イスラエル問題



2020.7.26-NHK NEWS WEB-https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200726/k10012533721000.html
イスラエル コロナ感染再拡大で首相の辞任求めるデモ続く

  新型コロナウイルスの感染が再び拡大しているイスラエルでは、政権の対応に不満を募らせる市民がネタニヤフ首相の辞任を求めて連日、デモを続けていて、警察が放水車を出動させるなどして抑え込みをはかる事態となっています。
  イスラエルでは新型コロナウイルスの新たな感染者が5月には1日10人を下回る日もあるなど感染の抑え込みに成功したと見られていましたが、その後、学校や経済活動の再開に伴って感染が再び拡大し、今月21日には初めて2000人を超えました。
  こうした中、ネタニヤフ政権が効果的な感染対策を打ち出していないとして市民の不満が募っていて、首相自身の汚職疑惑もあり、首相の辞任を求めるデモが各地で続いています。
  25日には、エルサレムにあるネタニヤフ首相の公邸の前に数千人の市民が集まって抗議の声を上げたのに対し、警察が放水車を出動させて強制排除をはかる事態となりました。
  イスラエルでは、新型コロナウイルスの感染拡大の一方で、失業率がおよそ20%に上っていて、ネタニヤフ首相は感染対策と経済活動の再開との間で難しいかじ取りを迫られています。


2020.6.29-産経新聞 SANKEI NEWS WEB-https://www.sankei.com/world/news/200629/wor2006290017-n1.html
イスラエル、西岸併合協議を本格化 パレスチナやアラブが批判
(1)
  【カイロ=佐藤貴生】イスラエルのネタニヤフ政権は、7月からヨルダン川西岸地区にあるユダヤ人入植地などの併合に関する協議を本格化させる方針だ。第3次中東戦争(1967年)でイスラエルが占領した西岸はパレスチナ側が「将来建設する独立国家の領土」と位置付けており、併合を強行すれば国際的に批判が高まるのは必至だ。
  5月にネタニヤフ首相の右派「リクード」と野党の中道政党連合「青と白」の二大勢力の連立によって成立した政権は、併合に向けた議論を7月から始めることで合意していたイスラエル寄りのトランプ米政権が1月に発表した中東和平案に基づくもので、ネタニヤフ政権は閣議などで方針を話し合う見通しだ
  西岸には推定約300万人のパレスチナ人に加え、点在する130以上の入植地に約40万人のユダヤ人が住む。議論の対象になるのは入植地やヨルダンとの境界をなすヨルダン渓谷で、西岸の約3割に当たる。
  入植地にはユダヤ人しかいないが、ヨルダン渓谷にはユダヤ人約1万人のほかにパレスチナ人が6万5千人住んでいるとされる併合すればパレスチナ人の政治参加など複雑な問題が噴出することは確実だ。
  西岸を統治するパレスチナ自治政府のアッバス議長は、過去に結んだ協定を含め、イスラエル側とのすべての関係を断絶すると述べ、併合の動きを強く批判してきた。
  ヨルダンは1994年締結のイスラエルとの平和条約の破棄も示唆。アブドラ国王は今月中旬、米議会議員とのテレビ会議で地域の平和や安定を害する」と訴えた。中東のアラブ諸国でイスラエルと平和条約を結んでいるのはヨルダンとエジプトだけで、併合を強行すれば周辺国との外交にも影響を及ぼしかねない
  国連のグテレス事務総長も今月下旬、「併合は最も重大な国際法違反だ」と併合計画の撤回を求めた。
(2)
  こうした情勢の下、ネタニヤフ政権は当面、ごく一部の入植地の併合にとどめるとの観測が出ている。イスラエル有力紙ハーレツ(電子版)は23日、併合に反対を表明した米野党、民主党のバイデン前副大統領が11月の大統領選でトランプ大統領に勝つことも想定しているとの見方を示した。
  ネタニヤフ政権は当時野党だった「青と白」を率いるガンツ元軍参謀総長(現副首相兼国防相)が新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政治の停滞を回避すべく譲歩して発足した“寄り合い所帯”だ。ガンツ氏はかつて汚職疑惑を抱えるネタニヤフ氏に下野するよう求めてきた最大の政敵だっただけに、併合の詳細まで合意しているわけではないとみられる。今後も政権内部でさまざまな曲折が予想される。


