盟国は集団的安全保障体制構築に加えて、域内いずれかの国が攻撃された場合、共同で応戦・参戦する集団的自衛権発動の義務を負っている。
  当初はアメリカなどの一部でドイツの徹底した脱工業化・非ナチ化が構想されていた(モーゲンソー・プランも参照)。また連合軍占領下ではドイツは武装解除され、小規模な国境警備隊機雷掃海艇部隊以外の国軍を持つことは許されず、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4カ国が治安に責任を担っていた。しかし冷戦の開始とともに西ドイツ経済の復興が求められ、主権回復後の1950年には西ドイツドイツ連邦共和国)の再軍備検討も解禁された。西ドイツは新たな「ドイツ連邦軍」の創設とNATOへの加盟の準備を始めたが、フランスなどはドイツ再軍備とNATO加盟に反対し、欧州防衛共同体構想で対抗した。この構想は1952年に西ドイツを含む西欧各国間で調印されたが、ド・ゴール主義者達の反対によりフランス議会で否決され、批准に至らなかった。この結果、フランスもドイツ再軍備を認め、ドイツ連邦軍が1955年11月12日に誕生し、西ドイツはNATOに加盟した。一方、この事態を受けてソ連を中心とする東側8か国はワルシャワ条約を締結してワルシャワ条約機構を発足させ、ヨーロッパは少数の中立国を除き、2つの軍事同盟によって分割されることとなった。
  1949年から1954年まで、パウル・ファン・ゼーラントがベルギー政府とNATO双方の経済顧問を務めた。