杉原千畝
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杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年明治33年〉1月1日 - 1986年昭和61年〉7月31日)は、日本外交官早稲田大学高等師範部英語(教育学部英語英文学科)科本科中退。
第二次世界大戦中、リトアニアカウナス領事館に赴任していた杉原は、ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して大量のビザ(通過査証)を発給し、避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くがユダヤ人系であった。「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。

命のビザ
ポーランドとリトアニアには、ミルやテルズなどユダヤ人社会に知られたユダヤ教の神学校があり、ヨーロッパ中から留学生が集まっていた。そのなかに祖国がドイツに降伏したため無国籍になった、オランダ出身のナタン・グットヴィルトとレオ・ステルンハイムがいた。グットヴィルトは、オランダ領事ヤン・ズヴァルテンディクに出国の協力を求めた。ズヴァルテンディクは、今日でも有名なオランダ企業フィリップス社のリトアニア支社長だったが、1940年(昭和15年)5月、バルト諸国担当のオランダ大使 L・P・デ・デッケルの要請を受けて、ナチス共鳴者のティルマンス博士に代わりカウナス領事に就任していた。祖国を蹂躙したナチスを強く憎んでいたズヴァルテンディクは、グットヴィルトらの国外脱出に協力を約束。6月末にグットヴィルトは、ワルシャワ大学出身の弁護士でユダヤ難民たちのリーダー格だった、ゾラフ・バルハフティクにこの件のことを相談した。ズヴァルテンディク領事は、「在カウナス・オランダ領事は、本状によって、南米スリナム、キュラソーを初めとするオランダ領への入国はビザを必要とせずと認む」とフランス語で書き込んでくれた。

ズヴァルテンディクによる手書きのビザは途中でタイプに替わり、難民全員の数を調達できないと考えたバルハフティクらはオランダ領事印と領事のサインのついたタイプ文書のスタンプを作り、その「偽キュラソー・ビザ」を日本公使館に持ち込んだのである[55]。ドイツ軍が追撃してくる西方に退路を探すのは問題外だった。そして、今度はトルコ政府がビザ発給を拒否するようになった。こうして、トルコ領から直接パレスチナに向かうルートも閉ざされた。もはや逃げ道は、シベリア鉄道を経て極東に向かうルートしか難民たちには残されていなかった。難民たちがカウナスの日本領事館に殺到したのには、こうした背景があった。

1940年(昭和15年)7月、ドイツ占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ系難民などが、各国の領事館・大使館からビザを取得しようとしていた。当時リトアニアはソ連軍に占領されており、ソ連が各国に在リトアニア領事館・大使館の閉鎖を求めたため、ユダヤ難民たちは、まだ業務を続けていた日本領事館に名目上の行き先(オランダ領アンティルなど)への通過ビザを求めて殺到した。「忘れもしない1940年7月18日の早朝の事であった」と回想する千畝は、その手記のなかで、あの運命の日の光景をこう描いている。「6時少し前。表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外をうかがうに、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った」。

ロシア語で書かれた先の報告書にあるように、カウナスに領事館が設置された目的は、東欧の情報収集と独ソ戦争の時期の特定にあったため、難民の殺到は想定外の出来事であった。千畝は情報収集の必要上、亡命ポーランド政府の諜報機関を活用しており、「地下活動にたずさわるポーランド軍将校4名、海外の親類の援助を得て来た数家族、合計約15名」などへのビザ発給は予定していたが、それ以外のビザ発給は外務省や参謀本部の了解を得ていなかった。本省と千畝との間のビザ発給をめぐる齟齬は、間近に日独伊三国軍事同盟の締結を控えて、カウナスからの電信を重要視していない本省と、生命の危機が迫る難民たちの切迫した状況を把握していた出先の千畝による理解との温度差に由来している。

ユダヤ人迫害の惨状を熟知する千畝は、「発給対象としてはパスポート以外であっても形式に拘泥せず、彼らが提示するもののうち、領事が最適当と認めたもの」を代替案とし、さらに「ソ連横断の日数を二〇日、日本滞在三〇日、計五〇日」を算出し、「何が何でも第三国行きのビザも間に合う」だろう[59]と情状酌量を求める請訓電報を打った。しかし本省からは、行先国の入国許可手続を完了し、旅費および本邦滞在費などの携帯金を有する者にのみに査証を発給せよとの発給条件厳守の指示が繰り返し回電されてきた。
杉原夫人が、難民たちの中にいた憔悴する子供の姿に目を留めたとき、「町のかどで、飢えて、息も絶えようとする幼な子の命のために、主にむかって両手をあげよ」という旧約聖書の預言者エレミアの『哀歌』が突然心に浮かんだ。そして、「領事の権限でビザを出すことにする。いいだろう?」という千畝の問いかけに、「あとで、私たちはどうなるか分かりませんけど、そうして上げて下さい」と同意。そこで千畝は、苦悩の末、本省の訓命に反し、「人道上、どうしても拒否できない」という理由で、受給要件を満たしていない者に対しても独断で通過査証を発給した。
日本では神戸などの市当局が困っているためこれ以上ビザを発給しないように本省が求めてきたが、「外務省から罷免されるのは避けられないと予期していましたが、自分の人道的感情と人間への愛から、1940年8月31日に列車がカウナスを出発するまでビザを書き続けました」とし、避難民たちの写真を同封したこの報告書のなかで、千畝はビザ発給の理由を説明している。

千畝によるビザ発給に対する本省の注意は、以下のようなものであった
  「最近貴館査證ノ本邦經由米加行『リスアニア』人中携帶金僅少ノ爲又行先國手續未濟ノ爲本邦上陸ヲ許可スルヲ得ス之カ處置ニ困リ居ル事例アルニ附避難民ト看傲サレ得ベキ者ニ對シテハ行先國ノ入國手續ヲ完了シ居リ且旅費及本邦滯在費等ノ相當ノ携帶金ヲ有スルニアラサレハ通過査證ヲ與ヘサル樣御取計アリタシ」
【現代語訳=最近カウナスの領事館から日本を経由してアメリカ・カナダに行こうとするリトアニア人のなかには、必要なお金を持っていなかったり行先国の手続きが済んでいなかったりなどの理由で、わが国への上陸を許可できずその処置に困ることがあります。避難民と見なしうる者に関しては、行先国の入国手続きを完了し、旅費・滞在費等に相当する携帯金を持っている者でなければビザを与えないよう取りはからって下さい】

 — 1940年8月16日付の本省から条件を満たしていない者が居ると注意を受けた電信1995年(平成7年)7月12日、日本外交とユダヤ関連の著者パメラ・サカモト松岡洋右外相の秘書官だった加瀬俊一に千畝のカウナスからの電信について問い合わせてみても、「ユダヤ問題に関する電信を覚えていなかった。『基本的に、当時は他の切迫した問題がたくさんありましたから』」[64]と加瀬は答えており、東京の本省は条件不備の難民やユダヤ人の問題などまるで眼中になかった。それどころか、日独伊三国軍事同盟を締結も間近な時期に、条件不備の大量難民を日本に送り込んできたことに関して、「貴殿ノ如キ取扱ヲ爲シタル避難民ノ後始末ニ窮シオル實情ナルニ付」(昭和15年9月3日付)と本省は怒りも露わにし、さらに翌年も「『カウナス』本邦領事ノ査證」(2月25日付)と、千畝は名指しで厳しく叱責された。
窮状にある避難民たちを救済するために、千畝は外務省を相手に芝居を打った。もし本省からの譴責に真っ向から反論する返電を送れば、本省からの指示を無視したとして、通行査証が無効になるおそれがある。そこで千畝は、本省からビザ発給に関しての条件厳守を指示する返信などまるでなかったかのように、「当國避難中波蘭出身猶太系工業家『レオン、ポラク』五十四歳」(昭和15年8月24日後發)に対するビザ発給の可否を問い合わせる。つまり、米国への入国許可が確実で、十分な携帯金も所持しており、従って本省から受け入られやすい「猶太系工業家」をあえて採り上げるためである。