第二次世界大戦から冷戦を通じて、西欧諸国はNATOの枠組みによってアメリカの強い影響下に置かれることとなったが、それは西欧諸国の望んだことでもあった。二度の世界大戦による甚大な被害と、1960年代にかけての主要植民地の独立による帝国主義の崩壊により、それぞれの西欧諸国は大きく弱体化した。そのため各国は、アメリカの核抑止力と強大な通常兵力による実質的な庇護の下、安定した経済成長を遂げる道を持とうとした。
  東側との直接戦争に向け、アメリカによって核兵器搭載可能の中距離弾道ミサイルが西欧諸国に配備され、アメリカ製兵器が各国に供給された(ニュークリア・シェアリング)。途中、フランスは米英と外交歩調がずれ、独自戦略の路線に踏み切って1966年に軍事機構から離脱、そのため、1967年にNATO本部がフランス首都パリからブリュッセルに移転した。一方、戦闘機などの航空兵器分野では、開発費増大も伴って、欧州各国が共同で開発することが増えたが、これもNATO同盟の枠組みが貢献している。航空製造企業エアバス誕生も、NATOの枠組みによって西欧の一員となった西ドイツとフランスの蜜月関係が生んだものと言える。
  西欧はアメリカの庇護を利用する事によって、ソ連をはじめとする東欧の軍事的な脅威から国を守ることに成功した。「冷戦」の名の通り、欧州を舞台とした三度目の大戦は阻止された。つまり、NATOは冷戦期間中を通じ、実戦を経験することはなかった。
冷戦終結後と東方拡大
1989年のマルタ会談で冷戦が終焉し、続く東欧革命と1991年のワルシャワ条約機構解体、ソ連崩壊によりNATOは大きな転機を迎え、新たな存在意義を模索する必要性に迫られた。1991年に「新戦略概念」を策定し、脅威対象として周辺地域における紛争を挙げ、域外地域における紛争予防および危機管理(非5条任務)に重点を移した。また域外紛争に対応する全欧州安保協力機構(OSCE)、東欧諸国と軍事・安全保障について協議する北大西洋協力評議会(NACC)を発足させた。
  1992年に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナにおける内戦では、初めてこの項目が適用され、1995年より軍事的な介入と国際連合による停戦監視に参加した。続いて1999年のコソボ紛争ではセルビアに対し、NATO初の軍事行動となった空爆を行い、アメリカ主導で行われた印象を国際社会に与えた。
  一方で、ソ連の崩壊によりソ連の影響圏に置かれていた東欧諸国が相次いでNATOおよび欧州連合(EU)への加盟を申請し、西欧世界の外交的勝利を誇示したが、拡大をめぐる問題も発生した。旧東側諸国の多くがソ連の支配を逃れてNATO加盟を希望する一方、ソ連崩壊より誕生したロシア連邦は国力を回復するとともに、NATO東方拡大に警戒・反発を表明しているためである。1994年、「平和のためのパートナーシップ」によって、東欧諸国との軍事協力関係が進展。1999年に3カ国(ポーランドチェコハンガリー)、2004年に7カ国(スロバキアルーマニアブルガリア、旧ソ連バルト三国および旧ユーゴスラビア連邦のうちスロベニア)、2009年に2カ国(アルバニアと旧ユーゴスラビア連邦のクロアチア)が加盟。2017年には旧ユーゴスラビア連邦のモンテネグロが続いた。
  こうして旧ワルシャワ条約機構加盟国としては、バルト三国を除く旧ソ連各国(ロシアベラルーシウクライナモルドバなど)を残し、他は全てNATOに引き込まれた。
  ロシアがクリミア危機・ウクライナ東部紛争などで見られるように、東欧・北欧諸国に対して威嚇や挑発を強めているため(「新冷戦」参照)、他の国々にもNATO加盟を模索する動きがある。政府がNATO加盟を希望する国としてはウクライナジョージア、旧ユーゴスラビア連邦の北マケドニア共和国がある。スウェーデンフィンランドでもNATO加盟を求める世論が台頭している。両国はNATOの軍事演習に参加している。-「ノルディックバランス」も参照
対テロ戦争
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件への対応については、10月2日に北大西洋条約第5条を発動し、共同組織としては行動しなかったものの、アフガニスタン攻撃(アフガン侵攻、イスラム武装勢力タリバンをアフガン政府から追放した作戦)やアメリカ本土防空、領空通過許可等の支援を実施している[12]。その後の対テロ戦争には賛同しつつも、各国が自主的に参戦するに留め、新生アフガン軍の訓練にNATOの教官が参加することで協力した。
しかし、2003年のイラク戦争にはフランスとドイツが強硬に反対したために足並みは乱れ、アメリカに追従するポーランドなど東欧の新加盟国と、独仏など旧加盟国に内部分裂した。
 2005年にはアフガニスタンでの軍事行動に関する権限の一部が、イラク戦争で疲弊したアメリカ軍からNATOに移譲され、NATO軍は初の地上軍による作戦を行うに至った。2006年7月にはアフガンでの権限を全て委譲され、NATO加盟国以外を含む多国籍軍である国際治安支援部隊(ISAF)を率いることとなった。
(詳細は「国際治安支援部隊」を参照)
米露新冷戦
2000年代後半に入り、アメリカが推進する東欧ミサイル防衛問題や、ロシアの隣国であるジョージア、ウクライナがNATO加盟を目指していることに対し、経済が復興してプーチン政権下で大国の復権を謳っていたロシアは強い反発を示すようになった。2008年8月にはグルジア紛争が勃発、NATO諸国とロシアの関係は険悪化し、「新冷戦」と呼ばれるようになった。ロシアは2002年に設置されたNATOロシア理事会により準加盟国的存在であったが、2008年8月の時点ではNATOとの関係断絶も示唆していた。だが、2009年3月には関係を修復した。
  しかしロシアはウクライナ、ジョージアのNATO加盟は断固阻止する構えを見せており、ロシアのウラジーミル・プーチン首相は、もし2008年のNATO-ロシアサミットでウクライナがNATOに加盟する場合、ロシアはウクライナ東部(ロシア人住民が多い)とクリミア半島を併合するためにウクライナと戦争をする用意があると公然と述べた。そして、プーチンの言葉通りウクライナにおいて親欧米政権が誕生したのを機に、クリミア半島及びウクライナ東部でロシアが軍事介入を行い、ウクライナ東部では紛争となっている(クリミア危機・ウクライナ東部紛争)。
  2017年にアメリカで大統領選挙中からNATO不要論を掲げたドナルド・トランプが大統領に就任すると、アメリカとそれ以外の軍事費負担の格差に不満を隠さなくなり、2017年7月にはトランプがNATO総長との朝食会の場で、ドイツなどに対して軍事費負担の少なさについて不満を展開。「こんな不適なことに我慢していくつもりはない」と主張するなど、アメリカの関与を縮小する意向を示している。2019年1月にはトランプがNATO離脱意向を漏らしたと報道された
介入した紛争
NATOが介入したのはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争コソボ紛争マケドニア紛争アフガニスタン紛争 (2001年-)2011年リビア内戦である。2011年リビア内戦においては、2011年3月17日にリビア上空の飛行禁止区域を設定した国連安保理の国際連合安全保障理事会決議1973が採択されたにも拘らず、3月19日よりNATO軍が空爆を開始し、反体制派のリビア国民評議会を支援。リビアが崩壊する最大の要因となった。