  そして千畝は、わざと返信を遅らせてビザ発給条件に関する本省との論争を避け、公使館を閉鎖したあとになって電信第67号(8月1日後發)を本省に送り、行先国の許可や必要な携帯金のない多くの避難民に関しては、必要な手続きは納得させたうえで当方はビザを発給しているとして強弁して、表面上は遵法を装いながら、「外國人入國令」(昭和14年内務省令第6号)の拡大解釈を既成事実化した。
一時に多量のビザを手書きして万年筆が折れ、ペンにインクをつけては査証を認める日々が続くと、一日が終わりぐったり疲れて、そのままベッドに倒れ込む状態になり、さらに痛くなって動かなくなった腕を夫人がマッサージしなくてはならない事態にまで陥った[66]。手を痛めた千畝を気遣い、千畝がソ連情報を入手していた、亡命ポーランド政府の情報将校「ペシュ」ことダシュキェヴィチ大尉は、「ゴム印を作って、一部だけを手で書くようにしたらどうです」と提案。オランダ領事館用よりは、やや簡略化された形のゴム印が作られた

ソ連政府や本国から再三の退去命令を受けながら、一か月あまり寝る間も惜しんでビザを書き続けた千畝は、本省からのベルリンへの異動命令が無視できなくなると、領事館内すべての重要書類を焼却し、家族とともに今日まで残る老舗ホテル「メトロポリス」に移った。杉原は領事印を荷物に梱包してしまったため、ホテル内で仮通行書を発行した。そして9月5日、ベルリンへ旅立つ車上の人になっても、杉原は車窓から手渡しされたビザを書き続けた。その間発行されたビザの枚数は、番号が付され記録されているものだけでも2,139枚にのぼった。汽車が走り出し、もうビザを書くことができなくなって、「許して下さい、私にはもう書けない。みなさんのご無事を祈っています」と千畝が頭を下げると、「スギハァラ。私たちはあなたを忘れません。もう一度あなたにお会いしますよ」という叫び声があがった。そして列車と並んで泣きながら走っている人が、千畝たちの姿が見えなくなるまで何度も叫び続けていた。
ソ連は1940年7月29日付の共産党中央委員会政治局によるスターリン署名入り決定で、難民の領内通過を認めた。これにはリトアニア併合を円滑化するとともに、難民が利用するシベリア鉄道ホテルの代金で外貨を獲得し、さらに世界に散っていく難民からスパイをリクルートする目的があったと推測されている
なお、千畝同様に上司や本国の命令を無視して「命のビザ」を発行した外交官として、在オーストリア・中華民国領事の何鳳山や、在ボルドー・ポルトガル領事のアリスティデス・デ・ソウザ・メンデスがおり、ともに諸国民の中の正義の人に認定されている。


2019年5月6日(https://www.jiji.com/jc/article?k=2019050500373&g=int)
ガザ情勢悪化で19人死亡=イスラエル、武装組織の応酬続く

【エルサレム時事】イスラエル軍は5日、パレスチナ自治区ガザへの攻撃を続行し、ガザの保健省などによると、反イスラエル抗議デモが行われた3日以降の事態悪化で少なくとも16人の死亡と数十人の負傷が確認された。一方、ガザの武装組織がイスラエルに向けて発射したロケット弾や砲弾はこの2日間で約600発に達し、イスラエル警察や病院関係者によると3人が死亡、負傷者も相次いだ。
  イスラエルのネタニヤフ首相は5日の閣議で「軍に対し、ガザのテロ分子への大規模攻撃を続けるよう指示した」と表明した。軍は260カ所以上を空爆。ガザを実効支配するイスラム組織ハマスや、別の武装組織イスラム聖戦の軍事関連施設などが標的となり、車で移動中のハマス司令官1人が殺害された。しかし、ガザでの犠牲者には幼児や妊婦が含まれているとされ、一般市民が巻き添えになっている。トルコのアナトリア通信の支局事務所が入居するビルも被弾し、同国のチャブシオール外相は「抑制のない攻撃だ」と非難した。