日本との関係
冷戦時代には、かつての「列強」であった日米欧の三極が西側陣営の主軸を構成していた。日米や欧米の関係が緊密なものだったのに比べ、地理的・歴史的な要因もあって日欧の連携は比較的疎遠なものであった。それでも自衛隊では在日米軍が使用する武器・弾薬の相互運用性を確保するために、小銃NATO弾を使用しているほか、兵器に様々なNATOとの共通規格を採用している。近年では、2005年にNATO事務総長が訪日、また2007年には時の首相・安倍晋三が欧州歴訪の一環としてNATO本部を訪問しており、人的交流の面でも新たな関係が構築され始めている。この時、安倍が来賓として演説を行った北大西洋理事会 では、それに続くNATO加盟各国の代表との会談の中で主要国が軒並み日本との緊密な協力関係を構築することに賛意を表したことが注目された。これ以降、NACの下部組織である政治委員会と自衛隊との非公式な協議が開催されたり、ローマにあるNATO国防大学の上級コースへ自衛官が留学するようになったり、NATOの災害派遣演習へ自衛官がオブザーバーとしての参加するようになったり、実務レベルでの提携も行われるようになった。 2014年5月6日にも、安倍が欧州歴訪の際にNATOのラスムセン事務総長と会談海賊対策のためのNATOの訓練に自衛隊が参加することや国際平和協力活動に参加した経験を持つ日本政府の女性職員をNATO本部に派遣することなどで合意。さらに日本とNATOとの間で具体的な協力項目を掲げた「国別パートナーシップ協力計画」(IPCP)に署名した。
  またNATOはアフガニスタンにおける活動の中で、現地の日本大使館が行っている人道支援や復興活動に注目しており、軍閥の武装解除を進める武装解除・動員解除・社会復帰プログラムの指導者的立場にある日本との連携を模索している。
  さらには、日本をNATOに加盟させようとする動きもある。これはNATOを北大西洋地域に限定せずに世界規模の機構に発展させた上で、日本のほかオーストラリアシンガポールインドイスラエルを加盟させるべきだという意見である。ルドルフ・ジュリアーニニューヨーク市長、ブルッキングス研究所アイボ・ダールダーシニアフェローなどが提唱している。
  2018年5月、北大西洋理事会は、ブリュッセルの在ベルギー日本大使館にNATO日本政府代表部を開設することに同意。2018年7月1日、NATO日本政府代表部を開設した

具体的な協力
2008年10月時点、日本政府はアフガニスタンで国際治安支援部隊ISAF)を展開するNATOに対し財政支援を行っており、NATO・ISAF側は広報センターを通じてこの事実をファクトシートの形で公表している。日本の対NATO協力の変遷は次のとおり。

2007年1月、安倍首相が北大西洋理事会で演説。
2007年3月、アフガニスタンでの人道支援プロジェクトのために約20億円の財政支援を実施。
2007年12月、NATO文民代表部との連絡促進のため常勤の連絡調整員を指名
2010年6月25日、「日・NATO情報保護協定」を締結(日本が情報保護協定を結ぶのは、「日米軍事情報包括保護協定」(2007年にアメリカとの間で締結)に次ぎ2例目である)。

NATOのアフガニスタンでの活動に対する日本の財政支援は、政府の「草の根無償・人間の安全保障資金協力 (GAGP) スキーム」の範囲内で行われている。2008年10月2日現在、日本政府はGAGPの方針に従い29のプロジェクト支援を実施しており、その総額はおよそ260万ドルに及んでいる。NATOによれば、政府はさらに39のプロジェクトへの追加資金協力を検討しているという。
加盟国
2017年時点で29カ国
  ・ドイツは当初西ドイツとして加盟、1990年ドイツ再統一(より厳密には東ドイツの連邦加盟、事実上は西ドイツによる東ドイツ編入)に伴い、旧東ドイツ区域にも拡大。
  ・フランスは1966年にNATOの軍事機構から離脱した(政治機構には継続して加盟)。1992年に軍事委員会への復帰を表明、1995年にはシラク大統領が軍事機構への復帰も示唆したが、実現しなかった。だが、親米路線を強調するサルコジ大統領は2007年11月に再び復帰を示唆し、2008年6月にNATO創設60周年(2009年4月)に合わせて復帰するとし、2009年3月11日に復帰の意向を表明。2009年4月4日の首脳会議でNATO軍事機構への43年ぶりの完全復帰を宣言した。
  ・ギリシャはキプロス紛争を機に1974年にNATO軍事機構を脱退したが、1980年に再加盟している。
  ・ロシアは2002年5月に結成したNATOロシア理事会によって準加盟国扱い。
国際関係(詳細は「北大西洋条約機構の対外関係」を参照)
  NATOは加盟国以外にも様々なパートナーシップ協定を非加盟国との間に締結しており、多くの国と協力関係や友好関係を築いている。まず1994年には平和のためのパートナーシップがNATO諸国と旧ソビエト連邦諸国・旧ユーゴスラビア諸国・欧州の中立国との間に締結され、アイルランドアゼルバイジャンアルメニアウクライナウズベキスタンオーストリアカザフスタンキルギス、ジョージア、スイス、スウェーデン、セルビアタジキスタントルクメニスタン、フィンランド、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、マルタ、モルドバ、ロシアの21か国が加盟している。これら21か国とNATO加盟29か国、あわせて50か国によってEAPC欧州・大西洋パートナーシップ理事会)が設立され、政治上・安全保障上の問題について会合を開いている。このほか、ヨーロッパ・旧ソ連の諸国とは「加盟のための行動計画」(MAP)や「個別的パートナーシップ行動計画」(IPAP)なども締結されている。北アフリカ中東諸国に対しては1994年に地中海対話を締結し、NATO諸国とアルジェリアエジプトイスラエルヨルダンモーリタニアモロッコチュニジアの7か国との間で協力体制を築いている。同様に、ペルシャ湾岸地域に対しても2004年にイスタンブール協力イニシアティブ(ICI)を提唱し、クウェートバーレーンカタールアラブ首長国連邦の湾岸4か国と協力体制をとっている。このほかにも、個別の協力関係が日本やオーストラリア、ニュージーランドなどと結ばれている。
組織構成
NATOには超国家的な中央機構は存在しておらず、その盟主は「各加盟国の政府それぞれ」であり「各国政府の権利は平等」とされている。そのため中央機関であり、加盟国の政府代表が参加する北大西洋理事会(NAC)においては、あらゆる議案が「全会一致」によって承認・決定されている。多数決の制度は採用されていない。
  理事会ではNATOが抱えるあらゆる問題が協議され、各加盟国からの代表によって週一回行われる「常設理事会」と、慣例上年2回行われる外相・国防相など閣僚クラスの理事会、さらに臨時で行われる首脳会合などによって意思決定が行われる。この席上においてNATO事務総長は理事会の実施する各種会議の議長としての役職を担い、事務総局はその補佐を行う。
  また一時期フランスがNATO軍事機構からの脱退、およびその理由として挙げられた「アメリカ主導による軍事計画の進行」という事由から、特に軍事関係の意思決定は理事会ではなく各国の国防担当大臣により構成される「防衛計画委員会」によって行われる。また核問題に関しては専門の「核計画グループ」も存在しており、核に関連する項目に関しては理事会と同等の権限が付与されている。
  これら理事会・防衛計画委員会の下にはさらに、この二つの組織を支援するための常設委員会が設置されており、また必要にあわせて臨時の委員会も設置が可能となっている。
  軍事機構に関しては、「軍事委員会」が理事会と防衛計画委員会の決定のもとでNATO軍の各級司令部を統制する。この軍事委員会は任期制の委員長と各加盟国軍の参謀総長クラスの将官によって構成され、下部組織として加盟国の大将・中将により構成される『常設軍事代表委員会』、各国軍の派遣幕僚による「国際参謀部」が付設されている。

北大西洋理事会(各種問題の協議)
防衛計画委員会(軍事問題の協議 2010年にNACに吸収)
核計画グループ(核問題に関する審議)
NATO事務総長(理事会主催の会合での議長役)
  国際事務総局軍事委員会(軍事機構の統括)
  常設軍事代表委員会
  国際参謀部
  常設委員会(理事会の支援)

機構軍
当初は軍事計画の立案を実施する「常設グループ」(ワシントンに設置)と「地域計画グループ」(各地域に設置)のみが設置されており、本格的な軍事機構が設置されるのは旧西ドイツが加盟して以降であった。 軍事機構の成立後、NATOの各級司令部は概して欧州方面とアメリカ方面とに分かれており、その組織機構の大半は欧州に集中している。これらの組織は地域レベルの司令部や特定種類の部隊・集団の統括組織としての役割をもつが、平時において下部組織に対しては査察権限のみを有し、指揮統制権は戦時にのみ発生するものとされている。ただし、航空関係の各部隊は即応性を求められることもあり、その大半が既に各級司令部の指揮下に収められている。








このTopに戻る





monomousu   もの申す
最近のニュース
TOPにもどる