2019年4月8日-産経新聞
【環球異見】ゴラン高原主権認定 「次の一手」おびえるパレスチナ

トランプ米大統領は3月下旬、シリア南部イスラエル占領地ゴラン高原に対するイスラエルの主権を認定した。国連はイスラエルの主権を否定しており、
     多くの国が批判。また「力による現状変更」を米国が認める形となったことも、他の係争地に波及する懸念を呼ぶ。トランプ政権はこれまでもエルサレム
     をイスラエルの首都と認定するなど親イスラエル色を強めており、アラブ諸国では警戒感が広がっている。
両国益へ理にかなった判断
トランプ米大統領によるゴラン高原へのイスラエルの主権認定をめぐり、米紙ウォールストリート・ジャーナルは3月22日付の社説で、米国と同盟国イスラエルの
     国益のため「理にかなった」判断だと歓迎した。
  トランプ政権は、シリア駐留のイラン部隊や(イスラム教シーア派民兵組織)ヒズボラなどのテロ組織がゴラン高原をイスラエル攻撃の軍事拠点としていると
     懸念し、主権認定はイスラエルの安全保障上、欠かせない施策だと主張する。
  同紙も、中東情勢の現状に鑑み、イスラエルの安全保障を重視すべきだとの立場を鮮明にした。イスラエルが第3次中東戦争で占領したゴラン高原について、
     米国側は長年、和平調停の一環としてシリアに返還する土地だとみなしてきたと指摘。ただ、長引くシリア内戦により「シナリオが実現する可能性は一段と
     低くなった」と言及した。
  アサド政権下のシリアはイスラム教過激組織やイラン部隊によって無秩序状態にあるとし、「イスラエルがゴラン高原をコントロールしていなければ、今ごろは
     ヒズボラや(イスラム教スンニ派過激組織)イスラム国に支配されていたかもしれない」と主張した
  また、トランプ氏が掲げる米国第一の「道義的現実主義」に関連し、ゴラン高原の主権認定こそ、同盟国を支援する「道義的」で中東の現状を認める
     「現実的」な判断だと評価した。
  ゴラン高原をめぐりイスラエルとイランとの軍事的緊張が高まっているのは事実だ。ただ今回、「力による現状変更」を米国が認める形となり、ゴラン高原の
     帰属に限らず、世界各地の係争地に波及することへの議論は欠かせないだろう。
  米シンクタンク「ウィルソン・センター」副所長のアーロン・ミラー氏は米公共ラジオNPR(電子版)への寄稿で、トランプ政権による主権認定は「新たな問題を
     作り上げただけだ」と批判。「中東やその他の地域であしき前例を作った」とし「世界の独裁主義的指導者に対し、彼らの行動は何らかの形で認められ、
     まかり通るだろうとの強いメッセージを送った」と危惧した。
  国際社会から「力による現状変更」と批判されるロシアのクリミア併合と、シリアの攻撃を受けイスラエルが占領したゴラン高原とは「明確な違い」があるとも
     指摘。イスラエルは1981年の併合宣言以降もゴラン高原からの完全撤退に対応できるよう準備してきたとした。だが、シリア内戦やイランの脅威、
     トランプ氏の主権認定により「イスラエルが再び検討するとは疑わしい」と事態が後退したことを嘆いた。
  ミラー氏は「完全にトランプ流のやり方に沿った決断だ」とし「国益ではなく、彼の政治とエゴに大いに関係がある」と強調。総選挙を控えるイスラエルの
     ネタニヤフ首相と次期米大統領選に向けた自身の支持拡大という政治的事情、「史上初」をアピールしたいエゴが交錯した決断だと批判した。
     (ニューヨーク 上塚真由)
「次の一手」おびえるパレスチナ
トランプ米政権がゴラン高原へのイスラエルの主権を認定した際、国連のほかサウジアラビアやエジプトなどアラブ諸国からも批判が出た。
  イスラエルは1967年にゴラン高原をシリアから占領、81年に併合を宣言した。国連は同年、安全保障理事会決議497号で「武力による領土獲得」は
     許容できないとし、併合宣言の撤回を求めた。これが国際的な批判の根拠だ。当事国シリアのワタン紙(電子版)も3月27日付の論評で、「トランプ氏
     の決定は法的に無効だ。彼は違法であっても、何でも可能であるかのように振る舞っている」と批判した。
  とはいえ、シリアのアサド政権にはゴラン高原の奪還に挑む余力はない。まる8年が過ぎた内戦では各地の反政府勢力に兵力を割り振り、高原周辺の
     防衛態勢は手薄になった。イスラエルはこの間、内戦への過度の介入を避けつつ高原の実効支配を固めてきた。
  米政権はそうした現状を追認した形で、主権認定後もゴラン高原周辺では大規模な軍事衝突などは起きていないようだ。
  一方、中東のメディアでは、トランプ政権が次の一手を用意しているのでは-との観測が絶えない。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のアイヤム紙(同)は
     3月30日付で、トランプ氏の主権認定の判断は「ヨルダン川西岸も併合するための一歩と考えられる」と警戒感をあらわにした。
  ヨルダン川西岸には反イスラエル感情が強いパレスチナ人ら約290万人が居住している上、120以上の入植地には約40万人のユダヤ人が住んでいる。
     一部分でも米政権がイスラエルの併合を承認すれば住民同士の衝突が激化することは必至で、影響の大きさはゴラン高原の比ではない。
  アラブ連盟(22カ国・地域)は4月1日の首脳会議で、米政権によるゴラン高原へのイスラエルの主権認定を拒否するとともにパレスチナ和平の実現を訴えた。
     しかし、団結を欠くアラブ諸国は具体案も示せず、お決まりのメッセージには無力感さえ漂っている。
     (カイロ 佐藤貴生)

エルサレムをイスラエルの首都とするアメリカ合衆国の承認
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エルサレムをイスラエルの首都とするアメリカ合衆国の承認は、アメリカ合衆国ドナルド・トランプ大統領2017年12月6日イスラエル
     首都エルサレムとして認識・承認した出来事である[1]。これはアメリカの約70年にわたる外交政策の転換で、アメリカ大使館もテルアビブ
     からエルサレムに移転する計画を命じている[2][3]。認識を示した後、エルサレム大使館法英語版のもと大使館放棄に署名[4]、テルアビブ
     からエルサレムへの大使館の移転する計画を
     少なくとも6ヶ月遅らせた[4][5]ベンヤミン・ネタニヤフ首相はこの決定を歓迎、称賛した。2018年2月23日、国務省は新たな大使館が5月に
     開設されると発表した[6]
  この決定は欧州連合(EU)共通外交・安全保障政策をはじめとする多くの国際機関・国の首相・大統領によって批判された。
     国際連合安全保障理事会でもアメリカ合衆国連邦政府の決定を非難するよう提案されたが、14対1の票決後にアメリカ政府は常任理事国
     として拒否権を行使した。国連総会は後にトランプ大統領を非難する国際連合総会決議ES-10/L.22英語版には128対9で、
     35カ国が棄権している。
  この決定はヨルダン川西岸地区ガザ地区パレスチナ人の憤怒、パレスチナ人によるデモ活動をもたらした。
     2017年12月25日サラフィー主義団体はイスラエルに向けて約30発のロケット弾を発射、その約半数がガザ地区に着弾した。
     アシュケロンスデロット付近で2人が財産面で軽微な被害を受け、ハマースは攻撃の責任のあるサラフィー主義者を処理した[7][8]
  イスラエル独立宣言70周年にあたる2018年5月14日在エルサレムアメリカ合衆国総領事館の旧所在地にあたるエルサレム
     アルノナ英語版にアメリカ大使館を開館した。

イスラエル出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イスラエル国(ヘブライ語: מְדִינַת יִשְׂרָאֵל メディナット・イスラエル、アラビア語: دولة إسرائيل ダウラト・イスラーイール、英語: State of Israel [ˈɪzrɪəl, ˈɪzreɪəl])、
     通称イスラエルは、中東のパレスチナに位置する国家。北にレバノン、北東にシリア、東にヨルダン、南にエジプトと接する。ガザ地区と
     ヨルダン川西岸地区を支配するパレスチナ自治政府(パレスチナ国)とは南西および東で接する。地中海および紅海にも面している。
  首都はエルサレムであると主張しているが、国際連合などはテルアビブをイスラエルの首都とみなしている(エルサレム#首都問題を参照)。
     イスラエルは、シオニズム運動を経て1948年5月14日に建国された。建国の経緯に根ざす問題は多い。版図に関するものではパレスチナ問題
     がよく報道される。
国名
アブラハムの孫にあたるヤコブの別名イスラエルに由来するものであり、ヤコブが神と組み合った際に与えられた「神に勝つ者」を意味する名前である[4]
     ヤコブは古代イスラエルの王の祖先であり、伝統的にはユダヤ人の祖先と考えられている。この地域はイスラエルの地(エレツ・イスラエル)と呼ばれた。
     独立直前にはユダ(Judea)、エレツ・イスラエル、シオン(Zion)、新ユダ(New Judea)なども国名候補として存在した[5]
古代イスラエル-中世-シオニズムの興隆-イギリス委任統治領パレスチナ-イスラエル建国と第一次中東戦争-などwikipediaで・・・


2019年4月10日-産経新聞
対イラン・パレスチナ、一層強硬に イスラエル首相続投公算

【エルサレム=佐藤貴生】イスラエル総選挙の結果、ネタニヤフ首相が続投する公算が大きくなった。検察当局はネタニヤフ氏を汚職罪で起訴すると
     示唆してきたが、有権者は疑惑段階の汚職より、治安確保に力を発揮した同氏や右派勢力を評価した形だ。
  ネタニヤフ氏の主導で連立与党」が成立した場合、イスラエルは、対イランやパレスチナ問題で今後さらに強硬姿勢に傾きそうだ。
  トランプ米政権は選挙直前の3月下旬、イスラエルがシリアから占領したゴラン高原へのイスラエルの主権を認定。トランプ大統領の文書への署名
     を見届けたネタニヤフ氏は、「歴代の米大統領で最良の友人だ」と最大級の賛辞を贈った。 双方の共通の敵イランは、対イスラエル攻撃の
     最前線としてシリアに軍事拠点を建設しているとされる。米政権のお墨付きを得たイスラエルがゴラン高原周辺で“自国領”の防衛強化に
     乗り出せば、イランとの軍事的緊張が高まる局面も予想される。
  一方、ネタニヤフ氏は投票直前の6日、パレスチナ人が多く住むヨルダン川西岸に点在するユダヤ人入植地の併合を進める意向を示した。
     「集票狙いの発言」との見方が多いが、右派優勢の開票結果にパレスチナ自治政府幹部は「イスラエル国民は和平にノーと回答した」と述べ、
     失望を隠さなかった。
  パレスチナ自治区ガザでは、この1年のイスラエルへの抗議デモで250人以上が死亡したとされるが、イスラエルは今後も「自衛権」を盾にデモを
     力で封じ込め続ける見通しが強い。 トランプ政権と友好関係にあるサウジアラビアやエジプトなどアラブの大国は、ネタニヤフ政権とも対話
     のパイプを持っているとの見方が絶えず、パレスチナの孤立に拍車をかけている。





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